第4話 王族への招待

 馬車は一時間くらいで目的の場所へとたどり着き、城壁を経て都市内へと続く城門が開かれる。レンガと木造建築をり交ぜたような作りの住宅、商業施設が目立ち、街灯のようなものも散見されるのどかな風景が広がる。私と同年代の子供が遊ぶ声、街中で噂話や市場で小売りを行なう声。あふれる声に街は活気に満ちて、街そのものが生きているような感覚を印象つけられた。

 城下町を抜けた先にはお城へと続く門。城内は広がる中庭と噴水。この中央から各所へと繋がる廊下がいくつもあるような造りになっていた。石とレンガで作られた堅固な造りで、攻撃からも身を守ることが出来そうと感じる。滅多にお目にかかる事ができないお城を前にして、興奮気味になって乗り出していると馬車は止まる。連行していた紫苑将軍を降ろして、兵士と思われる人たちに別の場所へと連れていかれる。


「あのっ! 彼はどうなってしまうんですか?」


 彼の行く末が不安になりフードの人に声を掛ける。


「ご心配なさらずとも、彼はドラストニアの財産ですので粗暴な扱いは致しませんよ」


 それからすぐに私に跪いて彼はフードを外す。特徴的な尖った耳と鼻を見て驚いた。


「大変申し遅れました姫殿下。私はセルバンデス・ラピットと申し、ドラストニア王国で執政官を務めております」


 驚くばかりの私は「ゴブリン……?」とだけ呟くと彼は困り顔で頷く。失礼なことを言ってしまったかと慌てて謝罪すると、彼は困ったように話をつづけた。


「突然のことで困惑されたようですが、ロゼット・ヴェルクドロール様は先代ドラストニア王の唯一の嫡子。つまりは」


 セルバンデスと名乗ったゴブリンがそう言いかけると、陽気な声に遮られた。


「ドラストニアの皇女、お姫様ってことだ。まぁこんな小さな子に国をどうにかさせようってのも無理があるけどな」


 私とセルバンデスさんの元へやって来たのは男性。炎のように赤い髪、私とは対照的な浅黒い肌を見てあの夢に出てきた男性だと思い出す。立派な服装なんだけど陽気――……というよりもなんだかお茶らけた感じだ。現代に居ても違和感がなさそうな近所のお兄ちゃん、はたまた少しヤンチャをしてそうな学生みたいな印象を与える。


「ラインズ様、ロゼット様は血縁関係にはございませんが妹君にあたります。発言には気を付けてください」


「血は繋がってないからなぁ、母親の連れ子の俺を引き入れるのも最初はどうかとも思ったけど」


「ご自重ください!! ただでさえ今はそのような事」


「わかってる、悪かったよ」


 なんだか軽い口調で話すけれど、血の繋がりのない兄妹と聞くと複雑な家柄と思えてしまう。波風を立てたくないセルバンデスさんの気持ちもわかるけど、このラインズという男性は口が軽すぎる印象が強い。私とこの人はここでは一応兄妹ということになるみたいだ。よくよく考えれば彼は皇子様だということに気がついた。


「えっと、私そもそもこのドラストニアって国の人間じゃないと思うんですけど……」


 私の素朴な疑問に答えるため詳しい話を始める二人。どうやら元々、私は生まれてすぐに他所へ預けられてしまい、それが巡りにめぐって私がいたとされる『アガレスト森林地帯』で生活をしていたらしい。そこにある集落の有識者の元で育ったのだそうだ。本来は王位継承が可能な年齢になるまでの間、隠遁することとなっていたらしい。しかし、一週間前に国王が亡くなったことで事態は急変。遺言には王位継承第一位の私を国王とするように、と伝えられたと彼らは話す。


「ちなみに王家での名前は『リズリス・ベル・ドラストニア』って名前だ。隠遁していた間は『ロゼット・ヴェルクドロール』という名前を付けてもらってたが、お前さんの本名はこっちだからな」


 ラインズ皇子は陽気に説明していたけど、そんな大袈裟な名前見聞きしたこともない。ただ、いくつか気になる点もあった。みんなが会ったこともない私を知っていること、そして彼らの話す私の像が一致していること。

 白銀の髪と白い肌、碧眼を持ち年齢にして九歳の少女。『ロゼット・ヴェルクドロール』という名前に加えて、私の誕生日まで同じ。頭の中で疑問符を受けべながら困惑していると、ふと図書館でのことを思い出した。姿見に映った私と瓜二つの少女と照らし合わせて考える。おそらくあの子がこの世界での『ロゼット・ヴェルクドロール』にあたるのだろうか。あの時に起こった不思議な出来事。あの本との出会い。ここがどんな世界なのか定かではないけど、どこかの童話の世界に迷い込んでしまったのではないかと考えてしまう。

