01.嫌でござる。
「というわけで、だ。サビゾー、お前が責任を持って月のお姫さんを孕ませろ」
「はい!?」
カピバラみたいな顔の少年―――サビゾーが素っ頓狂な声を上げよった。
「ハナ・ビューゲンドリス司令官殿」
「なんだ?」
「……ちょっと、何を言っているのか分からないでござる」
「意味は分からなくていい、ヤれ」
ラグランジュポイントセブンにフワフワ浮かんだコロニーの指令室で、ド
機械星が生んだぷりちーでハイスペックな猫型ロボットであるワシの言語中枢が壊れたわけではなかろうニャ。
「……せめて、なんの前置きもなく放たれた「と、いうわけで」以前の説明を求めてもいいでござるか?」
「ちっ、めんどくさい。理解力もカピバラ並みか」
「……」
サビゾーの訴えは至極まっとうであったが、コロニアン第七管区のボスであるハナは、何ともめんどくさそうにこう言った。
「貴様が姫様を連れてきた船が、
「うむ、確かに由々しき事態とは言えましょうが、そこは拙者を牢屋に放り込むか打ち首獄門に処すかという話でしかないのでは―――」
「ないから貴様の首はまだ胴体に辛うじてくっついてる」
「お言葉ですが司令官殿」
「聞かん」
「サー、しかしながら、サー」
「私は女だ」
「イエスマム。でも」
「デモもストもウォーもここ数世紀ねぇんだよ! 厄介なことしやがってこのカピバラ小僧がァ!!」
「ええ!?」
突如のガチギレに、ワシもサビゾーと同じ声が出たぞい。
「分かってんだろうが、月のクソ馬鹿どもの戦争大好きっぷりと、コロニー上層部のタマナシっぷりは完全に水と油! そこでアタシみたいな軍事畑の実務屋が平均睡眠三時間で繋いできた平和の糸は今にも切れそうなんだよ! テメェのせいでだ!」
「は、はぁ……」
「アタシが犠牲にしてきたお肌の張りを返してもらおうかァァァァ!!」
「そこでござったか」
半狂乱になったそのイライラがまたその肌から潤いを奪うだろうに。ほんにヒトという連中は度し難いのう。
「うがぁぁぁ!!!!」
「いだだだ、怒りをお納めくだされハナ殿、拙者のためではなく、ルナリアンの軍事的脅威と経年劣化と戦い続けてきたご自分のために!」
「アタシはまだプリップリだァ! そしてなんだテメェのモッチモチの肌はカピバラァ!!」
「いだだだだ、つねらないでくだされ」
どうやらヤブヘビであったようじゃ。
カピバラ顔が横にぐにょーんと伸びよるわい。愉快愉快。
―――で、一時間後。
「はぁ……はぁ……」
「はい……ハナ殿、一度ちゃんと寝るでござるよ?」
「分かってるよ、ありがとう。と、いうわけで、貴様に特命を与える」
「御意」
「サビゾー、これから一年以内に誰でもいい、女を孕ませろ」
「孕ませる」
オウム返しの後に、気まずい沈黙が訪れた。
「……具体的には」
「嫌でござる」
「聞けい! 先ほども言ったように、我々は今、重大な危機に瀕している。
ハナがやおら声を大きくしよった。
「こと出生率がゼロに至ってまで、自然分娩が行われないとなると、間抜けのルナリアン共も気付くだろう。産まないのではなく、産めないのだと」
ニャるほど。読めてきたわい。
彼奴らコロニアンにはもう、生殖能力がないのじゃ。ただ一人を除いて、ニャ。
「過適応の極まった生物は多くが滅んだ。総じて生殖の機能はあるのに能力がない理由は未だに分かっておらんが、人為的な多様性の確保などと言う大いなる矛盾に踏み込んだ我々の奢りがもたらした呪いなどという意見さえ出る始末だ。度し難いが、反論もできん。お手上げだ。ここ以外では、な」
そこで、ハナが笑った。インキュベーターのゲノム編集技術で美男美女が揃う
「第七コロニーにはお前がいる。我ら唯一の天然モノ。コロニアン同士の生殖行為と自然分娩で生まれたサビゾー・マツモト。貴様にも十分な量の精子があると分かっている」
「いつ調べたでござるか」
サビゾーの問いは例によって無視されたぞい。
「そして今、我々には“母体”もある。いみじくも貴様が連れてきたルナリアンの第一皇女、ユウナ・アレキサンドラ・バローズ殿下。彼女に行きがかり上の宿代と賠償金代わりとして貴様の子を孕んでもらうとしよう。実績が一つでもできれば奴らも軽率な行動はしまいよ。なに、一年の時間は我々が確実に稼ぐ。心配せず、子作りに励め」
「あの……」
「それにだ。ルナリアンがムシャの連中と手を組んで何事か画策している今、コロニアンのシノビとルナリアン王家の子女が強く結びつくことは政治的に有意義だ―――ん? どうしたサビゾー、いや、シノビ=ハットリ、これは任務だぞ」
コロニアンに必要なのは、生殖能力ではなく人権意識じゃと思ったが、どうやら宇宙ニンジャ・サビゾーも同意見だったようだニャ。
「嫌でござ」
※※
そこで、ワシは指令室に送り込んでいた超小型盗聴ドローンとの接続を切った。
あのパーたれな女司令官との押し問答に、並みの人間が敵うとは思えんでな。
「お、ようやくチョイの奴が戻ってきやがったぜ、ユウナ」
ワシと共に成り行きで地球からこのコロニーの簡易留置所まで来ることになった男―――ロックと、先ほど話に出たルナリアンの第一皇女ユウナがこちらに近寄ってきよる。
「なぁチョイ、あのニンジャ野郎と怖い女は何を話してたんだ?」
「うむ、その前に、ラァレの奴はどこに行きよった?」
「身体が乾いちまってどこかへ連れ去られたぞ」
「残念な奴じゃわい」
ロックの肩の上で、ワシは言った。
「いいニュースと悪いニュースがあるぞい。とりあえず、ワシらの死刑は免れそうじゃ」
ホッと息を吐く二人。
「じゃが、その代わりに、ユウナよ」
「んだよ機械ダヌキ」
「ネコじゃ。ふん、そのような余裕ぶっこいておられるのも、今のうちじゃて」
「あん?」
「めでたいことに、お主がサビゾーと子作りをせねばならなくなったぞ」
「……へ?」
「せいぜい励め、人間よ」
跳ねっ返りな褐色肌の月の姫君が、口をあんぐりと開けたまま静止した。ヒトにもフリーズはあるか。
「愉快愉快」
ワシは満足すると、ロックの頭の上でごろりと丸くなる。
「おい、重いぞドラ猫」
「猫は宇宙で丸くなるもんじゃい」
目をグルグルに回して「こづ……くり……こづ……くり……」とうわ言を繰り返すユウナを眺めながら、ワシは特にする必要もない大きなあくびをしてやった。
さてはて、どうしてこんなことになったのかのぅ。
ワシは機械の身体を休眠モードに切り替えて、いろいろと思い返してみる。
サビゾー、ロック、ユウナ、ついでにラァレ。
いろいろと風変わりな少年少女が出会った、運命の日を。
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