第11話

【才能なんて必要ない!】


十一話


ジリジリと地球全体を焦がしているかのような太陽が今日も痛いほどに燦々と輝き、より一層ウザさをましていた今日この頃。

俺は水着やらの入ったバックを持って駅前に来ていた。

「よ!お前早いな!」

イケメン(笑)だったはずの相川の歪んだ顔がイケメンへと元通りになっていた。

「ちっ!」

「なぜ舌打ち!?」

「ごめーん!お待たせー!」

声の方を見やると、彼女らしいファンシーなピンク色のフリフリした服に身を包んでいた。半分コスプレのようだが小桜にはよく合っている。

こんなのを普通の人間が着たら大惨事になるはずなのに、彼女は見事に着こなしてその場で一周くるりと回ってみせた。

「ど、どう……かな?」

上目遣いでそう訊かれ、横にいた相川に目を配ると気持ち悪いくらいニヤついていた。

「……ま、まあ、似合ってるんじゃないか?」

イケメンが全く頼れない以上は俺が答えるしかない。

「そ、そう……よかった」

小桜はほっと息をつく。

それから程なくして「めんごー!」と、馴染みのある声が聞こえてきた。

「全く遅せぇよ……」

こんな口調だが背も高いしスタイルもスラッとしてて、整った大人っぽい容姿に膝が隠れるか隠れないか位の黒のスカートに清涼感のある白の半袖くらいのトップスがよく映える。

「服、よく似合ってるよ」

「え?あー……あんがと(ありがとう)」

なんであんなにイケメンな行動とイケメンな顔をしているのにも関わらず、奴は気のない人間ばかりにあんな態度をとるのか。俺にはさっぱりわからない。

でも、あの感じじゃ全くこれっぽっちも脈なしみたいだけどな。

「……遅れるくらいが可愛いもんだろ?女子はよ」

耳元で女子二人には聞こえないくらいの大きさでそう言うと、自慢げにふっ。と、笑って相川は俺を見下す。

一体奴はなんの勝負をしていたのだろうか?

「……まあいいか。よし!みんな来たし行こうか」

ピッ!と、改札を潜って電車に乗り込むと始発なのか席が全部空いていた。

そして、十分ちょっと電車に揺られ揺られていると小桜に肩を叩かれた。

「あ?」

「見て!海!」

振り返れば晴れ切った青い空に、どこまでも広がる海一面が太陽に反射してキラキラとしている。

「あーそりゃ来たんだし見えるだろ……」

「まーくんビューティほーだよ!」

「そうだな。まあ、君には叶わないけどね」

こいつはさっきから白銀に何を言ってるんだろうか?他の客もいるし騒がんで欲しい。そして、どこか遠くに行って俺は関係ないことを証明したい。

「落ち着いて飴でも食ってろ」

皆に袋入りの飴を一個ずつ渡してやると、席に座って大人しくなった。

「……全く俺は保護者じゃねえんだぞ」

そんなこんながあったが、海に着いた。すぐ近くの脱衣所で服を着替えていると、横のイケメンが一瞬で着替えを済ましてドヤ顔を決めた。

「……お前そんなにアホだったか?」

「何がアホだ!俺は普通だぞ!」

「そうかよ……」

おれもさっさと着替えを済まして海パン一丁。……誰得なんだかね。

そして、女子の脱衣所の近くで待つことにした。

「なあなあ!あの奥じゃ白銀とかこ、小桜ちゃんがあんな姿やこんな姿になってるんだぜ?」

「それがどうした?」

「畜生が!男ならわかんだろ!覗きたいよなってことさ!」

その発言のあと、冷たい視線がこちらに向いた。

「少し黙って待ってろ。簀巻きにすんぞ!」

「その意見には賛成!」

「あーしも!」

二人が物凄い笑顔でそう言った。

視線をやると小桜はお腹や胸を腕で隠そうとするが、それなりに露出の多いビキニじゃそりゃ無理がある。

綺麗な白い肌にピンクのフリフリとした可愛らしい水着がマッチし、ポニーテールがなんとも愛らしい。

「似合ってるじゃん。隠す必要ないぜ?」

「そ、そう……」

恥ずかしそうに顔を赤く染めてる一方でその横にいた白銀が悔しそうに顔をしかめた。

「小桜ちゃんもだけど二人とも似合ってるね」

残念イケメンと意見が合うのは癪だが、確かに似合ってると思う。あのスタイルに黒ビキニとは相性が良すぎる。ちょっと前までガングロ系をやっていたとは思えないほどの綺麗な白い肌に、モデルも顔負けのスラリとした四肢がよく映える。

「今から簀巻きにされる人間の発言だとは思えないな。感心するよ」

「え?本当にそんなことするの?」

「え?やるよ?」

当たり前かのような口調で、小桜が布団を持ってきた。どこから持ってきたのかはわからないけどナイスだ!

