03.陸で海賊に会うのは初めてでござるよ

 一方、ルナの王宮内。


 まんまとサビゾーに皇女を連れて逃げられたシディアとムシャたちの間で、こんな会話があったとかなかったとか。


「我が師よ。このミシマ一生の不覚。シノビの小僧に皇女を奪取されました」

『ふむ。いつかは来ると思っておったが、存外に早かったようだな』


 モニターに映る、こちらもケンカク=ミシマと同じく異様な鎧兜に身を包んだ人物が地底の鳴動のごとき重々しい声を出す。


 ケンカク=クロサワ。


 宇宙の傭兵団ムシャの頭領。こちらの鎧は漆黒ではなく、悪趣味な金色。金ぴかサムライじゃ。


「クロサワ殿、やはり、地球への侵攻はやりすぎであったかもしれません。シノビに目を付けられてしまっては、とても―――」

『シディア首相、余にその腑抜けた面二度と見せるな』

「……は」


 クロサワとシディア。力関係はご覧の通りじゃ。


『ミシマ、シノビの行方は』

「たった今追撃部隊より通信がありました。敵ポッドはウイングが破損、地球への大気圏突入を強行し、見失ったと」

「仰せのままに」

『それにしても、ふむ、地球―――。シディア、委細、承知しておろうな』

「もちろんでございます」

『案ずるな、すべて余の手の内。太陽星系連合の支配もこれまでよ』


 僅かに喜色を滲ませた声を最後に、クロサワは通信を終了した。


(はぁ、何と恐ろしい)


 恭しくこうべを垂れるミシマを横目に、シディアは額の脂汗を拭きつつ、思った。


(やはり、ムシャと組んだのは間違いであったかもしれん)


