悠久夢幻の煌めき2

「リズム、タイミング、角度、すべて及第点へと達しています」


「それでもダメって事は、カリスマが足りないのかも……」


何度も連続してシミュレーションしてみたが、やはり今日も失敗の山。

これが本番だったら、一体何人の人が犠牲になってただろうか。


「今日はもう休んだ方がいいですよ」


イブの宇宙船、上部が開くと、俺を涼しい夜風が出迎えてくれる。

イスにもたれ、両手を高々と伸ばし、そして大きな欠伸。

見上げた夜空は無限の煌めき。

そんな視界の中に入り込んでくる美しい少女の姿。


「龍太、どうかしましたか?」


宇宙船のボディの上に乗り、俺を見下ろす彼女の姿にまたしても俺は胸をトキメかせていた。


「星が綺麗だなって……」


「星、ですか。そうですね、本当に美しい、綺麗、美麗なものですね」


同じように夜空を見上げたイブ、どうしても星空よりも彼女に目を奪われてしまう。


「私の母星アークネビルは、様々なものが汚染されていますが、星達の美しさだけは地球と変わりません」


そう言いながら座ろうとしたイブだったが、座る瞬間に足を滑らせる。


「きゃっ!」


「うおっ!」


可愛い声を上げて転んだイブは、そのまま俺の上に落下してきた。

例のドジっ娘発動である。


「あ、ご、ごめんなさい!お怪我はありませんか?」


「全然平気だけど……お前は大丈夫なのかよ……」


俺の上に乗っかったイブの身体は華奢でとても軽い。

ちゃんと飯食ってるのか心配になるくらいだ。


「はい、問題ありません」


「そっか、じゃあ一緒に星でも見るか」


いつもは恥ずかしくてとても言えないような言葉が、どうしてだろうか、今日は簡単に言えてしまう。


「この体勢のままですか?」


「イヤか?」


「いえ、なんだか不思議と落ち着きます」


「はは、俺も」


元々その座席は一つ、横には座れない。

年上だけど俺より身体の小さいイブを、まるで子供のように抱き抱える。


「重くないですか?」


「軽すぎてビックリする」


「あはは、なんだか少し照れますね」


そして俺たちは密着し、遙か遠くに煌めく星達に魅入られた。

イブの温もりが腕の中にある。

今まで生きてきた中で、一番の幸福がここにあった。


「地球から見える星は、やっぱりアークネビルとは大分違いますね」


「そりゃそうだろ。違う星なんだから」


「アークネビルの周辺は地球よりも多くの星があります。なので、夜は地球よりも多くの星が見えるんです」


「そりゃあちょっと見てみたいかも。いつかその星にも行ってみたいな」


「地球よりも数世紀程度発展はしていますが、息苦しいのであまりオススメはしませんよ」


「それもまた楽しそうだ」


抱きしめたイブの温もり、空に煌めく無限の星。

世界が俺たちを祝福し、俺たちを中心に世界が回っている。


「龍太、心拍数が上昇しているようですが……」


女の子はどうしてこんなにも柔らかくて、いい匂いがするんだろうか。

ずっとこのままでいたいなんて、妙な事を考える自分がここにいた。


「お前にドキドキしてるんだよ」


そしてようやく気付く。

いつの間にか俺の気持ちは、またある場所に停滞している事に。


「ドキドキ……ですか?それは心臓、ハート、鼓動の事ですね?」


「あぁ」


「もしかして龍太は私に、恋をしているのですか?」


「かもな」


長くあっちんに奪われてしまっていた心が、今はこの腕の中の彼女の元にあった。

そう、いつの間にか俺はこの女の子を、宇宙人の女の子を好きになってしまったのである。

自分でもどうかしてるって思うが、一旦本気で好きになってしまった熱は簡単には冷やせない。


俺はイブに恋していた。

気持ちが次から次へと溢れ出す。

好きだという言葉では言い表すことが出来ない程に、俺はイブの事を想っている。

あっちんの時ですらも感じなかった、激しく強い想い、感情の激流。


「それは、とても嬉しいです」


「お前は……お前はどうだ?ドキドキしてるのか?」


「はい、私も鼓動、心音、心拍数が高鳴っています」


イブの背中から、僅かにだが鼓動が響いてくる。

宇宙人の普段の心拍数が地球人と同じかはわからないが、俺にもその鼓動は確かにスピードを上げて脈動しているように思えた。


「もしかして、私は龍太に恋してしまったのでしょうか?」


「さぁな。それはお前にしかわからん」


「そうなのですか。私にはやはり難解です。恋というものは」


「居心地がいいなら、それは恋なのかもしれない」


「そうですか。それなら私も、やはり龍太に恋してしまったのですね」


そして思い出す数日前。

しーちゃんがゆっちに告白したあの日の事を。


「キスって……お前の星にもあるのか……?」


二人のキスを思い出して、俺はついついそんな事をイブに聞いていた


「キスとは、主に異性同士が行う、唇を重ね合わせる行為の事でしょうか?」


「そ、そうだな。正確に言うなら」


「アークネビルにも、全く無いとは言えませんが、あまり一般的ではありません。異性同士が必要以上に密着する行為は禁止されていますので」


「なに!?マジで!?」


それはつまりキスだけでなく、こんな風に抱きしめたりだとか、アレも禁止って事なのか?


