第13話
【才能なんて必要ない!】
十三話
昼が過ぎ、いろんな身体検査の結果が出た。おそらく大丈夫だそうなので、その後すぐに退院する運びとなった。
退院後、外に出ると真昼間で外に出ただけで汗が出てくるほどの猛暑日。クーラーが良い感じに効いたあの部屋に戻りたい。なんて思いつつ、スマホの電源を入れると、着信履歴が数十件ほど来ていた。俺の彼女の白銀からだ。
一応入院させられたって公衆電話から電話したのが、彼女の心配性の心を刺激してしまったらしい。
電話をすぐにかけてやると、彼女はすぐに出た。
「しもしもー!」
「みことごめんな。心配させて」
「ええんよ!それより無事なん?」
「おう。大丈夫だ。俺は元気だ」
「そっか!でも、声ダークよ?」
「……そうか?」
「んだ!」
「まあ、入院させられたんだしな。ちょっとくらいは暗いんじゃないか?それよりもどっか行かないか?」
「えっ!そ、そ、それ……って、デート?」
「……そういう言い方もするみたいだな」
「……サン落ちたら、駅前ね!」
そう彼女が言うと乱暴に電話が切られた。
本当はデートなんかじゃない。俺の脳裏に浮かんでは消える奴について聞くためだ。少なくとも俺よりはその杏子という人物について知ってるはずだ。
一旦家に帰ってから準備を整えて彼女の言う夕方頃に家を出た矢先、電話が掛かってきた。
「はい?」
「お前の大親友であり彼女持ちになった相川裕二様だ!」
「なんだ?口説いてんのか?」
「どこにそれ匂わせる話が出て来たんだよ!」
「……元気だな。で?なんだ?」
「あー。えっと、昨日倒れたってきいたからな。大丈夫かなって……ま、その様子じゃ大丈夫っぽいけど」
「そうか。俺は元気だぜ?じゃ、もう切るぞ」
「あとな!松岡……ありがとな」
「へいへい」
ありがとか。あそこまで正直に言われると背中が痒くなるぜ……
駅前まで行くとなんかやたら混んでいた。
「……なにがあんだ?」
その中でも目立つのは浴衣姿の女性達だ。だが、一人異彩を放つ少女がいた。
その子は一人でただ座っていただけなのに、様になっていてうっかり見惚れてしまっていた。
「……まさか自分の彼女に見とれちまうとはな」
咄嗟に他の浴衣の人らに視線を移すと、夜空のような深い青色の浴衣を身にまとった俺の彼女が綺麗な簪を揺らしながら、頬をふくらましてやってきた。
「餅みたいだな」
「むう!もうブチ切れなんよ!あーしだって着てるのに!」
くそ。直視ができない。なんのために視線を外したと思ってんだよ。頬が熱くなるのが自分でもわかる。
「み、見ればそんなのわかるさ……で、なに?今日コスプレ大会?」
「違う!花火大会!」
「だから浴衣の人が多かったのか」
「知らんかったん?」
「知らなかったな。まあ、いいや。行くか」
「んだ!」
祭り会場である小さな神社まで歩いてやってくると、なんだか懐かしいような気がする。
「なぁ……昔もこうやって祭りに来たことあるか?」
「え!?あったりめえじゃねえですか旦那!」
キャラをマジでそろそろ固めて欲しい。こっちも対応しきれないだろ?
「……ま、そうか。俺ら幼馴染なんだし」
「ここに杏子ちゃんおったらなぁ……」
彼女が懐かしそうにそう呟き、俺の足は止まった。
「……なぁ、その子ってさ。俺の妹なんだよな?」
「んだ!杏子ちゃん可愛ええよなぁ……」
軽い変質者のようだがそんなことはどうでもいい。
「その子についてもうちょっと詳しく教えてくれないか?」
「ん?お主ずっと杏子ちゃんと居たやん。あーしが羨ましく思うくらいに……」
「そうか……」
やっぱりあの空白の記憶を彼女は持ってるのだ。俺にはぼんやりとしか思い出せない過去を。
「……なぁ。俺の妹って今どこに居るんだ?」
「……な、何言ってんの?」
さっきまで懐かしそうに話してくれた彼女の表情や声がガラリと変わり、俺を冷たい瞳で捉えた。
「な、なんだよ?」
「……あーし、今日はバックホーム」
「ど、どうした?急に野球か?」
俺のそんなボケに彼女は返すことなく、駅の方へと消えていった。
俺はその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
俺は一体なんの地雷を俺は踏んだんだ?白銀の本当に怒った姿なんてみたことなんかなかった。そんな白銀が本当にガチでキレたんた。確か、妹の場所を聞いたら怒ったよな。なら、それが原因だ。
……ん?おかしい。なぜ、やつは俺の妹の居場所を知ってるんだ?
