05.忍法『大自然の驚異』でござる。
じりじりと陽が昇り始めた水平線に向かい、アークトゥルス号が飛んで行く。
海も凪いでおる。二人乗りのところへ無理やり四人と一体を詰め込んだので、船はフラフラしておったが。
「さすが宇宙海賊。操縦が上手いでござるな」
「ハハハ! そうだろそうだろ!」
「何故だか操縦の心得だけは生まれつきじゃ」
「狭いですぅ~~~」
「シノビみたいに落ちるんじゃねぇぞ」
ルナリアン軍の襲撃から一夜明け、ロックはサビゾーたちと行動を共にすることにしたのじゃった。
「しかしまた、どうして拙者たちを乗せてくれたのでござるか」
「そうだな……男にゃあ、死ぬと分かってても行動しなきゃならんときがあるってやつだ」
「なるほど、分かったでござる」
「ぜんぜん分かんねぇ」
サビゾーとユウナの間で賛否両論が起こったので、ワシが捕捉してやる。
「まぁ、村の連中を傷つけられて黙っておれるような奴ではないからの。こちらの都合じゃ、気にするない」
「ニンキョーさんの世界ですねっ」
ラァレがとぼけたことをぬかしよった直後、目的地に着いた。
「お、
「猫使いの荒い坊主じゃ」
ワシは無線でアクアポリスのメインシステムにアクセスすると、玄関を開けてもらうよう頼んだ。
「この船は大気圏と宇宙航行用だろ? どうやって海の底まで行くつもりだよ」
「まぁ見ておれ」
ゴゴゴゴゴ……!!
ユウナの疑問に答えるように、凪いだ海に巨大な渦潮が発生し、やがて巨大な穴に変わった。
マリナーたちの街へ向かうためのアクアライン・チューブが通ったのじゃ。
「へぇ……!」
ユウナが物珍しそうに見下ろしておる。好奇心旺盛な箱入り娘の顔じゃったが。
「姫さん、いい社会科見学になっただろ」
「……うるさい」
ロックに茶化され、再び仏頂面に戻ってしもうた。
※※
ハイパーゲートは、星間移動用ワープホールの通称じゃ。どういうわけだか地球の衛星軌道上にしかなく、旧南米大陸の残った土地の上に、デン! と乗っかっておるマスドライバーで、ドカン! と打ち上げんと作動せん。なんとも摩訶不思議な代物じゃ。
とはいえ、かれこれ数億年前のアフリカ大陸からこちら、今や海王星にまでその勢力圏を拡げた人類にとって、欠かすことのできんインフラでもある。
「すると、なにか? ルナリアンの連中は、そのハイパーゲートに不具合が見つかったって勝手に押しかけ修理にきたってのか」
「拙者の掴んでいる情報によるとそのようでござる。表向きは『人類の共有知財の修復』だが実態は―――というやつでござるな」
「まったくヒトというのは面倒な連中じゃて。この太陽系の覇者を気取りたいなら堂々とそう宣言せよというのに」
「おい、何を余裕ぶっこいて話してやがんだ。今私ら捕まってんだぞ」
「あぅぅ」
「ふん、マリナーのメインシステムを
「機械ダヌキに任せた私が馬鹿だった」
「ネコじゃというに!」
「黙れ侵入者ども」
マリナーのボス、ケヴィンのごもっともな一喝に、ワシらは素直に黙る。
マリナーの住むアクアポリスもまた、
「ケヴィン殿、不躾な来訪をご容赦いただきたく存じまする。本日は一つ、貴殿方の益になるであろう話をお持ちした次第」
「ほう、サピエンスの者たちが、我々に知恵を授けてくれると」
「こいつそこはかとなく偉そうだな、チョイ」
「黙っておれ」
マリナーとサピエンス、新旧の地球人類は、多少の交流こそあるものの、特に友好的な関係というわけでもない。
「手短に話せ」
「拙者は、第七コロニーからやってきたシノビの使者でござる。ハイパーゲートを一時的に奪取し、我らがコロニーへ赴き、援軍を呼ぶでござる」
