13. シートベルトは締めたでござるか?

 それからまた数日は準備の期間じゃった。学校にもちゃんと通った。


 サビゾーの様子は変わらんかった。ユウナはあの時に心の中でした別れで吹っ切れておるのか、普段通りに過ごしておった。


 ロックはそもそも船バカじゃから、授業をサボってアークトゥルス二号の制作にかかりきりなのはむしろ自然なことじゃった。ラァレは計画のことなど何にも知らんかった。


 じゃから、いざ決行の前夜はやはり騒動になったのじゃ。


「嫌ですぅぅぅ!!」

「まぁまぁラァレ殿」

「今生の別れってわけじゃあねぇんだ。ここは堪えてくれよ、な?」


 サビゾー、ユウナが順になだめにかかっておるが、今日ばかりはラァレもなかなかに往生際が悪い。ワシを頭に乗せたロックも苦笑しておる。


「水族館に逆戻りしても構わんぞって勢いだな」

「いや、そんな深い想定はしておらんニャ」


 親しくなった学友やコロニーの人々と別れたくない一心じゃろうて。


「なら、強硬策をとっても構わんな」

「ん?」


 ロックが一旦リビングから消え、もうおなじみとなった樽になみなみと水を注いで帰ってきた。


「ラァレ、次の冒険だ」

「へ? きゃああああああ!!!!」


 ロックが背後からラァレを担ぎ上げる。


「やっぱりヌルヌルしやがるな。だが」

「きゃ!?」


 暴れる粘膜人類ラァレを、巨大な石鹸を扱うかの如き力強くも繊細な体さばきで樽の中にぼちゃん、と落とす。


「なにするんで―――あ」


 そして、パタッと樽に蓋をかぶせると、愛用のトンカチで釘を打ち付け、どっこらしょとそれを右肩に担ぐ。この間5秒。


「じゃ、行くか」

「御意」

「マジか」


 何でもないかのように歩き出すロックと、何の疑問も差し挟まずついていくサビゾーに、信じられないといった様子のユウナじゃった。


※※


 コロニーではまだ未明と呼べる時間。


 学校の造船ドックで、これからのワシらの“翼”がお目見えした。


「おお、これは素晴らしい出来でござるな」

「今回も突貫だから、テストフライトも何にもしてないが、まぁ大丈夫だろ」

「これから行こうって時に不安にしかならねーこというんじゃねーよ」


 ユウナがたじろぐが、今さら引き返すこともできん。


 今度のアークトゥルス二号は、それなりに大きい円盤状をしておった。これなら何人かが乗ってもぎゅうぎゅう詰めになることはなさそうじゃ。


「ようやくこのスーツを脱げるぜ」

「やはり地球の島猿に文明人の衣服は無用であったか。嘆かわしいのう」

「ロック殿」


 久しぶりに、イウォク島の半裸野生児スタイルに戻ったロックに、ワシが溜息を吐いておると、サビゾーがやってきた。


「積み込みは終わりましたぞ。あとは頼みまするぞ船長キャプテン

「へっ、任されたぜ」


 単純バカが、船長呼びの大安売りに機嫌を良くして乗り込んで行きよった。


 ところで。


 かように堂々夜逃げを画策しとるのに、それを見咎める当局の人間がおらん。


 それもそのはず。


 今現在コロニーは、突如持ち上がったで、絶賛、上へ下への大騒ぎじゃった。


「ごるぁ! サビゾォ!! テメェ、どこにいる!? ていうか、コスモジプシーになに密告チクりやがった!!」


 端末から届くハナの怒声に、サビゾーの返答は短かった。


「任務を果たしてくるでござる。あと、よしなに」

「何がよしなにだカピバラやろ」

「おっと通信障害が」


 そこで通信が途切れた。


「お迎えが来たでござる。参りましょう」


『コロニーが海賊に襲われている』との嘘通報でやってきたコスモジプシー船団のことをタクシー呼ばわりじゃ。


「ホントに大丈夫なのかよ……」

「ま、確かにコスモジプシーの荒くれどもに嘘を吐いたなんてことが知れたら、八つ裂きにされてもおかしくないがニャ」

「そこら辺のことは、交渉上手なニンジャ様がどうにかしてくれるだろうよ。それよりチョイ、ハイパードライブの出力調整を間違えるんじゃあねぇぞ」

「誰に言っとるパーたれが。貴様こそ、ネジを一本締め忘れたなんてことはないじゃろうな。ワシとは違って、大気の無いとこに放り出されたらヒトなぞ一巻の終わりじゃろうが」


