06.ただの学生寮でござるよ。

 と、いうことがあって、ワシらはこの第七コロニーにやってこれたわけじゃ。


 これで万事めでたしめでたしとなるはずじゃったが、ま、そうは問屋が卸さぬ。


 いよいよ無事にコロニーの港へと着陸できるその寸前。無理なことばかりさせたアークトゥルス号がついに悲鳴を上げて、あろうことかコロニアン存続の要たる人類孵卵器インキュベーターに突っ込んで爆発炎上する事故が起きてしもうた。


 そして、冒頭の阿呆な会話に繋がるというわけじゃな。


 ※※


 サビゾーとハナ・ビューゲンドリス司令官の話し合い(?)から数刻が経った。


 ワシらはようやくと留置所から出され、天頂ホログラムが夕焼けを映す偽りの空の下、ラァレが連行された『水族館』で互いの面を合わせておった。


「びどい゛でずぅぅぅぅぅ」

「やかましいぞ半魚人。留置所でカピカピになってたお前を助けた人たちの迅速な処置に感謝しろ」

「私お魚じゃありません! 見世物じゃありません! 早く出してぇぇぇぇ」


 コロニー水族館の巨大アクアリウムの超強化ガラスをどんどんと叩きながら、ラァレが泣き叫んでおる。ロックの悪罵交じりの説教説得にも応じない。


 新地球人類マリナーは、全身を粘膜で覆うことによって、地表での生活を可能にしている。水分補給は生命線、身体の乾きは致命傷なのである。


「まぁ、それにしたってなかなか処置がむごいな……」

「普通に営業時間中な上、お客さんの衆目に触れる一番大きなアクアリウムしか空いていなかったのは痛恨でござった」


 不憫そうなユウナとサビゾーの声にも、諦観が滲む。


「あれが地球のマリナーか」

「初めてお目にかかるな」

「しなやかな体躯、泳ぎに適したヒレとえら、まさに人類の神秘だ」


 その周囲では、なかなかお目にかかれないマリナーを一目見ようと、普段以上に大勢のコロニアンが詰めかけておった。


「ひとまずラァレ殿の住処に関しては水族館こことすることにしてでござるな……」

「しておかないでくださいぃぃぃぃ!!」

「ひとまず、拙者の自宅に参りましょうぞ。監視が十重二十重とえはたえで息苦しくありましょうが、ここは我慢のしどころということで」

「十重二十重どころじゃない三桁の目が私を見つめているですけどぉぉぉぉ!? 息苦しいってレベルじゃないですけどぉぉぉぉ!! 置いてかないでぇぇぇぇ!!!!」


 ラァレの悲鳴は容易く無視され、ワシらはサビゾーの家に向かった。


※※


 コロニーの居住区。


 重力制御の街は、大小の摩天楼まてんろうが地面を埋め尽くし、アクアポリスで見たようなライン・チューブが上下左右へと張り巡らされ、そのさらに頭上では交易用の宇宙船が飛び交っておる。


「なんつーか、こいつはすげぇな」

「……!!」

「街のデザインはガニメデを参考にしているでござる。慣れてしまえば無個性で面白みのないものでござるよ」


 上半身裸に短パンのスタイルから、コロニアン特有の味気ない白地の多目的スーツに着替えさせられたロックが、感嘆の声を上げるが、サビゾーは淡々としたものじゃ。同じくコロニアンの衣服に着替えていたユウナは、ただひたすら面食らっておるのか何事も発さないままであった。


「それにしてもサビゾーよ。お主、随分と良い家に住んでおるな」


 ワシらの乗り込んだコロニーのエア・カーは、ライン・チューブをぐんぐんと駆け上がっておった。


「いえいえ、ただのでござるよ」

「学生?」

「寮?」


 サビゾーの口から飛び出した単語を、ロックとユウナが順に繰り返す。


「おや、そういえば、言い忘れておったでござるな」


 思えば、16歳というサビゾーの年齢からすれば、何もおかしなことなどない。


「拙者、普段はハイスクールに通っておりまする」

「「マジか……」」


 サビゾーは、太陽系の秩序と平和を守る高校生宇宙ニンジャであった。そして、世にも珍しい“天然モノ”のカピバラ顔コロニアン。うむ、ちょいとばかし属性の過積載ぎみじゃな。


