第九話 疾走の螺旋記憶

疾走の螺旋記憶


――――あの日、俺たちは役場に忍び込んだが、目的の物は発見出来なかった。

隕石は『リーア』ではなかったのだ。


「ふむふむ、だが来る岩石シャワーを防ぐには、リーアの力が必要……」


タカピーの日記には、俺たちは世界を救ったと書いてあった事から、恐らくその後リーアは見つかったと思われる。

順調にあの夏を思い出してきたぞ。



ガンッ!



「あいてっ!」


夢中になりすぎて電柱にぶつかった。











ようやく川まで戻ってくると、そこにはまだみんなの姿があった。

置いて行ってしまったしーちゃんの姿もそこにある。

川ではしゃぎ回っていたノブちゃん、あっちん、タカピー、ゆっちは、川から出て岩場に腰掛けていた。

なんだか雰囲気がさっきと違うように見えたので、ゆっくりと近付いてみれば、その場の全員があるものを食い入るように見ている。

大方、上流から瓶に詰められた手紙が流れてきたので、みんなで見ているって所だろうか。

と思っていたが、俺の予想は的を外れていた。


みんなが見ていたのはなんと、さっきまでバカにしていたタカピーの日記帳だったのだ。

これにはさすがの俺もビックリ仰天、一体どういう風の吹き回しだこいつら。


「あ、龍太君!」


しーちゃんが俺を見つけて声を上げたので、みんなも一斉に俺を見る。

とりあえず謝っておこう。


「遅くなった。すまない。時空の流れが不安定になっていたようで、やはり俺の力がないと調整できないって言われて仕方なく……」


「りょーちん!」


「わわわっ!なんだ!」


ノブちゃんが鼻息を荒くしながら、俺の方へ猛ダッシュしてくる。

非常に興奮しているようだ。

もしかしたら俺の勝手な行動に憤慨しているのかもしれない。


「会いたかったぜベイベー!」


どうやら憤っているわけではないようだ。

俺に向かって唇を尖らせるノブちゃんの顔はとても気持ち悪い。


「うをぉぉぉおお!やめろぉぉおお!俺にそっちの趣味はなーい!」


「堅いこと言うなよ~」


腕力でノブちゃんの接近を食い止める俺。

いつ見てもノブちゃんという存在は酔っぱらいみたいだ。


「ノブちゃん、言わないの?さっきの事」


ヒゲナシゆっちの一言により、まるで我に返ったように突進をやめるノブちゃん。


「あ、そうだった!そうなんだよりょーちん聞いてくれよ!」


「な、何を?」


「思い出したんだよ!十年前の夏の出来事を!しかもヤッバイ奴を!!」


ろくでもない話だろうと思ったが、いい意味で予想を裏切ってくれた。

それは今、俺の中で一番旬な話題である。


「それで!?ノブちゃんは何を思い出した?」


少しの間すらもどかしい。

堪えきれずにノブちゃんの両肩を掴む。


「XXXX年7月28日」


その日はまだ俺の記憶の外、思い出していない未知の領域。

その領域に、ノブちゃんが先に到達したようだ。


「りょーちんがスーパーカワイイ女の子を連れてきたんだよ!んで、その子が宇宙人だとかどうとか」


「宇宙人……イブか……」


俺はノブちゃんの肩から手を離し、タカピーの日記帳を手に取り開く。

7月28日の日記、そこを見ればノブちゃんの言葉が嘘ではない事がわかる。





7月28日

すごい!これってもしかしたら人るい史上最大の出来事かもしれない!

りょーちんが宇宙人をつれてきた!

しかもとってもカワイイ女の子!

でもこれはみんなだけのひみつ!





