12.それほどでもござらん。
司令部の建物から外に出ると、天頂ホログラムの陽光は中天にあった。
「ふぃ~、あそこに行くと肩が凝るわい」
「お揉みいたしますが」
「構わん。ちゅうか、ワシに肩があるように見えるか、もののたとえじゃ」
サビゾーの頭の上で、ワシはメタリックな顎を後ろ足でガリガリと掻く。これも別に痒いわけではない。気分じゃ。
「で、首尾はどうじゃ、サビゾーよ」
「ばっちぐーでござる」
そんなサビゾーの懐には、小型の宇宙船程度ではむしろオーバースペックな出力のハイパードライブ装置が忍ばされておった。このために、今日はここへやってきたわけじゃ。
「さすがニンジャであるな」
「それほどでもござらん」
「褒めたつもりでもないから安心せい」
あのジュダの奴へ偉そうに説教していた割に、サビゾーのやっておったことも白昼堂々の
コロニーに反する『家出計画』は、秘密裏に行われねばならんからの。
「ロック殿はどのような反応をするでござろう?」
重役登校となったサビゾーが、学校に向かうライン・チューブの無人タクシー内で、ワシに訊いてくる。
「あの阿呆は間違いなく大喜びじゃ。じっとしておれる性分ではないからの」
行動予測式など使わんでも目に浮かぶわい。
「ラァレ殿はどうでござるか」
「あ奴はここに置いていけばいいのではニャいか? わざわざ危ない道程に足手まといを増やすことはあるまい」
「それはそうでござるが、拙者たちが居なくなるということは世話人が消えるということ。つまり水族館に逆戻りでござる。そしてラァレ殿の性質からいって、脱走と捕獲を繰り返すでござる」
「コロニアンに、大変な迷惑がかかるっちゅうことじゃな」
「御意」
「うむ、発つネコ後を汚さずじゃ。連れていくが良い」
「そうするでござる」
※※
「うわああああん、置いてかないでええええ!!!!」
学校に着くと、もう昼休みじゃった。そして、
「何の騒ぎでござるか?」
よもやワシらの会話をテレパスしたわけではないじゃろう。果たして、理由は昨夜の“
「アレックスさんがぁ! 大人の軌道エレベーターを登っていってしまいましたぁぁぁぁ!!」
「おいラァレ! デカい声で変なこと言うんじゃねぇよ!」
瞼と白目のないサカナの瞳から、滂沱の涙を落とすラァレの隣で、褐色の肌をそれと分かるほど真っ赤にしたユウナが、大慌てで訂正しておった。
「あ、テツゾーが来たわ」
「昨日、ホテルに入ってくアレックスさんとお前を見たって奴がいてよ」
「ラァレさんに何か知らないかって聞いたら、急にこうなっちゃったんだ」
「やっぱり君たちって、そういう、特別な関係なのかい?」
昨夜サビゾーが語ったように、コロニアンにとって性行為はかじゅあるな娯楽であるからして、それほど大きな騒ぎにはなっておらん。ムッツリで早とちりなラァレが一人で勝手に泣き叫んでおるだけじゃ。
「やはり連れていくのはやめにすべきでござろうか」
しかし、この心優しいシノビのサビゾーを翻意させようとする程度には、やかましかった。
「ふん!」
「へ?」
そこへロックがやってきて、樽を逆さにしてラァレに被せた。
「いやああああ!! 暗いです狭いです怖いです出してええええ!!!!」
「ちぃーっと静かにしろよサカナの姫さん。ようサビゾー、おっかねぇハナの姐御に、また絞られてきたか?」
「それほどでもござらん」
「おいロックよ、ワシへの労いがないではないか」
「面白い土産話の一つもないのか?」
生意気にもワシを無視しよった島猿に飛び掛かろうとしたが、サビゾーにグッと抑え込まれて果たせなんだ。
「話はござりませぬが、お土産ならありまする」
言いながら、サビゾーがそっとハイパードライブをロックに手渡す。まさに袖の下。シノビ屋お主も悪よのう、じゃ。
「おお! ―――ん、じゃあ、後は任せろ」
大声を出しかけたロックはすぐに咳払いで誤魔化す。しかし喜色満面を隠せぬ様子で、出所も聞かぬままアークトゥルス二号機(仮)に盗品を取り付けに向かった。
「まだ午後の授業がござりますに」
「まぁいいさ。私らだって、勉強してる場合じゃないだろ? この後のこと、話し合おうぜ」
ユウナが、そこはかとなく
「良い人たちだったからな」
誰ともなしに呟く声は、ワシと、サビゾーにしか聞こえておらんかった。
「……ん、行こうぜ」
「承知」
「うむ」
心の中で別れを済ませたらしいユウナが歩き出す。サビゾーが続き、ワシらは学校を後にした。
「あのぅ、もう落ち着いたので、そろそろ出してもらっても構いませんか。というか誰かいらっしゃいますか? 放っておかれたらカピカピのスルメさんになってしまうのですが。ねぇ誰かアアアアアア!!!!」
ラァレはその後、別の学校関係者に発見されたが、かなり乾いてしまっておったため、水族館に連れていかれたそうじゃ。
※※
サビゾーとユウナは、またぞろあの白ウサギ夫婦が住む森にやってきた。
「なぁサビゾー、どうやって撒こうってんだ?」
「どういたしましょうな」
