07. すっかり忘れておったでござる。

「と、いうわけで、ロック・ルーカスとユウナ・アレキサンドラ・バローズ殿下は他星からの留学生という名目でサビゾーと同じハイスクールに通ってもらうことになる。混乱を避けるため、皇女殿下は偽名としてアレックスと名乗っていただく。あと、サビゾーは学校ではテツゾーという名で通っているから覚えておくように」

「名前が多いな。サビゾーよ」

「どれも、任務のための偽名でござるからな。覚えるのが骨でござる」

「分かったからハナさんよ、そろそろ俺たちを出しちゃあくれないか。これじゃあ授業に遅れちまうんじゃ」

「黙れ地球の島猿」

「イエスマム」


 ユウナを狙ったと思われるムシャの刺客が爆発四散した翌日、ワシらはまた再び留置所に放り込まれた。


 サビゾーおよびロックは現在、第七コロニー司令官ハナの目の前でSEIZAさせられているところじゃ。


「ロック、コロニアンネットで貴様がチューブの上を疾走している動画が一億再生を超えたらしいぞ、嬉しいか」

「いンや、イマイチその手のハイカラなモンには疎くてね。機械いじりは好きなんだが」

「司令官殿、よもや拙者の姿が映っていたなどということはござらんな」

「それは大丈夫だ。お前はいつも通り、よくやったよ。空気中に漂っていた微量な遺伝子の塵を解析したところ、明らかにコロニアンのものではないものが混ざっていた。あれが太陽系各所に放たれたスパイで、刺客だったことは間違いなかろう。しかし、だ」


 腕組み仁王立ちのハナが、語気を強めた。


「それを何故貴様らが気付いて追いかけていったのか、その報告ができない。潜り込んだネズミをどうやって割り出したのか、上からせっつかれてんだよおおおおお!!!!」

「野生の勘とシノビの勘じゃからな。ロックの大立ち回りと、謎の輩が死んだことを結びつける論理的な説明ができんっちゅうことじゃ」


 だから、ロックは訳の分からん大騒ぎ異星人としてとっ捕まったし、ハナは死んだムシャについて対外的には何も公表できんことに頭を抱えておる。


「うむ、その点に関しては拙者たちも勇み足でござったか。もう少し怪しい動きをさせてから追えば」

「いや、さっきも言った通り、お前たちはよくやってくれた。ルナリアンに雇われたムシャ共が、どうやら太陽系中にスパイを放ってることが知れただけでも成果は大きい」

「おう、急にしおらしくなったぞこの美人司令官殿は」

「ハナ殿はこのようにひとしきり怒鳴り散らせば、あとはスーッと冷静になってくれる御方でござる」

「アンガーマネジメントじゃな」

「そういや、アークトゥルス号にとりつけるの忘れてたな」

「それはアンカーでござる」

「お前らもういいから学校行け。サビゾー、特命についてもゆめゆめ忘れるなよ」

「ちっ……承知」

「今舌打ちしたか? ユウナ殿下の承諾はもう貰ってる。なに、あのガサツな口から想像するに、それなりにしてるしもあるだろう。フフフ、せいぜい励め、こちらも排卵日の計算くらいしておいてやる」

「承諾? 強迫じゃなくてでござるか?」

「年増の下ネタは生々しくていけねぇやな」

「ふんっ!!」


 二人がハナの鉄拳制裁から目覚めたのはすぐのことじゃったが、結局、SEIZAで足が痺れて動けず、授業には遅刻しよった。


※※


 真っ白な学舎と、人工的な緑の芝生が映えるコロニーのハイスクールは昼休みに入っておった。ワシはいつも通り、ロックの頭の上。


「サビゾー、教師が何を言ってやがったのか、分かったか」


 がつがつ。


「まぁ、それなりに学は修めておりまする」


 もぐもぐ。


「嘘だろ、シノビってのは超人なのか」


 むしゃむしゃ。


「お前がアホなだけじゃ」


 ロックの頭の上でワシが言ってやる。七歳で学校からドロップアウトを決めた男に、コロニーの授業は別次元じゃった。とはいえ、造船や操縦を中心に偏った物理工学の知識はあるから、何とか補えておった。


「ロック殿、拙者は今テツゾーでござる。クラスメイトがいる場面ではお気を付け下され」


 ばくばく。


「分かってるって。大丈夫だ、今ンところ、誰もいないからよ。しかし転校生に冷たい連中だぜ―――あ、サビゾー、そのホットドッグ何個目だ、一人十個だぞ」

「まだ様子を伺っているのでござるよ。コロニアンは穏やかな性格の人間が多いから心配めされるな―――これでちょうど十個目でござるぞ。ロック殿が数え間違っているのでは?」

