第十七話 永劫の別れ
永劫の別れ
――――8月1日
強烈な日差しから隠れるように、屋根の下で語らう俺たち。
会話の内容は主に十年前の夏休みに体験したあの壮絶な記憶。
「すごいですね皆さん……。そんな事があったなんて……」
この輪に関係ないのは、あの時、イブと直接関わりの無かった恋南のみ。
だけどみんなの会話をすっかり信じているようで、楽しそうに盛り上がる会話を聞いている。
俺がもし何も知らない状態でこんな話を聞かされたら、みんなの頭が狂ってしまったんじゃないかと心配してあげる所だ。
恋南、恐らく騙されやすいタイプの人間だな。
しかし今でも信じられない。
あの夏、俺たちが百万人の命を救ったなんて。
まだ中学生の、しかも特に取り柄のない六人がそれをやり遂げたなんて、一体誰が信じるだろうか。
「……」
あの夏、俺たちは奇跡を掴み取った。
ノブちゃんが撃った最後の一発は見事に命中。大気圏内で燃え尽きた。
命を削るくらい切羽詰まった精神の中での戦い、すべてが終わってからは激しい疲労感に襲われた。
その疲労感を、十年越しに感じている俺。
結果的に世界に隕石が落ちる事はなかった。
俺たちがすべてを落とし、世界を救ったのだから。
「ノブちゃんが最後の隕石を落としたんだ!そりゃもう、最高にカッコよかったよ!」
妹にあの時の事を興奮しながら伝えるタカピー。
「りょー君は?りょー君はカッコよかった?」
「みんなカッコよすぎてビックリするくらいだったんだ」
そりゃお前、もちろん俺はカッコイイからな。
お前と同じ土俵の上に立っているわけではないのだよ。
「むふふ~、でもねぇ恋南ちゃん、あの時のりょーちん、恥ずかしいセリフいっぱい吐いてたんだよ~」
「恥ずかしい……セリフ……ですか……!?」
「おいあっちん、それ以上言ったら俺のマジンガーがロケットパンチするぞ」
「う~、りょーちんからNG出ちった。今度赤裸々に教えて上げるね」
「はい、是非」
「それも許さんぞあっちん!」
あの夏を思い出していくお陰で、俺たちの関係が、絆が強まっていってるのを感じる。
このメンバーで集まれるのも今日で最後。
妙に寂しい。
十年前だったら毎日のように、見飽きるくらい顔を合わせてたっていうのに。
今はまったく別の道を歩んでいる、人生とは本当にわからないものだ。
あるいは俺たちがあの夏を覚えていたのなら、また違った未来になったのかもしれない。
「それで、そのイブって宇宙人の女の子は、それからどうなったんですか?」
――――「そっかぁ……行っちゃうんだねイブちゃん」
寂しそうな笑顔を見せたあっちんの真似をするように、寂しげな笑みを見せて頷いたイブ。
「明日、明後日には発つつもりです」
戦いが終わった次の日、昼に集まった仲間達。
例の喫茶店内でコーラフロートを飲み干したイブはそう告げた。
わかっていた事ではあったが、もうあまりにも時間は少ない。
一日か二日、俺がイブといられるのはたったそれだけしかないのだ。
「私、イブちゃんには本当に感謝してるよ」
「雫、私は感謝される事はしていませんよ」
「ううん、イブちゃんがいてくれたから、悠君と一緒の時間が増えたの。だからあの時、告白する決心がついた。ありがとう」
「それは雫自身の力です。私は何もしていません」
「それでも、ありがとう」
しーちゃんの言葉は、俺には別れの言葉にしか聞こえなかった。
離れたくない。
俺の根底に息づくその気持ちが、やけにチクチクと胸を痛ませる。
「しっかしあっという間だったな~この夏休み!イブちゃんが来てくれたお陰で最高に楽しかったよ」
「ホントホント!こんなの絶対忘れられないよねぇ!」
しんみりムードを一発でひっくり返したノブちゃんの言葉に、あっちんもわざと明るく乗っかった。
けれどその顔は満面の笑みとはいかず、やはりどこか寂しそうに見える。
空気を変えようとした二人には申し訳ないが、俺はそんな明るいテンションにはなれない。
それはタカピーも同じで、変わらず俯いたままだ。
「ねぇ!じゃあさ、前言ってたイブちゃんのお別れ会をしようよ!」
「それだっ!あっちん、まさに俺も今それを言おうとしてたんだよ~!なぁ、ゆっち」
「うん、僕は賛成だよ」
「私ももちろん参加するよ!」
うなだれていたタカピーも顔を上げ、大きく頷いた。
「そうだな……お別れ会……やろう」
そしてみんなが俺を見る。
言われなくったって返事は決まっていた。
俺はイブと一緒にいたい。だからイブのいる場所にならもちろん行く。
「やろう。俺も行くさ」
みんなの提案に感極まったのか、イブは瞳を潤ませていた。
この一ヶ月、みんなの知らないイブの顔を見てきた俺でさえ初めて見る、イブの涙。
「本当に……本当に温かい……。この星の人々は……とても温かい心を持っているのですね……」
これが温かい心なのかとか、そんな事を考えた事はない。
でも人は誰だって、大切な人の為に何かをしてやりたいという気持ちは持っているはず。
それに俺たちとイブは他人ではない。
「温かいに決まってるだろイブ。だって俺たちは、『仲間』なんだから」
「龍太……」
悲しい、でもどうしようもない。
ならせめて、一生忘れないような思い出にしよう。
俺たちもイブ自身にも、決して忘れる事のない、色褪せる事のない思い出にしよう。
それが俺に出来る最後の仕事なのだ。
「イブちゃんは僕たちの友達だよ」