 操縦席で言い合いながら、処女航海の準備をロックと共に、着々と進めていく。


 その背後、扉一つ隔てた先にあるミーティングルームにドローンを飛ばす。


 そこでは、サビゾーが樽の蓋をせっせと釘抜きで開けておった。


「よいしょっと―――ラァレ殿、もういいでござるよ」

「まぁだだよ……」

「いや、もういいと」

「まぁだだよ……」

「ふむ」


 どうやら、この短期間に二度までも狭い暗所に閉じ込められた精神的なダメージが抜けきっておらんらしく、サビゾーは一声唸ると、丁重に再び樽の蓋を閉めた。


「ユウナ殿、定期的にノックなどして機嫌が直るのを見ていてくだされ」

「……へいへい」


 状況の無茶苦茶ぶりにはもういちいち驚かんことにしたらしい。賢明な判断じゃ。


「おい、そろそろ発進するぞい。お行儀よく座っておれよ」

「ユウナ殿、準備はよろしいか」

「おう」

「ラァレ殿は、まぁ、水の中なら衝撃も緩和されましょう。―――で」


 サビゾーは、もう一枚の隔壁をくぐり、とある人物に話しかける。


「シートベルトは締めたでござるか? 裏切りの元ムシャ殿」

「なかなか快適だぜ。腐れニンジャ」


 そこには、電磁縄つきの椅子に縛られた火星人ジュダの姿があった。


 これが、『二つの問題』の二つ目じゃ。


 ―――時は、少し前にさかのぼる。


 ワシとサビゾーは、再び司令部の地下牢にきておった。


「ジュダ殿、今日は貴殿に生きる道を与えに参ったでござる」

「なんだと?」

「これから拙者たちは、火星に向かいまする」

「……!」

「ふふん、故郷の名を出され、分かりやすく心拍が上がったニャ」


 例によって司令部の通信をジャミングしておるワシに気を煽られ、赤ら顔がふて腐れる。


「で?」

「条件次第では一緒に連れて行ってやらんでもないでござる」

「条件?」

「仲間の居所を吐くでござるよ」

「ふん」


 ジュダは鼻で笑う。そのような条件、飲めるはずがなかろう、といった具合に。


 しかし。


、と言ったらどうでござるか?」

「……は?」


 ジュダは、またもムシャの本分を捨てた素の反応を返しよった。


「騒ぎさえ起これば何でもいいでござる。無論、気が乗らんというのなら、ほかを当たるまでのこと。こちらにチョイ殿のを残しておくので、一両日中に返答を下され。ただし、生憎とアークトゥルス二号は五人乗りでござりますゆえ、火星行きの座席は早い者勝ちでござる。では」

「おい!」


 言うだけ行って去ろうとする背中に声がかかったのは、サビゾーがほんの二歩進んだ所じゃった。いくらなんでも焦り過ぎじゃろうて。


 ―――そして現在。


 そういった塩梅で、コロニーはコスモジプシー船団の思わぬ来訪と、ジュダが吐いたスパイの居所を探るのに、てんやわんやであった。


 邪魔する者もなく、アークトゥルス号二号がいよいよ発進した。


「う~ん、最っ高だぜ、なぁチョイ」

「ふん、猿知恵のまぐれ当たりも、数をこなせばそれなりの工作をこしらえるもんじゃわい」

「そうだろ、そうだろ」


 ワシのあからさまな嫌味もまったく意に介さず、ロックはヘラヘラとだらしのない喜色満面を寄越してくる。うっとうしいのう。こら、ワシの頭を嬉しそうにガンガン叩くでないわ。精密機械じゃぞ。


 ―――ドン!


