3
シャーペンの芯がノートの上を滑る音だけが部屋に響く。
あまり調子が上がらない。元々私は国語が苦手だった。特に現代文の分野の点数が安定せず、悩みの種でもあった。
なんというか、『筆者の考えを述べよ』だとか、『登場人物の感情を文章で書き表しなさい』と言われても、それを経験しているのは自分ではないし、もし自分だったら後々になって見た答えと全く違う感情を抱いていそうなシチェーションも結構多い。
気分を上げるために、私はとりあえずスマホとイヤホンを机の上に出し、イヤホンを耳につける。ジャズ調の心地よいピアノにエレキギターのリフが加わり気分が高まる。私のいざという時の勝負曲だ。
ただわからないものはわからないままだ。音楽を聞いて気分が高まれば点数が取れるのならば、今こんなに小説の登場人物の心情に頭を悩ませているはずがない。
そんな時に、イヤホンから通知音が聞こえた。
スマホの液晶にはLINEの通知が入っている。友里恵からだ。
〈何してるー?〉
その一言を見た瞬間に一気に脱力した。少し根を詰めすぎていたみたいだった。
息抜きにちょうどいいかもと思って友里恵の相手をする。
〈勉強〉
〈うわっ、真面目ちゃんかよ〉
〈そっちはどうなの?〉
〈ゴロゴロ〉
〈そんなんで大丈夫?〉
友里恵は私の問いに言葉ではなくスタンプで返してきた。私はスタンプのことはあまり知らないのでこれがどんなキャラなのかはわからないが、頭の上で星が回っていて、目がぐるぐる模様になっているキャラクターを見て彼女の言わんとしていることはすぐに理解できた。
〈模試もう結構近いんだけど?〉
〈大丈夫! もう諦めてるから!〉
〈自信満々で言うことじゃないでしょ〉
〈まあ定期テストとかだったら一夜漬けとかしてでも粘るけどね〉
〈やっても赤点スレスレだけど〉
〈赤点取らなければこっちの勝ちよ〉
今度はニヤニヤとあくどい顔で笑うスタンプを送ってくる。なんというか開き直っている分潔いというか、でも友里恵の言葉を聞いていると何故か彼女ならどこでも順応できそうな、そんな気がしてくる。
そこでふと思い出す。他の教科と比べて友里恵は国語、特に現代文の点数が良かったはずだ。もちろん普段から準備している私よりかは低いが、ほぼぶっつけ本番に近い状態で挑んだにしてはなかなかの点数を取っていたことを思い出す。
少しその秘訣を聞いてみよう。
〈ユリって国語の点数結構良かったよね〉
〈いきなりどした?〉
〈小説の問題とかで出てくる登場人物の心情を答えろみたいな感じの問題ってどうやって解いてる?〉
〈あのミホがあたしのことを頼るなんて、明日は嵐だな〉
〈私真剣に聞いてるんだけど〉
〈おお悪い悪い。そんなに怒んなって〉
しかし、本人もどうしてそこまで点数が取れるのかがわからないらしく、少し時間が経ってから、
〈なんでだろうな?〉
と、返してきた。私は机でずっこけそうになった。私はアニメやドラマや、ましてや吉本新喜劇も見ないのだが、どうやらこれは日本人の遺伝子に刻み込まれたリアクションらしい。
〈まあよく先生も言ってんじゃん。答えは文章の中にあるって。ちゃんとよく読めってことじゃない?〉
〈それができれば今ユリに聞いてないと思うけど〉
〈そりゃあそうか〉
向こうもきちんと考えてくれているらしく、トークの進みが遅くなる。
〈そういえば、いつもしてることがあるかも〉
〈何それ?〉
少し光明が見えた気がした。彼女の返答を待つ。
〈頭の中で登場人物を演じる!〉
〈何それ〉
思わず書き込んでしまった。
〈登場人物の心情を理解するには、その人を演じるのが一番さ!〉
〈あんた、女優か何か?〉
〈そうかもねえ。将来大女優かもねえ〉
〈聞いた私がバカだった〉
〈ひどっ!〉
若干言い過ぎたかもと思いつつ、私は参考書の方に目を移そうとする。しかしまた友里恵からトークが来た。
〈まあ、つまり、相手の気持ちになって考えろってことだよ。自分がどう思うかじゃなくて、その人がどう思うかを考えろってこと〉
私はその言葉に釘付けになる。友里恵の言葉は時々示唆的になる。本人に自覚はないと思うのだが、どうしてか少し考えさせられることを言ってくる。本人に自覚がないというところが質の悪いところで、結局考えても答えが見えないことも多いのだが。
〈まあ、ちょっと頑張ってみる〉
〈お、友里恵先生の言葉が役に立ったか? ならよし!〉
〈ユリのアドバイスがあんまり意味ないってことがわかったというのなら、役に立ったのかも〉
〈何ぃ!?〉
〈冗談よ冗談。また明日学校で〉
〈じゃあねー〉
それ以降友里恵からの通知は来なかった。私は背もたれに体を預け、大きく息を吐き出す。
他人の立場になって考える。それは私が一番苦手としていることだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます