夕焼けのリフレイン2

となると、俺が宇宙人と接触した場所はこの北嵩部が有力となる。

この森と山に囲まれた北嵩部のどこかで……。


「つってもなぁ……。結構広いし……」


北嵩部村は人口こそ村のそれであるが、自然に囲まれた山も村の敷地である為、決して小さいとは言えない村なのだ。

オレンジ色の景色の中をぐるりと見渡してみる。

そんな俺の目がある一点で止まった。

視線の先には、北嵩部一の大きな山、通称コゲ山があった。

コゲ山の山頂辺りには、ぽっかりと穴が開いたように丸くハゲている部分がある。

通称プチクレーター。

俺が生まれるより前、今から約三十年くらい前に、かつてあの場所に隕石が落ちた事があるらしい。

その隕石は今も役場のショーケースに展示されていて、小学校の頃に一度だけ見た事がある。

隕石があの山に落ちた時、その衝撃で周りの草木が吹き飛び、あのミステリーサークルのような円形のクレーターが出来たらしい。

それ以来、あの場所での草木は育たなくなったと聞いた。

事実、俺が小学校の時から今にかけて、あのクレーターが消えた事はない。


「流れ星……」


思わず口に出た言葉に、俺は妙な感覚を覚える。

流れ星は隕石、だがあの場所に隕石が落ちたのは俺が生まれる前の話だ。

俺はそれを見た事などない。あるはずがない。


「あれ……?確か……前、あそこに流れ星が……」


だけど、俺の頭の奥底の記憶が『それは事実だ』と呼びかけてくる。


「落ちてきて……」


そう、俺は見た。

あの場所に流れ星が落ちていく瞬間を。












十年前のあの夏に。












――――「あっち~……」


10年前、7月27日。


中学三年夏休み。

夜、それも夜更け。

ド田舎の北嵩部村はとっくに眠りについた午前二時頃。

虫の鳴き声だけが響く中、あまりの暑さに俺は寝付けずにいた。

北嵩部の夏はやはり異常な暑さを作り出す。

その日も例外なく、異常な熱波にさらされて全く眠れない。

夏休みなので、次の日を気にする必要はないが、朝から遊びたい年頃の俺にとっては、この暑さはかなり鬱陶しいものだった。

元から窓を開けていたが、それでも足りない。

エアコンがあれば快適に寝付けるんだろうが、ウチにはそんなハイテクな機器は備わってないのだ。

窓を全開に開け、僅かに吹き込んでくる涼しい風に当たれば、生き返る気分というのを体感できる。


「あ……いい……」


窓の外は真っ暗で、他の民家の明かりもほとんど消えてしまっている。

明かりを灯すのは、村の中に点々と存在する外灯と、夜空に浮かぶ月くらいか。

ただボーっと闇に溶けたその風景を眺めていると、新たな光が俺の目に飛び込んできた。

それは遙か上空、夜空の中で自分を主張するように、一際大きな光を放つ。

とは言え、その光は決して強いと言える程のものではなく、他の星に比べると目立って見える程度だ。

その光は尾ひれを伸ばして、夜空に一筋の線を描く。


「あ、流れ星……」


そう、それは一般的に言われる流れ星であった。

流れ星は、隕石が地球の大気圏に突入した際に、強い熱を帯びて燃え上がったもの。

地上から見れば、その炎が光となって見える。

だがほとんどの流れ星の命は短命であり、途中で燃え尽きてしまうのだ。


「あれ……」


だけどその日、その夜空で俺が見た流れ星は少し様子が違った。


「なんだ……?」


本来ならほんの一瞬で消えてしまう流れ星だが、俺の見たそれはとても緩やかに下降していたのだ。

流れ星は一瞬で消えてしまうという俺の概念が打ち砕かれた瞬間だった。

そしてゆっくりと落下していく流れ星は、やがてコゲ山へ……。


「え!?」


自分の目を疑いたくなる事が起きた。

流れ星が隕石である事は知っていたし、テレビのニュースなんかでは、隕石が地上に落ちたという話は前に聞いた事があった。

だけどそれは簡単には起こらない話。

ゆっくりと落下した隕石も、コゲ山の向こうへと消えていくんだと思っていた。

だが俺の目に映った流れ星は、コゲ山の向こうではなく、手前側に落ちたのだ。


「えぇっ!?落ちた……落ちたよなぁ……今……」


俺の目が正しければ、今コゲ山に隕石が落下した。

だがそれを見ていたのは俺だけ。

少年だった俺の心が激しい高鳴りを見せていた。

好奇心に満ち溢れたその時代、そう簡単に拝む事の出来ない隕石落下の瞬間を、俺は今確かに目撃したのである。

だが少し妙なのは、隕石が落下したにも関わらず、衝突の瞬間に何の音も光もなかった事。

もちろん隕石の落下なんて今まで一度も見た事はないので、どれ程の威力があるかは俺が知るはずもない。


ただ、かつてあのコゲ山には隕石が落下している。

その時の隕石は、ぶつかった拍子に周りの木々を根こそぎ吹き飛ばす威力を持っていたと、俺は聞いた事があった。

今回の隕石がたまたま小さかったのかはわからないが、それ程の被害をもたらしたようには見えない。


「隕石……俺が第一発見者だ!」


中学生の頃は力が有り余っているので、ちょっとした事ですぐに行動したくなるもの。

もちろん当時中学生の俺は、あんなすごい光景を目の当たりにして、部屋に留まってなどいられなかった。

部屋を抜け出し、美紗子に見つからないように足音を殺して家を出る。

愛用の自転車に跨がって、夜中の北嵩部を駆け抜けた。


「待ってろよ~俺の隕石ちゃん!」


この時、俺の頭の中は隕石の事で埋め尽くされていた。


隕石は俺が見つけた、誰にも邪魔はさせないぜ!


