10.沈黙、それは、承諾ととってよろしいでござるか
ユウナはコロニーでもっとも高級なホテルのスイートで寝泊まりしておった。やんごとなき身分のを住まわせるに学生寮では不足と考えたのか。
そして、あのド
「あわわわわわわわわわわわ」
そこで、先ほどから
「お主、少しは落ち着かんか。皇女らしくどーんと構えておけばよかろう」
「う、うん―――うん?」
そこで、ユウナがはたとワシの方を見た。
「なんでお前がいるんだよ!!?」
「ずーっとおったじゃろうが。どんだけ緊張しとるんじゃこのおぼこ姫が」
「誰がおぼこだ! このタヌキ!!」
「誰がタヌキじゃ! ネコじゃというのに!!」
「何を言い争っているでござるか」
怒鳴り合っていると、サビゾーが寝室に入ってきよった。こちらは、平時と変わらぬコロニーのマルチスーツ姿じゃ。
「何とも落ち着かんベッドルームでござるな」
感心半分、呆れ半分のカピバラ顔を作ってから、サビゾーはワシに言う。
「それではチョイ殿、お頼み申す」
「電子マタタビ十個じゃぞ」
「御意」
交渉が成立すると、ワシは部屋に設置された盗撮・盗聴・監視システムのすべてをクラックし、外から誰にも見られぬようにした。
「さて、デバガメはいなくなったでござる」」
サビゾーが真剣な声色で言う。
「ユウナ殿、そろそろ本音を聞かせていただきたい」
「な、なんだよ、別に構わねぇって言ってんだろ?」
「ふむ……ならば
「へ? ちょ、ちょっと早いんじゃ……」
「コロニーでは、セックスなど、数ある娯楽の一つに過ぎませぬ。乱交パーティなどもひっきりなしに開催されておりまする」
「え!?」
びっくり仰天しておるユウナじゃが、さもありなんじゃ。
誰もが健康優良なデザイナーチャイルドであるなら、性病とも無縁じゃろうし、望まぬ妊娠などないからこそ、困った事態になっておるわけであるからして。
「拙者はそういったことは縁がありませぬが、修行の一環として、
「あ……」
ユウナは息を呑み、僅かに目を覆った。
サビゾーがマルチスーツの上を脱いだ。はたして晒された上半身は、ロックの野性味あふれるそれとは違い、的確なトレーニングと研鑽によって確実に鍛えられた肉体を描いておった。
しかし、特別目を引くのは小柄な体躯に見合わぬ盛り上がった胸筋でも、見事に割れた腹筋でもなく、全身に事細かく走る、切り傷、刺し傷、ビームガンで焼かれたやけど傷の痕である。
「ユウナ殿がよいというのであれば、不肖の身ではござりますが、誠心誠意、下された
性行為に最悪のルビが付きよったわ。
「……」
対してユウナの方はというと、口元を手で覆った格好のまま、じっとベッドに腰掛けたままじゃ。
「沈黙、それは、承諾ととってよろしいでござるか」
半裸のサビゾーは、ずい、と歩み出て、ユウナの肩を掴む。
「失礼いたしますぞ、姫」
身長はユウナが上じゃが、身体の分厚さはサビゾーが遥かに勝っておる。上から組み伏せてしまえば、逃れる
「あ……」
髪を撫でる。肩に手をかける、そっと押し倒し、ユウナをベッドに横たえる。
「う……」
そして、ユウナは真っ赤になった顔を覆い、弱弱しくこう言った。
「やっぱりぃ……いやだぁ……」
やっぱりニャ。
「よもやガチ泣きとは。想定内とはいえ、何だかとてつもない罪悪感でござる」
「まったく、人間という奴は、たかが初めての交尾に大袈裟じゃのう」
ワシの見事なジャミングがなければ、傍目にはデートレイプと見紛う状況じゃったな。
※※
一方その頃。
「あわわわわわわわわわわわ」
「おい、樽の中で暴れるんじゃあねぇぞラァレ」
「だってだってロックさん! ユウナさんとサビゾーさんは今頃あんなことやこんなこと……あばばばば」
「何があばばだムッツリマリナー娘。なに、ちぃーっとばかしお世継ぎの生まれが早まったって話だろうよ。それより今俺は図面を引いてるんだから、水で濡らすんじゃあないぜ」
「あぅ~、明日からお二人はご夫婦に、でも内緒だしぃ。どうやって顔を合わせればいいんでしょうぅぅぅ―――ところでロックさん、図面ってなんですか」
「我が青春のアークトゥルス号二号機ってやつだ」
「はぁ……?」
「しっかしだ。あのドラ猫、わざわざ人間さまの交尾のデバガメなんぞして何が目的なのかね」
ラァレはロックの部屋で留守番。ロックの方は、大破した“恋人”の復活を期しておったそうな。
※※
ユウナは、ひとしきりベッドの枕を濡らした後、サビゾーの持ってきたルームサービスを口にしていた。
「まぁ、パーッと一杯やるでござるよ。これは牛乳ですが」
コロニーで特に未成年飲酒がご法度ということはないが、
そして、赤く目を腫らしたユウナは、その牛乳をおとなしく飲んでおる。なんともはや、借りてきたネコのようじゃ。
「嫌がっておったのは分かったが、よもやあそこまでとは思わんかったぞい」
「拙者は気にしないでござる」
「いや、特別アンタとヤるのが嫌だったわけじゃねーよ」
「この期に及んでまだ強がるか。
「泣いてねーよ!」
目に水玉を浮かべながら尚も言うユウナの意気に免じて、引き下がってやることにする。
「ユウナ殿、威勢と虚勢は同じようで違うでござる」