「とりあえず、帰るか……」
寮に帰ると妙に静かだった。まあ、みんな祭りに行ってるのだろう。
「ハロー!約束覚えてるよね!」
銀髪ツインテール灼眼先生が俺の部屋の前で、にこやかに笑っていた。
「校長先生……」
本当にこの人と会うとろくなことが無いから嫌なんだよな……
「うわー!こんな美人なお姉さんが来たってのに嫌そうな顔するなんて雲母ちゃん辛いわ!」
「泣いたフリとか一番やめてほしいですね」
「それよりさ!祭り行こうよ!なんて言ったって君は小桜ちゃんにフラれたんだし、これで私のものだね!」
「何言ってるんですか?」
「なにって私の彼氏になるってことだよ!」
そう言うと先生は俺の腕に絡んできた。まるで彼女かのように。
俺はこの状況を理解できなかった。……どういうことだ?なぜ俺は先生と腕を組んで祭りの中を歩いてんだ?
「ねね!見てよ!ヨーヨーあるし焼きそばも!」
子供のようにはしゃぐ先生。一体なんの目的で俺に寄ってきやがるんだ?
「……先生。一体なんですか?俺は今こんなことをしてる場合じゃないんです!」
「……酷い」
その一言で周りの目が変わった。
「うわぁ……あの人あんな小さな子泣かしてるよ最低……」
そんな声が耳に入ってくる。
「先生。とりあえずあっち行きましょう」
そう言って先生の小さい手を取って走ってその場を去った。
すぐ近くの木々が生い茂る暗がりに先生を連れてきた。
「なんで先生は俺にいちいち絡んでくるんですか!今忙しいんですよ!」
そう言うと、先生は驚いたような顔をして反応しなくなった。
「……あれ?先生?」
何度呼びかけても反応がない。
そして、何度か話しかけていると「ごめん。私帰るね」と、言い残して去っていった。
いつもなら地の果てまでも追ってくるくらいしつこい先生が今日は呆気なく下がってくれた。いや、今はそんなことは関係ない。早く白銀のところに行かなければ!
走って女子寮の前に向かい、電話をかけてみるがやっぱり出ない。
この状態じゃ女子寮なんか入れるわけないし、どうするか……
「あっ!」
閃光!ここで魅せる!圧倒的閃き!
直ぐに携帯を取り出して小桜に電話をかけると、携帯から彼女の声とがやがやとした声が響いてきた。
「こ、小桜か!?」
「ん?なに?」
「今どこに居るんだ?」
「え?今?……相川くんと祭り……だけど……」
恥ずかしそうに言う声なんか気にしてなんていられない。
「わかった。ちょっとお前に用があるからそこに居てくれ」
「え?用事?」
「着いたらまた電話するわ!」
そう言って電話を切ると俺は全力で祭りのある神社まで走っていく。
「はぁ……はぁ……」
「うわっ!どうしたよ!汗まみれじゃねえか!」
二人は俺を待っていたかのように祭りの正面入り口であろう鳥居に松岡は大人しめの黒っぽい甚平、小桜はピンク色を基調とした浴衣を着ていた。
「はぁ……はぁ……すまんな。水をさしちまって……」
「これ、使う?」
そう言って彼女はハンカチを俺に渡してきた。
「あ、サンキューな」
「あー。大丈夫だよ!」
「で?お前はなんの用できたんだ?」
「まあ、お前に今は口説かれてる時間もないし、小桜!」
「は、はい?」
急に呼ばれたからか素っ頓狂な声を出した。
「俺を女にしてくれ!」
「な、何言ってるの?」
「なんでもいいから頼む!」
凄い冷たい目で見られている気がするが、そんなことは些細な問題だった。
「……状況はよくわからないけど、それなら任せて!」
そして、俺は木陰に連れていかれて、見た目だけは女になった。
「すまん!今説明してる場合じゃねえから行くな!」
「汗は出来るだけ拭いてね!そのハンカチ貸してあげるから!」
「おう!サンキューな!」
やっぱ、持つものは友人だな!
