悠久夢幻の煌めき3
そして、俺にのしかかる問題はそれだけではないのである。
俺は今、冷房のないクソ暑い部屋の中でそれに立ち向かっている最中なのだ。
「龍太、先ほどから呻き、唸り、踏ん張り声を上げていますが、体調が優れないのですか?」
「ううむ、お前の星にはあるか知らんが、俺は今夏休み最大の敵と対峙しているのだ」
汗だくになりながら、机の上に広がっているノートを見ていると、本当に意識が朦朧としてくる。
そう、俺は今、夏休みの宿題という最強の敵と戦っているのだ。
訓練と遊びで、夏休み前半を軽く使い切ってしまったので、宿題は溜まりに溜まってしまったという緊急事態。
夏休みも残り僅かのこの時期に、まだ1ページも終わってないという重症っぷり。
それ以前にこれでも俺は受験生という身。
さすがに勉学にも励まなくては、進学も危うくなってしまう。
ウチには父親がいないので、大体毎日美紗子は仕事で家にいない。
俺には兄弟もいないので、家に一人の事が多い。
が、エアコンがないので、家に来たがる仲間は少ないのが現状だ。
だけど今日は一人ぼっちではない。
愛しい宇宙人が来ているのだ。
しかも今日はイブが自ら志願して、家に来ているのである。
ちなみにどうしてイブが家に来ているのかというと、もっと地球の事について色々と知りたいからだそうだ。
「アークネビルには、学校というものがありません。義務教育、夏休み、それ自体が馴染みのないものです」
「学校がないって……そりゃそれでつまんなそうだ」
「どうでしょう?学校生活というものを知らないので、楽しい楽しくないは、私にはわかりません」
そしてこんな会話をしているものだから、勉強は全くはかどらない。
まぁ俺的にはイブといれる事が嬉しいんだけど。
「龍太、この英語という言語の教科書を借りますよ」
「なんだ、日本語は覚えてきたのに、世界共通語の英語は覚えてないのかよ」
「日本語発音の英語ならば多少記憶していますが、正確な英語はまだ記憶してません」
「ふ~ん」
イブは俺の机から教科書を抜き取って、そのページを次々にめくっていく。
かなり薄っぺらい教科書ではあったが、イブがそれを読み終えるのに要した時間、約五分。
「日本語から比べると随分、簡単、簡易、余裕なのですね」
そしてイブはこれを既に理解しているというのがすごい。
確かにこれほどの記憶力があるのなら、学校なんて必要ないだろう。
テストなんかみんな100点だ。
どうやらネビリアンには、普通の記憶能力を越えた、超記憶というものが備わっているらしい。
中には素養のない者もいるらしく、そういう場合は後から超記憶を持つことも可能だとか。
全く想像できない世界である。
「よし、じゃあ教えてやろう。お前の名前をアルファベットで書くとこうなるのだ」
俺はノートにイブのスペルを書いて本人に見せる。
E V E
「これでイブと読むのだ」
「EVEで発音はイブなのですね。了解、理解、把握しました。他にも教えてもらえますか?発音がわかりません」
「まぁ文字は喋らんからな。よしわかった、俺がわかりやすく教えてやろう」
という事で本来の宿題はそっちのけで、イブに英語の授業をする事になった。
「紫!」
「purple」
「青!」
「blue」
「黒!」
「black」
「空!」
「sky」
「海!」
「sea」
「橋!」
「bridge」
「火!」
「fire」
「箱!」
「box」
もう完璧である。言う事はない。
という事でそのままのノリで他の教科もやってみる事にした。
「大化の改新は何年!?」
「645年」
「メキシコの首都は!?」
「メキシコシティ」
「猿から進化した最初の人類は?」
「アウストラロピテクス」
「元素記号、Agは?」
「銀」
「実写版ドラえもんのドラえもんを演じた俳優は?」
「ジャン・レノ」
「『地上の星』を歌った女性歌手は?」
「みゆき」
「完璧だ!パーフェクトアンサーだ!」
イブがどれほどの記憶力を持っているのか、これで明らかになった。
たった数十分の学習で、ここまで完璧に覚えられるのはやはり普通じゃない。
俺にそれほどの記憶力があれば、受験なんて前日に目を通すだけで受かってしまう。
たとえどんな狭き門だとしても、通過など容易いのだ。
俺も欲しいその海馬!
「お陰様で新しい知識を得る事が出来ました。ありがとうございます」
イブの笑顔で、暑さなんて一気に吹っ飛び、そして新たな活力となる。
イブと一緒にいられる事、大好きな人とただ一緒にいられる事がこんなにも幸せな事だなんて、今までの俺は考えもしてなかった。
宿題なんてもはやどうでも良くなっていた。
最終日に徹夜になっても構わない。
間に合わずに学校で怒られても構わない。
イブと一緒にいられるなら。
「イブ、ちょっとサイクリングでも行くか!?」
「cycling?」
「そうだ。ついてこいよ」
イブを自転車の後ろに乗せて、俺はペダルを漕ぐ。
情緒溢れる田舎の町並みを、何も考えずに走り抜ける。
不思議とへばる事もなく、上り坂も今日の俺にはへっちゃら。
後ろに乗ったイブは、目まぐるしく変わる風景に感嘆のため息を漏らしていた。
「綺麗……」
蝉の鳴き声とか、草木の揺れる音、溢れる緑、照りつける日差し、緩やかな川のせせらぎ、吹き抜ける涼しい風。
錆び付いたバス停、子供の楽しそうな声が聞こえてくる駄菓子屋、緩やかな時の流れるどこまでも田舎な景色がここにはあった。
俺にとっては見慣れた風景で、退屈なものでしかない。
だけどそれはイブにとっては、まるで宝石のように大切な風景のようだ。
「なんていい村なのでしょうか。何もかもが澄んで、美しい自然、生命に満ち溢れています」
「そっかぁ?俺は見慣れすぎてるしなぁ……」
「近過ぎるものこそ、それの本質に気付かないものなのですよ」
「灯台下暗しって奴か……」
退屈なはずの風景もイブと一緒なら、なんだかとても愛おしく感じられる。
恋とはまさに毒。
一瞬で人の心を虜にしてしまう猛毒である。
「龍太、ありがとうございます」
「な、何言い出すんだいきなり。礼を言うのは俺だろ」
「いえ、龍太と出会えた事もまた、とても特別なものだと私は考えてます。だからありがとうと言わせて下さい。出会ってくれた事に感謝を……」
「恥ずかしい事を平気で言う奴だなお前は」
「恥ずかしい事なのでしょうか?私にはわかりませんが。私の本心を言ったまでです」
「ま、気にすんな。それよりスピードを上げるぞ。しっかり掴まってろよ」
「はい!」
ギュッと俺の身体を抱き締めるイブ。
それに連動して高鳴る鼓動。
風を切って走る俺たちに限界は無かった。
すべてが無限に思えた。
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