疾走の螺旋記憶2

「いや待て!誤解だ!俺にそんな性癖は……」


そんな俺の肩に手を回し、小さく数回頷いてみせるノブちゃん。


「わかる……」


いや何が!?

俺共感されても困るんだけど!


「男の子だからね。やっぱり、下着が透けたりすると興奮するのは仕方ないよ」


ゆっちが謎な慰め方をしてくるが、俺は決してあいつを濡らして楽しんだ覚えはない。

あの時はあいつが自ら自爆して……


「あ!」


タカピーが大きく声を上げた事で一瞬シンと静まり返る空気。

俺に向けられていた視線が今度はタカピーへと流れていく。

キツネは少し興奮しているようだ。


「そうだ!一泊しようじゃない会!俺んちでやってた!」


「お前は何を言ってるんだ?脳みそも川に流しちまったか?」


「何言ってんだ!りょーちんが言い出した事だろ?」


「俺が?」


タカピーの発言に賛同したのはノブちゃん。


「キツ……タカピー!その通り!一泊しようじゃない会!」


なんだそのネーミングセンスの欠片もない名前は。


「りょーちんが名前付けてた!」


バ、バカな……この俺が……?

俺はそんな会の事なんて……あれ?

知っている気がするぞ。












――――「今日はタカピーの家で、夜通し勉強という名のゲーム三昧だぜ!」


と、俺は珍しくテンションを上げていた。


「名付けて一泊しようじゃない会!」


「イエ~」


日も暮れた夜、タカピー家に集まったタカピー、俺、ノブちゃん、ゆっちはノリノリである。


「出来るだけ静かにしろよな!うちの母さんが飛んでくるぞ!」


集めたのは俺を抜いて三人。

イブは四、五人と言っていたな。少し足りないが、まぁいいだろ。

もちろん今日のこのお泊まり会など、ただ単にみんなを集める口実に過ぎない。

この仲間達なら信用できる。そしてきっと協力してくれるだろう。





10年前

7月28日、夜





「りょーちん。今年が中学最後の夏休みなんだぜ?」


と、ノブちゃんがゲームのコントローラーを握りながら話しかけてくる。


「そうだけど?」


「なんか思い出残しておきたいと思わないかい?」


コントローラーを置いたノブちゃんは自らの携帯を取り出した。

最先端、四十和音の着メロが流せる携帯である。

俺は携帯を持っていないので、とても羨ましい。


「というと?」


「つま~り、女の子を呼んじゃおっかなって事なり」


ノブちゃんの言葉に一番取り乱したのはタカピー。


「おおおおお女の子だと!?」


妹がいるというのに、女に対する免疫が無さ過ぎる。

まぁ俺もあんまり人の事を言えた程ではないが。


「みんなで花火とかしたら楽しいっしょ」


花火……。


あっちんと花火……。












「りょーちん、一緒に線香花火、しよ?」


「あぁ、いいぞ」


「じゃあさ、賭けしようよ」


「何を賭けるんだ?」


「負けた人は、なんでも一つ言う事を聞く、それがどんな命令でもね」


「どんな命令でも、ね。それがどういう意味かわかってるなら構わないが」


「優しくして……ね……」


「最高の夜にしてやるぜ」











これだ!これしかねぇ!

今年の夏はこれで決まりだワッショイ!


「ノブちゃん……俺は思い出……作りたいぜ!」


「僕も構わないよ」


「ま、マジかよ……」


という事で、ノブちゃんが女の子を呼んでくれる事になった。

と言ってもさすがのノブちゃんも、北嵩部以外の女の子はあまり知らないようで、俺の想定通りの結果となる。


「りょーちん、吉報だ!あっちんとしーちゃんが来てくれるぜ~!」


やはり運命の赤い糸は、この俺の小指とあっちんをどうしても繋げたいらしいな。ふはは。


「さぁ行くぞ!」


中学三年、俺には好きな人がいた。

その子はとっても可愛くて、誰にでも優しくて、笑顔が魅力的な女の子だ。

水原亜莉沙。俺は彼女に恋をしていた。

誰しもが体験する、ピュアな初恋である。


「花火が……ない……だと?」


「ごめんねぇ~。明日入荷する予定なんだけどねぇ……」


花火を売っている場所なんて限られている。

閉店間際のヘブンへと滑り込んだはいいが、ただ今花火は品切れ中。なんというタイミングの悪さだ。


「花火売り切れかぁ……残念」


「そうだね……」


せっかく合流したあっちん、しーちゃんも、これにはガッカリなようだ。

せっかくの一大イベントがこれでは台無しである。


ん、待てよ?俺、何か忘れてないか?


「う~ん、他に何かないかなぁ?」


「そうだっ!」


「うをっ!ビックリした!」


俺は花火なんぞにかまけている時ではなかったのだ。

イブ、あいつの所にみんなを連れて行かなくては!

思えばあっちんとしーちゃんも合流し、人数は俺も含めて六人。

万事オッケイではないか!