 こんなドラマや御伽話のような出来事が起こるなんて想像もしていなかったけど、今の私にはそうとしか考えられなかった。もしかしたら夢でも見ているのでないかと頬をつねってみると、現実のような感覚が襲う。後から思い出したけど、さっき引っぱたかれた時もかなりの痛みだった。


「ど、どうされましたかロゼット様?」


「夢かなにかだと思ってるんじゃないか? 無理もないだろ。今まで貴族と言えど、庶民と大差のない生活から王宮での生活に激変。しかもお姫様なんて言われても頭が追い付かないさ」


 まさに御伽話のような変わりよう。確かにこっちで普通の生活をしてた人からしても驚くような展開。しかも私にとってはこの『世界』にいることも夢のようにしか思えない。痛みは本物、感じる風や太陽の眩しさや熱も現実で感じていたものと同様。自分の置かれた状況を改めて考えていると、鐘の音が鳴り響き、ラインズ皇子は慌ててその場を後にしていく。私もセルバンデスさんに自室への案内がてらに今度は『王宮』へと連れられる。


「あれ、ここはお城じゃないんですか?」


「城砦の役割を果たしております。閣僚、高官、などの仕事場のようなものです。今からご案内する場所は王族の領域。我々高官でも一部の者にしか行き来が許されておりません」


 渡り廊下を通って、王宮と呼ばれる広間へと案内される。たどり着いた場所を目の当たりにし、吐息のような言葉にならない声しか出てこなかった。黄金の装飾と街の石造りとは違う、重厚感がありながら、日の光に反射するような輝きを放つ大理石。それらで作られた大きな柱が何本も連なり、その奥に一段と開けた広場に美しい噴水。


「わぁ、広くて天井も高くて、綺麗」


 内装は神秘的で装飾品などの数は比較的少なく、建物の造りだけで品位の高さが伺える。大理石で作られ、まるで神殿のような渡り廊下からそれぞれのフロアへと通じる造りになっている。吹き抜けていく風が心地よく、初めて見る場所なのに緊張感よりも、どこか安らぎを感じさせる。


「落ち着いていて……良い雰囲気ですね。なんか物がいっぱいあるのかと思ってましたけど」


 目立ったものは振り子時計があるだけで、それ以外の装飾品は簡素なものでまとめられていた。


「先代国王陛下の意向で派手な装飾類は極力廃し、重要な資産以外の趣向品は全ては国民へ還元する形で展示品、あるいは金銭に変えられました。質素な造りに見られないように隅々までハウスキーパーの方々に一任しております」


「はうすきーぱー??」


 ハウスキーパーというのは、いわばメイドのような使用人のことを指しているようだ。彼女たちを雇っているのも生活に困窮しないための王家からの配慮なのだそうだ。

 先程の城砦とは違い、王宮は王族の衣食住のための生活圏。一応書物庫や鍛練場、客間のような部屋も存在していると説明を受ける。


「じゃあ、さっきのラインズ……さん?? って人もここに?」


「ええ、他にももう一方、皇女殿下がこちらに住まわれております」


「皇女殿下……てことはその人もお姫様!?」


 本物のお姫様もここに住んでいると聞き、少し緊張する。同時にどんな人なのか、興味が沸いてきた。でもセルバンデスさんは少し気まずそうに答える。


「あの方は、少々……気難しい一面もございますのでお会いした際には言動に注意してください」


「え、そんな怖そうな人なんですか?」


 少し頷きながら、訂正しつつ皇女殿下のことを話し出す。


「落ち着いた物腰でありながら、軍人相手にも物怖じしない胆力。それどころか説き伏せるでしょう」


「へ、兵士さん相手にもですか?」


 彼は静かに頷く。兵士だけでなく、私を連れ去ろうとしていた密猟者相手にも一歩も引かない。彼女なら剣を向けるほどに度胸があると言う。話を聞く限りだと、あの密猟者達を相手に出来る女の人となると鬼ババ、もしくはプロレスラーみたいな強烈なイメージをしてしまう。思わず「うわぁ……」と変な声が漏れてしまった。


