08.足らぬ足らぬは工夫が足らぬでござる。

「うわぁぁぁん! せめてアザラシさんたちとは別の水槽に入れてくださいよぉぉぉ!!」

「不憫な奴じゃのう。ま、甘っちょろい家出娘が、世間の風を浴びて成長するには良い環境なのかもしれんがニャ」


 ワシはロックの頭上で一人ごちる。そして、チラリとユウナたちを取り囲むスクールの生徒たちを見やる。


「アレックスさん、あのマリナーのとも、お友達だったんですか」

「え? ま、まぁな」

ルナの人に続いて、地球人も学校に来るのかぁ」

「楽しみだな!」

「地球のこと、たくさん教えてもらおう」

「アレックスさんが、司令官に口添えしてくれるの? すごいね、あのおっかない人に」

「ああ、まぁ、やってみるよ」

「「「おおー!!」」」


 盛り上がる学生たち。


「ニャんというのか、ほんとうにお気楽極楽太平楽な連中じゃな、コロニアンというのは」

「衣食足りてなんとやらってやつか。人の頭を住処にしてる機械ドラ猫にも見習ってほしいもんだな―――おい、サビゾー、どうかしたか」


 ロックが、ワシの必殺猫パンチをかわしながらサビゾーに訊く。今はテツゾーと名乗る少年は、にこやかに談笑を始めたユウナの方を見つめながら、こう言った。


「少しホッとしただけでござる。勝手に家から連れ出して、こちらでも、事実上軟禁しているわけでござるゆえ」

「勝手にではなかろう。お主の任務じゃろうが」

「それは―――そうでござるが」


 ワシのシンプルかつ明快な指摘にもイマイチ歯切れが悪い。


「しかしよ、お前さん、そうホッとしてばかりもいられんぜ。例の夜伽よとぎが始まるんだろ」

「ロック殿も人が悪いでござるな。考えぬようにしていたことを……」


 基本的に飄然ひょうぜんとしておるサビゾーが、苦笑を浮かべよった。


「ま、せいぜい姫さんをガッカリさせないようにな。それとも、その童貞を可愛がってもらえばいいさ」

「別に拙者、性行為の経験くらいはありまする」

「……そうかい」


 思わぬカウンターパンチを食らう格好になった童貞ロックが、ややたじろぐ。こやつの場合、物心ついてよりこっち組み上げる船が恋人の宇宙バカであったからじゃが。


「なぁに話してやがんだ」


 いろいろとユニークな顔をした男子二人の密談を、目ざとく見つけたユウナが割り込む。


「なぁに、未来の新婚生活について、こちらのカピバラ先生から相談を受けていたんだ」


 瞬間、どこか悪戯っぽかったユウナの褐色の顔がぼん、と沸騰しよった。


「な、な、な、なに、なに、なにを、けっこ、結婚……」

「これロック、見た目の割にな姫がバグってしもうたぞ」

「それに伴侶になってもらう気もござらん。……かといって、月に戻ったところで、あの首相に嫁入りするだけでござるが」


 サビゾーが、軽く溜息を吐く。と、学校からアナウンスがかかった。大騒ぎしておるうちに、午後の授業が始まる時間になっておった。


※※


 それから、七日後。


 スクールは体育の時間で、サビゾーたちはフェザーボールに興じておった。


 簡単にいうと、立方体の低重力フィールドでジェットパックを背負った者たちが五対五でビュンビュン飛び回りながら行うサッカーじゃな。


「うおりゃあああああ!!!!」


 そして今、ジェットパックを「邪魔だ」とのたまい、半裸の生身で高速の立体機動をしよるロックが、オーバーヘッドで強烈なゴールを叩き込んだところじゃ。


「「「ぎゃあああああ!!!!」」」


 敵味方を三人吹き飛ばしながらニャ。


「躍動しておるでござるな」

「無茶苦茶しよってからに」


 あまりの非常識な動きに、三日前から数人のプロチームスカウトが視察に来るようになっておるわ。


 んで。


「ひえええええ!!」

「あちらも大騒動でござるな」

「ニャ」


 控えでベンチを温めるサビゾーと、その頭の上に乗ったワシが、もう一つの悲鳴を耳にする。