という考えが頭の中を駆けめぐったせいで、俺は誰にも声をかけずにコゲ山へ向かったのだ。

ま、午前二時に電話をかけたらさすがに迷惑なので、出来る俺はさすがにそんな非常識な事はしない。

特にこの時の俺はまだ携帯も所持しておらず、仲間達のほとんども携帯を持ってはいなかった。

深夜二時に家電を鳴らしたとあったら、そりゃもうみんなブチギレだろうな。


「う……」


たどり着いたコゲ山の麓。

そこまで来てみたはいいが、ペダルを漕ぐ俺の足はそこで止まる。

今まで夜の森に何かを感じた事はなかったが、いざこうして一人、それを前にすると、あまりの不気味な雰囲気に足が竦む。


「や……やっぱ……やめとこっかな……」


隕石が落ちた場所はコゲ山の山頂付近、ちょうど昔隕石が落ちた場所辺り。

そこへ向かうためには、登山道を登って行く必要がある。

もちろん自転車で登れるような生易しい道ではない。

ただ唯一救いなのは、コゲ山は北嵩部を囲む山の中では一番大きな山だが、それでもさほど高い山ではないという事だ。

山頂まで徒歩で20分も歩けばたどり着けるだろう。


特に俺の目的地である隕石落下の跡地、プチクレーターまでは、15分ほどでたどり着ける。


「どうする俺……途中で熊に襲われたら……蛇に咬まれたら……お、お、お化けが出てきたら……」


頭の中を駆け巡るのは数々の不安要素。

誰にも俺がここに行くとは告げていないし、同行者もいない。

もし不慮の事故に遭遇しても、誰も助けてはくれないのだ。

だがしかし目の前にある宝をみすみす逃すのはあまりに惜しい。

明日になったら他の誰かが先に見つけてしまうかもしれない。


「退かぬ!媚びぬ!顧みぬ!」


俺は聖帝の名台詞を自分自身に言い聞かせ、自転車を置いてコゲ山へ勝負を挑む事にした。

予め用意しておいた懐中電灯を使い、森の中を突き進む。

立ち止まると変な音が聞こえたり、見えてはいけない物が見えそうなので、ただ前だけを見据えて走った。

全速力。その速度はまるで瀬田宗次郎。

今なら移動中の馬車にも乗り込めそうだ。


「はぁはぁはぁはぁ……」


だが途中で俺の体力が尽きる。

平坦な道を走るのと、山道を登るのとではやはり体力の消耗がかなり違う。

わかってはいたが、ここまで差があるのかと、俺はこの時初めて体感した。

休憩場所はまだコゲ山の半分も登っていない辺り。

少しだけ開けた丘があり、周りはほとんど木も生えていないので、昼間に来ればここはとても気持ちのいい場所である。


溢れ出す汗を拭い、呼吸を整えつつも空を見上げれば、そこには満天の星空が広がっていた。

当時から世界一のロマンチストを自負していた俺は、その綺麗な夜空を見ながら色々と妄想を膨らませる。


夜にあっちんをここに連れてきて、そして二人で天体観測。星を見ながらあっちんに告白……なんか、うまくいけそうだぞ!


呼吸を整えつつもふと後ろを見ると、暗闇の中に大きなほら穴が見えた。


明焦洞穴、コゲ穴である。


中に入る事も出来るが、たった一人で、しかも夜中に入る気にはなれない。

そんな事する奴はただのバカか、熱心なオカルトマニアだけだろう。

何せコゲ穴は、北嵩部唯一の心霊スポットなのだから。

その事を思い出した俺は怖くなり、すぐに先へと走り出した。全速力で。


そしてコゲ山の山頂へ近付いてきた時だった。

遠くから妙な音が聞こえてくるのに気がついた。


「なんだこの音……」


風が葉を揺らす音でもない、虫や鳥の鳴き声とも違う、例えるならパソコンが起動している時のような音。

どこからともなく聞こえてくるその音に、俺の中にジワジワと湧き上がる緊張感。


「……」


思わず息を詰まらせる俺。

頭の中を駆け巡る思考の波、この音が意味するものは一体何なのか。


俺は隕石を探しに来たんだぞ?何でこんな妙な音が聞こえてくるんだ?まさか誰かがパソコンを使って……んなわけあるか!


もちろんこんな森の中に民家はないし、パソコンとか大型コンピューターなんかがあるわけはない。

さらに言えば、そもそもここら辺に電気なんて通ってないだろう。


じゃ、じゃあこの音は何だ……?どっかで誰かが超でっかい電子レンジを使って……んなわけあるか!


ここら辺に住み着いた幽霊による何らかの怪奇現象かもしれないと、頭の中を駆け巡るのはそんな事ばかり。

だがしかし中学生だった俺は、恐怖と比例して大きくなる好奇心を抑えられない。

竦んだ足を再び歩かせて、音の発生源へと目指してさらに登山道を登る。

すると俺の目に淡い青い光が飛び込んできた。


「な、なんだ……?こんな所にあんなのあったっけ?」


音の発生源を見つけた俺から、一気に恐怖感が抜けていく。

好奇心だけでその場所へと向かって歩くと、そこがかつての隕石落下場所だとわかった。

だが隕石落下場所には確か何もなかったはず。

普段から見慣れているコゲ山、その山頂付近にある隕石が落下したと言われている場所。

木も草もないその場所は、外からもよく目立っている場所である。

そこに何かが置かれている状況を、俺はその日まで確認した事はなかった。

だが、確かにその日その場所にはあったのだ。


「な、なんだ……これ……」


俺はその日、隕石を探しにそこまで来た。

だがそこには隕石はなく、代わりに妙な物体が存在していた。

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