「一緒に遊んだもん。この夏を毎日のように一緒に過ごしたし。もちろんアタシ達はとっくに友達だよね」
「はぁっはっは~。一緒に苦しい戦いを勝ち抜いた戦友を友と言わずして何という!」
「そうだよ。仲間だから温かい、友達だから温かい。それは別に特別な事じゃないんだよ」
「……イブちゃんが去っていくのはやっぱり寂しい。でも、寂しいと思えるのは、俺がイブちゃんを友達だと思ってるから」
「悠……亜莉沙……伸明……雫……貴史……そして龍太。本当に……本当に……ありがとう……ございます」
腕で涙を拭ったイブ。
涙に歪んだ顔はもうそこにはなかった。
泣いたせいで目元が少し赤いままだが、子供のように無邪気な笑顔を見せた。
この笑顔をみんなの前で見せたのは初めてだったかもしれない。
この顔が、どうしても俺の頭に焼き付いて離れてくれないのだ。
「さて、そうと決まればまずは段取りを決めなきゃなぁっ!」
「気合い入るなぁ~!」
「イブちゃん、お別れ会、明日の夜でも大丈夫かな?」
「はい、問題ありません」
暑い夏だった。
本当にとても暑い夏だった。
あっという間に過ぎていく夏休み。
楽しい時間は過ぎるのが早いと言うが、確かにちょっと早すぎる。
この夏が永遠に続けばいいのに、とか、叶うはずもない願いを頭の中に思い描いていた。
お別れ会をやる日は明日、8月29日。
イブと一緒にいられるのはせいぜいその次の日くらいまで。
この残された時間を有意義に、決して無駄にしないようにしよう。
「よし、場所はウチの離れを使おう!」
――――8月1日
イブとの別れの時が刻一刻と近付くにつれて、俺の胸が締め付けられていくのがわかる。
それは失恋した時とよく似た気持ちだ。
「イブちゃんは……それからどうなったっけ?」
「えっと……確かアタシ達、お別れ会したよねぇ……?」
「そう、亜莉沙の言うとおり、確かにお別れ会はしたはず。8月29日の夜、伸明君の家で」
「したした!俺んちの離れを使ったもん!」
だがみんなはその先になると口ごもってしまう。
「その後……その後は……」
「ん~僕はちょっと思い出せないみたい」
「私もまだ……」
肝心のイブとのお別れの時をまだみんなは思い出していないようだ。
かく言う俺もまだ思い出してはいないが。
「疲れて眠ったとこまでは覚えてるんだが……」
「なんか妙だね。ここまではスイスイ思い出せたのに、アタシもそこから思い出せないんだよねぇ~」
その言葉が頭の中を反響する。
思い出せない?
そして重なるのは、この記憶復活の引き金となったタカピーの日記帳。
その日記帳の最後の日記が書かれたのは8月29日。
つまり記憶が消されたのは8月29日以降、最速でもタカピーが日記を書いた以降となる。
だがみんなが言っている事が本当だとするなら、記憶が消されたのはお別れ会の後、みんなが寝静まっている最中だと推測出来る。
思い出せないというのはつまり、『消された記憶ではない』事とイコールで結んでも間違いではないだろう。
はっきり思い出すことが出来た最後が、記憶を消される前に最後に見たものという事だ。
――――10年前
8月29日
「イブちゃんのお別れ、無事と健康と、そして英雄となった俺たちの祝勝会も兼ねて、パーティータイムいっちゃうぜ~~!」
わざわざ100均で買ってきた音だけのクラッカーが乾いた音を立て、イブのお別れ会が始まった。
そして別に誰の誕生日という訳ではないが、ケーキを用意、食べ物(主に肉)も溢れんばかりに用意されていた。
もちろんこれは実費、なけなしの小遣いを集めて買ったものである。
そして俺たちの中にはというか、北嵩部の生徒達には『不良』、『ワル』、『ヤンキー』という生物は存在しない。
なのでここで酒を買おうなどと言う奴もいないのだ。
お酒は二十歳になってから、だ。
ジュースを片手に乾杯。
どうでもいい会話ばかりを繰り広げて、笑い転げたり、たまに寂しくなったり。
それでもみんなと一緒にいられるだけでとても楽しかった。
本当に心の底から楽しいと思えた。
「なぁりょーちん、妙な気持ちにならないか?」
一足先に眠ってしまったノブちゃんとゆっちの横で、欠伸をかきながらキツ……タカピーが訳の分からん事を口走る。
「俺から言わせると、お前の主語のない発言に妙な気分にさせられる」
「あれだよほら、俺たちってさ、地球の危機を救ったって事じゃん?」
地球の危機と呼ぶにはいささか大袈裟すぎるが、まぁいいだろう。
「まぁそんなとこだな」
「けど、結局その事を誰も知らないんだよなぁって考えると、なんだか妙な気分だろ?」
タカピーが言いたい事はわかる。
少なからず俺もそういった気持ちを感じたのは確かだ。
災厄を回避し、沢山の人々を救ったが、それを知っているのは俺たちだけ。
俺の母親の美紗子だって知らないし、他のみんなの家族だってそうだ。
そもそも言った所で信じてくれるはずもないし。
「でもいいんじゃないかなぁ?アタシは満足してるよ?」
あっちんも少し眠そうに携帯をいじりながら、タカピーの意見に言葉を返した。
その隣に寝っ転がっているしーちゃんは、もう今にも眠ってしまいそうになっている。
それもそのはず、あれから大分騒いだし、満腹で既に日を跨いで二時間が経過しているのだ。
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