「じゃ、じゃあ待てよ?お前達の星では、どうやって子供を作るんだよ?」


さらっとすごい事を聞いてしまった気がするが、気になって仕方がない。

地球人がどうやって子供を作るかなんてみんな知っている。

もちろん俺だって、経験はないがそんなの十分理解しているつもりだ。

本来ならば言うまでもない事だが、イブの星ではそれが禁止されているという。

じゃあどうやって子供を作るのだろうか。

宇宙人には違う方法があるという事か?

それはそれでなんだかショックである。


「地球での、体外受精みたいなものです。子供の人数も決まっていて、最大で三人まで」


それを聞くと、なんだか本当に可哀想に思えてきた。

イブがさっき、自分達の星は息苦しい所だと言った意味がわかった気がする。


「興味はない?」


「……ない訳ではありません」


「じゃあさ……その、なんだ……してみないか?……キス……」


この言葉はやはり恥ずかしい。

今まで一度も言った事のない言葉、言う予定もなかった言葉。

そして俺には、イブがそれを断らないという自信があった。

まだ出会ってから一月すらも経ってはいないが、イブの事を他のみんなよりはよく知っている。

イブはまるで子供のように好奇心旺盛だという事を、きっとみんなは知らないだろう。


「……はい」


地球ではとても特別な意味を持つファーストキス。

俺もまだ誰ともキスをした事はないが、イブは恐らく一生それを体験出来ないのだろう。

それはとても勿体ない事だと、俺の脳内が騒いでいた。


「どうすればいいでしょうか?」


「ん、んーと、まずはこっちを向かなきゃな」


イブは俺の腕の中から抜け出し、そして身体を反転させ俺に被さるように乗る。

イブの長い髪が俺の顔をすっぽりとその中へ覆い隠した。


「これでよかったですか?」


「あぁ、バッチリだ」


超至近距離のイブの綺麗な顔。何度見ても色褪せないそれは、まるで芸術品。


「イブ、覚悟は出来てるな?」


「はい。いつでもどうぞ」


と、上から目線で言ってはいる俺だが、さっきから心臓が爆発してしまいそうだ。

一度深呼吸をして、イブの頬に両手を添える。

生唾をゴクリと飲み込んで、その顔をゆっくりとたぐり寄せた。


その唇が重なり合うと、世界の時が完全に停止する。

虫の鳴き声も、風に揺られた木々の音も、すべてが止んだ。


最高の瞬間だった。

世界の危機とか、そんな事がどうでもよくなるくらいに。


「……」


「……」


やがてゆっくりと離れていく俺たちの唇。

長いようでほんの短いキス。


「……龍太。キスというのは、まるで魔法のようですね」


「魔法?」


「はい。今のキスで私の鼓動はさらに高鳴ってしまいました。私はさらに龍太を好きになってしまったのかもしれません」


「俺も、お前と同じ気持ちだよ」


俺のファーストキス、相手は今一番好きな人。

それはとても特別で、想像よりもロマンチックで、最高に胸をトキメかせる瞬間であった。








――――「キス……」


「え!えぇ!?き、キス?」


「キスだとーっ!?りょーちんっ!許さん!それは絶対に許さん!」


思わず俺が口に出してしまった単語に、タカピーは発狂し始めた。

店内には朝早いのでまだ俺たちしかいないが、妹の事となると本当に騒がしい奴である。

別に俺が恋南とキスするとか、そんな話はしてないだろーが。


まぁ別に、俺は構わないけど?


「違うわ。思い出したのだよ。俺のファーストキスの瞬間をな!」


「なにっ!」


別席に座っていた五人の仲間達は一斉に俺たちの元へと集まる。

何年経ってもこういう話が好きな連中だ。


「なになに!りょーちんのファーストキス!?誰なの誰なの!?もしかしてアタシ?」


「聞いて驚くなよ。俺のファーストキスの相手は……イブだ!」


すかさずドヤ顔。

俺はあの超美少女、イブと接吻を交わしていたのである。

誰しもファーストキスは特別なものではあるが、俺の場合はその特別っぷりの桁が違う。

地球外生命体とのキスなんて、想像を遥かに越える前代未聞の出来事なのだ。


「オ~~なんという事だ~!やはりりょーちんはイブちゃんと出来ていたのかぁ~!」


「川で遊んでる時も仲良さそうだったよね」


間違いなく俺はあの時、イブとキスをした。

イブの事が好きだったから、好きになってしまったから。

その事を思い出した今、俺の中に妙な感覚が生まれていた。

それはあの時、俺が感じていた感覚と同じ。

イブの事が好き、という漠然とした感情。

もうあれは十年も前の出来事だというのに、まるで今体験したかのような、そんな気持ち。


「そうか……」


記憶を呼び起こした事により、あの時停滞していた気持ちが再び動き出したのだ。

俺の中には今、イブの事が大好きだという気持ちが溢れかえっていた。


「りょーちん?」


あの夏、俺は新しい恋をしてしまったのだ。

地球外生命体であるイブという存在と。

そして同時に、俺が探し続けてきた喪失感の正体が、何となくわかってしまう。


「そうだったんだ……」


俺はこの十年間、理由のわからない喪失感を抱えて生きてきた。

そして十年という歳月を経て、その輪郭がついに浮き彫りとなる。










俺は、愛する人と、その想いを失ったのだ。













――――10年前

8月19日




問題のXデーまで残すところあと8日。


「う~……」


訓練は毎日のように続けられていたが、それでも最後の7分間はクリア出来ていない。

当日はイブ自身もサポートに回ってくれるらしいので、いくらかカバー出来るかもしれないが、今のままでは隕石落下確定である。


「う~ん……」

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