「え?嘘でしょ?」

「よかったな。こんな美人に巻かれて死ねるなら」

「えぇ!?嘘だよなぁ!?俺ら親友だよなぁ!」

そんな声が聞こえてきたが、世の中知らぬ存ぜぬを貫き通せばとりあえずどうにかなる。

布団に包まれた奴が何かを言っているが、とりあえず海に入れてみると、布団がサクサクと切れ、中から奴が飛び出してきた。

「本当にやるとは思わなかったぜ……」

やつの才能はなにかの液体を切れるものに変える才能。水や海水、水分の含まれたものならなんでもいけるらしい。

「まあいいや。どうするんだよ?」

「せっかくきたんだし、こんなのはほっといてとりあえずビーチパラソルとか張っておかない?」

「そうだな。ここに良い見張り役も居るしな」

みんなの視線が相川へと向く。

「反省しなさい!」

その一言だけを残して俺らは海辺へと向かった。

だが、この状況はまずい……傍から見れば可愛い女の子二人を連れて歩く俺!周りからの視線が異常なまでに痛い。

「どうするよ?」

「えーっとね!とりあえず、これで遊ぼ!」

無邪気な笑顔で小桜は、大きめのボールを取り出した。

「どこに隠してたんだよ……」

「あーしもそれでプレイ!」

最初はまだ普通にトス上げてラリーするみたいな感じだったのだが……

「くたばれぇ!」

飛び上がって俺に向かって思いっきりスマッシュを打ち、それが俺の横に落ちて水しぶきが上がった。

「……その掛け声はおかしいだろ」

「ちっ!外したか……」

本気で落ち込んでる。本当に殺すつもりだったらしい。

「ネクストこれ!」

そう言うと白銀はスイカを取り出した。

「だから、お前らはどこからそんなもんを取り出してくるんだよ……」

「いいじゃん!早くやろうよ!」

急かされるようにして俺らは一旦、ビーチパラソルの張られた場所に戻る。

理由はものすごく簡単なことだった。

「ん?もう戻ってきたの?」

パラソルの下で横になる奴は、起き上がりながらこちらに目を向けた。

「まあ……な?」

「な、なんで、みんなそんなニヤニヤしてるんだ……?」

「気にするなよ……な?」

ボケっとしてる奴の肩を掴むと、慣れた手つきで女子二人が目の前に穴を掘り始めた。

「な、なぁ?なんで穴掘ってるんだ?」

「まあまあ気にするなよ。ほら、このキンキンに冷えたコーラでも飲んで」

そう言いながらクーラーボックスの中に入れていたコーラを渡してやると、怪訝な瞳を向けられながらではあったが受け取ってくれた。

「……あ、ありがとう」

そんなことをしていると準備が出来たみたいだ。二人に視線を送ると小さく頷いた。

「んじゃ、失礼して……」

奴をすくい上げるように持ち上げると、その穴の中に投下し、反応もさせないままにその穴に砂を敷き詰め、頭だけを出してやる。

「おい!なんだよ!」

叫ぶ相川を横目に見つつ、その頭の横にブルーシートを敷いてその上にスイカを置く。

「あーしスタートでええ?」

「いいけど……って、もう目隠ししてるし」

「なんも見えんのだけど!」

木の棒を何もないところで振り回す白銀は、なかなか怖いものだ。

「お、おい!本当にいかれてんじゃねえのか!?」

「白銀。相川の声を目掛けてやるといいぞ」

「りょー!」

びしっと敬礼を決めていたが、こっちではなく海の方にやっていた。

「相川の声を出してやれ」

「了解!」

横にいた小桜に指示を出すと、彼女はニコニコしながら相川の方へと歩いていった。

「こ、小桜さん!なんでこんなことするんですか!?」

「うーん……楽しいからかな?」

「やめて!耳にロープで繋がれた洗濯バサミ挟むのやめて!」

どっかの売れない芸人のやりそうなことをやって遊んでいる小桜は、この世に生まれた悪魔みたいな下卑た笑みを浮かべて、そのロープを手に取る。

女子って怖いな……

プチッ!と、洗濯バサミが勢いよく引き抜かれた。

「ぎゃぁぁぁ!!!」

「そこかぁ!!」

木の棒を声の方へと白銀は思いっきり振り下ろした。

ガツ。と鈍い音がする。

「……よかった。本当によかった!」

半分涙目の砂に埋まった相川が、横で中身をぶちまけられたスイカを眺め、泣いてるのかホッとしてるのかよくわからない複雑な表情でこちらを見てきた。

