04.アークトゥルス号、でござるか。

 海洋惑星と化していく地球で、人類は自らの姿を大きく変えた。


 全身を粘膜で覆い、えら呼吸と肺呼吸を切り替えられる半魚人型生物“マリナー”へと、のう。


「とはいえ、連中をヌルヌル半魚人呼ばわりするのは厳禁じゃ。分かったかの、ユウナよ」

「ああ、本当に世間知らずで嫌になる」

「これから学べばよいでござる」

「そうだぜ姫さんよ」

「ロックに言われんのは腹立つ」

「なんだと?」


 三人がやいのやいのしておる間、マリナーの娘ラァレは、イウォク島の魚やらサビゾーの持っていた携帯食量などを貪り食っておった。


「それにしても、溺れるマリナーなんぞ前代未聞じゃわい」

「わがふもひっくりひました」

「ごっくんしてから喋れい! 行儀の悪い! ロックかお前は!」

「サラリと俺への説教をつけ足すんじゃあねぇやドラ猫」

「ごくん―――すみません。私、あんまりアクアポリスの外に出たことがなくて」


 どうやら海で海獣に襲われ逃げているうち、複雑な潮流にぶつかって溺れてしまったらしい。


「おっきなウナギさんみたいな方に食べられそうで怖かったです」

「ほう、そんなデカいウナギなら蒲焼きにして食ってみたいところだな」

「いいでござるな」

「ニャにをトンチキなこと言っとるんじゃ阿呆どもめが」

「なぁ、ラァレ、一つ訊いていいか」

「なんでしょう」


 男子連中の明後日の方を向いた馬鹿話を無視して、ユウナが深刻そうに尋ねる。


「アンタらが管理しているハイパーゲートを、ルナリアンが占拠してるんだろう。今、どんな状況なんだ」

「うーん、そんなに詳しくは知りませんけど、十八管区から避難民が続々と流れてきているとは聞いています」

「そうか……」


 ルナリアンの皇女としては、責任を感じぬわけにもいかん話じゃ。


「ふむ、ハイパーゲートでござるか」


 そこで、サビゾーが何やら思案気に声を発した。


「ラァレ殿、ハイパーゲートの奪還について、拙者に妙案がありますぞ。一度、我らを貴殿の街まで連れていってはくださらぬか」

「え? 本当ですか!? よく分かんないけど、きっとみんな喜ぶと思いますぅ!」

「サビゾーよ、お主なかなか役者じゃの」

「なんのことでござるか」


 こやつ、虫も殺さぬカピバラ顔をして、人の良いラァレを利用し、ユウナをコロニーまで連れて行こうという算段じゃ。


「ま、何にせよ、ここでお別れだな。サビゾー、会えてよかったぜ」

「こちらこそ。今度は宇宙の捕り物でお会いするでござる」

「……そいつは、おめぇらシノビとかいうのが俺を逮捕するってことか?」

「ひとたび任務が下れば。せいぜい大物になってくだされ」

「HAHAHA!」

「HAHAHA!」


 やや邪悪なジョークを飛ばし笑い合う男二人。


「―――あ、だめだ」


 だが、そこでラァレが何事かを思い出した。


「だめでした。すみません。私、帰れなかったんだ」

「どうしてでござるか」

「任されたお仕事があんまりにもつまらなくてサボりまくってたら、お父様に見つかって絶縁されて、家出してきたんです……」

「自業自得じゃな」


 ラァレは家出娘じゃった。しかも、故郷からは実質追放されておった。


「ごめんなさい、お役に立てず……」

「いや、行くでござる」

「へ!?」

「ラァレ殿も、お父上と仲直りされた方がよろしいかと具申いたす」

「いやいやいや! 無理ですって! マリナーのおさなんですよ! 頭カッチカチで、法を破ったら家族でもためらいなく処すタイプの人なんですぅ!!」

「しかしもはや退くことは叶わぬでござる。何かあればラァレ殿ともども八つ裂きにされる覚悟」

「わ゛だじはい゛や゛でずぅぅぅぅ!!!!」


 ラァレが泣き叫ぶ。危ない奴に助けられたことをようやく察したらしい


「……はぁ」

「ユウナ殿―――」


 ―――ゴォン!!