「その人って私が王位継承者だって知ってるんですか?」


「知れば真っ先に目の敵にされるやもしれません。ですが情報が漏れるような真似は決して致しませんのでどうかご心配なく」


 皇女への接し方に注意を受ける。ラインズさんみたいに陽気すぎるのも王族と呼ぶにはイマイチしっくりこない。けれどセルバンデスさんが話すような人物だとすると、怖すぎるのも接し方に気を遣って疲れてしまいそうだ。

 今も王宮にいるのか恐る恐る尋ねると、どうやら城下町へと出払っているらしい。少し安心して胸を撫で下ろしていると、目的の場所に到着する。案内された先にあったのは巨大な両開きの扉。私よりも小さな体のセルバンデスさんが片手で扉を開けると壮大な光景が広がっていた。


「ここがロゼット様の自室です。必要なものは取り揃えておりますのでご自由にお使いください」


 とても広々とした空間に驚き言葉が出なかった。現代の自室がいくつもすっぽりと入ってしまいそうなほどの広さを誇る。私の家の半分近くはありそうな広さだ。鏡台、アンティークの机、衣装棚と一通りの家具が揃っていた。部屋の中央には来客用なのかテーブルとソファーも用意されており、寝台(ベッド)に至ってはお金持ちが使っていそうな天蓋てんがま付きのものだった。私が十人いても寝れてしまうくらいの大きさはあるんじゃないだろうか。他にもセルバンデスさんに案内され、いくつか扉があった。衣装部屋、天体観測の部屋、ちょっとした書物庫。それから水洗トイレまで完備されていた。そのあたりは近年ようやく生活基盤が整いはじめ、王宮では優先的に設置されたのだそうだ。


「すべてロゼット様がご自由にお使いになってください。何か足りない物がございましたら何なりとお申し付けください」


 こんな厚遇を受けて良いものなのか。なんだか少し気が引けてしまう。けど、やっぱり好奇心の方が勝ってしまい、衣裳部屋の衣装に手をかけて自身に合わせてみよう試みる。どれも立派な生地と可愛いデザインばかりだ。綺麗かつ丁寧に縫製されており、セルバンデスさんも気遣ってくれたのか試着を訊ねられた。


「まだ大丈夫です! 今度改めて着てみます! というかセルバンデスさんもこの王宮で生活しているんですか?」


 さっきは王族以外でも出入りが許されていると話していたが、セルバンデスさんもその一人なのか訊ねる。彼以外にはゴブリン、というよりも異種族は目立って見られなかった。だとすると使用人のような扱いなのか、それとも大臣のような結構偉い人だったりするのかも気になるところ。


「私は城砦の方で仕事をしております。王宮への出入りは許されておりますが、自室は城砦から少し離れた宿場にございます」


「そういえば町では見かけませんでしたけど、セルバンデスさんみたいに他にもゴブリンはいらっしゃるんですか?」


「ここ王都ではゴブリンは私くらいのものでしょう。そもそもゴブリンを重用している国家など近隣諸国を探してもドラストニアだけかと」


 ふむふむと唇を手で触りながら彼の話を聞いている。確かにこんなに流暢に会話の出来るゴブリンも私の知るサブカルチャーの中では見たことがない。ましてや人、王族の召使なんて想像できなかった。彼が人の王族に仕えているのも、何やら訳ありの様子。後ろめたさのようなものとは違うけれど、複雑な心境なのはちょっと伝わってくる。微妙な空気が流れる中で扉が叩かれた。衛兵に呼ばれたセルバンデスさんが少し席を外すと言い少し慌てて部屋を後にした。

 ぽつんと部屋に取り残されてしまった私は少し考えながら部屋を物色。

 部屋には魅力的な物が多かったけれど、一番気になったのは部屋から街並みと周辺の景色を一望出来るテラスバルコニー。椅子とテーブルを置いて、優雅にお茶なんかが飲めるとリッチな気分で楽しめるかもしれない。城下町とその向こう側へと広がる草原。その先には聳え立つ山々が立ち並ぶ。広大な大地の優しさが風に運ばれ、萌える緑の匂いが感じ取れる。私の故郷と同じものを感じ、幼い頃の私にとってはごく当たり前だった幻想的な風景。


「なんだか帰ってきたような気分。でも、とんでもなく広い所に来てしまったのかも」


 先ほどの盗賊とのこと、鎖でつながれていながらも助けてくれた将軍さんのこと。王位継承だとか私が王の娘で継承者『第一位』ということも、今の私にとっては『』。考えても私のお頭おつむじゃ理解が追いつかないし、頭が痛くなる。せっかく王宮に入れたのだからちょっとくらいは、と今度は部屋の扉に手を伸ばしてしまう。

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