第14話
【才能なんて必要ない!】
十四話
目を覚ましまず飛び込んできたのは目と鼻の先にある白銀の顔だった。どうやらそのまま眠ってしまったみたいだ。
彼女は安らかな寝顔をしていたが、目から頬にかけて川のようなひょろひょろとした線が伸びていたし、心做しか瞼が腫れぼったい気がする。
そんな彼女を起こさないようにすぐ横のベットへ運んでやると、顔を洗いに洗面器のある脱衣所の方へと向かう。
引き戸を開くと女の子の下着!なんという夢物語はなく、しっかりと整頓されていて目に見えるのは歯磨きやらドライヤーやらだけで、下着がどこにあるのかですら俺にはわからなかった。
少々がっかりしつつも暖かな日差しが、窓越しに突き抜けてきた。心地よいはよいが、心から気持ちいいなぁと思えない。気分が上がらない。
そんな時になぜかその奥のシャワールームに繋がるドアが開いた。
「あ……」
水が朝の日差しに反射しながら、ぽたぽたと彼女の華奢だが、しっかりと女子特有の丸みを帯びた体のラインをなぞるようにして柔肌を流れていく。
その水の流れてきた上流の方へと顔を上げていくと、小桜が顔を真紅に染めて今にも大声をあげそうになっていた。
「やべ……」
咄嗟に彼女の後ろに回り込み口を抑えて「ごめん。でも、叫ぶな」と、ちょっと強めに言うと「んー!んー!」唸っていた彼女は次第に落ち着きを取り戻して行った。
「一旦、出るわ。すまんな」
もう一度詫びを入れてからさっさとその場から離れる。何度か同じ経験を積んでわかったこと。とりあえず叫ばれないようにする。んでもって何か言われる前に速攻で退場する。このふたつさえどうにかやってればラッキースケベに出会ってもいい思いだけをしてとりあえずその場は鎮められる。最高だね。
その場を有耶無耶にし、リビングに戻ると我が彼女の眠る姿を眺めて心を落ち着かせていると、リビングが開けられた。と同時に「うわキモ……」と、本気の時の低めのトーンの声が耳に入る。
「彼女だから大丈夫です」
目をそちらに向けると濡れた長い桜色の髪がすうっと綺麗に伸びて、部屋着なのかピンク色の可愛らしい猫ちゃんの顔がドンッと胸のところにあるモコモコした猫耳フード付きのワンピースのようなものを着ていた。夏には向かなそうだが幼げな彼女にはよく似合ってると思う。
「じゃ、私の裸は?」
即刻、俺は床に額を擦り付けて「大変申し訳ございませんでした!」と、誠意の見える形(土下座)で謝ると、あれは事故だしまあ、いいよ……私はね?なんて、彼女は言った。
顔を上げると小桜はもう既に俺には興味無さそうに髪をドライヤーで乾かしながら髪を溶かしていた。その横からふつふつと湧き上がる殺意のようなものを感じた。
「……まーくん?」
「もしかして、聞いてた?」
そう問い直すと、ゆっくり首を縦に振った。
俺は自分の死期を悟った。
だが、なんとか半殺しまでで済んだが、ビンタされて膨らんだ頬がジンジンと痛いし、俺は二人に最近駅前に出来たケーキやパフェなんかが食べ放題のスイーツバイキングを奢らなければならなくなった。
まあ、俺もなんとなく気になっていたしいいか。ああいうのは野郎ばかりだと入りずらいしな。
「じゃ、十時頃に噴水前で集合ね!一旦松岡は寮に戻った方がいいよ」
俺はその言葉に身なりを見やる。まあ、流石に彼女らと遊びに行くというのにはやるせない黒一色の部屋着のままだった。
小桜に化粧を施してもらって正門から管理人さんを寝起きの学生を装って欠伸をしながら一人出ていく。これこそ完全犯罪!やってやりましたよ!
