第9話

【才能なんて必要ない!】


九話


紅茶が注がれ、ふんわりと優しく甘い香りがファンシーな部屋に満ちる。

俺が女子ならばここから秘密の女子会!(恋バナもあるよ!)を始めるのかもしれないが、あいにく俺は男だ。そんなな気はさらさらない。

「あ、あのさ……松岡くん」

「……なんだよ?」

「松岡くんはさ?好きな人居るの?」

「そ、そんなもん……い、居ねえよ」

……なのに、なんで俺はこんな会話をしてるんだ?

「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあさ!彼女は?」

「いた事すらないな」

「へぇ……そうなんだ……」

それを最後に小桜は紅茶をすすりながら、こっちをチラチラ見ては顔を赤くしていた。

……なんなんだよ。この空気は。

一旦落ち着こうと紅茶をすすってみるが、味もわからない。

時間だけがただ過ぎていった。

「お、俺、そろそろ帰るから!」

「今はやめた方がいいよ。ここに男の人が侵入したらどうなるかは知ってるでしょ?」

「あ、あぁ……あ!そうだ!」

「な、なに?急に大声出して」

「お前俺をどうやってここに運んだんだよ!」

「簡単だよ。鏡みてくるといいよ」

彼女の言うままに風呂場に入り、鏡の前に立つとそこには知らないショートカットの女がいた。

「な、なんじゃこりぁ!」

「しー!もう就寝時間なんだよ?静かにしてないとおばさんが来るよ?」

「そりゃそうだけどさ……」

「でもすごいでしょ?メイクひとつで男だろうと元が良ければそれなりになるんだし!」

「まあ、確かにな……」

「それで声高ければ女の子なのにね!」

ある意味才能だ。ここまで人を化けさせられるんだからな。本当に黙ってれば女だ。自分でも何言ってるかわかんねえけど、そうなのだ。

「こんなことをされてたとはな……」

「まあね……」

彼女は欠伸混じりにそう言う。

「眠いのか?」

「まあ、ちょっとね」

「そうか。悪ぃな。俺はもう戻れんし床で寝るからベッドどうぞ」

「襲ったら承知しないからね?」

「はよ寝んか。美容にも悪いらしいぞ」

「そうなの?じゃ寝る!」

そう言って小桜は直ぐにベットに潜ると、ものの数秒で寝息を立て始めた。

どうやら美容という言葉に女子は弱いらしい。

俺は電気を消すとカーペットの上で横になる前に、小桜がさっき使っていたマグカップを使い紅茶を飲んだ瞬間に意識が吹っ飛んだ。

あんな状態で狼にならない男子はこの世に存在しない。だからこそ、俺はそうするしかなかった。

襲ってしまうくらいなら間接キスで黙って眠っていた方がいい。

全く男って生き物は単純で辛い生き物だぜ。


****


俺が目を覚ました時にはもう既に部屋の中には誰も居なかった。

時間も十二時頃。もうお昼だ。

「またか……」

洗面台の前に立ち、顔を見やるが昨日の俺(私?)ではなかった。

さっさと学校に行こう。そろそろ座学のほうの試験もあるし、終われば夏休みだ。

午後からだったので鬼塚に散々な目に遭わされたが、もうしょうがないね。

テストまで一週間前だ。提出物とかその他諸々はやっておかないとまずいし、勉強だってしないといけない。

座学でも最下位を取る訳にはいかないしな。

とりあえずノートをとったりしつつ、話を聞いてみる。

だが、横で俺の邪魔ばかりする幼馴染(アホ)にイライラしただけで午後からの授業が全て終わり、あとは寮に帰るだけとなった。

「なぁ?白銀?」

帰り支度を整えつつも横の席の馬鹿に話しかける。

「ぎゃ?(ん?)」

「おまえはそんなんでいいのか?」

「わーい?(なんの話?)」

「そろそろテストだろ?」

「おー。しょーゆーことね!あーしはノンプログレム!(あー。そういうこと!私は問題ない)」

そう言えばこいつ頭良かったんだっけ?見た目のままって訳でもないのか。

「まーくんの見ちゃろうか?」

「そうだな……頼むわ」

「お!珍しいな。お前が勉強だなんて」

爽やかなイケメン野郎がイケメンボイスで馴れ馴れしくも俺の背中を叩きやがった。

「なんだよ。口説いてんのか?」

「ふっ!そんな趣味はねえよ」

「あい×まつか。ありだね!」

「いや無いわ!」

その流れで突っ込んだが、いつのまにか小桜が元気な可愛らしい笑顔を振りまきながら俺の後ろを取っていた。

「あっはは!冗談冗談!それより勉強会するってホント?」

「んだんだ!」

「……やるよ!と、言っております」

「こ、小桜さん……」

そう言って相川はぎこちない笑顔を浮かべて固まっていた。

……そういえば相川、小桜のこと好きとか言ってたっけ?

