臨界点の最終決戦2

エネルギーも充填完了。

もう怖いものはない。あと三発、あと三発だけ当てればいいのだ。

それで俺たちは災厄を防いだ英雄となる。

残り40秒の間に俺たちが撃てる回数はせいぜい5回。

5回中3回当てればいい。

再び思考をフル回転させ、目の前のモニターに張り付く俺。

瞬き一つで大きな誤算を起こしかねない。

張り詰める緊張感の中、俺はタイムラグを計算し照準を合わせる。


「りょーちん!この波に乗っていこう!」


「あぁ!」


そして間髪入れずにトリガーを引いた。

俺とノブちゃんの中距離での成功率はそこそこ高い。

この中距離圏内は最大のチャンスなのである。

そして絶望の淵に立たされていた俺たちの間に、さらに大きな希望の光が降り注いだ。

俺の放った光線が、見事に隕石を捉えたのだ。


「りょーちん完璧!やるじゃん!」


さっきまで声を震わせていたタカピーの声は、もうそこにはなかった。

ここまで来たらもうハッピーエンドにしなきゃ終われない。


俺たちならやれる。

確実に災厄を防ぐ事が出来る。





大気圏到達まであと23秒

隕石の数、残り2つ





「行くぜあっちん!完全勝利は目前だ!」


「ロックオン完了!ノブちゃん!やっちゃえ!」


「うぉぉりゃあああ!」


勝利を目前にして、僅かにだが気が緩んだのか、それはシューターの腕に誤差を生じさせる。

俺たちのこの戦い、僅かな誤差で大きく着弾地点が変わってしまうのだ。


「あ!」


そして再び悪魔が牙を剥いた。


「タカピー!早く!」


「もうやってるよ!」


光線は隕石の側面を僅かに削り取ったが、破壊には至らず、地球へ向けて直進を続ける。





大気圏到達まであと16秒





撃てる回数は、充填時間を入れて計算すると後3回。

隕石の後方、約10秒後に最後の隕石が来る。

つまり後25秒程度で二つ破壊しなければならない。

失敗出来るのは一度だけ。


「りょーちん!ロックオンしたぞ!重力++!ラグ2.93!」


こいつを当てられれば……当てられれば……。


心拍数はさっきよりも格段に上昇していた。

呼吸も荒く、さっきまでの集中力が低下しているのが自分でもわかる。


「当たってくれ!」


震える指で引き金を引いた。

それは実力ではなく、運任せ、投げやりの一撃。

集中出来なかった俺の一発は、当たるはずがないものであった。

案の定それは、隕石を捉える事はなかった。


「あ……あぁ……」


直前までの連続撃破が嘘のように、致命傷の二連続失敗。

右上に表示された大気圏到達までのカウントダウンが、やけに霞んで見える。





00:08:19



00:07:60



00:06:22





 

もう後がない。

ここでノブちゃんが失敗した瞬間にゲームオーバー。


「ノブちゃん!」


「ノブちゃん!」


「伸明君!」


誰もがノブちゃんの名前を呼んだ。

奇跡があると、きっとやってくれると信じた。

ノブちゃんは言葉を返さなかった。

恐らく、全ての音は聞こえてなかったんだろう。





00:05:06





土壇場、最後の一歩で、ノブちゃんは一番の集中力を見せる。

大気圏突入直前の隕石は加速し、微妙に回転を加える。

その微妙な動きすらも、ノブちゃんは完全に読む。





00:04:15





次の一撃に全てがかかっている。

だがノブちゃんは全くうろたえる事はなかった。





00:03:32





そしてその指で最後のトリガーを引いた。

発射された光の軌道を誰しもが目で追う。





00:02:72





「行って!」





00:02:39





「お願い!」





00:01:98





直後、光が広がった。

俺たちの目の前のモニターに確かに光が灯ったのだ。

大気圏突入直前で、隕石の形が崩れていく。


「当たった!」


崩れた隕石の欠片は、大気で生じた熱で自らの身体を消し去っていく。

そう、ギリギリでノブちゃんの一撃が当たったのだ。

いつもなら喜びの一声を上げているノブちゃんだが、今回だけは違う。


「りょーちん!頼んだ!」


ノブちゃんは最後のバトンを俺に手渡したのだ。





大気圏到達まであと10秒





手渡されたバトン、その瞬間に心臓の鼓動が爆発しそうな程に加速する。

頭の中は一気に真っ白になり、押し寄せるとてつもないプレッシャーが俺を押し潰す。

身体が震え、レバーを握る手はまともに照準を定めない。


「りょーちん!ロックオン完了!」





00:08:77


 


出来るのか?


