彼女が生きられる世界 10
二人で周囲のゴブリンを狩り尽くし、俺達は冒険者ギルドへと帰還した。
受付カウンターでストレージに入っていたゴブリンの数々を積み上げれば、周囲の冒険者達から感嘆の溜息が漏れるのはいつものことだ。
だが、換金の手続きで冒険者カードを差し出し、ユイのランクがEへと昇格したところで急にざわめきが大きくなった。
「おい、見ろよ。ユイがEランクに最速で昇格したってテロップが流れてるぜ」
「うお、マジだ。冒険者のランクアップにも称号があるんだな」
「いやでも、横にいる奴が先にランクアップしてなかったか?」
「たぶん、プレイヤーの中でってことだろうな」
「あの子達、スキル系でもいくつか称号を獲得してるって話だぜ」
「称号か……俺も欲しかったな」
などなど、拾えたのはそんな感じの言葉だった。
「すみません! ユイさんはどうやって、そんなに早くランクを上げるほど強くなったんですか? もし良ければ教えてください!」
野次馬の中から出てきた少年が、意を決してユイに話しかけた。その瞬間、周囲で囁いていた連中が一斉に沈黙し、固唾を呑んでユイの反応を伺う。
ユイは少し困った顔で頬を掻き、そうね……と思いを巡らす。俺にしか聞こえないくらいの声で、規格外のNPCと出会うリアルラックとか呟いているが、意味は良く分からない。
「……そうね。恐怖を克服して、リスク管理をすること、かしらね」
「恐怖の克服と、リスク管理……ですか?」
「ええ。このゲームって、デスペナがわりと大きいでしょ? だから、死なないようにする必要があるんだけど、安全マージンを取り過ぎるとスキルの熟練度が上がりにくいの。だから、死なないギリギリを見極めて戦うことが重要だと思うわ」
「なるほど。じゃあ、その光ってる装備はなんですか!?」
「えっと……これは」
ユイが困った顔で俺を見る。話しても良いか――という意味だろう。既に一度許可してることなので、俺はこくりと頷いた。
「こほん。これは強化した装備よ。魔石を使うんだけど……詳しくは、今夜情報サイトに載せる予定だから、それを見てくれるかしら」
「おぉ、強化システム! テロップに流れたやつだ!」
「――マジか、やっぱりユイさん達だったのか!」
一気にユイを囲む輪が狭くなる。過熱ぶりが危ないなと俺が思うのとほぼ同時、一人の冒険者がユイの腕を掴んだ。
「ちょっと、なによ?」
「ユイ、俺のクランに入れてやる」
「はい? どうしてあたしがあなたのクランに入らなきゃいけないのよ?」
馴れ馴れしい口調と態度に、ユイが眉をつり上げた。だが、男はクランとやらに加入するのが当然とばかりにニヤついている。
……というか、こいつどこかで見た覚えが……あっ思い出した! こいつあれだ、広場でぶつかったティーネを蹴り飛ばそうとしたやつだ!
「俺のクランはランキング上位のプレイヤーで構成してるんだ。だから、お前を入れてやるって言ってるんだ。俺は廃課金だから、色々と面倒を見てやるよ」
断られるなんて夢にも思ってないような顔で、自信満々に言い放つ。
「あいにくだけど、あたしはそんな風に他人に甘えるつもりはないわ。だから、あなたのクランにも入るつもりもないわ」
「なんだと? 俺が入れてやるって言ってるんだ。良いから言われたとおりに――」
「――そこまでだ」
男がもう一度ユイに手を伸ばすより早く、俺は二人の間に割って入った。
「……あぁ? なんだ、お前は?」
「俺はユイの仲間だ。悪いが、ユイを引き抜きたいなら、俺を通してくれ」
「はあ? 仲間だ? ……おまえもしかして、噂のNPCか! 俺にも運が回ってきたぜ。おまえも、俺達の仲間にしてやろう」
「はぁ? なんで俺が子供に危害を加えるようなやつの仲間にならなきゃいけないんだ?」
「――なっ!? まさか、おまえ……あのときの」
ようやく思い出したらしい。
それと同時に、周囲の連中がざわめき始めた。子供がフラグだとか、カルマ値が在るかもしれないとか、相変わらずプレイヤー一族の言うことは良く分からない。
ただ、目の前の男の失敗を揶揄していることだけはなんとなく分かった。男の顔が羞恥に染まり、怒りで真っ赤に染まっていく。
「このっ、NPCの分際でナマイキなんだよ!」
殴りかかってきたので拳を払い、その腕を掴んで捻り上げる。
「あいてててっ! くっ、この! 離しやがれ! ぶっ殺すぞ!」
