09.マジでござるか。/嘘でござる。

 コロニー計画は、当初、環境の激変で絶滅の危機に瀕しておった動物たちの種の保存を図るための施設じゃった。


 故に、多くの生物が各コロニーに“保管”されておる。


 サビゾーとユウナは、その中でも主にリスやウサギといった小さな哺乳動物たちを飼育している公園に赴いた。


 理由は、人気が無いからじゃ。木々の生い茂る中で小動物が草やドングリを貪り食っとるだけの場所なぞ、一日で飽きる。


「ここの空はいつ見ても綺麗だな」


 静かな木陰のベンチに座り、ユウナが口を開く。ワシはサビゾーの頭の上じゃ。


「コロニーに晴れも曇りも、それどころか朝も夜もありませぬからな」

「そういう話じゃ、ルナも一緒かな。基本的に夜しかねぇ」

「広さでは月の勝ちでござろう?」

「ほとんど住めねぇけどな。岩しかない低重力の衛星に、シティなんて作って人間を押し込めてる」

「ご不満で?」

「いや、みんな助け合って、良い星にしようとしてるから、私が文句言ってちゃいけねぇよ。ただ……ご先祖は何でわざわざこんな不便な場所に移住したのかって思うことはあるかな」

「ウサギに会いたかったのでしょうかな」

「は? ウサギって?」


 サビゾーの口から飛び出した言葉に、ユウナが疑問符だらけの顔で訊く。そのとき、ちょうど近くの穴倉から白ウサギがぴょこんと出てきよった。


「むか~しに、父上から聞いたことがある、太古の神話でござる。地球の月には、ウサギが住んでいると言われておったそうな」

「なんだそれ、変なの」


 妙に真面目くさったサビゾーの言葉遣いがウケたのか、ユウナが吹き出す。


「そこでは、ナヨタケのカグヤというお姫様がウサギたちを支配しておりましてな」

「そのお姫様も、ウサギなのか」

「いいえ、人間でした。なので、支配種からの圧政に苦しんだウサギたちが反旗を翻し、タケノコ型のポッドでカグヤを地球に追放したそうでござる」

「それほんとに太古の神話!? 今お前が作ったんじゃなくて!!?」

「信じなされ、信じなされ」


 何しろサビゾーはポーカーフェイスなカピバラであるから、ユウナもはっきり嘘だと叩き返せぬ様子。ウサギの方は、我関せず、呑気に毛づくろいなどしておる。


「その話を思い出して、偽装ポッドでマリウスの丘に潜入したのでござる」

「マジかよ」

「マジマジでござる」


 マリウスの丘とは、月帝国の首都がある辺りの名称じゃ。と、ウサギが足元に寄ってきた。なんじゃ、エサなら無いぞ。


「ところで、何用でござりましたかな」

「……ラァレのこと、ありがとな」

「はて。なにゆえ、ユウナ殿が礼を」

「―――ま、言い出しっぺだしよ」


 改まった様子のユウナに、サビゾーはカピバラ目を細めて言う。


「なんの、そも、ユウナ殿の優しさがもたらした状況でござろう」

「え? い、いや、そんな、私は―――」

「さすがは一星いっせいの王になる方の器だと、拙者、感服いたしました」

「それは違う」


 声量こそ普通であったが、ユウナのそれはまごう事なき悲鳴であった。敏感なウサギがさっと離れていく。


「私は、ラァレを助けたかったんじゃなくて、自分の気を収めたかっただけだ」

「ふむ、その心は」

「だってそうだろ!? 私の、皇族わたしたちが不甲斐ないせいで、ラァレやロックたちの星は大変なことになっちまった。器なんて、ねーよ……」


 最後には、ほとんど消えてしまいそうな声で呟いた。


 沈黙のとばりがおり、ユウナは神妙にうつむく。


「ユウナ殿――」

「なぁ、シノビ、なんで私をコロニーに連れてきたんだ」

「任務でござる。拙者たちは、ただそれをまっとうするのみ、ですが、一つ」


 そこでサビゾーが、カピバラの丸顔をさらに柔和に微笑ませ、言う。


「そうすることで開ける平和への道が、あったのでござる。あなたには、期待されるだけの価値があるということ。それをゆめゆめ、お忘れなきよう」


 それは、聞かせる相手いかんでは重い言葉であったかもしれん。