俺にこんな大役務まるのか?


俺が失敗すれば大勢の人が死ぬんだぞ。


外したら沢山の人の命を背負う事になるんだ。


これから一生沢山の人間を救えなかった罪悪感を背負い生きていくんだ。


とても無理だこんなの。


当てられるはずがない!





00:06:99






「りょーちん!早く!」


俺のせいでみんなの努力が水の泡になるなんて嫌だ。


誰か、誰か助けてくれ。


俺の代わりにこの引き金を引いてくれ。


目まぐるしく回転する思考の中、俺は酷く取り乱していた。

すべてを背負わされた重圧は、俺のか細い心を簡単に押し潰す。





00:05:73





【地球に棲む、沢山の命をあなた達に託します。失敗を恐れないで下さい。道は必ず開けるはずです】





この作戦の始まりにイブが言った言葉が脳裏をよぎる。

そう、その通り、恐れてはいけない。

失敗を恐れてはいけないのだ。

震える手がレバーを操作し、隕石の軌道の予測地点に照準を合わせる。

恐れてこのまま撃たなかったら、それこそ一生後悔するだろう。

震える右手を、さらに左手で押さえ込みブレを出来るだけ殺す。

今、この一発を撃つ事は俺にしかできないのだ。





00:04:35





全身から吹き出す汗は、一瞬にしてシャツをビショ濡れにした。

張り詰める空気、痛い程突き刺さる緊張感の中、トリガーに指を添える。

全ての音が消え、聞こえてくるは激しく脈打つ自分の鼓動と、荒くなった息遣いだけ。

大気圏到達目前の隕石は、次第にその身体を赤く燃え上がらせ始めた。





00:02:28





00:02:01





00:01:85





00:01:63





00:01:48














【自らの生まれ育った星、大切な人達の命がかかっているのです。ここにはいられません。わかって下さい……】















――――龍太はトリガーを引いた。


「……」


龍太には声を出す余裕なんてなく、ただ祈るような気持ちで発射された光を見守る。

それは龍太だけではなく、全員が最後の一撃の行方を息を飲んで見守っていた。

その間、僅か2.5秒だったが、その2.5秒は彼らにとっては何十倍もの長さに感じられた。





00:00:57





隕石の纏う炎は一気に大きくなり、一瞬で隕石全体を包み込む。

炎を纏い、一層禍々しさを増した隕石に向かう一筋の光。





00:00:22





宇宙と地球との境界線、その場所で二つは重なり合った。


瞬間、時が停止する。


誰しもがその刹那を垣間見た。





00:00:02


 




光線は、隕石の脇をかすめ、宇宙の闇の中へと消えていった。


「……」


龍太は口を大きく開けたまま固まり、次の言葉は出てこない。


そしてそれを見た誰しもの時が止まる。

そんな彼らを後目に、隕石は大気圏に突入。


「は、外れ……」


そう、龍太は失敗したのである。

最後の最後、龍太は隕石を撃ち落とす事が出来なかったのだ。

それは龍太が最後に思い出してしまったイブの言葉に、彼の心が僅かに揺らいでしまったからだ。


そしてすべての希望がかき消される。


作戦は、失敗したのだ。













――――8月1日





「失敗したのか……?あの時……」


コゲ山の頂、展望台に集まっていた仲間達、その中で俺は十年前の夏のあの戦いを思い出していた。

地球に襲いかかる隕石を必死に撃ち落としたあの夏。

あの戦いで最後の大トリを務めたのは俺。

だがあの一撃は外れた。


「ん?りょーちん?何か思い出したぁ?」


「あ、いや……」


失敗したという事は、隕石は地上に落ちたという事になる。

海に落ちれば津波、陸地に落ちれば町を丸ごと一つ消し去る威力。

だが十年前、そんな大きな災害があっただろうか。

少なくとも俺の記憶にはない。


もしかしてそれも含めて丸ごと記憶が消されたって事か?