すぐに俺は男女共有スペースのトイレで顔を洗って一旦寮に帰る。そして、準備を整えて寮を飛び出して二人と合流しようと男女共有スペースの一角である噴水前にやってくるとまだ誰の姿もなかった。
「一番乗りか」
それからすぐに「おまたせー!」と、知った声がした。
声の方に振り返り、小桜は白トップスに黒のレザージャケットを着こなし、深めの赤っぽい色のロングスカート穿いていた。いつもならもっと可愛らしい格好をしているのだが、今日はそんな小桜が大人びてみえた。化粧一つであの童顔がここまで進化するとは驚きだ。
でも、俺の彼女もとい、白銀には負けるけどな!
彼女はいつも通りと言っていいのか男物のワイシャツに黒ジーンズというかなりシンプルのものだったが、俺より身長が低いくせして腰の高さが同じ位置にあるモデル並みの足の長さを生かすにはそれだけで十分だ。
「待っちゃったかい?」
「いや、今来たところだ」
「だな!親友!」
そんな声と共に俺の肩に手が置かれた。
横を見やるとイケメンがイケメンらしく爽やかな笑顔を浮かべていた。
イケメンってずるいな。ジーパンと白のタンクトップだけでそれなりにガタイのいい奴だと体育会系イケメンが出来上がってしまうのだ。俺のようにずっと運動なんてしてなかったひょろひょろの体格じゃこうはならない。
「……口説いてんのか?」
いつもより苛立ちながら俺はそう言ってやった。
「そんな趣味はないっ!」
「で?何故お前がここに?」
そう聞くとこいつの彼女である小桜が「私が呼んだの!」と、答えた。
「そういうことだ。ところで松岡。なにするんだ?」
「まあ、行けばわかるさ」
一行は駅前までやってくると同年代の女子達が列を成すその場所まで来ていた。
「流石に開店して間もないから混んでるな」
「んだ!」
その最後尾へと並ぶとやっぱり男だけの客は見当たらない。俺らのように彼女連れなんかだと少しはいるが、俺らのような人間も一部だ。いくら俺が甘党だからって一人で来るところではなかったらしい。
一人で浮く前に知れてよかったとほっと胸を撫で下ろし、順番を待っている間、駄イケメンと彼女との間を仲介しつつ自分の彼女とも話をする。
やってることは彼女彼氏の関係になったからって、俺らの関係は何ら変わってない。
唯一変わったといえば、駄イケメンが少しだけ成長して小桜のことを「まつりちゃん」と、呼ぶようになったことくらいだ。
やっと俺らと同じスタートラインに立ったと言えるだろう。
なんて駄イケメンの成長を微笑ましく感じていると、席に案内された。
中はやっぱり混雑していたが、窓際のピンク色のソファー掛けの席に案内されたので助かる。普通の椅子って面積ないから荷物置けないんだよな。
俺が何気なく奥に座るとそこに相川が横に来た。俺の正面に白銀、相川の正面に小桜という席配置だ。
店内はピンクや白の照明とカーテンのお陰で外よりちょっと暗いくらいで、季節外れのクリスマスツリーのようなものや、現実にはない顔のついたポットやランプがあった。童話みたいなものをモチーフにしているのか野郎なんかで来たら浮くのは当然といったくらいにメルヘンチックで、男の俺には距離が感じられた。
ホールに出ている全員がウエイトレスで、黄色のフリフリとした可愛らしい制服を身にまとっている。
「むぅ……」
横から焼けるような視線が送られてきたことに気がつき、慌ててウエイトレスから視線を逸らしつつ、彼女に向き直った。
「……ルック?」
「見てたぞ」
「えっち……」
「いや、それは誤解だ。お前があの服着たら似合うかなって思ったんだよ」
そう言ってやると彼女は、さっきまで熱いくらい送ってきていた視線を逸らし、顔を手で覆って隠した。
「……え?」
小桜、相川の息がぴったり合い、二人は目を丸くして俺を見てきた。
「なんだよ?」
「……狙ってるの?みことちゃんのこと」