「着きましたぞ。どうぞお入りくだされ」


 超高層マンション兼コロニー高校(正式名称は知らん)の学生寮は、殺風景な1LDKで、生活感がほとんどない、白く清潔な部屋じゃった。


「ホテルみてぇだな」

「任務と授業の合間に帰って寝るだけの部屋でござるゆえ。ささ、特におもてなしもできぬでござるが」

「それは良いけどよ、そろそろこの服脱いでいいか。コロニアンの一張羅なんだろうが、きつくてしょうがないや」

「ロックよ、いい機会じゃから、ここいらで猫にも劣る半裸の野生児から、正常な文明人の振る舞いを身につけたらよかろう」

「なんだと?」

「なんじゃい」

「仲良きことでござるなぁ、ユウナ殿……どうされましたかな?」


 サビゾーの手招きで、部屋の奥にあるリビングへと通されるワシらじゃったが、先頭を行っておったユウナがはたと立ち止まっておった。


「……わ、わたし、やっぱり外で待ってるわっ!」


 突然そう叫ぶと、ワシらを押しのけて部屋の外に出てしまいよった。


「ユウナ殿!? チョイ殿、お願いいたします」

「既にワシのドローンは向かわせておる。まぁ、監視が大量についておるから、迷子になることもなかろうがの」

「かたじけないでござる」

「にしても、急にどうしたんだあの姫さんは―――って、ああ、そういうことか」

「ロック殿、何かお気づきになられたか」

「こっちのドアが開いてやがる。寝室だよ。これを見て、ウブな姫さんが意識しちまったってとこだろうさ」


 ワシがそこを覗き込むと、なるほど確かにセミダブルサイズのベッドが、これまたホテル並みに完璧なベッドメイクを施されて置かれておったわ。


「ニャるほどのう。例の任務のことが頭をよぎったっちゅうわけじゃな。ほほう、今、玄関の外におるが、顔が真っ赤になっておるぞい」

「はぁ……」


 ここに来るまで、おおよそ泰然自若といった風であったサビゾーが、明らかな困り顔を見せた。



「そもそも何でルナリアン軍が地球なんぞに降りてきやがったんだ」

「うむ、実は、そもそものところが謎でござる」


 女子連中が諸所の事情で離脱したところで、これまでの話をまとめる小会議が、サビゾー宅のリビングで開かれる。


「首謀者たるシディア首相は、ユウナ殿の婚約者。わざわざ皇帝に毒を盛ってまで政権を掌握し、あまつさえ地球に侵攻するほどの理由はないはずでござる」

「事実、連合本部ガニメデがその動きに対してシノビを送り込むほどじゃからニャ」

「……そうでござるな」

「とはいえ、ハイパーゲートの封鎖で、連合の大軍団を月に展開するなんてこともできぬから、なるほど、身動きはとれぬわけじゃ」


 ワシの明晰な超AIが導き出したな分析に人類の両名が深く頷く。


「でもよ、サビゾーが姫さんを盗み出したってことは、連合側に有利なんじゃないか」

「ま、シディアとかいう首相の非道を太陽系中に知らしめることはできるようになったわけじゃな。その切り札カードを切るかどうかは別としてじゃが」

「なんで切らないんだ」

「政治ちゅうもんはいろいろあるのじゃ。地球の海獣を潜って獲ってあぶって食うことくらいしか考えられんドタマには入りきらんくらいいろいろな」

「なんだと、ちゃんとイウォク島秘伝のタレも継ぎ足し継ぎ足し使ってるぜ」

「そういうこっちゃニャいわ! ボケ猿が!!」


 それに、今はより差し迫った危機が存在する。


 サビゾーを除き、人類の100%が人工的に生産されるコロニーで、人類孵卵器インキュベーターが大破する事故が起きた。好戦的なルナリアンだけでなく、太陽系中に、コロニアンという人種の脆弱性が暴かれようとしておる。


「そこで我らが愉快な司令官殿が、拙者とユウナ殿が子作りすれば一見落着だなどとジョークを言ってきたでござる。生殖能力の前に、人権感覚を取り戻してほしいところでござるが、拙者の抗議は謎の力で遮られたでござる」

「そのでんでいけば、サビゾー、お前の行動如何いかんじゃあ、コロニーと月の全面戦争に発展するってことだろう。いわば、お前さんのに、宇宙の命運がかかってるってわけだ。そそる話じゃねぇか」

「拙者の股間で宇宙がヤバいでござるか」

「HAHAHA!」

「HAHAHA!」


 ヤケクソのようなド下ネタで交流を深める二人じゃった。


「しかしなんだ、お前さん、キナ臭いヤマに首をつっこんだモンだな」

「シノビゆえ、キナ臭くなければ出張ってこないでござるよ」

「そういうもんかね……」

「そういうもんでござる……」

「……」

「……」


 ロックが気付いたのは野生の勘で、サビゾーが気付いたのは修羅場をいくつかくぐったシノビの勘であった。


何奴なにやつ!」

何者なにもんだ!!」


 これまで感じていた当局の監視とは異なる、明らかな“殺気”。それを、二人の少年は敏感に感じ取ったのじゃ。


「悪いな、サビゾー、先にいくぜ!」


 ロックは言うが早いか、座っていた椅子でリビングから街を見下ろす大きな窓を叩き壊すと、50階の高さからその身を夕焼けの空へ投げ出していった。


「ヒャッホオォォォォウ!!!!」


 無論そのまま100mを超える高さから墜落していったわけでもなく、そのすぐ真下にあった半透明なライン・チューブの上に着地し、超人的なバランス感覚で走り出して行きよった。


