彼女が生きられる世界 9
「あの子、考えをあらためてくれるかしら?」
ティーネの家からの帰り道、ユイがぽつりと呟いた。虚空を見つめる紫色の瞳は、ティーネを心から心配していることが見て取れる。
「そればっかりは、分からないな。あえて言うなら、アリス次第じゃないか?」
アルケミストと大成して自由に生きるのと、二十ほど離れている男と結婚して籠の鳥となるの、どちらが良いと問えば前者を選ぶはずだ。
だけど、俺達がどれだけ協力するか分からないし、ずっと協力したからと言って、ティーネが結果を出せるとも限らない。
それを信じさせられるかどうかが、ティーネ説得の鍵だ。
「アリス次第、ねぇ。なら……大丈夫ね」
「……説得できそうなのか?」
「保証なんてないわ。でも……あたしは信じてる」
なにを――とは言わずにユイは微笑んだ。
「それよりも、アネットが装備の強化、終わったって連絡してきたんだけど、いまから受け取りに行かない?」
「ん? あぁ……ユイもアネットとの謎の連絡手段を持ってるのか」
どこにいても、登録した相手に連絡できるなんて便利すぎる。けど、プレイヤー一族にしか使えないらしい。残念。
「あたし達にとってはわりと普通の手段なんだけど、たしかにこの世界では奇妙に映るでしょうね。それで、あたしは取りに行くけど、アルはどうする?」
「あぁうん。俺も行くよ」
俺も強化した装備の出来映えが気になるし、アネットのもとへと向かうことにした。
「あぁ、待ってたよ! 早く装備を見てくれよ!」
工房に顔を出すとアネットが詰め寄ってきた。妙に興奮しているせいで、周囲にいる他の鍛冶職人の視線が痛い。
「……なんでそんなに興奮してるんだ?」
「そんなの決まってるだろ。誰も知らない強化をあたいが再現したんだよ? 古の強化技術を復活させたって称号を手に入れて、あたいの名が記録されたんだよ!」
「……なるほど、分からん」
誰も知らない強化を再現したから興奮してるっていうのは分かるけど、その後がまったく分からない。けど、ユイはなにそれ羨ましいと目を見開いている。
やっぱりプレイヤー一族は謎である。
「それよりアネット、出来た装備を見せてくれるか?」
「あぁうん、いま見せるよ」
アネットがストレージから順番に装備を取り出していく。
強化段階が低いために明るい場所では分かりにくいが、特化型の装備は淡い光を纏っていて、魔力型の杖は魔石と紋様が見て取れた。
「うわぁ、これが魔石で強化した剣なのね!」
ユイが空いているスペースで剣を振るうと、その軌跡に淡い魔力の光が残る。しばらく無心で剣を振り続けたユイは嬉しそうに破顔した。
「どうだい? ちゃんと出来てるかい?」
「あたしとしては満足だけど……アル、これで良いの?」
「ああ、しっかり強化されてる。魔力型の杖は……と、こっちも大丈夫だな」
魔力を込めると、紋様と魔石が淡い光を放つ。
「それじゃ、報酬だけど――」
「今回はいらないよ」
俺がみなまで言うより早く、アネットは報酬を辞退した。なんでも、古の強化を復活させる名誉を得たことで十分だそうだ。
称号をゲットしたことがテロップで流れたので、これからたくさん依頼が来るとかなんとか言ってたけど……その辺はよく分からない。
本人がそれで良いっていうのなら、それで良いだろう。ということで、俺とユイはさっそく装備の使い心地を確認しに狩りへ行くことにした。
ブラウンガルムとゴブリン。倒しやすいのはゴブリンだが、プレイヤー一族にはブラウンガルムの方が人気らしい。
俺達はゴブリンがいる辺りまで踏み込み、強化を終えた装備の使い心地を確かめていた。
「ユイ、そっちに行ったぞっ!」
「分かってる、わよっ!」
ゴブリンの繰り出した槍を剣で払い、ユイは弧を描くように剣を切り返してゴブリンを斬り伏せた。残像として残っていた淡い魔力の光が一瞬遅れで消えていく。
ユイは剣を振るって血糊を落とし、流れるような動作で鞘へとしまった。
「うん、ずいぶんと切れ味が増してるわね」
ユイは強化の終えた剣を見て満足げに頷いているが、俺はそれを見て苦笑いを浮かべる。
「……なによ?」
「いや、たしかに切れ味は上がってるはずだけど、どっちかっていうと上がってるのはユイの剣技だ。前に戦ってたときより、ずっと鋭くなってる」
「あら、お世辞でも嬉しいわね」
「お世辞じゃねぇよ。ユイは素質があると思うぞ」
命懸けで戦う冒険者達と比べても遜色がない成長速度だ。
ユイの場合は死んでも復活できるので、死と隣り合わせの戦闘を続けられる強みがある。これは俺の予想だけど、わりと無茶をしてそうだ。
「……ありがとう。でも、あたしはただアリスと比べるとログインできる時間が短いから、限られた時間でスキルアップできるようにがんばってるだけよ」
「ふぅん。それって、アリスに負けたくないから、なのか?」
「負けたくない? ……ちょっと違うわね」
ユイはゴブリンをストレージに放り込み、代わりにテーブルのセットを取りだした。場違いなものを見て俺は目をまたたく。
「……って、テーブルと椅子? なんでそんな物が入ってるんだ?」
「あぁこれ? 森で休憩するのに便利だったから買っちゃった」
そういう問題じゃない気がするが、ストレージに物が一杯はいるのなら……まあ、分からなくはない、か。俺もアイテムボックスがあった頃は色々入れてたからな。
さすがに、テーブルや椅子を入れたことはないけど。
「ほら、アルも座りなさいよ」
向かいの席を勧められ、俺はお言葉に甘えて椅子に座る。
……たしかに、その辺に座るより楽だな。森の中でテーブルと椅子を置いて休憩って、客観的に見てむちゃくちゃシュールだけど。
「ええっと……なんの話だっけ? そうそう、あたしががんばってる理由、だったわね」
ユイは長いプラチナブロンドを指で払い、思いをはせるように遠くを見つめる。
「あたしががんばってるのは、アリスを護りたいからよ。アリスはあたしの自慢で、大切な家族なの。だからアリスを護れるように、あたしはがんばってる」
「……仲が良いんだな」
ユイの言葉がどこまでも真実なのは、その表情を見れば分かる。家族を護る、か。家族がいない俺にはちょっとまぶしいな。
そんな風に思っていたから――
「いまはね。昔は……あたし、アリスのことが好きじゃなかったわ」
「そう、なのか? 全然、そんな風に見えないけど」
ユイの言葉は凄く意外だった。
「あたしが小さい頃、両親がアリスばっかり構ってた時期があったのよ。だから、あたしはそんなアリスが羨ましくて、アリスのことを妬んでたの」
「……ふむ」
ユイが小さい頃というと、アリスが産まれた頃かな? 自分に向いていた愛情が取られたように感じるというのは、弟や妹がいる者なら多少なりとも経験があると思う。
ちなみに、俺は一人っ子だが、孤児院で暮らしていたので少しは理解できる。
「でも……あたしが困ったとき、アリスはあたしに優しくしてくれた。あたしはアリスを妬んでたのに、優しく手を差し伸べてくれた。だから、あたしはアリスを助けたいの」
少し話を聞いているだけでも、ユイがどれだけアリスを思っているのかが伝わってくる。妹を思うお姉ちゃん、以上の感情があるように思えた。
俺がその理由を知るのは、もう少し経ってからのことだ。
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