小桜に怪訝な目で見られ、なぜか背中を優しく二回横のヤツが叩いてきた。
「険しい戦いになるな……でも!俺はお前を応援してるぞ!」
涙ながらに応援されてしまった。
「戦うも何も俺ら付き合ってるよ?」
そういうと、その場が凍りついた。
「うそ……だろ?」
「嘘じゃねえよ」
「みことちゃん!なにか裏があるんでしょ!?弱みでも握られた!?」
血相を変えて小桜がみことの肩を掴んで揺らす。俺はそんなに信用ないですかそうですか。
「ちゃうよ。あーしがそのまーくん……ラブってか……」
そう言って頬を赤く染める彼女は、彼女風に言うとすんごいめんこいと思った。
「そ、そっか……」
なぜか小桜は何かを諦めてしまったかのような寂しげな笑顔で俺らを捉えた。
「……お前らならもうすこし祝福してくれると思ってたよ」
俺がそういうと、二人はアホなのかこいつはという意味を孕んでいそうなため息を吐く。
「お前さ、先生と付き合ってんだろ?」
「……は?」
その言葉の意味がまるで理解出来なかった。
「祭りの日、先生とイチャイチャしてたよね?盆踊りしたりみんなの前で堂々と結婚宣言までしてさ?」
小桜は咎めるような言い方で言った。
「……なんで?お前らだって俺に会ってるだろ?」
「……そういえば血相変えて来たな。それがどうかしたのか?」
「別になにがあったかは知らないけど昨日の祭りに行った人なら皆知ってると思うよ?校長と松岡ができてるってこと」
淡々と小桜がそんなことを言いながら、いつの間にか来ていた店員に注文を済ませていた。
正面に座っていた白銀に視線を配ってみたが何も言いはしなかった。
確かに俺は先生に連れられるように祭りへと足を運んだが、特に何もしないまま俺は即刻帰ったしあんなことをしている場合ではなかったのだ。大体、そんなのは気持ちがついてこないと有り得ないんだ。なら、気にすることは無い。今は目の前のスイーツバイキングに集中だ。
甘いものにはうるさい俺が来たのだから、満足させて欲しいものだ。と、一旦その事は忘れて食事をとることにした。
こういうところにきた時、一番最初から甘いものに走るのは愚だ。初心者が特にやりがちだが、それは間違い。
こういうところではまず普通にサンドウィッチや唐揚げなどの軽い軽食がついていることが多い。
そっちを先に食べると、いい感じに口の中が塩味や油でいい具合に仕上がる。そのタイミングを見計らって甘いものに手をつけるのだ。これが至高であり口福!
準備も整い、やっと俺は看板とも言える可愛らしいいちごののったショートケーキを一口頂くことにする。
口の中でフワフワとしたスポンジと少し控えめな甘さの白いクリーム達が踊り出し、間に挟まっていたいちごの酸味がまた合う。
個人的には甘さ控えめなくらいのケーキの方が紅茶とよく合うし好きなので口福としか言い様がなかった。
とりあえず、一切れのショートケーキを完食し、次はモンブランだ。コーティング材でも塗られたかのようにキラキラと輝く栗がソフトクリームみたいに縦巻きされた栗色の螺旋の上にちょこんと腰を下ろしている。
味で楽しむのは勿論ながら、目で楽しむのもまた興深い。
「あ、そうだ!知ってる?モンブランってね山をモチーフに作られてるんだってさ」
自信満々に胸を張って言う小桜に「俺知らなかったなぁ」と抜かすイケメン達の姿を見てちょっとした嫉妬心のようなものが芽生えたのか、俺もそれの追記として「まあ、この上からかかってる白い粉は雪化粧されたモンブランって山をモチーフに作られてるからな」
なんともどうでもいい知識を披露してしまった。でも、小桜と相川の反応はよかった。
……だが、一番喋って欲しい白銀はまだ口を噤んだままだ。
それから俺は何度か彼女の気が引けそうなことをやってみたが、ずっと彼女は上の空のような表情で目も合わせてくれなかった。
