第十三話 喪失の記憶

喪失の記憶


――――人は人生の中で、たくさんの物を失っている。

俺が生きてきた約25年間という年月の中で、俺自身も沢山の物を失ってきた。

昔、大切にしていたカードとか、友人達との繋がりだとか、誰かの命だったり。


あるいは童貞……まぁこれはどうでもいいだろう。


そして俺の場合、大切な一夏の記憶。

十年も追い続けたあの夏の出来事。

俺が失ったのは、大切な人への想いと、そのかけがえのない思い出。


俺は中学三年の暑かったあの夏休み、一人の女の子に恋をした。

胸が焦げるような、とても情熱的な恋を。

ただし、その恋に唯一問題があったとすれば、彼女が宇宙人だった事だ。


「りょーちんさぁ、イブちゃんとキスしたんだよねぇ?」


恋南との全く落ち着かない朝食を終えて俺たちは店を出た。

快晴の空の下、どこまでも暑い日差しは、まるで十年前の猛暑を彷彿とさせる。

そしていつの間にやら俺と恋南のデートタイムは強制終了。

昨日と変わらぬメンバーに恋南を加え、暑い日差しを存分に浴びながら歩道を歩く。

そしてさっきみんなに言ったイブとのキス話を掘り返したあっちん。


「あぁ、間違いなくな」


「じゃあさ!りょーちんとイブちゃんは付き合ってたの?」


思い出した記憶の中に、俺とイブが付き合ったという部分はなかった。

半ば告白のようなものをしていたが、あれではちゃんとした告白とは言えない。

それに宇宙人に付き合うという概念があるのかも謎だしな。


「付き合うとか、そういうのはなかったと思われ」


「でもキスしたって事は、りょーちんはイブちゃんの事好きだったんでしょ?」


「……あぁ、確かに好きだった」


「でも、消されちゃった……って事だよね」


そう、俺が好きになった女の子は宇宙人。

最後にどうなったかはわからないが、イブは俺たちの記憶を消したはず。

そのせいで、俺はイブに恋した事も、沢山の思い出も、イブという存在自体を忘れてしまった。

そして、それらのすべてが突然なくなった事に、俺は喪失感を覚えたのである。


それが十年間も俺を蝕み続けた。

そして思い出した今、十年前のあの夏の最後に起きるであろう事が予想できる。

イブがこの地球へ来た理由は、地球の危機を救う事とリーアを見つけて持ち帰る事。

つまり、いずれは俺たちの元から去る運命だったのだ。


別れが来てしまうのだ。

あの時の俺はまだ若く、別れる時が来るなんて事は考えもしなかった。

そして今現在の俺も、その先を思い出すのが怖くなっている。

別れの日が来るのは、この場にイブがいない事から見ても確定的。

だがあの時の気持ちを思い出してしまった今の俺は、当時の俺と同じように、心が焼かれてしまう程イブの事を好きになっているのだ。


この消された記憶の最後は、間違いなく別れの記憶である。

一番大切な人との今生の別れの記憶。


「りょー君の好きな人が……宇宙人?」


「恋南、信じられないかもしれんが、十年前俺たちは宇宙人に出逢い、世界を救ったんだよ」


「え、えっと……そうなんですか……?」


さすがの恋南もちょっと引き気味だ。

まぁいい、信じてくれなくても構わない。


「とりあえず、どっか落ち着ける場所へ」


かつての俺もきっと大きな衝撃を覚えただろう。


イブとの別れの時。

それを思い出すことで、俺はまた同じだけの悲しみを味合わなければならないのだ。

ただ、もうとっくに覚悟は決まっている。

どんな記憶だろうが、俺はすべてを受け止める。


「じゃあ展望台行ってみよ~よ?ほら、昔みたいにさぁ!」


あっちんはさも、みんなで何度も行きました的な言い方だが、一応俺の記憶にあるのは、イブを含めて行ったあの時だけだった気がするが。


「なんで展望台?」


「だってほら、景色すごかったじゃん」


本来は覚えていないだろう十年前の記憶。

展望台から見た景色が綺麗だったという事くらいは覚えてるかもしれないが、どんな景色だったのかはあまり覚えてはいないだろう。

だが今の俺たちには手に取るようにその記憶を思い出せる。

多分あっちんもその綺麗な景色を思い出してしまったからこそ、展望台に行きたがっているんだと思う。


「ふむ、確かに展望台からの景色は一見の価値ありではある」


「お兄ちゃん、展望台ってコゲ山のてっぺんの奴だよね?」


「あぁそうだよ。あんまりあそこへ行く奴もいないけど」


俺としてはもはやどこでも良かった。

俺たちの目的はあの夏の出来事を最後まで思い出す事だ。

それが出来るのならどこだって構わないが、展望台は恐らく直射日光ギンギンである。


「いよ~し!決まりだ~!それではこれより、山登りレースを始めるぞ!」


「な!ノブちゃんそれはダメだ!」


「いいね~!マラソン大会だね~!」


「みんな位置につけ~」


有無を言わさないノブちゃん。多少の強引さがノブちゃんらしさでもあるが、あの山道を本気で走ったら死んでしまう。

だが俺以外はみんな俄然やる気だ。

この中で喫煙者は俺だけなので、明らかに劣勢である。

いや待て、それ以前にこんなに肉体を酷使する理由はないぞ。


「ヨ~イ……スパーキン!」


勝手に始まった大レース。

今日はダービーめでたいな。


「ま、マジかよ……」













――――10年前

8月23日




「龍太、船まで戻るのは少し遠いので、私の私物を預けておいてもよろしいですか?」


私物といってイブが持っているのは真っ黒な箱。

イブの宇宙船はあのプチクレーターの所にあるので、確かにいちいち戻るのは億劫なのかもしれない。