「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもあるか!馬鹿野郎!」

「わかったよ。出せばいいんだろ?出せば」

奴を掘り出していた一方で、女子二人は幸せそうな顔でスイカを頬張っていた。

「それ冷たいんか?」

「んだ!コールドしといたんねん!んならいーと?(うん!冷やしておいたの!食べる?)」

「いやお前の口つけたのはいいや……」

「……はぁ!?ち、ちゃうし!こっちのやしー!」

顔を赤くし俺に粉砕されたスイカの残骸を一つ投げ渡してくる。

「投げんなよ……それも変な関西弁だし」

そろそろこいつの口調も統一して欲しいものだ。まあ、統一して貰ったところで何言ってるのかわからないけどね。

「いーとし!(食べろ!)」

「……わーったよ」

一口食べるとなかなかに冷えてて美味しいものだった。スイカはやっぱいいもんだな。夏って感じがする。

「うまいべ!?」

「あ、あぁ……」

今度はそれどこだよ!広範囲にありすぎてわからねえ。まあ、北の方ってことはわかるけど、お前出身千葉だろうが!……って、千葉もそうなのか?いや、関西弁を忘れちゃならない。……ということはなんなんだ?

「小桜さん……僕のも……その、取ってくれると嬉しいんですけど……」

「あ、うん。いいよ!はい!」

「あ、ありがとうございます!」

まあ、少し悪いことしちまったし、あっちはあっちで楽しそうなので二人きりにしてやるか。

「よし!じゃ、白銀!」

「みこと。そう呼ばんと許さんけー」

「……みこと」

「んだ!んで?」

「海の家行ってみないか?」

「おー!ええよ!」

「んじゃ、お前らはお前らで勝手になー」

「はよいこ!」

そう言って白銀は俺の手にするりと手を伸ばし、密着させた。所謂、手を繋ぐってやつだ。

「そうだな……いくか」

相川に目を配るとあわあわとしていた。まあ、頑張りたまえ。

二人と別れ海の家に行ってる途中、白銀の密着がより高度なものになり腕組まで発展した。周りからの視線が痛かったのは置いといて、海の家とやらに辿り着いた。

「あーし、かき氷メロンいーと!」

「それだけでいいのか?」

「うーん。んじゃジューそば!」

「おっけ。焼きそばな。じゃここ座っといて、俺買ってくるわ」

昼は余裕で回っているのだが、それなりに繁盛している海の家の席を白銀に取らせて自分は食べ物を買ってくる。

「おう、あんちゃん。何にする?」

「フランクフルトとかき氷メロンと焼きそばで」

「あいよ!」

あいつらを二人きりにするのが目的だったけど、こうもデートっぽくなっちまうとは予定外だ。

「ほらよ。焼きそばとかき氷な」

そう言って渡してやると嬉しそうに焼きそばとかき氷を交互に頬張る。

「どんな食べ方してんだよ……」

俺の声が届いてないのか幸せそうな顔をして食べる白銀は「んー!」と、幸せそうに吐いた。

まあ、美味いならいいけどよ。

そんな白銀を見つつ俺もフランクフルトを一口食べると、もの欲しげな瞳をこちらに向けてきた。

「どうした?」

「あーしもそれいーと!」

「俺口つけてるけどいいのか?」

「んだ!」

そういいながら、体を乗り出してフランクフルトを一口奪っていった。

「んーうまうま!」

……あいつあんまり気にしてないよな?

食べかけのフランクフルトの断面を見つつ、ゆっくりと口をつけた。

「……間接キス」

「ぶっ!」

思いっきり吐きかけたが、口元を抑えてどうにか耐えた。

なんてこといいやがる……

「飲み物おる?」

さっきの発言など忘れたかのように彼女は席を立つと、そんなことを言ってきた。

「飲みもんなら買ってきたぞ。コーラとオレンジ。お前オレンジ好きだったろ?」

「そ、そっか……」

「ほらよ」

そう言って席に再び着いた白銀にジュースを手渡そうとすると、「い、いい!机置いて!」と、拒否られてしまった。

「お、おう。そうか」

仕方なく机の上に置くとぐびぐびと彼女はジュースを一気に飲み干した。

「いい飲みっぷりだな。なんならコーラも飲むか?」

「いいし!」

また強く拒否られた。俺、なんかしたかな?