「誰か止めてくださいイイイイイ!!!!」

「いやあああああ!!!!」

「こらラァレ! いきなりスラスター全開にするなって言っておいただろうが!」


 こちらでは、不規則な弾丸と化したラァレが他の生徒を巻き込みながら助けを求めておった。


「ニャんとかならんのか、あのポンコツマリナー娘は」


 ユウナが司令官のハナに直談判し、どうにかこうにかスクールへの入学を認めさせたまでは良かったが、ラァレはドがつく不器用じゃった。


 勉強も運動も苦手。入学から三日で補習となり、初等教育並みの特別カリキュラムが組まれる始末よ。


「ぎゃん!!」

「「あ」」


 暴れ馬と化したジェットパックでフィールドの壁に激突したぞい。


「うえええ、頭痛いですぅ、もう嫌ですぅ、海に還りたいですぅ」

「そう落ち込むんじゃねぇよ。ほら、練習しようぜ」


 口調に似合わず面倒見のいいユウナが優しく声をかけるが、ラァレはすっかり意気消沈しておる。


「無理ですよぉ。しょせん引きニートのカナヅチマリナーに外の世界は眩しすぎました。水族館で貝になりたいぃぃぃ」

「そんなすぐ何でも決めつけちゃいけねぇってば。ちょっとでも頑張れば、できるようになるかも」

「無理でござるな」


 説得を続けるユウナに、サビゾーが割り込んだ。


「おい、なんだよその言い方は


 途端、褐色の姫がご機嫌を斜めにする。


「ラァレだってラァレなりに頑張ってるだろうが」

人類ヒトには向き不向きがありますゆえ、ラァレ殿のジェットパックの扱いは努力ではどうにもならんでござるよ」

「む……だからってよ、んな言い方しなくても―――」

「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、でござる」


 サビゾーは言うと、泣きじゃくるラァレの足元に、ある物を装着した。


「サビゾーさん、これって……」

「ラァレ殿は、“飛ぶ”ことは苦手でござる。であれば、宙を“泳ぐ”ようにすればよろしいかと思いまする」


 それは、サビゾーがシノビの任務に使うミズグモであった。見た目は普通の靴なので、見咎められることもないじゃろう。


「では、試合再開でござる」


 はたして、サビゾーの“工夫”は実を結んだ。


「身体が軽いですぅ! そぉれ!!」

「わわっ! ラァレさん、すごい」

「ロックさんもだけど、地球の人ってみんなこうなの?」


 文字通り水を得た半魚人の如き動きで、ラァレがフィールドを縦横無尽に“泳ぎ”回り、ヘディングシュートを決めた。


「うむ、やはり水族館でアザラシと一緒にボール遊びをしていた経験が生きたでござるな」

「それ、絶対に本人には言うんじゃねぇぞ」


 ユウナはジト目で言い含めておいてから、その顔を少しだけ綻ばせた。


「でも、ありがとな、シノビ。ラァレも楽しそうだし」

「ここではテツゾーとお呼びくだされ、アレックス殿」

「なんっか呼びにくいんだよな。あんたの名前、テツゾーもサビゾーも、しっくりこねぇんだよ」

「両方とも偽名でありますゆえ」

「本名はなんていうんだ」

「任務が終わったらお話しいたします―――あ」

「あ」

「ぎゃん!!!!」


 そもそもマリナーにしては泳ぎもそんなに得意ではないラァレが、再び壁にドタマをぶつけ、墜落していくのが見えた。


「調子に乗りやすいのをなんとかするニンジャ道具なんてないよな」

「精神修行あるのみでござるな。帰ったら共にZAZENを組むでござる」


 果たしてラァレのヌルヌルな身体でSEIZAができるのか、それが問題じゃった。


※※


 また別の日のこと。


「うぅ、こんな難しい本読めない~」


 落ちこぼれ街道をばく進するラァレを見かね、授業後にカフェラウンジでクラス総出の勉強会が催された。


「小学生の教科書でござるよ?」