「別にいいけど、なんだコレ?」


「小道具が入っています。村役場に侵入した際、使用した類の物です」


「あ~、例のアレね」


「出来るだけ目立たない場所に保管したいのですが……」


その小道具のすごさは既にこの目で確かめている。

あれが誰かの手に渡ったらまさに無法地帯。

とはいえ、家には俺と美紗子しかいないので、万が一にでもそんな事はなさそうだが。

しかし美紗子に見つかってしまえば、それこそ何を言われるかわからない。


「ふ~む……」


自分の部屋の中、ぐるりと見渡して押入に目が止まる。

開けてみたが、布団しか置いてないそこに黒い箱が置いてあるというのも不自然だ。


「上はどうでしょうか?」


「上?」


と言われて見上げてみると、もちろんそこには天井。

俺は押入に入って、天井の板を軽く押してみる。


「おぉ!開いた!こんな所に天井裏があったなんて知らなかった!」


「そこならそう簡単には見つかりませんね」


「よし!イブ。ここはお前の秘密の倉庫にしとくぞ!」


「ありがとうございます」


とりあえずノリでそんな事を言ってみたが、イブは喜んでいるようなので問題ない。

近くにあったマジックを取り、そこに文字を書く。





E V E





「他にも置いておきたい物があればここに置いていいぞ」


「はい」


夏の日常。

それはいつもの夏休みとは明らかに違う夏。

隣には大好きな人がいて、その人と同じ時間を生きていた。

毎日を全力で生きていたのだ。

どんなに些細な事も、どんなにくだらない事だって、最高に輝いている気がした。


「イブ、明日はお祭りがあるんだ。一緒に行くか?」


「お祭り、とは何かを祝う催しの事ですか?」


「祝ってるのかどうかは知らんが、でっかいパーティーみたいなものだ」


毎年8月24日は、北嵩部のお祭りがある。

もちろん俺は物心ついた頃から皆勤賞だ。

お祭りと言ったら俺、俺と言ったらお祭り、最新のパソコンなら『かみねりょうた』と打てば『祭』と変換される程である(予定)。


「そうなんですか、是非、拝見、堪能してみたいです」


「お祭りすらも知らないのか……お前は人生の30%損してるぞ」


「そんなにもですか!?それは大変大きな損失ですね!それでは明日は、何も考えず最大限の享受に身を委ねます」


イブの目がとても輝いている。

アニメキャラが大好物を発見した時並に輝いている。

どうやら俺の適当な発言を真に受けて、大分期待しているようだ。

だが残念ながら、人口の少ない過疎地である北嵩部のお祭りが、大規模であるはずがない。

俺的には十分満足出来るのだが、一般的に見ればかなりショボい。

だがお祭りを知らないイブならば、そんな小規模でもきっと満足してくれるだろう。


「龍太、集合の時間が近付きました。行きましょう」


「もうそんな時間か。それじゃあ今日こそ成功させてやるぜ」


そしてその日もまた、迎撃失敗の山が築かれる。













――――「ゼーハーゼーハー……」


コゲ山の頂へとたどり着いた時、三途の川が見えた。

いや、誤って渡ってしまったのかもしれない。

と思ったが、タカピーの声で、ここが下界である事が証明された。


「りょーちん、体力ねーなぁ」


「ふっ……俺は実力の一割も出してないのだ……オェェェッ!」


くそっ!なんだかすごく悔しい!

まさかのビリ。

あっちんやしーちゃんに負けただけでなく、恋南にまで完敗。

そして運動出来なそうな色白のヒゲナシ君にまで負けるとは……。


明日から本気の体力作り開始だ!

来年には俺の筋肉はボディビルダー時代のシュワちゃんレベルになっている事だろう。


「りょー君、大丈夫ですか?」


「恋南……お前が天使に見える……」


「え!?て、天使だなんてそんな……」


「恋南!りょーちんの話には耳を傾けてはならん!」


コゲ山の頂はやはりあまり管理されておらず、草は生え放題になっていた。

そんな雑草の上に大の字になって寝転んだ俺に向け、先に展望台を登ったあっちんが手を振っている。

俺の代わりに恋南が手を振ってそれを返しつつも、俺の隣に腰を下ろした。

それを見たしーちゃんが、タカピーを連れて展望台へと登っていく。

タカピーは最後まで俺に殺意の視線を送っていたが、気付かなかった事にしよう。


「みんな愉快な先輩達ばかりですね。とっても楽しいです」


「前にも同じ事を言った子がいた。その子は遠くへ行っちゃったし、多分もう二度と会えない」


「それって、さっき言ってたイブちゃんって人ですか?宇宙人だっていう……」


「そうだな。信じてくれなくてもいいが、俺の記憶にはしっかりと刻まれてる」


「そう……ですか……」


空に少し近くなった事で、心なしか日差しが強くなったような気がする。

本来はイヤになるような夏の暑さだが、今日はとても涼しい風が吹いていた。

走ったせいで全身から吹き出した汗も、その風で冷やされ、なんだか心地いい。


「りょー君は、その人に……恋してたんですか?」


「あぁ、大好きだった」


「じゃあもしかして、それがりょー君の初恋……」


「いや、俺の初恋はあそこにいるあっちんだよ」


「えぇっ!?亜莉沙先輩だったんですか!?」


かつての初恋の相手あっちんがすぐそこにいるのに、今ではあの時のような恋愛感情が生まれてこない。

時間というものは確実に人を変えていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る