第七話 宇宙の神秘

宇宙の神秘

十年前、7月27日


「ふぁぁ~」


あまりの暑さに、自然と目が覚めたのは午前十時。


「ん~……ねむ……」


頭の中は半分夢うつつ、全然覚醒しきらないまどろみの中、自分の姿を見て疑問を感じる。

俺はベッドではなく、テーブルに突っ伏したまま眠っていたからだ。

こんな事は徹夜でゲームした時くらいしかなかった事である。


「あれ……昨日何してたっけ……?」


目を擦りながら、大きく伸びをしてみると、節々の痛みを感じた。

ちゃんとベッドで寝ないとこうなるから嫌なんだよな。


「ん~と……暑くて眠れなくて……流れ星が落ちて、宇宙人と遭遇して、可愛くて、それで……」


宇宙人……?


宇宙人……。


宇宙人!!


「イブ!」


彼女の事を思い出した瞬間、完全に目が覚めた。

そう、俺は昨日、人類初の宇宙人のお持ち帰りに成功したのだ。


「……イブ?」


そして既に部屋の中にイブの姿はなかった。


「に、逃げられた……くそっ!」


いつの間にか眠ってしまった俺。

最後に覚えてるのは、彼女が何かを俺に説明してくれているところ。

その時は既に、襲いかかっていた睡魔に半ば負けかけていた。


「くそう!まさか人類史上最大の一ページを、自らの睡魔に邪魔されるとは……」


このままではあいつを利用して有名になる俺のプランが破綻してしまう。

早急に、迅速に見つけださねばなるまい。

ここで他の奴に出し抜かれる事だけは避けなければならない。

俺が見つけだした特ダネを、誰かに奪われてたまるか。


「あ、りょーちゃん、やっと起きたの~?」


唐突に部屋に入ってきた我が母、美紗子。

イブがいつまでこの部屋にいたのかわからないが、もしかしたら美紗子が彼女を目撃してるかもしれない。


「美紗子、ここで女の子を見なかったか?」


「女の子?」


美紗子の顔がニヤケた。

大体何を言おうとしているのかわかってしまうのが親子というところか。


「ははぁ~ん、さてはりょーちゃん、昨日女の子を連れ込んだんだね~?」


「……」


「りょーちゃんももう中学生だもん。色恋はあるよ、うんうん」


「……」


「でもねりょーちゃん、若すぎる恋はね時に過ちを生むの。絶対に避妊はしなきゃダメよ?」


「……一応、了解したと言っておこう」


見た感じ、どうやら美紗子はイブを見てないようだ。

なら美紗子が起きる前に家を出た可能性が極めて高い。

俺はすぐに身支度を整えて外に飛び出した。


「ったく、どこ行きやがった。こんな事なら首輪でも付けときゃよかったな」


まず行くべき場所はわかっていた。

横倒しにした卵形の宇宙船がある場所。

隕石落下点、通称プチクレーター。


「……」


しかしプチクレーターのあの場所は、ここからでも見る事が出来る。

何か変化はないか山のハゲ部分を観察してみるが、やはり特に変わった点はない。

いつも通りプチクレーターがあるだけで、あの宇宙船の姿は見当たらない。

既にあいつは宇宙船に乗ってどっかへ行ってしまったのか、あるいはステルス機能で透明になっているだけで、今もまだあそこにあるのか。

行ってみない限りわからない。


いや、行ってみた所でわかるのかどうかも怪しいが……。

とりあえず一つだけ言える事がある。


「あつ……」


北嵩部は今日も、殺人的に暑い、という事だ。

あの場所まで行くのも気が引ける猛暑。出来る事なら今すぐに川に飛び込んでやりたい気分である。


「はぁ……仕方ない……行くか……」


乗り気ではなかったが、すべては特ダネの為。

多少の事は我慢せねばなるまい。

自分の愛機を引っ張り出して、いざ敵地へと出陣じゃ。

自転車を漕ぎ目指すはコゲ山。

まさか二日連続、正確に言えば今日だが、あのコゲ山へと行く事になるとは思わなかったぜ。


「あ、りょーちん。おはよー」


コゲ山へと向かう途中、道端でまさかの人物とすれ違った。

笑顔が眩しすぎるその姿、最高に美しい肢体。

俺の心臓が一瞬にして鷲掴みにされ、呼吸は止まる。

脈拍急上昇、猛烈な暑さなど完全にどこかへと吹き飛んだ。

そこにいたのは我が中学校のプリンセス水原亜莉沙。


「あああああああああっちん……!!」


好きだ。


君の美しい姿に、僕のハートはもうブレイキン。


私服姿もたまらないねぇ!


「どしたの?なんか急いでるみたいだったけど?」


「んあっ!?別に!ぜぜ全っ然急いでないし!マジで!ガチで!激マジで!」


こんな道端で、しかも偶然出会うなんて、運命の巡り合わせって奴なのかもしれない。

この俺の小指にはきっと、見えない赤い糸があっちんと繋がっているに違いない。

そう、この時間、この場所であっちんと出会うのも偶然ではなく必然なのだ。


「そうなの?ま、いいけどさ」


しかし、さすが我が校一の美少女だ。

あまりの可愛さに、その眩しさに、目を合わせる事すら出来ない。


「……」


俺は何か話のネタを作ろうと頭の中を模索してみるが、どうしてだろうか、こういう時に限っていいネタが全然出てこないものである。


あぁ!俺のバカ!二人きりのチャンスなんだから、デートにでも誘えよ!


脳内では自らの意気地の無さに半ば呆れているもう一人の自分が悪態をついている。


「あ!そうだりょーちん!今度さ、一緒に映画見に行こうよ!」


明るい笑顔で、何の躊躇いもなく言った彼女の言葉に、俺は失神しそうになった。



一緒に……



一緒に……



一緒に……



映画……



映画……



映画……



頭の中を反響する天使のような声。

一緒に映画って事は、二人で映画に行くって事だよな。

むしろ二人で映画に行きたいと、あっちんが願ってるって事だよな!