「相川くんだっけ?よろしくね!」

「あ、はい!よろしくお願い致します!」

「……で、場所どうするよ?」

「図書室でいいんじゃない?あそこなら確か個室もあるよね?」

「そうなのか?」

話を小桜に振られそれを横にいた相川に流すと、ため息をつかれた。

「はぁ。松岡……そろそろお前この学校通い始めて半年だろ?覚えとけよな。こ、小桜さんが言ったように個室もあるし、テスト前なら八時まではやってるはずだな」

「じゃ、そうするか」

そして、俺らは図書室へと足を向けた。

着くと、当然ながら本がびっしりと本棚に収納されていて、なぜかドリンクバーや軽い軽食のメニューなんかもあった。

これじゃただの漫喫だろ……これでいいのかよ。

「じゃ、ちょっとまっててな……」

そして、入ってすぐに相川がなにかの端末を弄っていた。

「それなんだ?」

「空き部屋端末だよ。空いてる部屋をタップして使用中にしておけば大丈夫だ。今何人だっけ?」

「えっと、俺とお前と小桜と白銀で四人だな」

「わかった……お!空いてたぞ。十三号室だ」

「号室って……これじゃやっぱり完全完璧に漫喫じゃねえか……」

「まあまあ、細かいことは気にしないで行こ!」

中に入れば違うはずだ。俺はその期待を持ちつつもドアを開く。すると、そこは漫画喫茶のような面影はなかったが今度は別のものだった。

マイクが二本と曲を入れれそうな端末が一台に大きなテレビ画面。あとマラカスなんかも設置されていた。そして、天井にはミラーボールなんかもある。

「お、おい……」

「じゃ、何歌おうか?」

「私からでもいい?」

「えーよ!」

……おかしい。俺は勉強をしに図書室に来たはずだ。決して遊びに来た訳では無い。

「ん?どうしたよ松岡?」

その一言でみんなの視線がこちらに集まる。

ここだ。ここでしっかり言わねえと。俺は遊びに来たわけじゃないって!勉強会するためにきたんだって!

意を決して俺は口を開いた。

「よっしゃー!歌うしかねえよなぁ!」

「いいねぇ!松岡!」

……違う。違うんだよ!俺は勉強するんだよ!

「ほらよ。これ」

小桜の歌ってる中、そう言われて曲入れるよくわからない機械を手渡される。

断らなければ……流されるわけにはいかないんだ!

「い、いや……」

ノーと言えないのは日本人の特権だね!

「ん?どした?あー!もしかして歌に自信ないとか?」

「そんな訳ねえだろうが!見とけよ?一発目から九十超えるぜ?」

「ほう。そりゃ楽しみだな」

「あぁ。任せておけ」

そうは言ったが、一発目の九十ってのは俺の前に達成されてしまった。それも三連続で。

なんだよこれ。みんな歌上手いとか聞いてねえぞ……

よくわからない緊張感に背中を押されながら、歌が始まり、そして終わった。

点数は89.999。

……ある意味、すごい気がする。

「あっはー!ギリたんないね!」

「九十超えるの惜しかったねー!」

「おっちい!」

「次は超えるから待っとけよ?」

なにかを忘れてるような気はするが、そんなもんはどうでもいい。とりあえず九十以上はとるのが先だ。

喉を潤わせてから歌ったり、唐揚げを頼んで油をさしてから歌ったりしてみる。

だが、89.999。何も変わらない。

しょうがない。出したくなかったが、十八番しかない。これを歌えば低くても九十は固い。

十八番を完璧に歌いきり、これは超えたと手応えのようなもので確信をしていた。

……のだが、表示されたのは89.999。

というかどれを歌ってもこれだ。もう呪われてるとしかいいようがない。

「……狙ってやってるの?」

「んなわけねえだろうが!これだから機械は……」

そして、俺は一度もそれ以上の点数は取れずに、時間になってしまった。

「結局、九十取れなかったな!」

「いや、違う。俺が悪いんじゃない。機械が悪い」

「あー!あと三十分で寮がしまっちゃうよ!」

「あ……そうか!松岡帰るぞ!」

「そうだな。じゃ、またな」

「ばいばいっちゃー!」

「またねー!」

「みんな、またね!」

それぞれ挨拶をしながらも俺ら男は男子寮に向かって走る。彼女らは俺らと反対方向の女子寮の方に走っていった。

「あー。小桜さんとRAIN交換し忘れた……」

「明日にでもすればいいだろ?早く行くぞ」

なんとか間に合い、自分の部屋に入れたしなんにも問題は無い。

「……ん?」

いつもは置き勉してるはずの教科書が、バックの中に入っているのを見て俺はハッとする。

すっかり忘れていたがもうテスト一週間前だったんだ!何を遊び倒してるんだ俺は!

