11.良い晩でござるな、二人目の刺客殿。

 消灯したホテルのベッドルームでサビゾーがそっと起き上がる。


 その足にはミズグモ。音もなく宙を駆け、部屋の換気を行うためのダクトに入り込み、猫のようにしなやかな動きでスルスルと外の廊下へと躍り出る。


「良い晩でござるな、二人目の刺客殿」


 そこには、監視の目を潜り抜けて入り込んだ曲者がおった。


「シノ―――!」


 敢えてセキュリティを甘くし、隙を突いたと思い込んだ敵を誘い込む。サビゾーの策略であった。忍法・サナダマルとか言っておったが、どういう意味じゃろうな。


「―――ビ……」


 ワシが機械星のライブラリーを検索しとる間に、コトワリ―――超極細のナノチューブ・オニグモが、曲者の全身を絡めとり、反撃と自決の手を止めた。


「麻酔つきの千本針で眠らせたでござる。抵抗はできませぬ」


 サビゾーの言った通り、曲者は廊下にぐったりと倒れたままじゃ。しかしそれ以上に、驚愕すべきことがあった。


「む、こやつ、ラァレを投網で捕まえとった水族館の職員ではないか」

「やはり。ラァレ殿が誤ってユウナ殿の名を口走ったとき、僅かに表情が動いたでござる」

「しかし、こいつはコロニアンではないのか」


 顔が、典型的なコロニアンの整った面構えをしておった。


「いえ、これはニセモノでござる!」


 サビゾーは言いながら、勢いよく曲者の顔を


「ニャんと、こやつは火星人類マーティアンか」


 サビゾーが、マーティアンの特徴的な赤い顔を手持ちのライトでかざす。


「アシガルトルーパーが入れる刺青でござる」

「ムシャの手の者じゃったか」


 不覚にも気付けなかったワシに、サビゾーが解説する。


「これは忍法・シチホウデ。他人類に成りすますシノビの変装術でござる」


 無論、源流を同じくするムシャも使えるというわけじゃ。


「ううむ、このすーぱーアニマロイドの目すら欺くとは、なかなかの技前わざまえじゃのう」

「全身ホログラムなどであれば、むしろチョイ殿は気付けたはず。原始的な方法だからこそ、でござる」


 サビゾーが、眠りこけた曲者を、どっこらしょ、と持ち上げる。


「帰還して早々に不覚を取りましたが、これでおあいこ。上層部にも報告ができて、ハナ殿のお肌もツヤツヤでござる」


 そして、どこか寂しそうな口調で、こうも言った。


「ユウナ殿にとっては、短い留学生活になってしまわれた」


 いかになコロニアンといえど、この短期間にスパイが続々と暗躍したとなれば、穏やかではない空気が流れるのは必定。よそ者であるユウナたちが居続けるには、少々以上に危険じゃ。


「ガニメデへの旅立ちは、だいぶ早まってしもうたということじゃな」


 サビゾーは頷くと、こう訊いてくる。


「ロック殿の、アークトゥルス二号の進捗はいかがですかな」

「造船部の作りかけを改良したから、ガワは出来上がっとる。あとはハイパードライブを乗せて、超空間航行装置を完成させるだけじゃ」

「なれば、残りは拙者のお仕事でござります」

「……ニャにをするつもりじゃい」

「それはもう、最高級のハイパードライブをかっぱらうでござるよ。海賊らしく」


 もはや、海賊ではないと訂正する必要が無くなってきたようじゃ。


 ロックよ、喜べ。ワシら、晴れてお尋ね者の宇宙海賊になれるぞい。


※※


 あくる日。


 サビゾーは、司令官室でハナへの報告を行っていた。


「で、無事着床したのだろうな」

「相変わらず率直にも程がある物言いでござりますな」

「いいから、さっさと言え、ヤッたのか、射精したのか、中に出したのか、受精したのか」


 前言撤回。これは尋問であり、セクハラじゃ。サビゾーも菩薩のようなカピバラ顔で「これはひどいでござる」と言った。


「我ながら、かなり深い部分まで繋がることができたのではないか、と存じまする」

「ならばよい」


 嘘と紙一重な物言いで躱したニンジャに、暴言司令官は鼻を鳴らしながら頷く。


「検査をして、卵子に音沙汰がなかったら次回の排卵日にもう一度行うぞ」

「御意。―――して、捕らえたスパイについてでござるが」

「調査中だ。尋問も薬物も精神干渉パルスも受け付けない。度し難い話だが、流石はムシャといったところだ」

「コロニアンの上層部おやかた様たちはどのように?」

「どうもこうねぇよチクショーが!!」

「しまったでござる」


 またぞろハナの地雷を踏み抜き、サビゾーが痛恨の嘆きを漏らす。


「早急に戒厳令を出してネズミを残らず掃除すべしと進言した私に、連中はなんて言ったと思う?」

「確たる被害を出していない状況で、市民の人権を制限する政令は出せない。引き続き、スパイの調査を進めつつ情報は司令部内に留めるべき、といった具合ですかな」

「なんで分かるんだ! さてはテメーもあの爺婆ジジババ共の手先かアアアアア!!!!」

「あいたたたた」


 いつぞやのように、ハナが襲い掛かってきて、サビゾーのほっぺを引っ張る。


「やっぱりプリプリじゃねぇか! 恨めしい恨めしい~~~!!」

「お気を確かに司令官殿。先日より髪のべたつき、毛穴の汚れ、ハリツヤ共に回復の途上でござりますよ」

「じっくり観察してんじゃねぇぞ小僧がああああ!!!!」


 サビゾーは大人しくほっぺをつねられておった。一旦火が付けば暴れ尽くすまで落ち着かんのがハナの生態である。


「はぁ、はぁ、……まぁ、人類孵卵器インキュベーターのことが漏れた様子もなし、スパイはあの二人目で打ち止めという可能性も高いがな」

「スパイはムシャと繋がる通信機器の類を持っておらんかった様子。それに連中は捕らえられた仲間を助け出そうとするほど情の深い集団ではござらん。帰ってこんことに気付いて、新たな諜報員を送ってくるまでかなり時間がかかりまする」