サビゾーの策はなんとも単純明快かつ脳筋なものじゃった。強行突破したあとは、数の暴力で押し潰すと、そう言っているに等しい。
「上手くいくのか」
が、ケヴィンは乗ってきよった。こやつも脳筋か。
「ここにおわすユウナ皇女は連合にとって重要なカードでありますゆえ、恩が売れましょう。拙者も、カニメデには
ガニメデは太陽星系連合の本部があり、サビゾーの所属するシノビ評議会もある。ケヴィンが瞼の無い目を細め、水かき付きの手を顎にやって思案する。
「ケヴィン様」
重い沈黙を打破したのは、一番の当事者といっていいユウナであった。さすがに口調は丁寧なものになっておる。
「太陽系歴が始まって以来、月と地球の人類はほとんど交わることなく、しかし平和に暮らしてきました。しかし今、我ら皇族の不甲斐なさからこのような事態に……。
私は月の支配者として、皆様に深い謝罪と、シディア首相以下地球の平穏を乱した者たちを処す機会を与えていただきたい。どうか、お願いいたします」
「なんだ、月には敬語がないのかと思ってたぜ」
「黙っておれんのか島猿が!」
ロックの嫌味な軽口は流され、ケヴィンが重い口を開いた。
「しかし、貴様たちだけでハイパーゲートの一時奪取など行う気か。我々の人員に、
「ふむ、それでしたら、こちらのラァレ殿を連れて行こうと思っておりまする。彼女は、拙者たちに恩がありますゆえ、こころよく引き受けてくださるはず」
「へ!?」
サビゾーの、いけしゃあしゃあと恩に着せる発言に、ラァレが
「……まぁ、ラァレであれば別に構わないか」
「ひどいっ!?」
そして、あっさりと話がまとまりよった。
「なんじゃマリナーのボスよ、このラァレは嫌われ者なのか?」
「そういうわけでもないが、ひきこもりのグータラで泳ぎも下手くそな出来損ないの上、特に存在価値も無い巫女職の仕事すら嫌がって家出をしたくせに、こうしておめおめと舞い戻ってきた。もう知らん。いいように使ってやれ」
「あぅぅぅぅ、お父様ぁ、自由が欲しかったんですよぉ、でも思ってたのと違ったんですぅ……」
「なよなよした声を出すでない。戦士の一族の末裔として、せいぜい役に立て」
「ドライな
マリナーは割と民族主義的なところがあるようじゃ。個人の生命より、種の発展。死生観もそれに準じておる。
「どうせ、どうせ私なんていらない子なんだぁ。生まれ変わったら貝になりたいぃぃぃ」
「さすがにあんまりでござるな」
「魚は涙を流さないって言うが、マリナーは流れるんだな」
ラァレの天然ぶりを利用したはずのサビゾーも若干ひいておったわ。
※※
ダメでもともとな作戦とはいえ、ケヴィンから小型の潜水艇を一隻借り受けることに成功した。
「マリナーなのに潜水艇がいるのか」
「潮流が酷いところは流石の泳ぎ自慢も厳しいからの」
ユウナの問いにワシが答える。
「ラァレみたいなカナヅチマリナーもいるしな」
「カナヅチなわけじゃないです! ちょっと苦手なだけですっ!」
ロックの補足にラァレが怒った。
「さて、拙者はこれに乗って拾いものをしてから向かうでござる」
サビゾーが潜水艇に乗り込み、ワシらはアークトゥルス号でアクアライン・チューブを通ってハイパーゲートのある18管区へと向かう。
「サビゾーさんの拾い物ってなんなんでしょう、ユウナさん」
「さぁな。ただ、嫌な予感がする」
「ワシもじゃ。初めて気が合ったの」
「そうか、俺は面白いことになりそうな感じがするがな」
くっちゃべりながら18管区にたどり着いた。
「こっちでも勝手してくれてるな」
街は重武装でウロウロしておるルナリアン共に占拠されておる。目立たぬ片隅に船を停めた。
「はぁ……」
「姫さんよ、落ち込むのは後だぜ」
