第四話 夕焼けのリフレイン

夕焼けのリフレイン

陽が傾くに連れて気温も下がっていくのは当たり前。

40度を記録した北嵩部村だが、夕方にもなればそれなりに涼しくなる。

はずだが、やはり北嵩部をナメてはいけない。

もう夕方だというのに、気温は未だに30度を越えたままだ。


「タカピーはまだこっちにいるのか?」


「あぁ、あと数日はね。貯めた有給休暇を活用中なんだよ」


今日は結局、タカピーの家に丸一日お邪魔してしまった。

だってエアコンがあるんだから仕方ない。

これは生存を懸けた戦いなのだからな。


「りょー君……あの、またいつでも遊びに来て下さいね……」


「いいだろう恋南。お前の願い、しかと受け取った」


兄妹二人で見送りとは、俺はなんてVIP待遇なんだろう。

あ、一人と一匹だったか。


「りょーちん、俺の妹と遊びたかったら俺の許可を得てからだぞ!もちろん俺も同行する!」


「お兄ちゃんは黙ってて」


恋南と付き合う奴は大変だな。こんな兄がいたら超めんどくさいもん。


「それじゃあさらばだ!また会おう!」


俺はまるでタキシード仮面のように、カッコイイ決め台詞を吐いてタカピー家を後にした。

そして走ったら再び汗が噴き出す。この暑さを誰かなんとかしてくれ。


「あっつ……」


「ダァァァァイ!ダァァァァイ!この世はファッキン!いらねぇ奴はこの俺が!全部まとめてキリングタァァイム!ダァァァァイ!」


「うおあっ!」


油断していた瞬間に鳴り出した携帯の大音量に、思わず飛び跳ねて驚いてしまった俺。

とりあえず今の恥ずかしい瞬間を誰かに見られていないか周囲を確認しつつ、誰かに見られた時の言い訳を口に出しておく。


「最近運動不足だからなぁ。体動かさなきゃなまっちゃうよね~」


よし!誰もいない!


「ったく誰だよ、こんな時に電話してくる奴は」


口ではそう言っておくが、驚いてしまった苛立ちと、電話が鳴った事に対する喜びとが半々な心境だ。

思わずニヤケながら携帯の表示を確認する。

今度こそあのレンタル屋の子かな!最近よく目が合うしなぁ~!あ!あの子の番号知らねーや!





着信中

モッサモサ





モッサモサからの電話だ。

久々に美紗子以外の女から電話がかかってきた。

なんだかやたらと達成感があるのは何故だろう。


「ハロー!マイネームイズゴッド!ハーワーユー?」


テンションが上がりすぎてついつい英語になってしまったよ。


「ん~?もしもーし、りょーちん?」


「イッツファイン!」


「あ、やっぱりりょーちんだよね」


な、何故わかった……。やっぱりあのモッサモサのまつ毛に、何か秘密があるのか。


「いかにも俺だ。事件か?」


「ん~事件じゃないけど特ダネだよ~!大スクープだよ~!小倉さんもビックリだよ~!」


「そりゃあヤバそうだな。して、その内容はいかに」


タカピーといいあっちんといい、大ニュースだの大スクープだの、話を大きく見せるのが好きだなしかし。

だから北嵩部で広まる噂ってのは大抵尾ひれが付いてしまうんだろうな。


「思い出したの!ノブちゃんが救急車で運ばれた時のこと!」


脳内を強い電撃が駆け抜けていった。


「な……に!?」


「学校に救急車が来て大騒ぎになったよね!」


「マジか!マジなのか!?本当に思い出したのか!?」


「うん!なんかよくわかんないけど、思い出しちゃったよ」


何が起きているのだろうか。

昨日の時点で俺とタカピー以外はまったくその事を思い出せなかった。

だがここに来て何故かあっちんも十年前のあの日の事を思い出したのだ。

俺自身、昨日タカピーに言われるまで、記憶の隅にもなかった出来事。


「あっちん、何かきっかけはなかったか?それを思い出したきっかけは?」


確かタカピーもその事を思い出したのは最近だと言っていた。

つまりここ最近まで完全に忘れていた事を、俺を含めて三人が思い出したのだ。

もしも記憶を呼び起こしたきっかけがあったとすれば、そうする事でさらに新たな記憶が呼び起こされるかもしれない。

うまくいけばあの夏を丸裸に出来る。この喪失感の正体も思い出せるかもしれない。


「きっかけ?どうかなぁ、特になかったかな。いきなり思い出したし。強いて言えば昨日、タカピーとりょーちんが『ノブちゃんが救急車で運ばれた』って言い出した事かなぁ~」


