Ep.1 ファントム・ホープ

02.帰るまでが任務でござる。

 ワシことチョイ様はルナにはおらんかったが、安心せい。


 ワシくらいのすーぱーアニマロイドになれば、伝聞から状況を再現して語ることなど造作もないわ。


 さて、月でひときわ大きなバローズ宮殿が、最初の騒動の舞台じゃった。


 月の環境は過酷じゃ。ドーム型都市“シティ”が、半透明なチューブでいくつも繋がった大規模居住空間。月人類ルナリアンたちは、そこでしか生きられん。 


「なに? コロニーの修学旅行生?」


 その外側で、一台の宇宙ポッドが墜落してきた。宮殿地下の営倉で、軍の下士官かしかんと雑兵が二人、呆れ顔で会話をしておった。


「どうやら、船の脱出ポッドが誤作動を起こしたようで」

「このシティ近くの地表に不時着したというのか。なんとも間抜けな、いや、幸運な奴でもあるか」

『うえぇぇぇ、ぎもぢわるゔ~~~』


 下士官共が眺めるモニターには、営倉の隅に寝転がって苦悶する少年の映像があった。


「ふん、軟弱者のコロニアンらしい醜態だな」

「ええ。しかし、奴らにしては小さくありませんか。見た目が良いのだけが、コロニアンの取り柄だと聞きましたが」

「連中のゲノム編集技術とやらも大したことはないということなのだろう」

『ず、ずみばぜん、水と、できればお薬を~~~』

「分かった分かった。少し待ってろ。お前はとりあえず見張りだ。営倉のロックは厳重で、何もできやしないだろうが」

「了解」


 時ならぬ遭難者に下士官たちが警戒できなかったのは、ひとえにルナリアンに広くある選民思想のためじゃったろう。どこよりも過酷な環境を生き抜いてきた人類としての誇りだとか自信だとか。ま、ワシらから見れば、わざわざせんでもいい苦労を背負しょい込んだ阿呆どもじゃが。


 そして、何の根拠もなく自分たちは優れていると思い込んだ人種主義者は、その足をすくわれることになると相場が決まっておる。


「おい、修学旅行生。ところで貴様の名前は―――」


 営倉のスピーカーから聞こえるはずの声は、


「拙者、サビゾーと申しまする」


 兵士のすぐそばで聞こえた。


「貴様!? シノビ―――ぐぁ!?」


 カピバラのようなユニークな顔は、目以外が藍色の頭巾に隠れ、全身はゆったりとした灰色の装束に包まれておった。


「潜入成功―――」


 当然、こやつは遭難修学旅行生などではない。


 宇宙の影から影を渡り歩き、人知れず任務を遂行する、太陽系の秩序を守る隠密集団・シノビ。


任務開始おしごとでござる」


 たわけた策謀巡らす連中にとっては、見えざる脅威ファントム・メナスといったところか。


※※


 サビゾーは、シノビ装束に内蔵された光学迷彩カクレミノを起動すると、王宮のてっぺんを目指し


 宇宙忍具ミズグモ。


 重力発生装置のかなめたるグラビトン粒子を抑制することで、浮遊しながら移動できる優れモノの足袋たびじゃが、並みの人間の体幹やバランス感覚では、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、まともに立っていることもかなわん。


 サビゾーはそれを難なく使いこなし、床と言わず天井と言わず、まるで中空で見えない壁を蹴るようにしてと進んでいく。見回りの雑兵たちも、よもや自分の目と鼻の先を不可視のニンジャが逆さまのほふく前進でやり過ごしているなどとは思いもよらんようだの。


 人類ヒトの連中は大宇宙に進出などと鼻息を荒くしておったが、結局は重力を増幅して地面や床にへばりついておる。だから真上がお留守になる。なんとも滑稽なありさまよ。


 おっと、閑話休題じゃ。



 サビゾーがおめおめとうまうまと、目当ての皇女が軟禁された王宮のてっぺんにある大きな部屋に辿り着いたぞい。


 留置所のときと同じく、厳重なセキュリティロックなどあってないかのように忍び込む。天蓋付きベッドに力なく腰掛けた皇女ユウナと、三名の見張りがいた。サビゾーはそやつらを背後から一瞬で倒すと、唖然とするユウナの前に姿を現した。