「あンのパーたれ、ができんかったのが、よほどストレスだったと見える」

「チョイ殿、拙者の目線の先にいる、ジェットパックの人物を捕捉してくださらぬか」

「うむ」


 ワシはサビゾーの肩にぴょこんと飛び乗ると、ジェットパック―――コロニーやガニメデではポピュラーな移動手段の一つで、娯楽用にも使われるそれを背負い、生身で空中浮遊をしておる奴をセンサーで捉えた。


「見たぞい。もうワシの目からは逃れられん。しかし、アレが刺客なのか」

「それを今からとっちめるでござる」


 サビゾーは、ばさり、と、白地のマルチスーツから灰色のシノビ装束へ一瞬で着替え、カクレミノとミズグモを同時に起動し、コロニーの中空へと飛び出した。


「うりゃりゃりゃりゃ!!!!」


 何もない空間に見えない回廊でも敷いたかの如く空を素早く、しなやかに駆けるサビゾーとは対照的に、ロックは縦横無尽に伸びるライン・チューブの上をぴょんぴょん飛び跳ねながら乱暴に突き進んでおる。


「補足した羽虫が逃げよるぞ。ウチの阿呆のせいで気付かれたようじゃの」

「いや、敢えて逃げを打つということは、やましいことがあるということでござろう。さすが宇宙海賊はやることが豪快。あちらに気をとられているうちに拙者に捕らえろと言うことなのでしょうな、期待にお答えするでござる!」


 ……違うんじゃが。ボールを投げられた犬が走り出すのと同じなんじゃが。


 またもやロックにとって都合のいい勘違いをしてくれたサビゾーが、ジェットパックで飛び退すさる羽虫の刺客に向かって最短距離を疾駆する。


「射程圏でござる!」


 羽虫の奴めは、追いすがるロックから離れるために、上空へと逃れることを選択した。


 それが、サビゾーを利することとなった。


 コロニーの空は天井に描かれた偽りのもの。上に行ったからと言って風が強く吹きすさぶことも、隠れるための雲もない。


 サビゾーは、懐から手のひら大の円盤を取り出すと、羽虫に投げつける。


 それは、ひゅんひゅんと大きく弧を描き、当たる直前、4つの高熱を帯びたレーザーの突起を出現させた。


「ギャア!?」


 宇宙忍具ビーム・シュリケン。


 いわば“曲がるビーム”として、視界の外側からジェットパックを狙ったのじゃ。


 ジェットパックを破壊され、煙を吹き出しながら刺客(仮)が墜落していく。


「とっとと降りてこい!」


 落下予測地点の低いビルの屋上へ先回りしていたロックが叫ぶ。


 騒ぎを聞きつけたコロニーの警備隊も、サイレンを鳴らして集結しつつある。これでロックのアホが取り逃がしたところで袋のネズミ―――


 ―――と、思うとったが。


 ドォン!!


 屋上へ着陸する寸前、ジェットパックが爆発した。


 否、サビゾーはそうならないよう的確に狙い撃った。


 正確には、爆発させたのじゃ。


 自決。


 どうやら己の体内にあった爆弾をも使ったようで、死体は粉塵ほどにまで散り散りとなり、コロニーの空気に消えて無くなってしもうた。


「この手管てくだ、ルナリアンではござらん」


 サビゾーが、何が起きたか分からず呆然としているロックに一旦逃げることを促しつつ、そう呟いた。


「ムシャがコロニーにまで入り込んでおったでござる……不覚」


 藍色の頭巾から覗く目は、柔和なカピバラ顔のそれとは違っておった。


※※


 天頂の空が、夕焼けから月夜へと変わった。


「ただいまでござる」

「アンタら、何してたんだ」


 窓の割れたサビゾー宅のリビングで所在なさげに佇むユウナが待っておった。


「なに、ちょっと街をぐるっとな」

「……監視の奴が私のところまできて「緊急事態だから家から動かないで待っていてくれ」って言ってきたんだけどよ」


 刺客は、どう考えてもユウナを狙ったものであったので、言えるわけがないのは分かるが。


「ウンコだろ」

「ウンコでござろう」

「嘘つけ!」


 なにやらロックのアホがサビゾーに移りつつある気がするのは、不安ではあるニャ。


【続く】

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