なんとか往復してまた女子寮の前まで戻ってきた。
難攻不落の女子寮の奥で眠る姫を助け出す王子。なんか童話にありそうな話だ。
まあ、こんな女装していく王子なんて誰も見たくないだろうけどな。
正面玄関から入ると直ぐにここの管理人だろうか?エプロン姿の美人なお姉さんが出てきた。
「おかえり!いつも寝てばっかりなのに今日は起きてるね!」
出来るだけ声を高くして「はい!」と、答える。
「良い返事ね!もうすぐ夕飯だから食べたいならいらしてね」
そんな優しい接待を受けつつ俺は、小桜の部屋を目指し、辿り着いた。
ガチャっとドアノブを捻ると普通に開いた。いくら女子しか居ないからって不用心すぎるだろう。
部屋に入ると電気も何もついてない。
電気をつけると膨らんだ布団が目に入った。
「……そんなところに潜ってたら暑いだろ?」
そう話しかけると三秒後くらいに「へっ!」と、声が上がった。
「反応遅せぇよ」
「な、なんでこんなところに?」
「そんなことよりだ。お前さ、なんで俺の妹の居場所なんて知ってるんだ?」
「……なんで?なんで今更蒸し返すの!?」
怒気の入った声音だったが俺は引くことは出来ない。
「俺はその記憶が無いんだ……!大切だったはずのその記憶が抜け落ちてんだよ!妹のことだけ何もかも!」
「……え?」
「俺は知りたい!なんで俺にはこの記憶が無いのか。どんな奴なのか。話したいし、忘れちまったこととか連絡をしなかったことをしっかり詫びたい……」
「……そんなに知りたいの?」
「当たり前だ。俺の世界に一人しかいない妹だぞ……」
「そっか……そんなにか」
そして、やっと俺はある異変に気がつく。
「……なぁ、ちょっと気になったんだけど、お前、口調普通だな」
その言葉に表情が一瞬だけ曇った。それを俺は見逃さなかった。
「……え?お、おかしいかな?」
「うん。おかしい」
「なにが!?おかしいわけないでしょ?」
「いや、おかしい!お前はそんなに普通の話し方をしない。小学校の頃よりかはわかるようになってるけど、それでもまだあの口調は抜けてないんだ!」
「なっ!」
「お前は……誰なんだ?」
「わ、私だって普通の喋り方くらいするよ!」
「いや、そんなことはない!俺を誰だと思ってんだ?こいつの彼氏だぜ?……それに、おかしかった点ならまだある!先生の対応だ。あの先生があんなにあっさり下がるとは思えない!」
「そ、それとこれとは関係なくない?」
「いや、あるんだ!お前が彼女を乗っ取ってるみたいに先生を乗っ取ったとしたら関係がある!……もう一度だけ聞く!お前は誰だ!?」
「……ははっ、変わらないね。君は」
彼女は探偵に言いくるめられた犯人かのように高笑いを上げた。
「この口調、どこかで……あっ!」
「思い出してくれたかな?」
そういう白銀の皮を被った誰かは以前、会ったことがある。いや、実際にはあったことはないからネット友達的な?いや、それも違う。
あの何も無い白の世界で俺は彼女に会っている。
「……そうか。お前はあの部屋の……」
「うんっ!そうだよ!お兄ちゃん!」
そう言って白銀(仮)がシャツ一枚の姿で抱きついてきた。幸い、ピンク色の可愛らしい下着を付けていたから中身は見えなかったけど……って、落ち着いてる場合か!
彼女の下着姿だぜ!?興奮しないわけがない!それにたわわに実った胸が押し付けられ、甘いフローラルな香りが……!