いや、さすがにその可能性は低い。

そんな大規模な災害が起きたとしたら、しばらくはテレビで放映されるはず。

いや待て、そう言えばタカピーの日記帳には確かこう書いてあったな。





【やった!世界を救った!僕らが力を合わせれば出来ないことはない!】





世界を救った。

つまり隕石は地上には落ちなかったという事だ。


でも何故だろうか。


「そう言えば、最後にりょーちんがミスった時は心臓が止まったかと思ったな」


タカピーの発言によって、俺は自分の世界から飛び出した。


「おいタカピー、やっぱり俺はあの時失敗したんだよな!?」


「ん?あぁ、まだ思い出してない?最後の一発をりょーちんが外して、隕石は大気圏に突入しちゃってさ」


「じゃあ、なんで隕石は地上に落下しなかったんだ?」


「決まってんじゃん」


いや決まってねーし。


「撃ち落としたからだよ」


「撃ち落とした……」













――――10年前

8月28日 00:20





俺が失敗した事により最後の隕石が大気圏に突入した。

誰しもが声を失い絶望する。

俺は中でも特段大きな絶望に打ちひしがれ、襲いかかる重圧が俺の心を押し潰した。

頭の中を入り乱れる沢山の思考に、俺の精神は崩壊寸前にまで追い込まれていた。

もっと集中していれば、もっと早く撃ち落とせたらとか、どうしようもない後悔が延々と頭の中を巡る。


そんな時だった。

みんなの元にイブの声が届いた。


「まだです!」


俯きうなだれていた俺たちの耳に、それは一際大きく強く響いた。


「大気圏内の今ならまだ間に合います!」


すべての邪念が吹き飛ぶ。

完全にかき消されたはずの蝋燭に、か細い炎が灯された。


「伸明、亜莉沙。すべてを託します!」


最後に撃ったのは俺、充填時間があるのでもう次弾を撃つのは間に合わない。

今、一発を撃つ事が可能なのはノブちゃん達しかいない。

そのノブちゃん達二人に、一万人の命が手渡された。

無駄な会話をする時間もない。


「重力最大!ロック完了!当ててっ!ノブちゃん!」


隕石は地球に突入した事で、さらに大きな加速を見せる。

それはシミュレーションでも体験した事のない程のスピード。

そのスピードを持った隕石を射抜く事は困難と言っても過言ではない。

成功する確率は、限りなくゼロに近いだろう。

だが、ゼロじゃないのなら起こり得るという事。


「頼むノブちゃん!当ててくれぇぇっ!」


それは希望の光ではないのかもしれない。

これはチャンスではなくただの悪足掻きかもしれない。


けれど、奇跡を信じるしかない。

奇跡は、それを信じた者にだけ起きるのだ。


「伸明君!お願いっ!」


「頑張れノブちゃん!」


「ノブちゃん!地球を救ってくれっ!」


全員の想いが一つとなる。

仲間達は一つになり、ほんの僅かな可能性を信じた。

そしてこの最後の瞬間にも、ノブちゃんは動揺しなかった。


「任せろ!起こしてやるぜ!奇跡って奴を!」


こののしかかったプレッシャーの中で放ったノブちゃんの一言、それが俺の全身に鳥肌を立たせる。


「いっけぇぇえええええええっ!!」


僅かな振動と共に発射された正真正銘最後の一撃。

一握りの可能性と、俺たちの想い、そしてたくさんの命を乗せて夜空へと舞い上がった。

光はまるで流れ星のように一筋の光を描く。


「……いけ!」













奇跡とは待つものではない。


自ら掴み取るものなのだ。


それは生半可な事ではないが、諦めない気持ちこそ奇跡を起こし得る起爆剤。


俺たちは諦めない。


だからこそ奇跡は必ず起きる。


そう、必ず起きるのだ。

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