「やっぱりこの日か」


どういった風の吹き回しか、俺はあの宇宙人の存在を周りの仲間達に公表したわけだ。


「いやぁ~可愛かったなぁ~イブちゃん。最高だったなぁ」


ノブちゃんはイブの事を思い出してニヤケている。


「うむ、確かにイブの可愛さは神がかっていた」


「待って待って!どういう事?貴史君の日記が本当だって事?」


しーちゃんはとても信じられないとでも言いたげな顔だ。

その点に関しては、俺とノブちゃん以外のメンバーは懐疑的なようである。


「えっと、かつて俺が書いた日記かもだけど、さすがにちょっと信じられないかな……」


「宇宙人かぁ……なかなかロックだね」


ゆっちに関してはもう何が言いたいのかわからん。


「宇宙人はいると思うけどさぁ~、それにしてはなんか胡散臭いよね~」


あっちんが言うように、思い出していない側からすれば胡散臭い感じはある。


「宇宙人と出逢った事も忘れてるしさ~、ニュースにもなってないし。世界を救ったっていうのも、なんか厨二病っぽいよね~」


「うぐはっ!」


恐らくあっちんには悪気はないだろうが、タカピーはなんだかショックを受けているようだ。

大丈夫だタカピー。男は大概厨二病なのだから。


「とりあえずみんなに言っておく。きっとすぐに思い出すぞ。俺たちが言っているのは妄想なんかじゃないってな」


正しい事を高々と宣言するのは、なんて気持ちいいんだろうか。

そんな中、しーちゃんは急に真面目な顔を見せ、俯いた。


「あれ……?7月28日……」


「シズ?どうかした?」


しーちゃんは眉間にしわを寄せたまま、あっちんの声にも答えずに数秒間硬直した。

やがて顔を上げたしーちゃんの目は、俺とノブちゃんを交互に見る。


「まさか……」


俺には今、しーちゃんの身に何が起きたのか、手に取るようにわかった。


「なぁノブちゃん、一つ聞いていい?」


「ホワット?」


「ノブちゃんが思い出したその場所に誰がいた?」


「今ここにいるみんなだZE!」


思わずニヤケてしまう俺。

やはり俺の予想は正しかったのだ。

みんなは些細なきっかけにより思い出している。あの霞がかった夏を。

俺がみんなにタカピーの日記の事を話し、そして教えた事で、ノブちゃんは思い出すことが出来た。


そして今、もう一人。


「しーちゃん、思い出したんだろ?」


しーちゃんは自分の記憶を思い出しても、まだ信じきれていないようだ。

かつての俺が、しーちゃんやあっちんにもイブの存在を明かしていたというのは少し予想外だったが、今となっては都合がいい。


「シズ、思い出したって……もしかして宇宙人がどうとかって話の事?」


「わからない……けど、確かに……いた。宇宙人を名乗った、とっても綺麗な女の子……」


しーちゃんがそう言った瞬間、疑っていた周りの奴らはざわめき始める。


「……マジ?」


「しーちゃんがそう言うなら、きっと本当なんだね」


かつてここにいるメンバー全員がイブに会っていたのなら、全員が記憶を消されたのも頷ける。

もちろんイブが消したというのが濃厚だが、今はそこまで思い出せていないので、真相はまだあの夏の靄の中。


「そう、コゲ山……プチクレーター!そこで私たちは宇宙人に……」


プチクレーター、そこにはイブが乗ってきた宇宙船があった。

さて、どうして俺はみんなにイブの事を公表したのか。

そしてどういう意図があって、プチクレーターの場所まで行ったんだろうか?

すべては俺の記憶の中。













――――10年前7月28日、昼前。


「協力者?」


「はい」


イブと二人、出来るだけ人と会わないようにと、わざわざ隣町まで出掛けて、小さな喫茶店でコーラフロートをすすっていた。

イブはコーラフロートを初めて体験するらしく、最初は戸惑っていたが、気に入ったようですぐに飲み干してしまった。

そんなほのぼのとした雰囲気の中でイブが言い出した話に、半ば忘れかけていた話が呼び起こされる。


「例の隕石群の落下を阻止、防止、回避する為には、他にも数人の仲間、協力者、共謀者が必要です」


そう、地球に隕石群が迫っているのである。

何もしなければ百万の命が犠牲になるという、とてつもない大災害だ。

いまいち実感は湧かないが、そんな大それた危機が後一ヶ月程で起こるらしい。


「そして龍太。あなたの力も必要です」


「俺の?」


「隕石破壊には、私一人ではとても手が回りません。数名の協力者達と力を合わせて挑まなければならないのです」


つまり……


「俺達が……隕石を止めるって事か……?」


イブは唇の端を少しだけ上げて頷いた。

って事は、百万の命は俺たちの肩にのしかかっている、という事になる。


「龍太、協力者としてあなたの力になってくれる人はいますか?男女関係ありませんが、年齢は龍太と同じくらいの方が望ましいです」


その時、俺の頭の中にすぐに数人の顔が浮かんだ。


「仲間は……いるぜ」


あいつらならきっと俺の力になってくれるはずだ。


「何人いればいい?」


「四名、五名程でよろしいかと思われます」


問題は、こんな突拍子もない話を信じてくれるかどうか。


イブを見る。

じっと見る。

まじまじと見る。

イブは俺にじっと見つめられても、全く動じない。

俺の目をただまっすぐ見つめ返してくる。

俺の正直な感想を言わせてもらおう。



めっちゃカワイイやん……。



だがそう感じるという事は、俺はこいつを人間と同じ視点で見ているという事だ。

姿形は地球人と一緒。

言動に少しおかしな時もあるが、日本語を喋るし、髪も黒髪だ。

これでは宇宙人『らしさ』というものが感じられない。

恐らく仲間達に言ったところで誰も信じてくれない。

ならば宇宙人『らしさ』を見せれば万事解決だ。


「よし、イブ、場所はコゲ山の隕石落下地点。今夜、仲間達を召集させるぜ」












――――なるほど、これで日記の通りになるわけか。


「そうそう!宇宙人のイブちゃんは、でっかい銀色の宇宙船に乗ってたんだよ!」


「おぉノブちゃんその通りだよ!」


「それで確か……地球に隕石が落ちてくるって言ってた」


「隕石を止めなきゃ百万人単位の死者が出るって言ってたよね」


ノブちゃんもしーちゃんも次々に的を射た発言を繰り出す。


「ん~言われてみればそんな話を聞いた事があるような~……」


「僕も、何となく聞いた事があるような気がする」


あっちんとゆっちも、みんなの話を聞いて頭を抱え始めた。

俺もまだ思い出してはいないが、みんなのその頭の中にはその時の事が鮮明に刻まれているのだ。


「なぁりょーちん、その宇宙人ってのはもしかして、セーラー服を着ていたりょーちんの親戚の子の事?」


「フォックス!余計な事を思い出すでない!」


「あれ?私の見た宇宙人の子はセーラー服なんて着てなかったよ?」


「じゃあ違うかも。俺が見た女の子はセーラー服を着てて、りょーちんがその子を水で濡らして楽しんでた」


みんなの視線が一斉に俺の方へと向けられる。

女性陣の視線はちょっと引き気味だ。


「りょーちん……そんな性癖があったんだね……」


「龍太君……」


え?何コレ?

すごいよ!あっちんとしーちゃんの残念そうな目が痛いよ!

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