「そうか? 忘れちまったぜ。なら、もう十個買ってくるか」

「お供しましょう」

「って、そうやってカフェラウンジにホットドッグとハンバーガーを二十個も積み上げてるから引かれてんだろうが!」

「「ああ、そう(でござる)か」」


 学内のカフェの中央、フードバトルもかくやなサビゾーとロックの食事風景に、もう一人の“留学生”が割り込んできよった。


 ユウナ、今はアレックスと名乗る褐色の少女は、数人の女生徒を引き連れ、暴食アホ男子どもに言う。


「ったく、あんまり目立つことするんじゃねぇよ。ただでさえ―――」

「「食べる(でござる)か?」」

「聞け!!」


 遺伝子操作された人類であるコロニアンは、必要最小限の少ない食事で十分に健康的な生活を送れるように作られておる。基本的には大食漢は生まれてこんわけじゃ。


 なので、天然モノであるサビゾーと、地球人のロックの並外れた食欲は特段奇異に映っておった。


「ごくん。んでもアレックスさんよ、目立つなと言うが、アンタもなかなかのもんじゃないか」


 ロックがニヤリと笑って見せたように、ユウナもまた、今日の今日で会ったクラスメイトたちに囲まれておる。


「いや、これは……月の人間が珍しいだけだろ……」

「相変わらず、口は悪いまんまだがニャ」

「うるさいタヌキ」

「ネコじゃあ!」

「人の頭で騒ぐなドラ猫」


 “転校”前日には件の大騒動。さらに当日から遅刻をかましたロックは、その手負いの獣のような人相から誰も近付いてこんかったが、見目の良いユウナにはコロニアンたちも大いに興味をそそられたらしく、乱暴な口調も、ざっくばらんで気の置けないやりとりに一役買っておるようじゃった。


「ホントに機械星のアニマロイドだ」

「すごいね」


 と、ユウナを取り巻いておるうち、二人の女生徒がソワソワとしておる。


「ねぇ、アレックスさん、触ってもいいかな?」

「いや、ロックに訊けよ」

「いやワシに訊かんか。誰のペットでもないわ……ま、多少愛でる程度なら勘弁してやろうではニャいか」

「わぁ!」

「やったぁ!」


 喜色満面でワシを抱き上げる女子おなごども。ふふん、コロニアンはチョイ様のぷりちーな魅力にメロメロじゃ。愉快愉快。


「へぇ、ほんとにすごい機構。コロニーの技術でも再現不可能かも」

「ねぇ、ちゃんと後で元に戻すから、解体バラしてもいいかなっ!?」

「ニ゛ャ!!?」

「いいぞ」

「くぉらロックぅ!! 貴様誰にそこまででっかくして貰ったと思うておる!!」

「コロニアンは向上心豊かでござる」

「呑気にもぐもぐしておる場合か、はよ助けんかパーたれども!!」


 こやつらの興味はワシの外見ではなく中身であった。


「ふふっ。おいお前ら、その辺で勘弁してやれ。チョイにも見られたくない回路とかあるんだろ」

「はーい。ごめんねネコちゃん」


 しばらく撫でくり回された後、ユウナの一声によって救出された。


「アレックスさん、もっと月のお話聞かせてよ」

「アンタらも物好きだな。ま、別にいいけどさ」

「……」

「どしたいサビ……テツゾーよ」

「いいえ、何でもござらん」


 サビゾーが、華やかに談笑するユウナの方を呆けた様子で見つめておった。温和な、どこかホッとした表情じゃった。


「へぇ、ロックくん、自分で作った船でコロニーまで来たんだ」

「ああ、着陸失敗してぶっ壊れたけどな」

「じゃあもう一機造ってみないか。俺たち、学校で造船の研究してるんだ」

「ほう、どんな船だ……ああ、こりゃ駄目だな。噴射口のバランスが悪いし、ハイパードライブとエンジンを繋ぐ回路が複雑すぎる。俺が作った14号にそっくりだ。このままじゃ、発進した瞬間にぐるっと半回転して地面に激突する」

