第10話
【才能なんて必要ない!】
十話
俺は人殺しをした。
本来ならば牢屋に閉じこめられるべき犯罪だ。だが、俺は英雄としてこの学校に迎えられた。
でも、それは形式だけで俺から離れていこうとするやつの方が多い。
学園がまた再開し、一週間経った。
白銀と小桜からは話しかけられなくなった。
別に俺がやった訳では無いけれど、やったのは俺だ。
俺だって犯罪者の近くになんて行くわけがない。
覚悟は出来ていた。そのつもりなのに一人になるってのはなかなかに辛いものだ。
「あら!英雄くんじゃない!」
どこかで聞いた耳につく声が、ほとんど呼ばれることも無い俺の名称で呼んだ。
「校長……」
「こんな所で何してるの?クーラーも効かない外で。まさか英雄くんなのにぼっち飯?」
「見たままですよ。俺が教室に居たら空気悪くなりますし」
「えー!英雄くんなのにぃ?」
そう言って先生は俺の首に手を回した。
「ちょっと、危ないですって」
「別に死なないでしょ?」
「まあ、それはそうなんですけどね……」
「ん?なんかあった?」
何故こういう時にこの先生は鋭いのだろう?
「……別に。なんでもないですよ」
「あー!わかった!杏子ちゃん?だっけ?その子のこと?」
「なんですかそれ?誰のことです?」
なんて言いつつあんぱんを飲み込むように食べ、牛乳で流し込む。
「え?寝言で言ってたよ。その名前」
「俺が?」
「うん!そうそう!」
……杏子?そんな名前に聞き覚えも身に覚えもない。
「まあ、あんまり死にたくないんですよ。前みたいに暴走したくないし、餓死しかけたりしたくもない。本当にそれだけなんで。それじゃそろそろ授業が始まる頃だと思うので失礼します」
口早に適当な虚言を吐きつつ、その場から逃げた。
教室に入ればさっきまでワイワイガヤガヤしていたはずの教室が静まり返る。
まあ、ぼっちも悪くないよな。元々ほぼぼっちだったんだしな。
席に座ると即座に机に突っ伏した。
チャイムに鼓膜を揺らされて目覚めると、もう皆帰り支度を整えてちらほらと帰る生徒も目につく。
いつもなら相川辺りが俺を起こしてくれたはずなのに、相川も小桜も隣の席の白銀も居ない。
俺はなんのためにこの手を汚したんだろうか?
この学校を守るため?いや、そんなことはない。あのどうしようもなくくだらない学園生活を守るためだ。
……殺すつもりは無かった。けれど、そんなこと言ったって今更すぎる。後の祭りと片付けられてしまう。
いくら正義のためにだとしても、殺人者に待ってるものなんてこんなものだ。
支度を整えて教室から出るが、待ってるのは冷たい視線くらい。
「物語なら敵を倒せば褒められるだろうし、経験値だって手に入るのにな」
日に日に暑くなる夏休み前の気だるい学校なのに関わらず、またひとつ行きたくなくなるような理由が増えた。
でも、社畜一歩手前の高校生である俺はそんな学校に足を向かわせる。
でも、やっぱり待ってるのは同じような残酷な日々だけ。
もう、あの日常は帰ってこない。
いや、一応日常は守れたんだ。俺が守りたかったそれは守れた。でも、その輪の中からは除外されてしまったけど。
まあ、いいさ。俺は人を殺してしまった罪を償わないといけないんだ。俺が笑うなんて。楽しいと思うなんてその時点でもう間違いなんだ。
「……でも、もう別にこの学校にいる理由もないよな。人を殺してまでこんなところにいる理由なんてない」
退学届けを学校側に言って貰うとその日は早退した。
翌日、俺は日中には学校には行かずに放課後、誰も居なくなったタイミングで学校へと向かった。
職員室にノックをして入ると鬼塚先生が大欠伸をしていた。
「……あ!お前!」
「鬼塚先生。お話があります」
今にも殴りかかってきそうな雰囲気ではあったが、俺の顔を見て先生は何かを察したかのようにその手に持ったチョークをしまった。
「……そうか。ここだとあれだし横の会議室に行くか」
「わかりました」
横の会議室に入ると長机が長方形に並べられていて、パイプ椅子がその周りに一定の感覚で置かれている。
「んで?どうしたんだ?」
「……あの、俺。もうこの学校やめようと思います。だからこれ」
そう言って内ポケットに忍ばせていた退学届けを先生に渡した。
「……なんで辞めたいと思った?」
「理由ですか?別に簡単ですよ。俺にはこんな血なまぐさい世界合わない。もっと普通の学校で普通の生活を送りたいって思っただけですよ」
「……そうか。俺にはそれを止める権利はないけどな。お前が少しでも後悔の念があるならやめた方がいい。そろそろ夏休みだしな。夏休みが終わったらまた考え直すといい。これは一応貰っておくがね」
「……もう俺は学校来ませんよ?」
「まあ、それでもいいから夏休みが終わるまでは待ちなさい。一応休みってことで対処しとくよ」
「わかりました……」
一応、この学校に今は在学することになったが、心変わりなんてするわけがない。俺の知る日常はもう手に入らないのだから。
