十七歳の美少女3

埃を軽く払い、その表示された記号を見てみるが、一度も見た事のない記号だと一目でわかる。

黒い箱は見た目よりも軽いが、箱自体は何かの金属製のようだ。

かつて俺があの天井裏にこいつを保管した記憶も、この箱自体を所持していた、あるいは見たという記憶もない。

あの場所、天井裏という特異な場所にこいつを隠した可能性が高いのは、やはりイブ。

中には一体何が入ってるのだろうか。


「開けたらおじいちゃんになったりしないよな……」


地球外生命体の所有物だ。人知を越えた何かが起きてもおかしくはない。


「ん?あれ?」


箱をまんべんなく見てみるが、どこにも開けられる場所がない。

とりあえず軽く小突いてみたり、弁当箱のように開けてみたり、ボーリングの要領で転がしてみたりしたが、その箱は頑なに拒んだまま。

もしかしてこれ、ただの箱じゃなくて、何かの装置だったりとか?

しかし箱には妙な記号が表記されているだけで、スイッチやらレバーやらはどこにもない。


「説明書つけとけよ」


それからしばらく色々な試行錯誤をしてみたが、その黒い箱がなんなのかは全くわからないまま。

イブに、あの夏に繋がる何らかの手がかりって事はわかるが、最低でも今の俺にはわかりかねるものだ。

十年前の夏の記憶を辿っていけば、いずれこの箱にたどり着くかもしれない。

この件は後回しにしよう。今はそれよりもまず、みんなと合流しなくては。


「うをあっ!ヤバッ!もうこんな時間かよ!」


さらにタイムロスしてしまった俺は、急いで家を飛び出した。

もしかしたら俺に呆れてみんな帰ってしまったかもしれんが、待っていてくれてるならこれ以上待たせるわけにはいかないだろう。

なんてったって俺は紳士だからな。











――――10年前7月27日


北嵩部村役場。

日も暮れ夜の闇が村を覆い隠し、やがて少しずつ喧騒も消えていく。

夜十一時、美紗子に見つからないように家を飛び出した俺は、所定のポイントへと急行した。

十一時にもなるとまるで廃村の如き静けさになる。

つくづく平和な村だ。


そんな大自然と一体化したような村の中を颯爽と駆け抜ける一人の男。

その名を鹿嶺龍太と申す。

忍者、隠密と言われる存在である。


「シュタタタタタタ!」


その足の速さも尋常ではなく、鍛えられた強靱な脚力には何人たりとも適わない。


「ビュン!ビュン!ビュビュン!」


まるで風、常人の目には映らぬ程のスピード。

今ならF1カーにも勝てそうだ。


「俺の名は鹿嶺龍太……SHINOBIだ……」


「龍太」


「血がたぎる……。今夜は手加減出来そうにない。悪く思うな」


「龍太、誰と会話しているのですか?」


「……」


「……?」


「…………」


「…………?」


「べ、別になんでもねぇーし!ただジョギングしてただけだし!忍者に憧れた事なんてないからな!」


「……?」


しかしこいついつからいやがった。この俺が気付かないとは、まさか宇宙忍者か!

暗闇の中に立つ数少ない外灯の下、イブは不思議そうに首を傾げていた。

くそっ!いちいち可愛いな。宇宙人のくせに。


「イブ、そんな事はどうでもいいんだよ。今から俺たちは大仕事をするのだぞ?覚悟はよいか?」


「はい、準備は完了いたしております」


「違う違う!いいかイブ、準備が出来たらこう言うんだ」


「……?」


「準備オッケーですご主人様」


ふふん。


「了解しました。準備オッケーですご主人様」


うをおあっ!

すごいぞこいつは。なんて破壊力なんだ!


「よろしい、では行くぞイブ」


「はい!」


今度こいつには一度メイド服を着せてみるべきだな。

しかしこいつは面白い。俺が教えたら何でも言ってくれそうだ。ムフフフ。


「あれが、村、町の中心。役場と呼ばれる建造物ですか?」


「建造物っていうか……まぁいいや。あそこに例のブツがある」


「ブツ……?物、仏、勿、佛、打つ……」


「……お前の探してる『リーア』、あのコゲ山に落ちた隕石の事だ」


「そうでしたか。ならば早急に済ませましょう」


北嵩部村役場。それは村の中心であり、村の中では学校と同じくらい大きな建物である。

ただし、既にかなり年季が入っているので外壁は汚れ、所々にヒビが入っていてみすぼらしい。

かつてコゲ山に落ちた隕石は、この役場の中に展示されているのだ。

当時は観光客で賑わいを見せたみたいだが、隕石とは言えただの石を見た所で大して面白くはない。

なので、客足はすぐに遠退いてしまったという話。


なんともやるせない話だが、それ以外観光スポットらしい場所もないので、そうなるのは目に見えていた事だろう。

それはともかく、例の隕石リーアは間違いなくここにある。

ただし、リーアはショーケースの中に展示されているので、実際に触れる事は叶わない。

さらにそれを持ち出さなければならないのに、真っ昼間から正々堂々とはいかなかった。

だから夜、役場に完全に人がいない時間を狙うしかない。


作戦は至ってシンプル。入って、盗って、出る。

ただしこれは明らかな犯罪行為。不法侵入と窃盗、場合によっては器物破損。

真面目に生きてきた俺の人生に、犯罪行為という闇の一ページが刻まれるわけだ。


ガッデム!