 ユウナの溜息に、サビゾーが声をかけようとした瞬間、轟音が響いた。


「伏せてくだされ!」

「おいおい、客の多い日だな」

「おい、シノビ! これって……」

「ルナリアンのファイターでござる!」


 どうやら追手がついにこちらを見つけたようじゃ。


「サビゾーよ。この騒動は手に余るぜ」

「承知。今すぐに出立するでござるよ。我らについては知らぬ存ぜぬを通してくだされ」

「……ああ、近付いてくる」


 外に出たユウナが青ざめた顔で叫ぶ。


「ユウナ殿、行きますぞ―――」

「シノビ! 命令だ! 村を守れ!」

「―――ふむ」

「おいおい姫さん」


 驚いたのはロックじゃった。サビゾーは、さして意外そうな風でもなくその言葉を受け止めている。


「それは、命令でござるか」

「そうだ。もうあいつらは何をしでかすか分かんねぇ。私の星の人間が、これ以上地球の人を傷つけるくらいなら、やってくれ」


 口調も含め、男勝りで蓮っ葉な印象のあった王女の目が潤み、懇願の色を帯びておった。


「御意。ロック殿、ユウナ殿と、ついでにラァレ殿も連れて、浜辺に行ってくだされ」

「ついで!?」


 ラァレを無視し、サビゾーが腰のレーザー・ブレードを抜く。


「……本気か」


 ロックは困惑しきった表情ではあったが、そこはワシが背を押してやる。


「阿呆の考え休むに似たりよ。サビゾーはワシがサポートしてやるわい」

「かたじけない。それでは援護を御頼みいたします、チョイ殿」

「くるしゅうないぞい」


 ワシは、サビゾーの肩にぴょんと飛び乗った。


 ※※


 その僅か数刻後。


 松明と、わずかな電灯に照らされた原始的な村は、ルナリアン軍の者たちに占拠された。村人たちが外に出され、銃を突きつけられる。


「何の騒ぎだ。我らはマリナーとルナリアンおまえたちの争いには関与していない。益の無い暴力はやめてとっとと立ち去れ」


 村長が、小隊の隊長と話す。


「月で、貴族の一人が誘拐された。犯人がここらに潜伏しているとのこと、捜索を手伝っていただきたい」

「人に物を頼む態度ではないようだが」

「ならば命令だ。シノビのガキを今すぐ出せ、地球の猿ども」

「そちらこそ、地球人を舐めるな、月の狂犬ども」

「なっ!? なにをする!」


 隊長が突き付けたビームガンを、村長が握り締めた。


「う、動かない、だと?」


 さらに凄まじい膂力で、銃身が曲げられていく。どういうわけか、イウォク島の住人はロックほどではないにせよ馬鹿力が多い。


「お、お前たち! 村のものをころ―――」

『そうはさせぬでござる』

 ―――ブゥン!


 処刑の指示は、村中に響き渡るシノビの声と、闇夜に飛来した三日月形の光刃にかき消された。


「隊長!?」

「え?」


 隊長は、不意打ちを食らった自らの首が胴体と永遠の別れを迎えたことに気付かなかったであろう。


 ブゥン!


「シノ―――ぎゃあ!?」


 ブゥン!


「敵襲! 敵襲! うわぁぁぁ!!」


 容赦なく“飛ぶ斬撃”がルナリアンの兵を襲う。ある者は腕が飛び、ある者は胴体が真っ二つになるが、斬れたその直後から傷口が塞がれるため、それほどスプラッタな事態にはなっておらんのが幸いじゃ。


「村長殿! 村人たちを頼みまする!」

「わ、分かった!」


 初撃で隊長を失った部隊は大混乱じゃ。その隙に、サビゾーは村長の傍まで走り、カクレミノを解いて指示を出す。


「いたぞ! いたぞぉ!!」

「サビゾーよ、右斜め背後じゃ」

「かたじけないっ」

「うわぁ!?」


 ワシの助言を受けたサビゾーの手の動きに合わせて、兵士が吹き飛んで行く。


 シノビの操る不思議な術、『コトワリ』と呼ばれる力であった。ワシくらいの高性能な猫であれば打ち破ることは造作もないが、ルナリアンには驚異的な超能力であるようじゃ。


「チョイ殿、村人の避難は?」

「完了したぞい」


 その時点で退却、と、行きたいところじゃったが。


「そうは問屋が卸さぬでござるな」

「アシガルトルーパーか」


 ムシャの鎧を着こんだシノビの天敵共が、森の向こうから現れよった。


 連中はビーム兵器を遮蔽しゃへいする鎧を身につけており、その上、忍具やコトワリの“カラクリ”を知っておる。当然、サビゾーの『三日月』が撃ち出す光刃に対しても、絶対的な強みがあるわけじゃ。