ここの会計は俺が出すことになっていたので、別にいいのだが女子の分だけだ。あいつに奢るのだけは癪に障る。
俺は三人分の料金を払ってトイレに行った相川に後は全てを託して3人で店を出た。
「どうだった?」
何気なく二人に聞くと小桜は嬉しそうに「また来たいね!」と言った。
俺もその意見には同意する。
だが、それはしっかり俺の彼女との関係を成立させた上でまた来たい。こうも口を聞いてくれない状態でこんなところに来たって美味しいご飯が美味しくないじゃないか。
「小桜。ちょっと俺はこいつとお話があるから2人にさせてくれないか?」
耳打ちでそう言うと彼女は快く承諾してくれた。
「ありがとな」
そして、まだ行列の絶えないその店から外れ、すぐ近くの喫茶店に彼女の手を取って入店した。
「いらっしゃいませ」
ここのマスターであろうか白髪頭の彼は皿を拭く手を一度止め、人当たりのよさげな笑顔をこちらに振りまいて「どうぞお好きな席へ」と、言った。
白と黒で纏められたシックな店内には落ち着いたクラッシックの曲が流れていた。客層もやっぱりと言った方がいいかスーツ姿の真面目そうな大人や、見るからにお金持ちっぽいマダム達が珈琲や紅茶なんかを嗜んでいる。俺らのような高校一年生がこんな所に居るのはまずいような気はしたし、背伸びした感も否めなかったが、俺は窓際の二人掛けの席に彼女を引連れ座らせ、彼女の正面に机を挟んで腰掛ける。
すると「どうなさいますか?坊っちゃん」と、先程のマスターがこちらへとやってきた。
「珈琲と紅茶を。紅茶はミルク多めでお願いします」
簡単に注文すると人当たりのよさそうな笑顔で「かしこまりました」と、店主はさっきのカウンターの方へと戻って行った。
「なぁ、みこと」
呼びかけても反応はない。
「……確かに俺は昨日、確かに先生と祭りに行った。だけど、俺は半ば強制的に連れていかれたんだ。でも、すぐ逃げてお前を追いかけた……って言っても言い訳みたいだよな。昨日は悪かった。記憶が無いにせよ俺はお前に酷いことを言っちまったし……」
彼女も妹、もとい杏子とは仲が良かった。だから、怒るのもわかるし俺に非があるのも分かってる。
「そうじゃね……でもさ?あーしとまーくんの関係ってさチェンジしたかな?」
「……」
俺は何も答えられず、彼女が続けた。
「あーしね、こんな関係ファーストだからのくわからんのだけど、こんなもんなのかな?」
彼女は泣きそうな声を出して悲痛にも訴えてきた。
俺もその疑問はあった。誰かとこんな関係になることを多分俺もどこかで望んでいた。だが、現実はよくわからない。俺はどうしたかったのだろう?どうしたら付き合ってるって証明になるのだろうか?
「……あーし、魅力ないかな?」
そんなことを彼女がこっちに聞こえるか聞こえないか程度で呟いた。
「そんなことない!俺はみことのことを可愛いって……」
だが、そんな言葉にはなんの効力もないことを俺は知っていた。好きだ。付き合ってくれ。とか、愛してるとかそんなのは口先だけだ。簡単に誰だって言える言葉だ。
なら、やるべきことは一つだ。俺も男なら覚悟を決めるしかない。
いつの間にか運ばれてきていた紅茶と珈琲をごくごく飲んで、お金を置いて彼女の手を引いて店を飛び出した。
そして、俺らは自分らの寮まで戻ってきた。女子寮に男子は入れないが、男子寮なら自由なこの学園の緩さに感謝しつつ俺は彼女を自分の部屋に連れ帰った。所謂、お持ち帰りってやつだ。
部屋に入れる前に自分が先に入って色々片付けたりしたあとに、部屋に通す。
「失礼します……」
彼女には珍しく標準語で入室してきた。
多分、彼女も気がついてるのだ。俺らがこれから何をするのか。
そして、狭いシングルサイズのベットで俺らは夜を明かした。
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