しかし中に誰もいないからと言っても、何らかの警備システムがあるはず。

セ○ムされてたら終わりだ。

さて、問題はこの難攻不落の要塞にどうやって挑むか、だ。

宇宙人なので、恐らくセコ○の存在は知らないと思うが、本当に大丈夫なのだろうか。

それ以前に、鍵のかかった役場内にどうやって進入する気なのか。

まさか爆弾を使って強行突破なんてしないよな。


「で、イブ。どうやって中に入る気なんだ?」


イブは何らかのケースを片手に持っているので、恐らくそいつが何かの役にたつ物だと思われる。


「まず、見てみないとわかりません」


夜中の役場に用がある奴なんていないので、誰かに見つかれば明らかな不審者だろう。

最悪警察に通報されかねない。

そんなドキドキな俺なんてお構いなしに、イブは堂々と正面のガラス扉へと近付いていく。


「うをっ!なんて大胆な!」


焦りながらその後を追って扉の前までやってくる俺たち。

もちろん扉は自動ドアなんてハイテクな代物ではない。


「……施錠のシステムはこれだけですか?」


「これだけって、ここに鍵かかってるだろ?」


「はい、ですが……随分と甘い、弱い、脆いセキュリティーだと思いまして」


「地球の物なんてそんなもんだ。お前の星と比較しない方がいい」


「そうですね。ごめんなさい、すまん、申し訳ありません」


「あとそれ、謝る時はごめんなさいでいいから」


「はい、了解、理解、把握いたしました」


そう言った後すぐに、イブは持っていたケースを開く。

ケースの中には見た事もない工具(?)らしきものが並んでいた。

その中の一つ、大きなナットのようなリングを取り出したイブがそれを回すと、リングは青い光を放った。

そしてそれを鍵穴へ近付けて捻ると、鍵はいとも簡単に軽く音を立てて開いてしまったのだ。


「すげっ!何ソレ!」


「アークネビルでは、すべての建造物がもっと厳重、強固なセキュリティーに守られていますので、こう簡単にはいきませんが」


やはり宇宙はすごすぎる。


「内部のセキュリティーシステムの情報を読み取りますので少しお待ち下さい」


今度は小さな機械を取り出したイブ、その機械を役場内部へと向けると、機械の上に立体の映像が構築されていく。

それは今見ている役場内部と同じ形を作り出し、俺には読めない文字が次々と表示される。

その光景はまるで映画のワンシーンのようで、現実味を帯びていない。


「セキュリティーは最低クラスですね。これなら大丈夫です。龍太、これを腕に巻いて下さい」


渡されたのはリストバンドのような物。


「なんだこれ……」


「それを付ければ、センサーに感知される事はありません」


「マジかよ……」


少し不安だったが、俺はそれを腕に巻いて内部へと潜入。

今まさに、俺は不法侵入という罪を犯したのだ。

だがどういう訳か気分が高揚している。

誰かに見つかってしまうかもしれないというスリルが、妙に俺を興奮させているのだ。

なるほどなるほど、これが犯罪者の心理なのかもしれない。


「龍太、リーアはどこですか?」


「ん、あ、あぁほら、あそこだ」


中に入ってすぐ、目的の物はショーケースに入った状態で安置されていた。

大分前に見た時と全然変わらない。


「これですね、リーア」


見た目は何の変哲もないただの岩石。

表面はかなり起伏が多く、溶岩が固まって出来た溶岩石に似ている。


「で、どうするんだこいつ。持ち出したら、明日バレちまうぞ」


「精巧なダミーを代わりに置いておきます。見た目、重量も同じ、バレる事はないでしょう」


「そ、そんな事も出来るのかよ」


イブはまた新たなアイテムを取り出す。

手の中に収まる程の円柱状の物体。小さなライトのようなものだ。

そして次の瞬間、それの先端が赤い光を放ち、隕石を包み込むように照射される。

どうやらライトという見た目は、あながち間違ってなかったようだ。

赤く染まった隕石を真剣な目でまじまじと見つめるイブ。

そしてその横顔をまじまじと見つめる俺。

宇宙人の触り心地ってどんなだろう。

ちょっと触ってみてもいいよな……。

俺がそーっと手を伸ばそうとした時、イブは眉を顰めた。


「これは……」


出しかけた手を慌てて引っ込めたが、動揺して声が裏返る。


「なは!ど、どほした!?」


俺の顔を見たイブの顔は、残念そうに眉を顰めたままだった。

そして左右に首を振る。


「これはリーアではありません」


「な!」


「恐らくただの岩石でしょう」


「そ、そんなはず……」


あの隕石はこの役場に保管されていたはずだ。

現に今、隕石の入ったショーケースにその事が書かれている。





XXXX年7月17日

北嵩部明焦山、山頂付近に落下した隕石





その説明を見る限り間違いないはず。


「最初から違うものとすり替えられていたのかもしれません」


あるいは、降ってきた隕石がそもそもリーアではなかったか。

イブの持つ機器の有用性は大分理解した。

機械の故障とは考えにくい。










そして俺たちの『リーア探し』は、振り出しへと戻ってしまった。




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