 そして、これまで何度か語った通り、シノビとムシャは決して混ざらぬ水と油。面がかち合えば、問答無用で命のやり取りが発生する犬猿の仲じゃ。


 五体。それほど多くは無いが、サビゾーにとっては相当な強敵じゃった。


「ルナリアン兵よ。シノビは三時の方向。撃て撃て」


 機械の如きアシガルトルーパーの淡々とした音声が、サビゾーのカクレミノを見破り、そこにビームガンの集中砲火が始まった。


「たまらんでござるな」


 素早い身のこなしで射線をかわすが、被弾は時間の問題じゃった。


 ここまでか、と思われたそのとき―――


 ブオオオオオオ!


「ハッハッハ!」


 ―――バカがツギハギ宇宙船に乗って現れよった。


「このキャプテンロック様が来たからにゃあ、もう安心だぜ!」


 コックピットがパカリと開き、そこに上半身裸の少年が馬鹿でかい声を発した。


「あンのド阿呆が。あれでは空から不意打ちした意味がなかろう」


 しかし、ロックの絶滅危惧種並みの阿呆ぶりに敵さん方も虚をつかれた。ワシらのように並列処理が簡単に行えず、もっぱら脳を経由せねば身体の動かぬヒトのさがか。


「ロック殿! ムシャにビーム兵器は効かぬ! ここは潔く撤退―――」

「しない!」

「ぎゃっ!?」


 叫ぶサビゾーを遮って、凄まじい勢いの“何か”が発射され、アシガルトルーパーの鎧をぶち抜いた。


「うらぁ!」


 ズバン!! ズガン!!


 さらにロックは足で器用に飛行する船を操りながら、二発、三発と、ムシャを沈めていく。


「おお……!」


 サビゾーが感嘆するのも無理はない。何しろ、敵を撃ち抜いたロックの武器は、だったんじゃからニャ。


「とんでもない膂力りょりょくでござるな。あのような原始的な武器で」


 援軍(一人じゃが)と、ムシャに通る攻撃ができたことで、サビゾーにも余裕が生まれた。狙いをルナリアン兵に集中させ、再びブゥン! ブゥン! と三日月の光刃で連中を屠っていく。


「あのガキを撃ち落とせ」


 飛び道具を持っておらんアシガルトルーパーが、ルナリアン兵に命令し、ビームガンを撃たせた。その直後、そやつがロックの矢に撃たれ、倒された。


「おっと! へへっ、俺もそろそろ地上したでやりたいと思ってたとこだ」


 ロックが船から15メートルほどの高さを飛び降りる。一瞬、全身が軽く痺れたようだがすぐに動き出し、弾丸のように残り一体となったアシガルトルーパーへ飛び込んでいった。


 ムシャが刀を抜き放つ。


 上段から振り下ろされる太刀。


 突っ込んでくるロック。


「馬鹿め」

「莫迦め」


 上がムシャ、下がワシの言葉じゃ。


 バシンッ!


「馬鹿な……」


 ロックに真剣白刃取りを食らったムシャの驚愕は、そのままボキッと刀を折られたところまで続いたようじゃ。


「ふん!」


 そして、渾身の拳が乾坤一擲けんこんいってき、アシガルトルーパーの顔面を砕き、勝負は決した。ついでにサビゾーの方も終わっておった。


 結局、たった二人の少年が、ルナリアン兵とムシャの混成小隊を全滅させてしまった。


「特大の厄介事が落ちてきたもんだな、ええ?」


 ロックが凶暴な笑みを浮かべて、サビゾーに近づく。


「かたじけないでござる」

「いや……お前がくれたハイパードライブのおかげで完成したぜ。俺の『アークトゥルス号』だ」

「アークトゥルス号、でござるか」

「ふん、名前ばかり大層で、ただのガラクタがたまさか飛んでおるだけじゃろう」


 とはいえ、猿の打ったシェイクスピアが、多くの命を救ったわけじゃ。


「宇宙海賊、キャプテン・ロック殿。素晴らしい戦い、感服いたしました。」


 そして相変わらずサビゾーは何か決定的な部分を勘違いしておるようじゃ。


 まるで、空を歩くように浮遊し続けるアークトゥルス号。


 サビゾーとロックが出会わねば動くはずのなかった船。


 暗く沈んだ夜が、明けようとしておった。


【続く】

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