そして、夏休みが始まる一週間を全て休んで寮で過ごす。
最近まるでやってなかったゲームをやったりそりゃもう楽しいものだった。
「ニートってのも悪くないな。働かずに食べる飯とか超美味いし」
ポテチを寝っ転がって貪る。最高だな。ずっとこれでもいいかもしれん。
そんなことを考えつつもなんとなく窓から外を見やると、俺が前に来ていた制服を着た学生らがこっちの寮へと向かってきているのが見えた。
壁に立て掛けていた時計を見やると六時だ。さっき起きたばかりだと言うのにもう夕方か。
この時間は学生らが帰る時間だ。全く時間の流れってのは早いもんだな。
そして、いつの間にかその一週間とやらもあっという間に終わり、夏休みになっていた。
当然ながら俺の携帯が鳴ることもないし、予定もない。
「……暇だ」
ゲームをしていたのだが、そろそろ疲れた。他のことでもしたいところだが、やるもんがない。
そんな時、腹の虫がぐぅっと鳴った。
「ポテチじゃ腹は膨れないか」
そんなことを呟きつつもリビング兼自分の部屋としてつかってるスペースから狭いキッチンの冷蔵庫を開いてやると何も無い。
一応自炊は人に披露する程でもないが、それなりに出来るようにはなった。
でも、こうも何も無いと作るに作れない。
「コンビニでも行くか」
久しぶりにパジャマ以外の私服に着替えて外に出ると、夕焼けが綺麗だった。久しぶりに見たような気がする。
それから俺と同じ学生からの視線を受けつつも、コンビニへと着いた。
「俺も有名人になっちまったな」
「……そうだな。学内トップクラスと言っても過言ではないよな」
「ん?口説いてんのか?」
声に反射するかのように俺の口は動いていた。
「ははっ!そんな趣味はないよ」
いつも通りの会話過ぎて逆に不安定というか、思ってたのとは大分違った。
「……久しぶりだな」
「そうだな。相川。お前もコンビニか?」
「お待たせー!」
俺が問いを投げかけたタイミングで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の方を見ると二人。小桜と白銀が走ってこっちの方へと来た。
「あ……」
俺の顔を見た途端、二人の顔が青ざめる。
「……そうだな。俺は邪魔だよな。すまんな帰るよ」
「あっ!待っ……」
そんな小桜の声は俺の耳に入ることは無かった。
結局、俺は一旦その場を離れてまた近くのスーパーに寄ってから帰った。
買ったものといえば弁当に一応自炊用の野菜やら肉。あとは大きめのペットボトルに入ったジュース。才能を使わなければとてもじゃないが重い。
でも、そんなものは気にならなかった。
寮までは来た。でも、男子寮に入る門の前に見知った顔が居た。
「……なんであいつらがここに居るんだよ」
だが、俺に会いに来たとか思うのはちょっと自意識過剰だよな。
普通にそのまま何食わぬ顔で通り抜けようとすると、俺の肩に手が置かれた。
「……なに?」
「え、えっと……な?ちょっと話そうぜ?」
振り向き、肩の手の主を見やると相川だ。
「なんでだ?話すことなんてもう何も無いだろ?」
「……それは違うよ!松岡くんおかしいよ!」
「……おかしい?」
「んだんだ!おかしい!」
「……俺がおかしいんだな?お前らから見て俺はおかしいんだな?」
逆に聞き返すと、皆頷いた。
「……そうかよ。んじゃ、何故お前らは俺から距離を……いや、違うな。……わかった。俺がおかしかった。……人殺しだもんな。だから、こんな狂った俺のところなんかに来るな。二度とな」
「違うよ!そういうことを言いたかったわけじゃない!」
「しつこい!」
小桜の頬を掠めるような全力パンチをかましてやると、小桜は怯えた表情をして腰を抜かした。
「……もう寄るな」
そして、一人。俺は自分の部屋に戻った。
部屋に入るとドアに寄りかかり床にへたり込む。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
窓から外を見ると三人が居た。まあまあ遠い気がするけれど、目が合ったような気もしなくもない。
それから三日程が経ち、それなりに気持ちも落ち着いてきた。
まあ、あんなことをしたんだし、あの三人とはしっかり別れれたと思う。
大体全部俺が悪いんだし、俺が彼らの日常に割って入るのは違う。あいつらが宜しくやってるとしてもやってないにしても俺には関係ないことだ。
プルルルル……プルルルル……
そんな時、携帯電話が鳴った。
黙ってスマホの画面を見やると相川裕二と表記されていた。
「もうお前らと話すことなんてねえんだよ……」
無視を決め込んだところ、俺の右腕が勝手に動いてスマホを手に取らせた。
「なんだ……これ?あの時と同じじゃねえか……」
そして、その手は勝手に通話ボタンを押した。
「あ。出た!もしもし!?」
それは耳元にスマホを持ってくる。
本当に動かしたつもりも出るつもりも全くなかった。
何言ってるかわからねえかもしれねえが俺にもわからねえんだ!