「――ま、そういうことにしといてやるよ」


 だが、そもそも星一つを背負しょって立つ役目が内定しておる人物には、丁度よいげきであったようじゃ。


「頑張ってくだされ、宇宙のプリンセス殿。しかし、クラスメイトにばれぬ範囲で、ですぞ」

「分かってる。せいぜい高貴な身分が漏れないようにするさ」

「シノビという呼び名も、改めて貰わねば」

「分かったよ、努力する。……ていうかよ」

「む?」

「そんな変な喋り方してたら、嫌でもバレるんじゃねぇ?」

「……!!!!」


 サビゾーのやや細めなカピバラ目が最大級に見開かれたぞい。


「いや、そんな重大なことに気付いたような顔すんなよ。分かるだろ、普通」

「……マジでござるか」

「ござるだよ。そのござるにすべてが詰まってるっつーの」

「評議会に叱られるでござる……」


 いろいろと手遅れであるから、そんなこともないのではないかと思ったが、サビゾーは真剣にショックを受けておるようだ。ユウナも、何も言えん様子。


「ふっ」

「如何しましたか」

「いや、アンタ、シノビの癖におもしれーなと思ってさ」


 勝気な褐色の顔が、これまででもっとも柔和な表情となる。


 そこへきて、ウサギも再び戻ってきた。やれるエサは相変わらずないが。


「一緒に遊ぶでござるか」


 サビゾーが手招きすると、穴倉からもう一匹這い出してきて、両膝にそれぞれ飛び乗ってきた。どうやら、つがいであったようじゃ。


「頭にチョイ、膝にウサギって、なかなかすごい絵面だな……」

「コトワリの力を使えば、動物の心を操るなぞ、造作もないでござる」

「ああそうか。アンタらシノビはそういう力が使えるんだったな」

「嘘でござる」

「……」

「……」

「は? 嘘!?」

「うむ」


 しれっと告げられた衝撃の真実じゃ。


「コトワリなどという力、本当はござらん。全宇宙に知られているシノビが撒いたデマ。ハッタリでござる」

「え? じゃあ、コトワリって」

「五感に作用する幻覚粒子の発生装置を袖に仕込んでおりまする」

「要するに、怪しげなコナをばら撒いて相手の意識を操っておるということじゃな」


 当然、すべてのからくりを承知してすーぱーアニマロイドのワシが捕捉する。


「インチキじゃねぇか!」


 果たして、ユウナが叫んだ。


「じゃあ……じゃあ、物を飛ばしたり、吹っ飛ばしたりしてたのは?」

「指先に、極細の強化ナノチューブを仕込んでそれを飛ばしておりました」


 サビゾーが言いながら手をかざすと、ユウナの顔に僅かに何かが張り付く感触があった。


「顔の前を触ってみてくだされ」

「あ、本当だ。糸がある」


 ユウナの指が、肉眼では決して捉えられない糸の存在を感知した。


「忍具・オニグモでござる」

「これもインチキかよ」

「シノビの戦いに汚いは褒め言葉でござる。手段を選んで任務は果たせませぬゆえ。しかしながら―――」


 そこで、サビゾーが自嘲気味に破顔した。


「―――ムシャにはほとんど効きませぬ。元はシノビもムシャも一つであったので、コトワリに使う幻覚粒子も、オニグモも対処法が筒抜けでござる。いやぁ、厄介厄介」

「笑っている場合かよ」


 明け透けに笑うサビゾーはユウナに、一匹のウサギを手渡す。


「はい、ユウナ殿」

「お、おう……」


 慣れておらぬのか、暴れる白い毛玉に戸惑っておったが、サビゾーのレクチャーで、何とか手懐けることに成功した。


「これはコトワリの力ではござらん」

「嘘じゃないよな?」

「信じなされ、信じなされ」


 ニンジャは嘘つきじゃ。


 しかし、ユウナは、こう答えた。


「ああ、信じるよ、


 さて、初めてユウナがサビゾーの名を呼んだぞい。


「む、通信が入ったでござる」


 ここで話が済めば、綺麗に終わったのじゃが。


「―――ユウナ殿、悪い知らせでござります」

「なんだよ、暗い顔しやがって」

「Xデーが来てしまったでござる」