「誰……?」

「シノビ=ハットリ。太陽系の秩序を守るべく、あなたをここからお連れするでござる」

「シノビ!? ということは、連合が動いている?」

「さ、急ぐでござるよ」


 敢えてシノビとしての名を名乗り、事態が一刻の猶予もないことを知らせる。ユウナの疑問には答えず、サビゾーはそっと手を差し伸べる。


「私だけか? 皇帝はどうする」

「連れていくのはあなたひとりでござる」

「じゃあ私は行かない。首相シディアの野郎に毒殺されかけたんだ。一緒に連れていく」

「む……」


 サビゾーは、ユウナの皇女とは思えぬ乱暴な口調にではなく、彼女の婚約者でもある首相が皇帝に毒を盛ったことに驚いたようじゃ。


「私を連れていくなら、父と共にだ。これは譲れねぇ」

「ご命令とあらば、仰せのままに。しかし―――」


 褐色の顔をしかめるユウナに恭順しつつ、サビゾーの胸には霧がかかっておった。


(やり方が尋常ではござらん。でござる)


※※


 バローズ皇帝は重病に臥せっていることになっておった。


 寝室の警備はより厳重であったが、娘のユウナに対してはその限りではない。従者の振りをしたサビゾー共々、簡単に潜入できた。


 大きなベッドが一つ、そこにバローズが苦しそうな寝息を立てていた。恰幅の良さを思わせる表情はしかし、今は相応にやつれておる。


「父上……寝ているか」


 サビゾーは父のもとへ駆け寄るユウナを意識の端に置きながら、油断なく部屋の状況を整理する。


 護衛のルナリアン兵が五名。いずれもビームガンのみの軽装備で、隙を突けばいつでも制圧できる。


 だが、ひとつ懸案があった。


(……やはり『ムシャ』がいるでござるか)


 ルナリアン兵とは明らかに異質な、白いボディアーマーが混じっておった。傭兵組織『ムシャ』の雑兵アシガルトルーパー。


(もし、がここに来ておれば、拙者の優位は消えまする)


 そして、往々にして悪い予感という奴は当たるものよ。


「おお、皇女殿下。ご機嫌麗しゅう」


 部屋に、いかにも高慢ちきで偉そうな人間と、その護衛と思わしき人物が入ってきよった。


「そう見えるんなら目玉をとって洗って来いよシディア首相閣下」


 ユウナは嫌悪に満ち満ちた表情で婚約者を迎えた。


「ユウナ様、またそのような下品な言葉遣い、お父上のお耳に入りますぞ」

「寝てるよ。アンタの盛ったが効いてな」

「それは結構なことでございます」

「チッ」


 これまた姫とは思えぬ見事な舌打ちが響く。シディアは、余裕を崩さん。


「父上のことが心配なのでしょうが、どうか穏便に。あなたは未来の首相夫人である以上に、未来の女帝―――」

「王じゃなくて傀儡だろ。ロリコン首相」

「む……」


 そのあんまりな物言いには、さしものシディアものけ反るような格好となり、ルナリアン兵も動揺した様子じゃった。


「……」


 しかし、ムシャの連中と、シディアの背後にはべる男は無反応。


(どうか、このまま部屋を去ってくれぬものか)


 サビゾーは祈るように思っておったが。


「シディア首相、一つよろしいかな」


 当然、そうは問屋が卸さない。


「なんですかな、ミシマ殿」


 首相と跳ねっ返りな姫の“喧嘩”を見つめていた男、ミシマが口を開く。


 その風体は、サビゾーやアシガルトルーパーたちに比しても異様であった。


 全身を包む、漆黒の鎧兜。顔はこれまた多くが隠れ、目だけがギョロリと動いている。


 それが、従者に扮したサビゾーの目と合った。


「蜘蛛の子が一匹、部屋に紛れ込んでいるようですが」

(やはりあざむけぬでござるか!)


 サビゾーは観念し、変装を解く。


「な!? シノビか! 何をしている!? 撃て! 撃て!」


 突如として現れた招かれざる客に、シディアが半狂乱で指示を出し、兵たちがこれまた無茶苦茶な射撃でビームガンを撃ちまくる。


 なぜそのような事をしたのかといえば、からだ。


(ニンポー、分身の術!)