「……いくらなんでも短気すぎないか?」
軽く突き飛ばすように解放すれば、二、三歩たたらを踏んでから振り返った。その瞳には烈火のごとくに怒りが浮かんでいるが……沸点、低すぎだな。
プレイヤー一族って、みんなこんなのばっかりなのか? と周囲を見回せば、大半の者達はこの冒険者に蔑むような視線を向けている。
これが例外だって分かって、ちょっとだけ安心した。
「てめぇ! 俺にこんなことをして、どうなるか分かってるのか!?」
「さあな。ただ……このまま続けてたら、確実におまえが捕まるだろうな」
受付嬢が奥の方に報告を入れている。そのうち揉め事担当が出てきそうな雰囲気だ。こいつが捕まる分にはどうでも良いんだけど、俺も事情聴取されそうで面倒くさい。
どうしようかなと思っていると、ユイが悪い顔で男になにか耳打ちをした。
「――なっ!? それは……」
「もちろん、これはただの脅しよ? あなたが手を引いてくれるのなら、ね」
「……くっ。い、いいだろう。俺は手を引く。だが……約束は守れよ?」
「もちろん、あなたが護り続ける限りね」
ユイがなにを言ったのかは知らないが、男は約束だからなと念押しをして足早に立ち去っていった。それと入れ替わるように、ギルド職員がやってくる。
厄介事はごめんだとばかりに野次馬達が散っていく。俺が説明をしなきゃいけないのかと気が滅入ったが、受付嬢はちゃんと報告をしてくれたようでお咎めはなかった。
「――よお、大変だったみたいだな」
ギルドから出たところで男に話しかけられた。
どこかで見た記憶があるけど、誰だっけと考え込んでいると、ユイがあなたはたしかこないだの……と声を上げた。
「そういや名乗ってなかったな。俺はウォルフだ」
「あたしはユイよ。それで、こっちがアルベルト――なのは知ってるわよね。ロンドとかいう冒険者のことなら見かけてないけど?」
あぁ、このあいだロンドとかいう冒険者を探してたやつか。
「そうか……残念だ。だが、今回はその件じゃない。アルベルト、おまえに聞きたいことがある。少し時間をもらっても良いか?」
「……俺? 別に良いけど」
なんだろうと、ユイと顔を見合わせながら答える。
「この前、ギルドにポーションを持ち込んだと聞いたんだが、本当か?」
「あぁ……たしかに持ち込んだが……それがどうかしたのか?」
「いや、予想よりずっと高品質だったと聞いてな。もしかしたら、特殊なポーションのレシピが発見されたのかと思ったのだ」
「いや、あれは品質が高いだけで、基本は初級ポーションだ。レシピが特殊で、効果が普通より優れてるのは事実だけどな」
「……ほう、それはそれは。もしまだあるのなら、一本譲ってもらえないだろうか?」
「ああ、構わないぞ。今後も入手出来る予定だからな」
ティーネがどうするか分からないから売り込みにくいが、安定供給できる可能性だけは匂わせておき、ティーネから買い取ってるのと同じ価格でウォルフに譲った。
「助かる。ところでアルベルト、おまえはしばらくこの街にいるのか?」
「ああ、そのつもりだけど?」
「そうか……なら、また会うこともあるだろう」
ウォルフはポーションの小瓶をしまうと、踵を返して立ち去っていった。
「……なんだったのかしら?」
成り行きを見守っていたユイが、ウォルフの後ろ姿を見送りながら呟く。
「さあ? いまはポーションの需要が高まってるから、興味を持ったのかもな」
「なら、ティーネのことを教えてあげればよかったんじゃない?」
「ちょっと迷ったんだけどな……」
ティーネが商人との結婚を受け入れたら、ポーションの製作がどうなるか分からない。
そうじゃなくても、ティーネが一人暮らしをしているいま、下手に広めたら技術を盗もうと押しかける奴が現れるかも知れない。
そんな風に迷った結果、ティーネの存在は黙っておくことにしたと教える。
「まあそうね。その気があればあなたにコンタクトを取ればいいだけだしね。でも……実はどこかの有名な商会の会長で、ティーネに支援するとかだったらどうする?」
「どうするもなにも、それはティーネが決めることだろ? もしそうなら喜ばしいとは思うけどな。そんなうまい話があるかどうか……」
あったらいいなと思いながら、ウォルフの後ろ姿を見送った。
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