 サビゾーが腕に取り付けられた小型端末を操作すると、ホログラフが浮かび上がり、そこにこう綴られていた。


『第一回目の生殖日が決定。サビゾー・マツモト、ユウナ・アレキサンドラ・バローズ両名は、下記の時間と場所に来られたし。 せいぜい楽しめ ハナ・ビューゲンドリス』


 この宇宙開闢かいびゃく以来、史上最悪の召集令状が届きよった。


「何が楽しめでござるか。どうもハナ殿には人道的配慮が足らぬところが―――ユウナ殿、こんなもの、拒否してしまえばよろしい」


 サビゾーがため息交じりに言う。が、ユウナの返事は意外なものじゃった。


「いや、やるぜ」

「なんですと」


 ユウナはウサギを撫でながら、不敵な笑みを作って言う。


「あのシディアの嫁にされるくらいなら万倍もマシだっつーの。いいからとっととヤッちまおうぜ。サビゾーだって、任務を断ったらまずいことになんだろ?」

「ふむ、それはそうでござるが」

「なら決まりだ。せいぜいビビるんじゃねーぞ」


 なかなか気風と威勢の良い言葉に、サビゾーは軽く頷く。


「ふむ……ではとりあえず、ウサギさんを離してあげてくだされ。手がガタガタ震えて、居心地が大変悪そうでござる」

「え? なにが?」

「なにがではござらん。思いっきりビビっておられるではござりませぬか」


 ギューッとされ過ぎたウサギが、いよいよ苦しそうにしたので、サビゾーは強制的にユウナの腕からひったくることになった。


※※


 ちょうどその頃、月では、こんな会話があったとか無かったとか。


「皇帝陛下、お加減はいかがでしょうか」

「シディア首相。ありもしない私の病をおもんぱかっていただき、感謝にたえぬ」


 フィニーズ・バローズが、痩せこけた顔を苦笑に歪める。


「ククク、忠誠を誓う者として当然のこと」


 忠誠を誓ったはずの皇帝が放つ皮肉に、この嘲笑である。


「上から抑えつけるだけでは、星の統治は叶わんぞ。マーク」

「ふふ、まだ私を名前ファーストネームで呼んでくださいますか」

「貴様はよくできた首相であり、友だった」

「恐悦至極。しかし私は反吐が出そうでしたよ」


 マーク・シディアが言う。その顔はニャんとも醜い。


「ただ月面開拓の先発隊リーダーであった血筋のみをもって王を僭称せんしょうし、今日までこの不毛の衛星で君臨し続けたあなたにかしずくのは」

「民のためなら王権などいつでもくれてやるし、民主制、立憲君主制が望みなら喜んで退こうではないか。貴様が私腹を肥やすことなく善政を敷くと約束してくれるのならば、だが」

「議論をするつもりはありません」

「我らを処刑したところで、月の環境は大して変わらんぞ。それに、だ」


 対照的に、バローズの顔は晴れがましかった。


「“王様”は大変だぞ、マーク」

「黙れい!!」


 激昂したシディアが、バローズを殴りつける。器がワシの額より狭いのう。


「はぁ、はぁ……せいぜい口だけでも動かしていればいい。皇帝陛下、私はこれから反体制派の粛清に参ります」

「なに?」

を信じているようです。ここ数日で、ざっと百名ほど、血祭りにあげましたぞ」

「―――外道め」

「ありがたきお言葉」


 余裕を取り戻し、シディアは言った。


「それに、誘拐された花嫁の居所も掴みかけてございます」

「なに!?」


 この時点ではまだ確証の無いハッタリじゃったが、衰弱したユウナの父にはこたえたようじゃ。


「小賢しいシノビの素首そっくびさかなに、一杯やろうではありませぬか義父ちち上殿」

「一服盛る、の間違いであろう。相手は歳若いとはいえ、シノビだ。簡単に取れる首と思ったら大間違いだ。それにな」


 しかしながら、流石は一星一城の主。凄まじい胆力を以て、こう言い返した。


「貴様に娘はやらん」


 紀元前、西暦、そして太陽系歴に至るまで続いてきた、定番のセリフじゃった。



【続く】

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