「な、何で分かるの?」

「知りたいか?」

「……うん、ちょっと怖いけど教えて」


 騒ぎの流れで、なんとなく交流が始まっておった。船の完成予想図のホログラムを見つめるロックの奴にも友達が出来そうじゃ。ま、ワシのおかげじゃな。


「なぁテツゾー、また学校休んでたな。で、復帰したその日に留学生がやってきやがった」

「ふむ」

「ふむ、じゃないよ。いったい何をしたのかって訊いてんの」

「風邪で寝込んでおったでござるよ」

「嘘つけ。コロニアンぼくたちが花粉症で全滅しかかったときも、一人だけピンピンしてたじゃないか」

「天然モノはいろいろと勝手が違うようでござるな」


 こちらは、シノビの任務で留守にしていたサビゾーが、学生仲間たちから穏当な尋問を受けておる。


 なんとも、平和な光景が広がっておった。


 人類孵卵器インキュベーターがぶっ壊れたことや、それを壊したのがロックたちであるという情報は表に出てはいないようじゃが、それを差し引いたとしても、コロニアンとはなかなかにお人好しな連中が多いようじゃ。


 ここからほど近い地球と月では、今にも太陽系を巻き込む宇宙戦争が始まろうとしておることを忘れそうになるほどに。


「助けてください~~~!!」


 そんなホワホワとした空気は、とある女の叫び声によって破られた。


「行くぜサビゾー」

合点がってんでござる」


 悲鳴にいち早く反応したロック&サビゾーが、ぽけーっとしとったコロニアンの人造人間どもを置いて駆け出す。


「どうした――って、あれ?」

「どうなさった――って、おろ?」

「ニャ?」


 はたして、“捕り物”は学校の広大なキャンパス内、美しいスポーツグラウンドのど真ん中で行われておった。


「……何を投網とあみでとっ捕まっておるのだラァレよ」

「うううう、何で私ばっかりぃぃぃ」

「そういやほったらかしだったな」

「すっかり忘れておったでござる」


 猛獣捕獲用と見られるネットで簀巻きにされたラァレは、しばらく泣き続けるばかりじゃった。


※※


 一瞬の隙をついて水族館から逃げ出したラァレじゃったが、陸地を走るのは海を泳ぐのより苦手だったことが災いし、職員たちに捕まってしまったらしい。


「もうお魚をポンポン投げ込まれる水槽に住むのは嫌ですぅぅぅ」

「美味しそうに食べておったではござらんか」

「客足も上々なんだろ。アクアポリスのニート娘が、アクアリウムのアイドルなんて大層な立身出世じゃあないかよ」

「巫女職は嫌だったんじゃろうが。天職が見つかったのだと思って我慢すればよかろう」

「……そうかも、そうかな。いや、やっぱり違う」


 サビゾー、ロック、ワシの順にごもっともっぽいことを言われたことで気持ちが一瞬揺らいだラァレじゃったが、直後、正気に戻った。


「なぁ、二人とも、あんまりいじめてやるなよな」


 そこへ、追いついてきたユウナが困り顔で言ってきた。ほかの連中も何事かと興味深げに集まってくる。


「まぁ、流石にこの状況はあんまりでござるが」

「とはいえども、だ。コロニーにここまで水場が無いのは誤算だったぜ。現状『人目につく水槽』か『人目につかない水槽』かの二択しかないときてる」

「賑やか過ぎるのも、寂し過ぎるのも嫌なんですけどぉ」


 (半強制的に)自由を求め旅立ったラァレじゃが、コロニーにマリナーはお呼びではなかったと見える。


「いろいろあるのは分かるけど、私たちが常に傍にいてやれば大丈夫だろう。なんとかこのスクールに入れてもらえるように頼んでみようぜ?」

「うむ。アレックス殿がそういうのであれば、拙者に異論はござらん」

「俺も構わんぜ」

「本当ですかぁ!!」


 ラァレが喜びを爆発させる。ちなみにまだ投網にひっ絡まったままじゃ。


「そういうことだからさ、わりぃけど、ラァレのことは諦めてくれよな」

「そういうことでしたら、仕方ありませんな」


 ユウナの頼みに、アクアリウムの職員が神妙に頷く。


「良かったですぅ。もう水槽でお魚を追いかけ回さなくていいんですねぇ。、ありがとうござもがっ!?」


 ラァレがユウナの本名を口走りよったので、早急にロックはその口を塞ぐ。


「にゃにふるんでふか」

「事情は後で話すさ」


 ロックの説得を受け、ラァレはおとなしくなった。しかし、それは長くは続かんかった。


「じゃあ職員の皆様、ご足労をかけるでござるが、ラァレ殿を一旦連れ帰ってくだされ」

「なんでですかぁぁぁぁぁ!!!!」

「当たり前じゃパーたれが。異星人の編入手続きがそう簡単にできるわけなかろう」


 というわけで、ラァレは結局、水族館にずるずると引っ立てられて行った。


【続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る