「そ、そっか……」


「でも、なんだか妙だよね。十年も前の事なのに、すっごく鮮明に思い出せちゃうなんて」


「……」


同じ、あっちんも俺と同じ事を体験してる。

俺の中に蘇った記憶も、まるで昨日起きたの出来事のように鮮明に思い出す事が出来る。

もしかすると同じように、ノブちゃんやしーちゃんも思い出しているのかもしれない。


「昨日さぁ、タカピーがこの話をした時、なんかりょーちん妙に食いついていたよね」


「さぁどうだったかな」


酔っぱらいのくせに妙なところを覚えてやがって。

あ、そうだった。あっちんは酔ったフリをしてたんだっけ。


「絶対そうだよ~。アタシの目に狂いはないよ!」


「ふ~ん」


「で、十年前のあの夏休み、何かあったっけ?」


俺はそれが知りたいのだから、もちろん答えられるはずがない。


「それはいずれ説明しよう。また電話するから、ちゃんと出ろよ」


説明するのがめんどくさいので、俺はとりあえず一旦電話を切る。

あっちんが何か言っていたようだが、今はどうでもいい話をする気にはなれない。

追い求めていた真実が、近くにあるかもしれないのだ。

近くの背の低いブロック塀に腰掛け、俺は少し頭の中を整理してみる事にした。

十年前の中三の夏休み。俺はあの時の夏の事をほとんど覚えてはいない。

それは今に始まった事ではなく、あの夏休みを過ぎた直後ですら、あまり記憶には残ってはいなかった。

当時は多少、不思議な気持ちにはなったが、それほど心に引っかかる事でもなかった。

だけどそれから幾許かの月日が流れると、心の中に妙なわだかまりを感じるようになった。

それが何なのかわからなかったが、年月がやがて風化させていくだろうと思っていた。

だがそれは色褪せるどころか、逆に大きくなっていく。

やがて遠いあの夏の日の事を、思い出そうと必死になっていた。

結局それは昨日の夜まで思い出せないままだったが、事態は突然好転する。


「そっか……きっかけは昨日のあの時……」


そう、きっかけはあったんだ。

昨日、俺はタカピーに十年前の『ノブちゃん救急車事件』の事を聞いた。

今までと違いただ漠然と思い出そうとした訳ではなく、情報という道筋を経由して、記憶を呼び覚まさせたのだ。

それはもしかしたら解決への糸口に繋がるものかもしれない。

例えば同じように、記憶を呼び起こすきっかけになるもの、あるいは情報があれば、俺はさらにあの夏を思い出す事が出来るのかもしれない。


そこで鍵となるのはやはり……


「タカピーの日記か。信憑性は低いが……」


ただし、その日記帳に載っているのは宇宙人がうんたらかんたらという、常軌を逸した内容。

本当にそんなもので記憶を呼び覚ます事なんて出来るのだろうか。


「まぁ、何もないよりはマシか」


タカピーがこんな発想をした理由を辿ってみれば、もしかしたら真実へとたどり着けるかもしれない。

とは言え、そんなに簡単なものじゃないだろうが。

西日の中、タカピーから借りてきた日記帳を開く。

何度見ても達筆だが、その内容はやはり理解しがたいもの。


「どうしてタカピーはこんな映画みたいな内容を……」


後半の方には世界を救っただとか書いてあるが、俺達が世界を救えるような何かが出来るとは思えないが……。

それに当時は中三。ド田舎の中学生の少年少女達、そんな俺たちに世界を救うなんて事は不可能。

日記帳を見る限りだと隕石が地球に落下すると書かれている。

という事はつまり、地球に終わりをもたらす隕石を、俺たちが止めたという事になってしまうわけだ。


「スーパー中学生だな。いやもはや、すべてを超越したアルティメット中学生か。ってバカかっ!」


ダメだ!マジメに考えれば考えるほどアホらしくなってしまう!


「く……タカピーめ……こんなめんどくさい暗号文を作りやがって……」


この文章から、これを書いた時にタカピーが何をしていたのかを読みとる事が出来ればいいが、いかん!全くダメだ!


昨日みたいにパッと頭の中に浮かんでくればすべて解決なんだが。


「もう一度挑戦してみよう……」


あり得ないとは重々承知しているが、それでもこの日記帳の出来事が事実だと仮定してみよう。

十年前の夏休み、俺たちは宇宙人と出会ったのだ。

んで、その宇宙人はとっても可愛いんだよな。

はて、タカピーの言った可愛いとは、人と同じ姿をしていて、その容姿が可愛らしいのか。

あるいは小動物のような、あの瞑らな瞳を持つ可愛さなのか。

でも、地球の危機を俺たちに伝えたって事は、会話が出来るんだよな。


猫みたいな超絶カワイイ姿をしていて、会話が出来て意志疎通が可能なら、迷わず俺は飼う!

やっぱ茶トラだよね!あの肉球プニプニしたいよね!

ハァハァやべぇ……愛してるぜ宇宙人……いや!宇宙猫!スペースキャット!


「はっ!いかんいかん!」


世界一猫を愛している俺は、猫の事を考えると妄想が暴走してしまうのだ。

宇宙人の姿を猫にするのは危険。俺が。

ここは長ネギ辺りに置き換えとこう。


『やっほ、私はタマネーギギャラクシー、シラーガ星から来たネギナーガだよ!よろしく!』


こんな感じだろう。

そしてその宇宙人がこの地球の危機についてを熱弁したわけだ。


『今!そうまさに今!この星地球に、メテオが近付いているのです!』


んで俺たちがそれを止めるって事は、やっぱり俺たちの力が必要だったってわけだな。


『この地球を救うには君たちの力が必要なんです!私と一緒に地球を守りましょう!』


名前は『イブちゃん』。

性別は女の子らしい。名前はイブなのかイブチャンまでが名前なのかは定かじゃない。

性別は女、または雌のようだ。


「ん……そういやこれ……」




7月28日

すごい!これってもしかしたら人るい史上最大の出来事かもしれない!

りょーちんが宇宙人をつれてきた!

しかもとってもカワイイ女の子!

でもこれはみんなだけのひみつ!




一番重要な事柄がそこに書かれている。

宇宙人を連れてきたのは俺だということ。

これを見る限りだと、宇宙人を最初に発見したのは俺。

つまり俺は最低でもタカピーよりも早くに、この『イブちゃん』なる宇宙人と接触しているわけだ。

はて俺はどうやって宇宙人と接触、もとい、見つけたのだろうか。

北嵩部に住んでいた中学時代、いくら記憶がないとは言え、この北嵩部からどこか遠くへ行ったとは考えにくい。

行動力はないというわけではなかったが、夏休みにどこかへ遠出しようなんて事は今までもほとんどなかった。

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