「……ん?お兄ちゃん?」
「そうだよ!お兄ちゃん!」
その言葉で俺は我に返った。
「……お兄ちゃん?ってことはお前、俺の妹なのか?」
「……ずっと隠しててごめんね。お兄ちゃん」
「そうか……別にいいんだよ……妹は迷惑をかけるくらいが丁度いいのさ」
そう言って頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。なんというか懐かしいような気がする。
「でさ、妹よ」
「ん?何お兄ちゃん」
「なんでお前はこんなことを?」
「……そっか。忘れさせたんだもんね。いいよ。思い出させてあげる」
彼女がそう言った瞬間に、頭の中に何かが流れ込んできた。
俺はあの日、妹と一緒に白銀の家に遊びに行った。そして、その帰り道で事故に遭ったんだ。
妹が猫を助けようとして車道に飛び出し、運悪くトラックがその場に走ってきていた。何も考えずに俺は飛び出し妹を突き飛ばした。だが、トラックは軌道を変えて妹の方向に向かってしまったのだ。
俺もそっちの方向に倒れ込んでしまい、腹部を轢かれ、鈍い音がしたのを覚えてる。だが、俺は意識だけはあった。なんとか身体をよじらせてトラックの方を見やると、その日妹が持っていたはずの可愛らしい白のみーきゃのポシェットが赤黒くに染っていた。そして、その付近には人っぽい赤い塊がピクリとも動かなくなってその場に静止していた。その大惨事に言葉もなく涙が溢れて止まらなくなって、そのまま何も出来ないまま破裂した内臓を抉るように泣き、そして死んだ。蘇ったのはその後のことだ。
看護師さんがすぐにやってきて内臓を提供してくれた人が居たから生きれたのよ!と、嬉々とした声を上げて説明してくれた。
この時点で気付くべきだった。
……そう簡単にドナーなんて見つかるわけがないんだ。仮に見つかってもそれが俺に適した臓器であるという訳でもない。拒否反応というものがあるのだ。簡単に言えばアレルギーのようなもので体がそれを拒否して炎症を起こし死に至ることもある。俺だってかなり重症だったしすぐに臓器提供をしなければ死んでいたはずだ。だから、検査をする時間なんて無かった。でも、それが起きないってことは親や兄妹などの血縁者の可能性が強まる……
「お前を殺したのは……俺なんだな」
「……ううん。違うよ。体がなくなったからって君の中で生きてるもん。なんて言ったって私は不死の才能者だからね!」
彼女が言うように本当は妹が不死身の才能者だ。俺は別になんでもないどこにでもいるような一般市民でしかなかったんだ。
「……そうだったな。本当ならお前が才能学園に来るはずだったんだ。でも、お前が駄々をこねて学校には行かなかったけど」
「それはさ!お兄ちゃんと離れたくなかったからだよ!」
「……だからって体の一部になることないだろ?」
「えへへ!」
……皮肉って言葉を知らないのかこいつは。
「……なぁ、なんで俺の記憶を消したんだ?」
「また前みたいに後悔に押しつぶされそうになって死なれたら堪らないもん!だから、気を待ってたの。お兄ちゃんが私の死に向き合えるかどうかをね」
「……俺にそんなこと出来るわけねえだろ?」
昔の記憶もさっき同時に流れてきたのだ。俺ら兄妹は白金の言う通り仲の良い兄妹だった。何をするのも一緒だった。そんな妹を俺は殺してしまった……俺があそこで飛び出していかなければ、我が妹は勝手に生き長らえていたはずなのに。俺はなぜにあんなことを……!妹の才能くらい知っていたのに!
ぽたぽたと暖かな涙が溢れてくる。
そして、俺にまたフローラルな香りがまとわりつき、頭を優しく撫でられた。
「……私ね、嬉しかったよ?お兄ちゃんが助けに来てくれて」
「お前は……俺のせいで死んだんだよ……それだけは変わらない」
「はぁ……」
白銀(妹)は諦めたようなため息を吐いた。
「これだからごみいちゃんは……君はさ、私に許されたいの?それとも怒って欲しいの?」
その声には苛立ちや呆れなんかが篭っていた。でも、そのお陰で少しばかり冷静になれた。
「……どっちでもない。死人に口なしなのに喋るんだもんな。俺は後悔すら勝手にさせてもらえないのか?」
撫でられながらそう答える。
「だって、生きてるんだもん!そんなのしたって始まらないでしょ?」
……そんなこと言われなくたって、俺だってわかってるんだ。でも、どうしようもないじゃないか。
俺の妹は青春時代を過ごすことは出来ない。なのに俺が彼女を作って遊ぶみたいなことをしていいのか?