「ロックに言われなくても分かってる!」
「上等。お、サビゾーから通信だぜ」
前もって決めてあった暗号通信が入った。指示通りコクピットを開けると、カクレミノを纏ったサビゾーが入ってきよった。
「首尾は順調にござりまする」
「サビゾー、潜水艇はどうしたんだ」
「その話は後ほど、さ、地表のマスドライバーまで向かってくだされ」
ロックは訝しみながら、船をゆっくりと発進させた。
緊張の道中じゃったが、そこはサビゾーの持つ“コトワリ”の力が物を言った。
各所に配備されたルナリアン兵たちが幾度かワシらを止めて身元を探ろうとしてきたが、その度にサビゾーが「拙者たちはシディア首相に頼まれハイパーゲートを使わせてもらうでござる」などとデタラメを言いつつ連中に向かって手をひらひらさせてやると、不思議と引き下がっていく。
「すごいですぅ。まるで魔法ですねぇ」
「そんな大層なものではござらんよ。意思が弱く単純な者ならばどのような生き物でも引っ掛かるでござる」
「ん?」
ラァレに説明するサビゾーの言葉に、ワシは“嫌な予感”がした。が、アークトゥルス号は万事順調にハイパーゲートへ撃ち出すカタパルトまで到着したので、黙っておいた。
それが間違いじゃった。
「サビゾーよ、ここまで来たはいいが、流石にここから強行突破でハイパーゲートに突っ込むのは、無茶どころか無謀だぜ」
ロックが珍しく真っ当な指摘をするほど、マスドライバーでの兵は数が多かった。
所詮ツギハギのオンボロ船であるところのアークトゥルス号が緊急発進などしようものなら、ビームガンの集中砲火を浴びて五秒で爆散じゃ。
「もうすぐ兵はいなくなるでござる」
「なんでだ?」
「まぁ、見ておいてくだされ」
事実、サビゾーの言う通りとなった。
大慌てといった様子で次々に数を減らすルナリアン兵。最重要拠点たるマスドライバーを放棄してまでも当たらねばならん緊急事態とは―――。
「あ」
ロボットらしからぬ間の抜けた声が出てしもうたが、仕方ない。
何せ、海面に全長100mを優に超すであろう海獣の尻尾が姿を現したのじゃから。
「わぁ!? 私を食べようとしていたウナギさんですぅ!」
「おお、さすがにありゃあ蒲焼にしても付けるタレがねぇわな」
「呑気なこと言ってる場合か!!」
「ニャんということじゃ」
サビゾーの拾い物とは、あまねく地球の海を我が物顔でウロウロしておる海獣を“コトワリ”の力で連れてくることじゃった。それも、一匹や二匹ではない。
「なんだこの化け物ども! 戦闘配備!!」
「撃て! 撃退しろぉ!!」
「ファイターも駆り出せ、ハイパーゲートを壊されてはならんぞ!!」
突如現れた外敵の襲撃に、ルナリアン兵はその全兵力を集中させねばならなくなった。
「これぞ忍法『大自然の驚異』でござる」
「それ明らかに今適当に名付けただろ!? こんなもんシノビの技なわけあるか!!」
「えげつないのですぅ」
「ロックなんぞと気が合うのはどういうことかと思っておったが、やはりとんでもなく破天荒な奴じゃったの」
「俺なんかとはどういう意味だドラ猫」
ワシに何事か言い返したロックじゃったが、その直後、サビゾーの指示が飛ぶ。
「警備が手薄になった。ロック殿、ゴー! でござる」
「了解、突っ込むぞ!」
「きゃああああ!!」
「ニャアアアア!!」
「え!? 私も行くんですかァァァァ!?」
ラァレの叫びを最後に、ワシらはマスドライバーを起動させ、ハイパーゲートに突っ込んでいった。
あ、ちなみに諸々の設備は例によってワシが
【続く】
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