 超小型ホログラムドローンを使った分身に、ビームが通じるはずもなし。


「わ!? おい貴様たち、私に当たりかけたぞ!? どこを撃っている!!」


 さらにサビゾーはビーム兵器攪乱かくらん用忍具・チャフマキビシをばら撒いたので、兵共の銃は宇宙ニンジャに一発も当たらぬどころか、数名の同士討ちを出すに至った。


(ニンポー、目潰し!)


 大部屋の大混乱に乗じ、サビゾーは懐から床に一発の玉を弾くと、そこから大量の真白な煙が噴き出し、兵たちの目を塞いだ。


 これに関してはたいそうな科学技術など使われてはおらん。ただの無害な煙を出すだけの爆弾だったわけじゃが、装束に仕込まれたステルス機能により、レーダーでは捕捉できんシノビを肉眼で捉えられなくなるのは、相当な痛手となる。


「ユウナ殿、拙者についてきてくだされ!」


 白煙の中でもユウナを易々と見つけ出したサビゾーが、亡命を先導しようと声をかけた。


「若きシノビよ、そんなに急いでどこへ行く?」


 瞬間、黒光りする鎧兜が背後より現れた。


「ふんっ!」

「むっ!?」


 ミシマは腰から黒刀を抜き放つと、凄まじい膂力りょりょくをもってサビゾーに叩き付けた。この時代には珍しい、鉄製のカタナを、サビゾーもまた、自前のニンジャソードで受け太刀する。


「見事、だが修行が足らんようだ」

「……ッ!?」


 しかし、隠密行動と不意打ちを得意とするシノビは、こと迫撃戦に大した強みはない。受けきれず、ミシマの太刀によって吹き飛ばされてしまった。


「これほど早くシノビが出てくるとは」


 赤く光る眼光が、壁にたたきつけられたサビゾーを見据える。


「師にご報告せねばな」


 とどめを刺さんと一歩踏み出した。


「うおおおおお!!!!」


 そこで、ミシマにとって予想外の出来事が起きた。


「なに!?」


 いつの間にか目覚めていたバローズの巨体が、鎧兜にぶつかってきたのだ。素人のタックルとはいえ、完全に不意を突かれた突撃にミシマは倒れ、床に組み伏せられた。


 運命の分かれ目というなら、これが最初の一つであったろうニャ。


 ケンカク=ミシマが、後も先も考えぬチンピラテロリストなどであったなら、この時点で皇帝は殺害されておっただろう。


 だが、奴は思慮深い武人じゃった。


 バローズを丁重に、怪我一つなく振りほどくのにかかった時間が、サビゾーに猶予を与えた。


「修行が足らんのは百も承知。しかし―――」


 ブゥン!


 サビゾーはカタナを振るった。


 レーザー・ブレード『三日月』。


 振ることによって超高熱をもったエネルギーの斬撃を繰り出すシノビの、否、サビゾーだけが持つ特別製の武器じゃ。


「そもそも、まともにやり合う気などござらんよ」


 文字通り三日月形の青き光刃こうじんが、部屋の壁を破壊した。


「なんと!?」


 思わぬ技に、ミシマが感嘆の声を漏らす。


「退却でござる」


 サビゾーはカクレミノを起動すると、ユウナを抱え、壁の穴から外に飛び出した。


「逃げたぞ! 撃て! 撃て!」


 またもシディアが喚く。未来の花嫁であり貴重な人質であるはずの皇女に銃を向けてどうする。どうやらこちらはただの阿呆のようじゃ。


 しかし、手下の雑兵どもも上司並みのオツムだったらしく、容赦なくビームガンの掃射を食らわせてきた。


「きゃああああああ!?」

「おやおや、これはちと計算外」


 当たるとは思えなかったが、下手な鉄砲ということもあり得る。サビゾーは少々面食らいながら、ぴゅう、と口笛をひと吹き。すると、月の軌道上にこっそり忍ばせていたスペースポッドが猛然と飛んできた。


「さて、帰るまでが任務でござる」


 暗黒の広がる空で、曲芸のようにポッドに乗り込んだサビゾーと、様々なショックに耐えかねて気絶したユウナ。


(追手をまくような操縦技術は拙者にはない。コロニーまで行くことは叶わんでござる。さて、


 最高速度で月圏内を離脱しながら、サビゾーはそんなことを考えていたそうな。


 そして、凄腕かは置くとして、パイロットには出会うわけじゃ。


 【続く】

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