「あ、あーしちょっと海行くし!」

「ちょ、ちょっと待て。一人じゃあぶねえだろ?」

今にも飛び出しそうな白銀の手を取ると、顔を真っ赤に染めた彼女は俺の手を物凄い力で振りほどくと走っていってしまった。

「あんちゃん青春だね!早く追わないと!」

そんな屋台のおじさんの声なんて気にも留めないで俺は白銀を追った。

「あいつ迷子にすぐなるくせに逃げやがって……」

混み合いを見せてる海辺で白銀を探し回るが、居ない。一度戻ってるんじゃないだろうか。と思い、ビーチパラソルの開いたあの場所まで戻ってみるがあの二人も白銀も居ない。

「本当にどこ行きやがった……?」

宛もなく走り回ってみると岩場の方で一人、腰を下ろし佇んでる少女が見えた。

あれは白銀だ!

俺はその岩場に走っていくと、見るからにチャラい知らない男子三人が彼女を囲うように立っていた。

なにしてんだろ?

「ねえねえ君こんな人気のない所でなにしてるの?」

「よかったらお兄さん達と遊ばない?」

「楽しいよ〜俺らと遊べば」

そう言って奴らは下卑た笑みを浮かべていた。

「え、え?ちょっ!」

「いいじゃーん!」

そして、その不良の一人が白銀に触れようとした。

「おい。お前ら……俺の幼馴染になにしてくれてんの?」

「まーくん!」

「あ?」

三人が俺を睨んできたが、ひとつも怖くなんかなかった。なんせバケモンみたいな人らが教員だからな。あれ以上に怖い人なんて居ない。

「いくら凄んでも無駄だ。今だけは見逃してやる。だから俺の前から失せろ」

「はっ!笑わせてくれるねぇ。喧嘩売ってんの?兄ちゃん」

「殺っちまうか?」

「売られた喧嘩は買わねえとな!」

これだからあのトップランカーみたいな奴らはいけ好かねえんだ。

三人が俺に殴りかかってきた。

あの人達に比べれば常人の拳なんて止まって見える。軽く避けてやると奴らを睨む。

「あーあ。俺が怒りを抑えてたってのに……もう、知らねえからな?」

三人は野生のライオンにでも出くわしてしまったかのような絶望の表情を浮かべ、その場で腰を抜かした。

「ほら、行くぞ白銀」

「う、うん!」

岩場から降りて白銀は「なんか懐っちゃしい!」なんて言った。

「そうか?」

「うん!私、小学校の頃ベシベシされちゃって……それをいつも王子様みたいにエスケープ!……わすれとーと?」

「……さあな?」

「あんさ!まーくん!」

「ん?」

足を止めた彼女の方に振り向くと、丁度あの鬱陶しい太陽が海の中に沈んでいっている途中で、オレンジ色の光を必死に発していた。

「あんがとね!」

「気にするなよ。もうそろそろ日も沈むし帰るぞ」

「んだ!」

そう言って彼女はまた俺の腕に腕を絡ましてきた。

「もう、どこにも行くなよ?」

「えっ?」

「もう迷子になんかなるなって意味だ」

そう言ってやると、俺に軽い体当たりをしてべーっと舌を出した。

「……もう、子供じゃないけん」

「子供だろうが……全くこいつは……」

「まーくん!見て見て!」

そう言って彼女は海の方を指さした。

「ん?なんだよ?」

そっちの方を見てみるが、特に何も無い。

「なんにもな……」

なにか柔らかな感触が頬に触れ、そちらに振り向くとすぐ間近に白銀の顔があった。

「おまっ!な、なにして!」

「……もう、子供なんかじゃないんよ!」

ニコッと彼女は笑うと真っ直ぐ俺を捉えた。

「あーしね!ずっとまーくんのこと好きとーよ!じゃから、あーしとつきおうて!」

彼女は満面の笑みで言ってきた。

その気持ちにはなんとなく気がついていた。だが、その気持ちに答える勇気も覚悟も持ち合わせてなかった。

「……その気持ちは素直に嬉しい。けど、ちょっと保留にさせてもらえないか?」

「りょー!」

案外、彼女が普通だから、かなり困った。でも、それがもっと俺を不安にする。

それから二人と合流して寮まで来たが、帰り道で何を話していたのかあまり覚えていない。

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