 すべては、後の祭りじゃった。


※※


 ところ変わって、こちらは海洋惑星と化した地球。


 ようやくワシの見てきたものの話が始められるぞい。


「あっぢいなぁ。チョイ、船体のバランスはどうだ」

「どれ……奇跡的に良いニャ。ふむ、猿もタイプライターでシェイクスピアを著すことが、ある、か」

「何を訳の分からんことを言ってやがる。海に落として錆びさせるぞドラ猫」

「はん! 炎天下にも耐えられる機械の身体が海水ごときで錆びるものか低能の猿めってこらやめんか! 海につけるニャァァァァ!!」


 燦燦さんさんと照る太陽。そよぐ風に流れる木々。透き通る海を臨む砂浜で、上半身裸で真っ黒に日焼けした少年が、この日もこの日とて、手製の宇宙船をこしらえておった。


「おーい! ロックぅ」

「またチョイと一緒に船大工してんのぉ?」


 そんな少年に、こちらも良い色にこんがりとやけた肉感的な娘たちが色っぽい誘いの声をかけてきよった。


「そんな飛びもしない船、組み立ててないでさ、アタシらと遊ぼうよ」

「リアナがアンタと一緒に過ごしたいんだって」

「悪いが、乳繰り合ってる暇はない」


 しかし、ロックはそう叫んで断った。


「宇宙が俺を待っているんでな」


 色気より食い気より飛び気、ロック・ルーカスはそういう類の阿呆じゃった。


「こんのパーたれが。こんなガラクタを継ぎ接ぎした船が飛ぶわけなかろうが」


 地球に数少ない陸地しまで、これまた数少ない旧地球人類サピエンスの肩に乗った超高性能猫型アニマロイドのワシは呆れとった。


「分からんぜ? 今回は今までのキセノンじゃなくてイオンエンジンだ。いくら古いっても出力が段違い! 絶対に飛ぶぜこいつは」

「失敗したときの被害も大きくなるっちゅうことじゃな」

「へへっ。いよいよ宇宙海賊ロック様の初航海だ」


 夢見る少年の戯れ言なれば、なるほど多少は愛嬌があって聞こえなくもない。


「たわけ。大気圏どころか、おかから出たこともない宇宙海賊がどこにおるっちゅうんじゃ」

「よーし、海水浴第二弾だドラ猫」

「やめろというに! 錆びる! 錆びるゥゥゥ!!」


 と、実態は、ただただ痛々しいばかりのクソガキじゃ。世話人のワシことチョイ様がおらなんだら、とっくに死んでおるわい。


「宇宙に出たら、まずはコスモジプシー船団に入れてもらうぞ。なぁチョイ、キャプテン・ナオはどんな男だろうな」

「短パン一丁のを新入りに加えるような酔狂な奴であってほしいもんじゃな」


 ふと、ロックの作業がとまり、その髪と同じく真っ黒な目が、遠くなった。


「親父がいる空だ。絶対に会いに行く」

「……そうじゃな」

「で、全力でぶん殴る」

「そうじゃな」


 一瞬見せた憂いはすぐに吹き飛び、新地球人類マリナー共に混じって深海の巨大魚をとっ捕まえる島猿シマザルの顔を取り戻した。ワシは後ろ足で後頭部をポリポリとやりながら同意してやる。


「ところでよ。ここ数日はえら付きたちが来ないな」

「んにゃ~、どうやらルナリアンの連中がハイパーゲートんとこにドヤドヤとやってきとるらしいぞ」

「ふ~ん。難儀なこった」

「助けに行くか?」

「いや、それよりもまず、ルーカス号No.28を完成させにゃ」


 要するにこれまで27機もの無残な失敗作が作られてきたということじゃ。南無南無。


 ドォン!