 実態としては、ラァレを取り囲んで四則演算から読み書きくらいまでを徹底的に教え込むことを目的とする更生プログラムじゃ。


「ロックさんは分かるんですかぁ」

「まぁ、これくらいはな」

「頭は良さそうじゃないのにズルいですぅ」

「やかましいぞ半魚人。だいたい、太陽系の言語は統一されてるんだから、そこまで何にもできんのはお前の怠慢だろうが」

「ロックの奴にまで言われるとは相当じゃぞ」

「やっぱり、無理……」


 しかし、ラァレの弱音は途中で遮られた。


「これはジェットパックとは違い、無理ではござらん。ラァレ殿、低い山から登っていくでござる。まずはロック殿を追い越すところから始めましょうぞ」

「そうだぜ。私たちが付いてんだからよ。すぐに抜いちまえるさ」

「……頑張りますぅ」


 サビゾーとユウナから順にそう言われ、なんとかかんとかやる気を出したようじゃ。


「釈然とはしないとこはあるが」

「ドンマイじゃ低い山の猿よ」


 みっちり数時間やって、いよいよラァレが身体的にも精神的にもカピカピになったところでお開きとなった。


「ふぇぇぇ、もう限界ですよぉ」

「お疲れさん。ロック、水持ってきてやってくれねぇか」

合点がってん


 ラァレの修学に伴って、体力バカのロックが定期的にドでかい容器に食塩水をなみなみと注いで持ってくることになっておる。ちなみに、寝床はサビゾーの風呂場じゃ。


「よく頑張ったでござるよ、しかしラァレ殿は族長の娘の割に英才教育などはされておらんかったでござるか」

「あったけど、サボってました……」


 ふむ、筋金入りの怠け者じゃ。


「族長の娘ってことは―――」


 そこへ、一人の女子生徒がこんなことを言いよった。


「ラァレさん、マリナーのお姫様ってことなんじゃない?」

「へ?」


 まぁ、考えようではそう言えんこともニャい。


「わたしが、おひめさま」


 阿呆のような(まぁ実際アホでもあるが)口調で繰り返すラァレ。その瞼の無いつるんとした目が星のように輝いた。


「そうなのです! 私は地球を統べる姫っ! そして今や宇宙のプリンセスなのですっ!」

「「「おおー!」」」


 意味不明じゃが、妙に尊大で自信満々な口調に感化され、謎の歓声が起こる。


「ラァレ殿も溶け込めたようでなによりでござる」

「なぁサビゾーよ。老婆心で言うんだが、こうなんでもかんでもサラッと受け入れちまうコロニアンってのは大丈夫なのかい」


 ロックが戻ってきた。水が満タンとなったドでかい樽を片手で抱えておる。


「それがアジでござる」

「アジかぁ」

「ワシはサンマのほうが好きじゃがな」


 まぁ、コロニアンの時として破滅的とも思えるお人好しっぷりは置いておこう。


「ふぅ~、勉強で疲れた身体に塩のお水が沁みますぅ~」

「お疲れさん、だけどラァレ、明日もだからな」

「うええええ」


 ユウナが、樽の底へブクブクと沈んでいくラァレに微笑む。その褐色の顔が、丸いカピバラの顔の方を向きよった。


「おい、シノ……テツ、ゾー。帰る前に面貸せよ」


 まだ慣れとらんらしい呼び名で、ヤンキーみたいな誘い方をしよる。


「デートでござるか」

「ち、ちげーよ!!」

「ジョークでござる」


 じゃが、ひとたび皮をむけば赤面おぼこ姫のお出ましじゃ。


 ―――ふむ。


 ワシは、ぴょん、としなやかに跳ぶと、サビゾーの頭の上へ華麗に移った。


「ワシも行くぞ。どうぜロックの奴は船作りじゃろうしニャ」

「なんでお前が来るんだよ」

「なんじゃ、デートにコブはつけたくないと?」

「デートじゃねぇよ!」

「ニャらばよかろう」


 詰将棋の如き見事な論破に、ユウナが「……勝手にしろよ」と負け惜しみを言う。愉快愉快。


【続く】

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