 と、初飛行を行うワシらの眼下、街のとある建物から、黒煙が上がった。


「これはまた、小汚い花火を朝から上げたもんじゃ」


 ぼやくワシのから、ジュダのほくそ笑む声が届いてきよった。


「せっかくだから、本物の居所を吐いておいた。さっきの爆発はほんの小手調べだ。いずれ捕まるだろうが、何人かは道連れにするだろうさ」

「ふむ、なかなかの悪党じゃな」


 ジュダはこの密告をコロニーへの最後っ屁にするつもりだったようじゃ。


「じゃが、ニャんとも浅はかじゃな。ロック以下の猿知恵じゃ」


 ワシは後ろ足で顎をポリポリやりながら言ってやる。


「発つネコ後を濁さずじゃ。ホンモノが来た時の動きなぞ、当に練り終えておるわい」

「あいつら、何してやがる?」


 ジュダの視線の先には、いつの間にやら船から飛び降り、コロニーここへ来た最初の日のようにライン・チューブの上をひた走るロックと、その頭上で宙を駆けるサビゾーの姿があった。


※※


 コロニーの天頂ホログラムは、早朝の朝焼けを映しておった。


 その空の下、とあるビルの屋上で、二体のアシガルトルーパーが、住人を人質にして立てこもっておった。


「またもよもやでござる。修行がたりませぬな!」


 スパイ共はサビゾーらが住んでおった学生寮にほど近い場所におった。灯台下暮らしというやつか。


 自然、人質も、寮に住むサビゾーのクラスメイト達となった。


「うむ、なかなかの手際じゃな」


 最初の爆発で地上部隊は足止めを食らっておる。


 残るのは空やビルからの狙撃じゃが、人質が邪魔である上、ビーム兵器の類はアシガルトルーパーには通用せん。


 じゃが、何事にも規格外なことをしでかす輩はおるものじゃて。


「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!!」

「な、なんだ、あのサピエンスは」

「こっちに来るぞ」


 よく日に焼けた半裸の野生児が、ライン・チューブの上を猛然と駆け上ってくる。さしもの冷徹冷酷なアシガルトルーパーどもも集中を削がれたようじゃった。


「お助けいたす!」


 その隙を、サビゾーが見逃すはずもない。


「「「「「きゃあああああ!!!!」」」」」


 上空から、サビゾーがコトワリ―――指から発射したオニグモで、器用に学生たちを絡めとっていく。


「な、なにこれ!?」

「うわああああああ!!」

「え? テツゾー……?」


 学生たちは反重力装置でも取り付けられたかのように、ふわりふわりと中空に投げ出されていく。


「人質は確保でござる!!」

「ギョイだ、サビゾォ!!」


 シノビの返事を真似たロックが、引き絞った弦から矢を放つ。


 バゴンッ!!


「うぐぉ!!!?」


 凄まじい膂力りょりょくで射られた原始的な武器が、地球の時と同じく、アシガルトルーパーの鎧にあっさりと致命の穴を穿うがった。


「ひとつ!」


 宇宙時代において、レーダーはビーム兵器を優先的に察知する。ただの石弓を警戒する奴は阿呆じゃが、それ以上の馬鹿力の持ち主が、形成を覆す、文字通り嚆矢こうしとなるのじゃ。


「新たな敵襲! おい、しっかりし―――かっ!?」

「ふたつ! あれ、もう終わりか?」


 たった二人の敵をたおすのに、大した時間はかからなんだ。


「よぉし、チョイ、迎えに来てくれ」

「まったくネコ使いの荒い猿じゃて」


 愚痴りながら船を動かすワシの耳に、ジュダの呆けた声が届く。


「なんだ、こいつら……」

「控えめに言うと、宇宙を救おうとしておる阿呆どもじゃな」


 影のシノビと、およそ太陽星系連合から顧みられることのない地球の島猿。


 今日は、この宇宙に、確かにいた見えざる希望ファントム・ホープが、いよいよ動き出した日であった。



【Ep.1 ファントム・ホープ 終】

【続く】

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