通話終了ボタンを押そうと右腕を動かそうとするが、まるで言うことを聞かない。自分の腕ではないようなそんな感覚だ。
「おい!松岡!外出てこいよ!」
「……別にいいんだよ。気を使うな。お前らはお前らの日常に帰れ」
「違う!俺らの日常じゃないか!」
俺はその言葉の意味がわからなかった。
「……え?」
「お前がいないと俺らの日常にはならない!こんな作られた日常なんて全部嘘だ!欺瞞だ!だから俺らのところに戻ってこいよ……!」
その声は怒っているような泣いてるような。いや、喚いてるに近いのか。そんな色々が入り交じったような声をしていた。
「……やっぱお前俺を口説いてんだろ?」
「……そうだな。そうかもしれねえわ」
と、イケメンボイスが爽やかに微笑んだ。
そして、その日の夕方頃に俺を呼び出すチャイムがブーッと鳴った。
インターホン越しに確認するとあの三人がそこにはいた。
「……なんだ?」
嬉しい反面、どう振舞っていいのか全然わからない。
「とりあえず出てこいよ!」
「あ、あぁ……わかった」
適当に服を見繕い外に出ると、久しぶりって訳でもないがなんだか懐かしいような気がしないことも無い。
「……ごめん!」
「どうした?急に?」
「俺……いや、俺ら間違ってたんだ」
「……まーくんぼっちのオブリゲーションノット(まーくん一人の責任じゃないよね)」
「……やめろよ」
「俺らだってあの場に居たんだし助けるべきだった。でも、オレらはそれをしなかった。それなのに全部の責任をお前に預けて知らぬ顔で距離を置く……とんだ馬鹿な親友だよな。お前だってあんなことしたくなかったはずなのにそれに気がついてやれなかった……」
「やめろって!」
俯いて話を始めた奴らは顔を上げ、泣きだしそうな面を見せた。
「……責任は全部俺にある。俺だって周りのヤツが殺しを働いたとしたら、なんで?という疑問より先に幻滅するだろう。だからお前らは間違っちゃいない」
彼女らに目を向けると、思うところがあるのかまた俯き、視線を逸らす。
「……なら、俺なんかとはもう縁を切れ。もう無理してここに来る必要なんてないんだから。それこそ欺瞞だろ。お前らだってこんな奴の所に居たら……」
「んなん違う!あーしは周りよりまーくん大事!」
「私はそこまで長い付き合いではないけど、あーいう日常もいいと思ってるわ……ね?相川くん?」
そして、全員の視線が相川へと向かった。
「……いや、松岡の言う通りだ。オレらはそうするべきなのかもしれない……でも、俺はお前から逃げない!世間が敵に回ろうと関係ないんだ!……俺ら親友だろ?」
イケメンがイケメンらしくそんな台詞を吐いた。俺ならそんなセリフは吐きたくても無理だが、なんせイケメンだ。俺なんかとはやることが違う。
「……そう……か」
「それにオレらはそんな話をしたくてきたわけじゃないしな。でも、しっかりケジメだけはつけねえといけねえだろ?」
「そうかよ……」
「だから松岡!だから俺を殴れ!」
「は?お前生まれ昭和か?」
「お前と同級生だろうが……平成だよ平成!」
「まあ、お前がそう言うなら殴るけどな!」
奴の頬を思いっきり人間の出せる範囲内で殴ってやると、奴は後ろに仰け反りはしたが耐えて俺を見据えて笑った。
「……あ、そうだ!お前イケメンだったからムカついたんだ!もう二発は殴らねえと気がすまねえわ!」
「そ、そんな馬鹿な……」
「歯食いしばれ!」
もう二発殴ってやると、イケメンな面がいい感じに歪んだ。
「……ま、まぁ……これで振り出しに戻るならいいか……」
「よし!なんか腹減ったし飯食いに行くか!」
「そうね!そうしましょ!」
「んだんだ!あーし焼肉食べたい!」
「そうだな!ぱーっとやろうぜ!」
「みんな待ってくれよ……」
多分、あの頃。あの道場破り以前の俺らには戻れない。多分、みんなその事は分かってる。
だから、また一から作るしかないんだ。俺らを。誰からも邪魔されない俺らをの日常を。
肉を焼きながらそんなことを思っていると、急に突拍子もなく、白銀が口を開いた。
「あーし海行きたい!」
「……唐突だな」
「いいね!海!私も行きたいかも!」
「こ、小桜さんも行きたいの?」
イケメン(笑)のくせしてコミュ障みたいに話しかけて、気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「うん!……ダメかな?」
小桜は上目遣いという女の武器を一番弱いであろう思春期真っ盛りの相川に向けた。
「だだだだめなわけないじゃないですか!行きますよ!」
まだ小桜には敬語が入り交じっちゃうのか。そろそろ慣れればいいのに。
「んじゃ、明後日頃どうかな?」
「あーしはおっけー」
「……俺もいいぞ」
「俺も空けておくよ」
そんなこんなで次回!夏だ!海だ!日焼け止めだ!をお送り致します!
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