彼女が生きられる世界 11
ティーネが商人と結婚するか否か、返事の期限が三日と迫ったある日の夜。俺はお祭りが開催された街のとある会場前で、いつものメンバーと待ち合わせをしていた。
今日、この会場で深窓の歌姫のコンサートが開催されるらしいが、それを鑑賞するのと、ティーネを説得するのに一体どんな関係があるのか分からない。
だが、アリスが準備をすると宣言までした結果、これに招かれたことを考えれば、なにかしらの意味があるんだろう。いまはアリスを信じるしかない。
「あら、ちゃんと時間より前に来てるわね、感心、感心」
背後からの声に振り返ると、プラチナブロンドを後ろで纏め、お嬢様然とした洋服に身を包んだユイの姿があった。いつもよりも三割増しで大人っぽい。
「ユイ、今日はずいぶんとめかし込んでるんだな?」
「そういうアルだって、いつもとは違うじゃない」
「さすがに森に行く格好じゃな」
お祭りの最中。それもコンサートを観に行くのに、防具を着けてどうするんだって話である。今日の俺は防具を着けておらず、街を出歩くとき用に買った服を着ている。
もちろん、武器だけは腰に下げてるけどな。
「ところで、アリスはどうしたんだ?」
一緒に来るものだと思ってたんだけど、周囲にアリスの姿はない。よく考えると、ミレーヌさんのお葬式以来、一度もあってない気がする。
「アリスは……ごめん、ちょっとどうしても外せない用事があって来られないの」
「……ふむ。じゃあ、ティーネの説得はどうするんだ?」
アリスに限って軽い気持ちで投げ出すとは思えないけど、理由がなんであれこの場にいないのは事実だ。少し批難めいた口調になったのは仕方ないだろう。
「それについては大丈夫。……というか、大丈夫なようにがんばるわ」
「……それはつまり、ユイが引き継いだってことか?」
「ええ。それに、アルも手伝ってくれるでしょ?」
「そのつもりだけど……問題はティーネが来るかどうかだな」
来るとは言っていたが、決して乗り気ではなかった。この場に来ないという可能性も捨てきれない。こっちから迎えに行った方がよかったか?
「あら、ティーネなら、そこにいるわよ?」
「へ? ……おぉ、ホントだ」
会場入り口の側、ワンピース姿でキョロキョロしている女の子がいた。
「ティーネ、こっちだ」
「あ、アルベルトさん、それにユイさんも。こんばんはです」
ティーネは左右でそれぞれ束ねた金髪を揺らして駆け寄ってくる。その表情は前回見たときよりは明るくなっている気がする。
少しは元気が出てきたみたいだな。
「ユイさん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
「用意したのはアリスだから、お礼なら今度アリスに言ってあげて」
「分かりました。でも……そのアリステーゼさんはどこにいるんですか?」
「アリスはどうしても外せない用事で来られないわ。でも心配しないで。今日の案内はあたしが頼まれてるから。まずは、会場入りしちゃいましょ」
ユイがそう言ってゲートへと歩き出したので、俺とティーネは慌ててその後を追う。
「いらっしゃいませ。チケットはお持ちですか?」
「ええ、もちろん。……貴方達も」
ユイに促されて、チケットを手渡す。それらを確認した受付は軽く息を呑んで、チケットと俺達の顔を見比べた。
「確認いたしました。それでは、係の者が案内いたしますのでどうぞあちらに」
係の者に先導されて、会場の客席へと向かう。屋根のないイベント会場で客席は数千くらいありそうだが、そのほとんどが既に埋まっている。
ぱっと見た限りでは、冒険者が大半を占めているようだ。
「凄い人の数だな……」
「深窓の歌姫、コノハ――って物凄い人気みたいですよ」
「へぇ、そうなのか?」
初めて聞いた――と言っても、ずっと孤児院暮らしだったから、俺がただ知らなかっただけかもしれないけど。
「私も聞いたことなかったんですけど、急に決まったのに一瞬でチケットが完売したらしいです。なんでも、プレイヤー達の中で物凄い人気だそうですよ」
「……プレイヤー一族の中で?」
「あたし達の世界の、人気のネットアイドルだって言ったでしょ?」
俺達の会話が聞こえていたのか、前を歩くユイが答える。
「ここ数日はずっと、開始位置として選べる街を巡ってコンサートをしているのよ。ネットだけど生ライブだって話題になって、ゲームを開始したプレイヤーが爆発的に増えたらしいわ」
相変わらずよく分からないけど、凄い人気だと言うことだけは分かった。
「しかし、そんな人気のチケットをよく三枚も取れたな」
「アリスがコネを使ったのよ。まあ、そのせいで今日も来られないんだけどね」
「……ふぅん?」
チケットと引き換えに、仕事でもさせられてるんだろうか? 色々と謎だけど、病気とかの類いじゃないことが分かってちょっと安心だ。
「あちらでございます」
前を歩いていた案内係が足を止める。
案内されたのは、ステージの側面ではあるが最前列だった。どうやら、アリスはかなり良い席を用意してくれたようだ。
「チケットが三枚しか取れなかったから、アリスがいないって訳じゃないよな?」
チケットの番号に従って席に着きながらそんなことを考える。これだけの会場で最前列を三枚抑えるだけでも難しい。四枚目が手に入らなかったと言われても不思議じゃない。
だけど、ユイは違うわと笑った。
「アリスが来られなかったのは、純粋に所用があるからよ。それより、せっかくのコンサートなんだから、楽しみましょうよ」
「まぁ……それもそうか」
ティーネが目をキラキラさせているのを見て、俺もコンサートを楽しむことにした。
しかし……この街にこんな会場なんてあったかな? 孤児院はあったと思ってなかったけど、この会場は俺の記憶になかった気がする。
もっとも、記憶にないといえば、プレイヤー一族の存在も知らないし、綺麗なチケットや、会場を照らすライトなどなど、俺が知らない技術があちこちで使われている。
俺の記憶と比べて戦闘面の技術は劣っているけど、意外と進んでる技術もあるんだよな。
――と、そんなことを考えていると、ステージに妙に露出の高いお姉さんが姿を現した。なんか、黒光りした服……というか黒いビキニに、物凄く短いスカートを着ている。
「……あれが深窓の歌姫、なのか? なんか深窓というかエロ……妖艶なんだが」
「あれは別人よ。司会、進行のお姉さんね」
「司会、進行……」
なんというか……娼館とかで働いてるお姉さんが着てそうな露出っぷりの服だ。
……いや、アリスの服もわりと露出が高かったけどな。あれはちょっと大胆なお姉さんみたいな感じで、こっちはただひたすらにエッチなお姉さん、みたいな感じである。
というか、あのお姉さん、どこかで見たような気がするけど……気のせいかな? まあ……気のせいだな。俺に痴女の知り合いはいない。
『誰が痴女ですか、失礼ですね』
ふぁ!? いまなんか、聞こえたような……気のせいか?
驚いてステージ上のお姉さんを見るが、別段こっちを見ているわけじゃない。周囲にそれっぽい人はいないけど……空耳かな? それか、どこかの会話がたまたま聞こえたんだろう。
そんなことを考えているうちに、司会のお姉さんが魔導具のマイクを持って明るい口調で挨拶をする。そして満を持して、ステージに深窓の歌姫コノハが姿を現した。
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