「おいおい……」
ワシらには監視がついておるので、密談するのも一苦労じゃ。昨夜のような真似は、ある程度の条件が揃わんと用を為さぬ。
「ふむ。ではユウナ殿、失礼」
「へ?」
などと思っていると、サビゾーはどこから取り出したか、ばさり、とシノビのカクレミノを広げると、あっという間にユウナと共に(無論ワシも)包み込んでしもうた。
「これで姿は見えませぬ」
「ちょ!? サビゾー、これは―――」
「なかなかな強硬手段じゃの」
一夜を(特に何をするでもなく)共にした男と密着してうろたえるユウナの肩を、サビゾーはガシッと抱くと、有無を言わせぬ調子で言った。
「では、参りましょう」
「……はい」
体温、血圧ともに急上昇するユウナじゃが、口調だけはしおらしかった。
「さて、どのようにしてガニメデへ向かうかでござるが」
カクレミノの内側、二人三脚状態で、囁き声の会議が始まる。
「またハイパーゲートを使うのか」
「もう一度地球に向かうのは至難の業でござる」
ハイパーゲートは、どこへ向かうにせよ地球を経由せねばならない。また、同じ船であれば、一度だけ通ってきた道を再び開いて、地球行きを短縮することはできるが、アークトゥルス一号は大破しておる。いずれにせよ、ルナリアンの反逆者共とムシャの警戒網を抜けねばならん。
「警戒も強くなっとるじゃろうしの。またぞろ、海獣どもを引き連れて大騒動を起こすか?」
「同じ手が何度も通じるほど、ルナリアン軍も甘くはねぇぞ」
「第一の案とはならぬようでござるな」
サビゾーはユウナの細い肩を抱いたまま、そろりそろりとベンチに腰掛けた。相変わらず、ここは人っ子一人おらんな。木の上にリス、根元のウロにウサギが住むばかりじゃ。
「では、第二の案でいくとしましょう」
「どうするつもりじゃ?」
「
「……まぁ、ルナリアンが火星に行くことなんてよっぽどないしな。でも、それにしたって時間がかかるんじゃねぇか」
「それについてはおいおい話しまする。目的は火星にあるワープ航法装置」
「そんなもんがあるのか」
「あります。太古の開拓民が使っていた代物ですが」
「確かに、機械星のデータベースにも入っておるぞい」
それを使えば、ガニメデまではひとっ飛び、というわけじゃな。
「しかしながらその前に、どうやってコロニーを出るかでござるが」
コロニーから脱走するためには、監視の目をまく必要があった。
再びサビゾーが思案に入ったとき、ぴょこん、と昨日のウサギが飛び出してきよった。
一羽、二羽、三羽、四羽……んん!?
ウサギ夫婦に続いて、小さいのがピョコンピョコン飛び出してきよるではニャいか。
そして、あろうことかそいつらは、ワシらが見えずとも気配で分かるのか、サビゾーの膝の上にまたぞろ乗ってきよった。
「む、これはまずいでござるな」
「おい、どうすんだサビゾー」
「かくなる上は」
サビゾーは言うが早いか、抱いていたユウナの肩をよりぐっと引き寄せる。「ぴっ!?」と鳴く月の姫君に構わず、ぎゅっと抱きしめる。
ややあって、急に姿の見えんくなった二人を血眼で探しておった監視者が、カクレミノを剥がした時、そこにいたのは、仲睦まじそうに抱き合う二人の男女であった。
「司令部の方は野暮天でござりますな?」
「あ、いや、申し訳ない。どうか続けて―――」
「ち、違うぞ! なにも嫌らしいことなんてしてねーかんな!?」
大慌てしておるユウナの足元で、ワシはウサギたちに説教を始める。
「お主ら、もう少し場の雰囲気というやつを読まぬか……え? なに? めでたく子供がたくさん生まれたので早く報告したかったじゃと? ユウナたちにも交尾を頑張ってほしい? ニャるほど、ワシは寛容なアニマロイドなので、その小さな親切に免じて許してやろうではないか。案ずるな、貴様らの言葉、このチョイ様がしかと届けてやろうぞ。ふふん、褒めてもなんも出てこんぞい」
そして、アイデアという奴は、こうしたひょんなことから生まれるものじゃ。
「ひらめきましたぞ、ユウナ殿」
「ハァ、ハァ……え? なんだって?」
ユウナが、荒い息をつきながら答える。男子に免疫が無いにも程があるぞい。
「コロニー脱出、家出作戦の全容が決まったでござる」
「そうか、それは良かったな」
まだ真っ赤な顔で、目がグルグルしておるユウナはまるで他人事のようじゃったから、逆にワシが訊いてやる。
「で、どうするつもりじゃい」
「見えぬものが見えたとき、人はそこに注目しまする」
「ふむ?」
分かったような、分からぬような説明じゃ。要するに、ほかのものに注意を向けさせ、その隙にコロニーを出立しようという魂胆じゃろうが。
「そのおとり役をどこで調達するつもりじゃ?」
「先ほどお会いした不届き者を使いまする」
「ほう」
あのジュダの奴めを使うとな。
やはりサビゾー、こやつはシノビじゃ。いざとなれば手段を選ばぬ。
【続く】
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