「まあ、お兄ちゃん優しいからなぁ……私がこうやってしゃしゃり出なければなんにも考えないで青春時代ってやつを送れたんだよね。でも!私はお兄ちゃんと話が出来ればそれだけでいいんだ」
「……そうなのか?」
「うんっ!」
弾けるような笑顔に俺は彼女の言葉の裏を読もうなんて考えなかった。多分、彼女の言葉に嘘はないと思う。
「まあ、お前がそう言うならいいけどよ」
「……私、最後にそれが伝えれてよかったよ。そろそろ私もあっちの世界に行かなくちゃいけないからね!」
「……え?」
俺はその言葉を理解するのに時間がかかった。いや、理解したくなかった。
「私は所謂呪縛霊みたいなものなの!」
元気いっぱいに彼女はそういうが、何一つ俺の耳には入ってきていなかった。
「……あっちの世界ってなんだよ」
「よくあるでしょ?天国ってところ!」
一番聞きたくなかったそんな台詞が入ってきた。
「別にいいだろう?死ぬなよ……」
「ううん。私はね、満足したんだ。お兄ちゃん助けてこのまま死ねればそれで私は満足。でね!新しい命に生まれ変わってね!また……お兄ちゃんと……」
元気に話していたはずの彼女が嗚咽混じりに語った。
「な、なら!死ななくたっていいじゃねえか!」
「今度生まれ変わるなら猫になりたいな!可愛いし!」
「まて!死ぬな!」
「ごめんね。お兄ちゃん。私、逝くね」
そう言うと俺の妹が憑依していた彼女がこちらに倒れこんできた。
彼女は死んでいるかのように動かなかったが息はしていた。だが、多分妹ではない。これは白銀だろう。
俺の妹は俺が中学校三年の冬に俺と一緒に交通事故に遭ってしまい、そして、死んだ。俺にこの才能だけを残して逝っちまったんだ。
「兄より先に死ぬなよ……」
言葉と共に涙が頬を伝って床に落ちていった。
こんな辛い現実から目を逸らそうとしたところで、もうそれは彼女のあの弾けるような笑顔が許さない。
ほろほろと出てくる涙を拭いつつ、視線がぬいぐるみの置いてある物置に向かった。そこには大小色々なぬいぐるみが置いてあるのだが、その中にひっそりと佇む白いポーチが俺の視界に入ってきた。見覚えのあるみーきゃのポーチ。あれは俺の妹がいつも肌身離さず持っていたあのポーチによく似ていた。
「……ん?って!誰っしゃ?」
「ん?誰って俺だよ」
「おっかさんヘルプ詐欺?」
「松岡雄護だ!」
「ほい。ミラー」
彼女が寝ぼけ顔でシックなテーブルの上に乗っていた黒革っぽい化粧ポーチから、手鏡を取り出し俺に渡してきた。
そこにはアイラインが涙で流れ落ち、涙を拭ったせいかメイクが特殊メイクばりにゾンビってしまった残念な姿が映し出された。
「なんじゃこりゃ!」
彼女はゲラゲラと笑っていたが、俺はそれどころじゃない。この化粧が落ちたら女子寮から外出れないじゃないか!
だが、時すでに遅し。俺は顔を洗う他なかった。顔を洗い、部屋に戻ってみると白銀は特に何かを話すわけでもなく、戻ってきた俺をぎゅっと抱きしめてきた。
「なんだよ?」
「杏子ちゃんとおうた?(会えた?)まーくん」
「……あぁ。逢えたよ」
「そっか」
彼女はそれ以上何も言わなかった。知っていたのかそれとも見えていたのかは知らないが、今の俺には説明する体力もあれを説明する語彙力も持ち合わせてなかったので好都合だ。あんなことを話したところで嘘だと思われたって仕方が無いしな。
「そのポーチなんだけどさ。見せてくれないか?」
さっきの白のポーチを指さすと、彼女は俺から一旦離れて視線もそちらを向いた。すると、あっ!と、声を上げるとこちらに顔を見せることなくそっちに行ってしまった。
「……杏子ちゃんのに似とるね」
「……あぁ。あいつのお気に入りだったあれだ」
「それ、持ってって」
白銀は俯きながらいつもより低いトーンでそう言った。
「いいのか?」
そう聞くと俯きながら首を縦に振った。
「……ありがとな」
彼女は特に話はしなかったが、俺に「膝枕しちゃる」と、膝を貸してくれた。
ひとしきり泣いたからだろうかその膝に横になるとすっと俺は意識を手放して行った。
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