「う……いいんだ! 私は!」
強情な娘である。
「どうしてそこまでなさる」
「……あんたは、私にシノビの秘密を教えてくれたからな―――話すよ」
ユウナは居住まいを正し、話し始めた。
「私の喋り方、皇女らしくねぇだろ」
「あまり宇宙のプリンセスとは付き合いがない者でよく分からぬでござるが」
「ふふっ。まぁ、昔は、こんなんじゃなかったんだよ。怖がりで、臆病で、いつも両親の傍を離れらない子供だったんだ」
「ふむ」
余計な言葉を挟まず、サビゾーは次の言葉を促す。
「でも……確か七歳くらいの時だったかな。親について、ガニメデの連合会議に行ったとき、街で迷子になっちまってさ。同い年くらいの男の子に助けてもらったんだ」
ふむふむ、読めてきたぞい。
「今の口調は、そのときに伝授されたものじゃろう。弱虫を変えるには、まず形から、というわけじゃな」
「察しが良いな、機械ダヌキのくせに」
「ふん、思いのほかろまんちすとじゃったヤンキーおぼこ姫の秘密に免じてやろうではないか」
「何を―――」
ワシは襲い掛かろうとするユウナをひらりと躱し、サビゾーの頭の上に行く。
「はぁ……サビゾーも笑えばいいぜ。私だって、ガキ臭い考えだと思ってる。でも、危ないところで、命を救ってもらった。何も知らなかった私に、色んなことを教えてくれた。弱っちい私を、その人が変えてくれたんだ。結婚するならその人とがいい―――なんて、くせぇよな、忘れてくれ」
サビゾーは、軽く目を閉じて、首を横に振った。
「拙者、修行のおかげで物忘れがなくなり申した。それに、笑わぬでござる」
「……そっか」
「ユウナ殿は、その殿方の顔や名前を覚えておられるのですかな」
「ああ、よく覚えてるよ。ええと、確か端末に写真も入ってたはず」
「チョイ殿、保存してくだされ」
「ほい」
ユウナの持っていた小型端末から画像と簡単なプロフィールが送られてきた。ガニメデに住むサピエンスの子供。取り立てて特徴はないが、ワシの超高性能な
「で、これをどうするつもりじゃ」
「せっかくでござるから、ユウナ殿の初恋の人を探すでござるよ」
「ええ!?」
ほう、面白い展開になってきよった。
「その殿方が見つかれば、拙者のアホらしい任務も晴れて終了となりますゆえ」
「シディアでもサビゾーでもない、つがいの相手が見つかったっちゅうことか」
「つがい言うな。でもコロニーを離れちまっていいのかよ」
「ユウナ殿を安全な場所までお連れするのが拙者の役目。まだその任務は、終わっておりませぬ」
そして、サビゾーは少し困った顔になって、
「コロニーに連れてくれば万事盤石と思っておりましたが、さらにやべー事態に陥ってしまいましたゆえ」
「ああ……」
「拙者の不徳の致すところでござる」
さすがにそこはワシがフォローしてやる。
「いや、どう考えてもあのパーたれな司令官が悪いのじゃ」
サビゾーは、頭の上のワシの頭をつるりと撫でた後、言った。
「ガニメデに出立する準備を進めてくだされ。無論、ハナ殿始めコロニアンの方々には内緒でござる」
「ああ、分かったよ。……ひとついいか」
「なんでござるか」
「あんた、そんなに優しい性格で、どうしてシノビなんてやってんだ?」
「む……」
ユウナの言葉がよほど予想外だったと見えるサビゾーは、一声唸ったあと、しばしキョロキョロと部屋を見回すように視線を泳がせたのち、こう言った。
「のちほど、お話しいたすということで手を打って下さらぬか」
「ふふ、構わぬ、苦しゅうない」
「ありがたき幸せ」
「褒められるのに慣れてないんだな」
「お、油断したところに追撃が」
月の姫と宇宙のニンジャが笑い合う。
「二人で一晩明かさねば疑われましょう。拙者は床で眠りますゆえ」
「いや、そこまでしなくていいっての。こんなにデカいベッドだ。離れて寝れば大丈夫だろ」
「うむ、しかし」
「命令だ」
「御意」
「躊躇なしかよ」
「任務ですゆえ」
シノビの習性には逆らえんかったか、はたまたふざけておったのかは分からんが、サビゾーは素直に従うと、ころんと横になった。
「そういえば、こっちの方はまだ礼を言ってなかったな」
「こっち、とは?」
「私を助けてくれてありがとうな、サビゾー」
「……礼には及びませぬ」
そこで、会話は
※※
一方その頃。
「うわぁ、よく撮れてますねぇ。ロックさん、すごいですぅ」
「これはコロニアンだけが見れる動画サイトらしいが、流出でもしたらコトだな」
「そうなったら、どうなるのです?」
「……ラァレよ、夜逃げの準備をしておきな」
「えええええ!?」
「冗談だ、とも言い切れないのが、非営利誘拐犯としちゃあ辛いところだな―――ッ!」
ロックの笑みが引っ込んだ。
「またなにか来やがったな」
「どうしたんですかぁ?」
「おやすみの時間ってことだ」
「ええ~、まだ眠くありませんよぉ」
「なら静かにしていろ。できないなら蓋をするぜ」
「蓋!?」
コロニーで過ごしていても、野生児はその勘を失っておらんかった。
「刺客か。サビゾーよ、気をつけろよ」
【続く】
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