「わわっ!?」

「ニ゛ャ!?」


 と、突然島の沖合で、爆発音とともに巨大な水柱が立った。ワシらは衝撃にスッ転んでしまう。


「な、なんだ?」

「爆弾でもぶっ放したか? いや、上から何か降ってきたようじゃな」


 ワシは、深海一万ⅿ程度なら余裕で見渡せる目を凝らす。


「おお、ありゃあポッドじゃな」

「ってことたぁ、人間が入ってんのか―――おい、お前ら村の連中呼んで来い!」


 ロックが腰を抜かしておる娘っ子たちに言うと、一目散に凪いだ海へと飛び込んでいく。


 面倒なことになりそうじゃが、目の前で起こった危機を見過ごすような薄情者に育てた覚えはないのでな。「育てられた覚えはない」と奴は言うだろうがニャ。


『ガボボボボ? ガポ?』

「あーあー分かった。ナビは任せろい」


 通信機器からロックの声。何を言っておるのか分からんと? やれやれ、これじゃから肉の身体は不便でいかんな。


 ……。


 十分後。


 ―――サバァ、とけたたましい飛沫をあげ、ロックの奴が戻ってきよった。


「ぶっはぁ!! 流石に骨だったぜ」

「ニ゛ャ!?」


 問題はその出で立ちじゃ。ロックの奴め、海から上がってきよった。


「……肉の身体も、そう捨てたもんではないニャ」


 ワシに前言を撤回させたロックは、涼しい顔で「よっ」と一声。浜辺にドン! と、ボロボロになったポッドを置いた。


「もうあと百メートル深くに落ちてたら、俺も息が続かなかったかもな」

「普通はとっくのとうに溺れ死んどるわ、この海猿が」

「いやぁ、助かったでござるよ」

「おや、こちらはカピバラかの」

「よく言われるでござるよ、やたらメタリックなネコ殿」


 操縦席から、気絶した姫を抱えたシノビが出てきよった。


「拙者、サビゾーと申しまする。以後、お見知りおきを」

「俺はロック、こっちのドラ猫はチョイだ。宇宙海賊をやってる」

「おい」

「おお! おかで海賊に会うのは初めてでござるよ!」

「おいおい」


 ロックの自己紹介で呆れ、サビゾーの返事でさらに呆れたワシじゃったが、ちょうど、島の連中がドヤドヤと現れたこともあって、訂正ができんかった。


 いや……、普通は信じないじゃろうが。


※※


 赤道直下の海に、夕陽が落ちていく。


 熱帯の島イウォクの森を切り開いて作った木組みの集落にて、ユウナが、高床式の藁葺わらぶき屋根の家で目を覚ました。


「ん……?」

「お、目覚めたか。脳波も安定しておるぞい」

「機械の……タヌキ?」

「猫じゃい」


 褐色肌のルナリアン皇女が、目覚めた早々ワシにド失礼をぶちかます。


「機械星のアニマロイド、チョイ様じゃ。覚えておけい」

「んん……ここは? って、なんだこの服」

「ここは地球に残された最後の島、イウォクじゃ。そして貴様の着とった純白ヒラヒラのワンピースはボロボロになっとったから、そのチューブトップとホットパンツに着替えさせた。何の、女衆がやったことじゃ、安心せい」

「そ、そんなの……これ、ほとんど裸じゃねぇか!」

「とはいえそれが島のじゃて。それに、裸なのはワシもじゃぞい」

「機械ダヌキと一緒にすんな!」

「ネコじゃと言うとろうに!! もう一度言うぞ! すーぱーアニマロイドチョイ様―――」

「ふん。自分のことを過剰に誉めそやすのは自信の無さの裏返しなんだよ」

「こんの、月の貧乏姫がぁ! 貴様のことは機械星のデータベースに載っておるぞ。シディアとかいう中年首相の嫁にされそうになって、逃げだしてきたんじゃろう?」

「な……!?」


 ユウナが黙った。ふん、ワシの勝ちじゃな。


「なぁにルナの姫さんと喧嘩してやがんだドラ猫」

「ただいま帰りましたでござる」


 そこに、とある野暮用を終えてきたロックとサビゾーが帰ってきた。


「ふん、丸裸なのは格好だけじゃないことを教えてやったまでよ」

「機械星のメインコンピュータは、太陽系で起きた出来事のほぼすべてを掌握しているでござるからな。そこと繋がったチョイ殿にとって、我らの情報は裸同然でござる」

「よく分かっておるではないか。してロックよ、サビゾーの“土産”はどうじゃった」

「おう、流石にコロニアンの最新鋭ポッドのパーツはモノが違うぜ。特にハイパードライブが無傷だったのがデカい」

「助けていただいた心ばかりの御礼が役に立ってなによりでござる。海賊業の糧にしてくだされば」


 どうやらサビゾーは、ロックのことを根本的に勘違いしておるらしい。とはいえ、いまさら宇宙海賊志望のニートであることを伝えるのも面倒なので、放っておくことにする。


「あのぅ」


 と、そんな小僧二人の背後から、細い少女の声が聞こえてきた。


「おや、ロック、サビゾー、また妙なものを拾ってきよったのか」

「いや、拾い物ってか、漂着物っていうかよ……」


 ロックが赤みがかった黒髪をボリボリとやりながら、困ったように言う。サビゾーは寝起き早々、随分な跳ねっ返りぶりを見せつけてきよった褐色肌の姫君に声をかける。


「ユウナ殿、大した怪我もないようでなによりでござる―――どうされましたかな?」

「な……な……な……」


 ユウナの大きな目がかっぴらかれ、幽霊でも見たかのような表情を見せておる。


「サビゾー、おめさんとこの姫さんは、なに面白い顔になってるんだ?」

「ふむ……ひょっとして、に会うのは初めてだったでござるか」


 瞼の無い瞳、水かきのついた手足、全身を粘膜に覆われた姿。


「なんだよ、この半魚人は!?」

「半魚人って言わないでください! マリナーです! 名前はラァレです! 新しい人類なんですっ! ……あ」


 と、自己紹介を叫び終わった途端、ラァレはばったりと倒れた。


「ユウナ殿、その言い草は割と星間外交問題に発展しますぞ」

「いや、俺はよく知らんが、もうなってるんじゃあないか?」

「ああ、悪かったよ、ちょっとびっくりして―――大丈夫か」

「ううう、お腹空きましたぁ……」

「大混乱じゃな」


 そう、地球はルナリアン、コロニアン、新旧地球人とムシャやシノビまで入り乱れて、大混乱の極みに達しつつあった。


【続く】

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