「とはいえ、一匹見つかれば十匹はいるものだ。どうしたものか」

「そこで、ワシの出番というわけであるニャ」

「な、なんで機械ダヌキがここにいる!?」

「なんじゃ、コロニーではテンドンが流儀ニャのか?」


 ワシはロックに並ぶ定位置となりつつあるサビゾーの頭にぴょこんと乗る。


「ワシが機械星にアクセスすれば、敵の内情を探ることなぞ造作もないぞい」

「確かに機械星は太陽系に存在する全人類のデータが揃っていると聞くが」

「残ったスパイも炙り出せるかもしれんでござる。チョイ殿をあのムシャの男に合わせてみて下さらぬか」

「……可能だ、が、どうしてそのようなことをする。機械星の住人は、自星を拡大しデータを集めることのみにご執心で、人類に干渉することは滅多にないはずだ」


 ハナの言う通りじゃ。我ら機械の民は、血と骨と肉もつ炭素生命体に、大した興味なぞ持っておらん。栄えるにせよ滅びるにせよ、どうぞご自由にである。


 が、しかしそれは、一般的な機械星住民の話じゃ。


「一宿一飯の恩義は果たすのが、流儀じゃて」


 ワシのように星を離れて暮らすは、その限りではないのじゃ。


「なるほど。協力感謝しよう。ところで、サビゾー」

「はい?」

「貴様は、何を企んでいる」

「何もありませぬ。下された任務を遂行するのみでござる」

「いろいろと小細工をしているようだが?」

「信じなされ、信じなされ」

「やかましいわ。なんだその言い方」


 やはりテンドンが好きな連中のようじゃ。


※※


 司令部の地下に、スパイは放り込まれておった。


 ワシらがとっ捕まった留置所よりは厳重なセキュリティを超えると、そこには何もない部屋。目に映らぬ電磁縄でんじじょうで、全身の自由を奪われたアシガルトルーパーの男が、ひとり突っ立っておった。


「ふむ、ニャるほどな」

「もう、何かわかったでござるか」

「ま、いろいろとな。すまぬが、こやつとサシで話をしたい。舌を噛み切れぬ程度に、口周りの電磁縄なわを解いて、外に出てくれぬか」

「御意。では、ごゆるりと」


 サビゾーが、さっと外に出て行く。看守はしばし考えておったようじゃが、ややあって、出て行った。


「ふん、とりあえず、作戦成功といったところじゃな」

「……?」

「気にするでない。こちらの話よ。さて、話をしようではないか、人間よ」

「……」


 ふん、黙秘ダンマリか。


 恐らく、拷問されても口は割るまい。


 ニャらば、こちらから勝手に話させてもらう。


「出身は火星のイモ畑。農家の三男で、口減らしに売られたか」


 お、表情こそ変わらぬが、心拍と血圧がグッと上がったぞい。


「あとはお決まりのルートじゃな。幼いころから、マフィアや海賊の遣いっぱしり。ネオマーズクリスタルの密売人に堕ち、コスモジプシーに追い詰められたところで、ムシャに出会い、アシガルトルーパーとなった。面白みのない人生じゃのう。


 ざっと成育歴を語ってやったあとで、本名で呼びかける。


 果たしてジュダは叫んだ。


「機械ダヌキに何が分かる!!」

「ほれ、今の反応で、ワシの言葉がデタラメではないことがコロニアンに伝わったぞい?」

「……ッ!!」


 そこへ、サビゾーが再び入ってきよった。


「アシガルトルーパーとなった者は、過去を殺し、未来に残る命すべてを首領ケンカク=クロサワに捧げるべしでござったか」

「……」

「しかし、今やジュダ殿の過去はつまびらかにされてしまったでござる。これではもう、ムシャとして生きることは叶わぬでござるな」


 冷淡な言葉を、ジュダに刺し込んでいく。


「当然、自決ができるなどともゆめゆめ思わぬことでござる。今のあなたは何者でもござらん。死ぬことに何の意味付けも成し得ぬ存在。空っぽな、ただの人間でござります」


 そして、サビゾーは最後に微かな飴玉をくれてやった。


「ここで我らに益のある情報をもたらせば、公表はされぬまでも、コロニーの平和な日常を守った一人の人間にはなれるかもしれませぬ」


 サビゾーは、ここでもコトワリを使ってはおらんかった。まぁ、使っても大した意味はないのじゃが。


「何の意味もなく、寿命が来るまでここで生き永らえるか、ほんの少しでも意味ある余生を送るか、ご自分でお決めくだされ。では、拙者たちはこれで」


 サビゾーはあくまでも冷たく突き放す。


 捕虜に対する態度としては普通なのかもしれんが、基本的に有害無益なだけの殺生は行わず、嫌味な奴にも紳士的な態度を崩さぬこやつにしては、珍しい反応といえる。


 ふむ。


 意外と、ユウナのことを本気で大切に―――任務の護衛対象以上に思っておるかもしれんニャ。人間のそうした感情について、ワシは興味がないので深入りせぬが。


【続く】

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