第2話 新しい道
学校を一度辞めてから、別のところに入るのには、少しだけ気が引けたが、今までとは違った専門分野を学ぶというのは、楽しかった。
別に絵の趣味を忘れたわけではない。気が向いた時には外に出て、描いていた。長期休暇の時は、旅人のまねごとのように、いろんな町へ行き、絵を描く。新しい描き方も覚え、自分にはその方法が向いているような気がして、夏休みは九月いっぱいまで、ずっとその描き方で過ごしていた。
旅先で子供に会うこともあり、絵の描き方を教えたこともあった。まるで自分があの時のお姉さんになっているような気分になる。あの子は今元気なのだろうかと、彼女は思った。
それから彼女は、すっかり子供好きになってしまった。絵を描いているときに、子供が寄ってきそうな場所をわざと探して、そこで子供たちにもチョークを渡す。
「みんなの好きな絵を描いてみて、一緒に描こうよ!」
子供たちは彼女の言葉に満面の笑みでうなずき、絵を描いた。動物の絵にお花の絵。キャラクターの絵と、自由奔放さは、一種の芸術であるように感じる。今まで一人で描いていた絵を、人と分かち合えることは、快感だった。
「いいの? お姉さんの絵なのに、私たちが描いて」
心配そうに一人の女の子が尋ねる。
「いいのよ」と彼女は笑う。「これで、みんなが一人じゃないってことがわかるでしょ。私も、一人じゃないなって思えるの。だから、好きに描いていいんだよ」
大勢で作り上げる作品は、世界で一つだけのものだった。雨が降ると消えてしまうそれも、また一つの良さだ。
夏休み中というのもあって、彼女のそれは長期的に続けることは難しいと考えていが、しばらく描けていなかった時期を穴埋めするのには、夏休みくらいがちょうどいいとも思っていた。
けれど、そんな彼女を求めるものがある。それは地域や社会だった。
うちの公園に描きに来てくれ。子供と一緒にお絵かきするイベントに来てくれ。など、依頼は絶えなかった。学校の都合がつく限り、彼女は足を運び続ける。必要とされるのは、嫌ではなかった。
誰かのために、何かをしたいという気持ちは、昔から何一つ変わっていなかったのだ。
学業と芸術の両立が、彼女の日常であり、現実となっていった。お姉さんは、今も入院しているのであれば、あのお姉さんの意志を、少しでも受け継いで、たくさんの人たちに伝えることが、彼女自身の使命のように感じていたのだ。そこにあったのは、世間の期待に応えることが目標になっている彼女の姿だった。
ただ、そんなある日のことである。彼女のチョークの手がぴたりと止まった。
「どうしたの? お姉ちゃん」
一緒に描いていた子供が、きょとんとした瞳で言う。
「ううん、大丈夫」
手は動かない。頭が真っ白になっていた。
何度もチョークを地面に向けるが、何も浮かんでこない。頭の中にある芸術家の絵を浮かべても、それを描くための命令が、指先に届いていないようだ。
その日から彼女は、絵を描くことを再びやめた。
看護学校に入学した時期も、描くことはやめていいたが、今の学校に入学してからも絵を辞めるなんて、考えたくもなかった。潮時か。そう彼女は感じる。
お姉さんの意志を継ぐどころではなかった。だから、彼女はまたがむしゃらに、自分にできる勉強をすることにしたのだ。
その方向が、正解だと信じられるように
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