「みんな、聞いてくれ」


カッコつける時はまさに今。

俺はいつもより声色を変え、出来るだけ落ち着いた口調でみんなに告げる。

口元には、得意げな笑みを忘れずに。


「今日、集まったこの六人。一見、偶然に見えるが、お前たちは選ばれた人間なのだ」


俺が高々と宣言する姿を見て、みんなは完全に呆気にとられている様子。


「お~い、りょーちん。映画の見過ぎだぞ」


キツネがいちいち余計な野次を飛ばしてくるが、ここは軽くスルー。


「真実を見せてやる。覚悟を決めろ」


「なんか今日のりょーちん……めっちゃ輝いてる……」


「龍太君……どうしちゃったの?」


俺に尊敬の眼差しを向けるノブちゃんと、ひと味違う俺に戸惑うしーちゃん。

存分に敬い、戸惑うがいいさ。

俺は既にすべてを知っている存在。言わば、一つ上の次元にいる神的な存在なのだ。

この立場、何という優越感だろうか。


「りょーちん?」


「この世界中、誰も知らない真実を聞きたくはないか?これは、俺の妄想なんかではないぞ?」


俺の姿にそれぞれ不思議そうな顔を見せたが、ここで怖じ気づく奴はいないようだ。


「りょーちん?本当にヤバい物見れるの?」


「りょーちんマジ神!」


「でも楽しそうだね。僕はちょっと行ってみたいな」


「亜莉沙……どう思う?」


「楽しそうじゃん!行ってみよーよシズ!」


完全に予定通り。

ついでにあっちんが喜んでくれて幸せだ。






――――「花火……そうだよ!花火!ヘブンに行ったけど無くてさぁ!」


ついにあっちんもその片鱗を思い出す。

そしてそれに釣られるかのようにゆっちもあの時の事を口にし始めた。


「僕も思い出したよ。花火出来なくなって、りょーちんが妙な事を言い出したんだよね」


「そうそう!だよね!りょーちんが意味深な事言うから、アタシもすっかり虜になっちゃってさぁ~」


今思えば完全に厨二病全開だったが、あっちんを虜に出来たならまぁよし。

もしかしたらあの夏、俺はあっちんと親密な関係になっていたのかもしれない。

ふうむ、ますます先が気になるな。


「そうだったそうだった。そしたらりょーちん、俺たちをプチクレーターの所まで連れて行ったんだよ」


なるほど、予定通り、やはり俺は隕石落下地点へみんなを連れて行ったわけだ。












――――「おいおいりょーちん、本当にこんな所に何かあるのか~?」


「みんなに、信じられないものを見せてやろう。そこで待っているがいい」


隕石落下地点、通称プチクレーターまでみんなを案内し、俺だけ一人その中心へと向かう。

イブを単に宇宙人だと言った所で誰も信じないのはわかってる。

俺だって信じなかっただろうからな。

だがこれを見ればそうはいかない。


「イブ、出てこい」


俺が合図を送ると、空中にノイズが走り始める。


「え?」


「な、何だ……?」


そして次の瞬間には、そこに大きな浮遊物体が出現していた。

俺が見た時と同じように、それは1メートル程空中に浮いている。

みんなは一様にその光景に釘付けになり、開いた口が塞がらない状態。

そしてその上部が、自動ドアのように開くと、中から水色の髪の少女が姿を現した。

イブにはこの演出の為だけに、髪色を元に戻して貰った。

ちなみに髪を染めるのは数秒で出来るらしく、ダメージも無いらしい。

俺もそれを使って、夏休み中の間だけ金髪になろうかなとも思ったが、周りの目が気になるのでやめておく。


「こんばんは」


よし、俺が教えた通り、挨拶はちゃんと出来るようになってるな。

イブ達ネビリアンは、地球人と比べ記憶力が高いらしい。

難しいと言われる日本語も、ここまで喋るのに要した時間は数日と、まさに驚異的な記憶力である。

イブはその宇宙船から降り、俺と一緒にみんなの前に立った。

みんなに与えたインパクトはこれで十分だろう。

ここからは俺の仕事。


「見た通り、もう既にみんなの想像を超えてると思うが、今から話す事を冷静に聞いてくれ」


あんぐりと口を開けたままのみんなに、俺は最高にカッコ良く宣言する。


「俺の横に立つこの女は、人間ではない。宇宙人だ」


「初めましてみなさん。アンドリュケルム・イグナシート・イブ・ファクリシェリンと申します」


「イブと呼んでやってくれ」


仲間達は皆、半信半疑。

それでも構わず、俺は一番の議題を切り出した。


「そして今、地球に隕石が近付いている。その隕石を止めなければ、百万人レベルの死者が出る大災害となってしまうのだ」


この話をみんなが信じるかどうかは、五分五分といった所だが、普通ではないという事は感じ取ってくれたはずだ。

俺とイブは共同で、今までのすべての話をみんなに言って聞かせる。

イブが地球に来た理由から、リーアという石を探している事、日本語を喋れるワケ、隕石に関する詳細。

個性派のメンツの割に、この話はみんなしっかりと聞いてくれていた。

ひとえに、俺の神がかった演出のお陰だろう。


「しかし……宇宙人が人間と同じ形なんてビックリした」


「お前だってキツネと同じ顔してるだろ」


「りょーちん、これから背後には気をつけた方がいい。いつ石が飛んでくるかわからないからね」


「ジョークだ」


あっちんとしーちゃんは、イブの身体をベタベタと触りまくっている。

心なしか、イブの顔が赤くなっているように見えた。


「すごい!ねぇシズ!人間と一緒だよぉ!?」


「肌触りも一緒」


「おし!あっちん、しーちゃん、交代だ。次は俺が確かめちゃうよ!」


「ノブちゃんはダメッ!女の子の身体には気安く触っちゃダメなんだから」


気持ち悪いくらい鼻の下を伸ばしたノブちゃんは、あっちんの制止によりシャットアウト。


「でも宇宙人。本当にいたんだ。髪の毛が水色なんて、幻想的だよね」


やはりいかなる時も動じないマイペースゆっち。

テレビ東京並の動じなさである。

だがこうしてみんなの反応を見る限り、どうやらイブが宇宙人である事を信じてくれたようだ。


「でもでもイブちゃん。隕石を止めるって言っても、アタシ達、何をすればいいのかな?」

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