ムハーッ!



「べ、べ、別に?行ってあげない事もなくはないかな」


恥ずかしくて素直な返答が出来ない俺だが、あっちんはいい子なので顔色一つ変えない。


「あはは、やった!約束だよ~?」


「お、おう……」



好きだぁぁぁあああ!



君が好きだと叫びたい!



楽しそうに手を振って去っていくあっちん。まさに女神。


「あ、あっちん!」


「うん?」


「変な奴、見なかったか?髪の毛が水色してる女とか」


俺が妙な事を言い出したものだから、あっちんも首を傾げてしまう。

その反応を見れば、あっちんがヤツと遭遇してない事は明白だ。


「いや、やっぱなんでもない。気にしないで」


今度こそ去っていくあっちん。

彼女に面と向かってバイバイを言えない俺は、彼女が背を向けた後に小さく手を振った。

そして彼女が完全に俺の視界から消えた後、大きなガッツポーズを決める。


「神よ!今だけはあなたに感謝しよう!」


遙か天に向かって高々と感謝の言葉を口にする。

そう、俺はまさに今、神からの祝福を受けているのだから。



あっちんと映画デート……。



ぐふふ、この権利は世界が滅びようと誰にも譲らん。


「あ……いかんいかん、忘れるとこだった」


あっちんからの誘いについつい有頂天になってしまったが、俺は今大事な任務の真っ最中なのだ。

ヤツは水色の髪の毛なので相当目立つ、村の誰かに見つかっていたらすぐに噂が立ってしまうだろう。

今のところ美紗子にも見られていないし、あっちんも目撃していない。

このまま誰にも見つかってなければいいのだが……。


「りょーちん!見つけたぜ~!」


短髪の爽やかな少年が、満面の笑みで俺の元へと向かってくる。



チャリンコで。



猛スピードで。



「わ!バカバカ!お前のチャリはブレーキが……」


俺が言い切る前に惨劇は起きる。

俺たちは二人、宙を舞った。


「うわぁぁ~~!」


「うはぁぁ~~!」


暑く焼けたアスファルトに転がった俺たちの元に、遅れて登場するもう一つの自転車。


「りょーちん、ノブちゃん!今のすごかったよ!すごい飛んでたよ!」


「おいゆっち!普通はまず大丈夫か聞くところだろ!?」


「あ、そうだったね。大丈夫?りょーちん、ノブちゃん?」


言うまでもない事だが、俺に突っ込んで来たのは、いつだって元気いっぱいのクラス委員長、長瀬伸明である。

そしてその後に駆けつけたのは、女の子のような容姿を持つ校内一人気の男子、秋元悠。


「いったた~、そうだった、このチャリブレーキが全然利かないんだった」


あれだけ宙を舞ったノブちゃんだったが、それでも元気よく立ち上がり、俺に手を伸ばした。


「いやぁすまぬ。若気の至りって奴で許してくれ」


「何が若気の至りだっつーの」


その手に掴まって立ち上がると、ノブちゃんは一際大きく高笑いを響かせた。

そんなノブちゃんを見てると、なんでも許せてしまうから不思議である。


「まぁ聞くんだ同志りょーちんよ。ビィィィッグニュースだ!チェケラッ!」


「ビッグニュース!?何々!?どういうやつ!?まさか水色の髪の女の話じゃ……」


「水色の髪……?」


「りょーちん何を言ってるの?」


ゆっちとノブちゃんは同じように、同じ角度で首を傾げた。

いくら仲が良いからといっても、そこまで似てしまうものなのか?

それはさておき、どうやらノブちゃんの言うビッグニュースは水色の髪の女の事ではないようだ。


「りょーちん、映画見に行く事になったのよ!」


言われなくても俺はあっちんと二人で映画を見に……ん?


「映画って……」


「あっちんとしーちゃんも誘ったのさ。ふふふ、りょーちんはあっちんラブだからな~」



ガッデム!



出来る事なら今すぐ神様にパンチをくれてやりたい!



俺とあっちんのラブラブデートが、愛の一ページが……。


「べ、べ、別にあっちんラブじゃないし。お前らの手回しだった事にも全然落胆してないし」


落ち着いて考えてみると、こういうオチであるのは理解出来たはずなのに、まさか気付かないとは。

マトモに話す事も出来ない俺に、あっちんからデートの誘いなんて来るはずないのだ。


「またまた~このこの~本当は嬉しいくせに~」


「いや、勘違いするんじゃないノブちゃん。俺は今まで一度もあっちんの事を好きだとか言った事ないだろ?」


「りょーちん見てれば誰でもわかるっしょ。なぁ、ゆっち?」


「うん。だってりょーちん、よくあっちんの事見てるよね?」


ゆっちの奴、抜けてる割にいらんところを見ていやがる。

しかし、二人っきりのデートではなかったにしろ、ノブちゃんの作ってくれたその映画会は、俺にとっては大変好機。

だって俺から誘う勇気がないのに、間接的にではあるがあっちんと一緒にいられる口実が出来たわけだ。

うまくいけば俺の願い、つまりあっちんと両想いになれる可能性もあるという事である。


「見てないし!気のせいだし!二人の勘違いだし!」


「え、そうなの?じゃあ映画見に行きたくない?」


「いやーちょうど映画見たいと思ってたんだよねこれが。ノブちゃんもゆっちもナイスタイミング」


この好機を逃してたまるか!

たとえ二人きりのデートでなくても可能性があるのなら、というかあっちんに会える機会を失わせてたまるか!

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