だが、一人ではどうしようもない。教科書とにらめっこしていたって俺にはわからないのだ。

「まあ、考えてみればあと六日もあるんだ。一日くらい遊んでいたって問題は無いよな」

なら、今俺のできることはひとつ。明日に備え眠ることだけだ。


*****


しつこいほど鳴る目覚まし時計に腹を立てつつ、いつもの部屋で目を覚ました。

なんというか、この散らかった部屋が久しぶりで落ち着く。

まあ、まだここに来てそんなに経ってないけれど、慣れる事にもう慣れてしまった。

成績最下位の発表があってから色んなことがあった。小桜と戦ったり先生と戦ったりこの学校のトップランカー達と戦うこともあった。

振り返ってみれば戦ってしかねえな……でも、俺だって本当はもっと青春らしいことをしたい。こんな血なまぐさいことばっかりではなく、そう昨日みたいな……

戦いなんて本当はない方がいい。そんなのみんな知ってるはずなのに、なぜこうも戦いたがるのだろう?

時計を見やるとそれなりに時間が過ぎていた。

「……そろそろ行くか」

今日だって変わらない。授業があって相川に口説かれて、鬼塚に説教されて、小桜や白銀と他愛ない会話をする。

そう思っていた。でも、それは俺の幻想でしかなかった。

なんで俺はこんな高校に通いながらそんな普通な毎日を夢見ていたのだろうか?

そんなの叶いっこないのに。

校門前に同じ制服を着た学生達が固まっていた。

「道場破りじゃぁあ!!」

その中を潜り校舎の方を見やると、才能学園の窓やらをバットやらでぶっ壊している集団が見え、教員達ががそれを止めているが、いくらチョークの鬼塚らがいるとしても敵が多すぎる。

それにあいつら俺らとおなじ才能者だ。

あのコロシアムで感じたような鼻を抑えたくなるような血なまぐさい匂いが、校舎に漂っていた。

「こんな時の校長なんじゃないのかよ……」

「鬼塚先生!」

俺は無理矢理にその人集りを飛び超えて、先生の方へと走り寄る。

「あ、あぁ。松岡か……」

「お前らは手を出すなよ?これは俺の仕事だ……」

そう言っているが先生の目の下にはすごいクマが出来ていて、今にも倒れそうな程にボロボロだった。

「なんでそんなクマが?」

「才能の使いすぎでな……まあ、気にするな。今日の学校は無しだ。明日からはある……から……な……」

先生はそれだけ言うと倒れてしまった。

「……あの鬼塚先生が倒れた?」

校門前に集まっていた奴らがざわめき、それは伝播する。先生が倒れ、まだ敵はゴロゴロといやがるのにどうすればいいんだよ……

「おっと?ここの学生だなお前」

そう言って、白の制服を着た金髪がこちらへと近づいてきた。

「まあな……だが、それがどうした?」

「おいおい……この人数相手にやり合おうってのか?」

ざっと六十人ほどだろうか?いや、それ以上の人数がまだピンピンしてやがる。

「お前らは量かもしれねえけど、才能学園にはな。才能のある奴らしか居ねえんだよ!」

とりあえず、挨拶替わりにその金髪野郎を三百パーで殴ってやる。だが、やつは笑った。

「ば、馬鹿な……顔面にまともに入ったぞ今のは……」

「ふ。ふはははっ!!!どうした?その程度のパンチが俺に効くとでも?」

「んじゃ、これはどうかな?」

ゴリゴリと骨が折れるような音を立てて、金髪は吹き飛んでいった。

「よ。サンドバッグ君」

ニヤつき笑うイケメンで俺をサンドバッグと呼ぶやつなんてあいつらしか居ない。

「お前ら……」

「トップランカーとして俺らもこの学校のためにやらねえとな!」

「鬼塚先生には世話になってるし、恩は返しておかねえと」

前に俺と引き分けた剛拳の秀、疾風の巌、止水の弥勒だった。

「俺らがここにいる奴らを根絶やしにしといてやる。だから、お前はさっきの金髪をぶっ殺せ。さっきのじゃ死にきらなかった見てえだからな」

「……わかった。任せろ」

俺だって、鬼塚先生には世話になってる。それもあるが、俺はこの学校だって気に入ってるんだ。

だから、才能学園にこんなくだらねえことしやがったあいつらは許さねえ!

「おい。お前。そこの金髪」

「いやー。さっきのパンチは良かったよ。でもね、あれくらいじゃまだまだだね」

折れたような音がしていたのだが、やつが殴られたであろう頬を撫でると、傷が消えた。

「あ、君はさっきの」

「あぁ。そうだ。お前、なんで俺の学校にこんなことをしやがった?」

「なんで?簡単な事さ。俺らの方が強いってことを証明するためさ!君らが平和ボケし過ぎなんだよ。僕らは違うけどね」

「……わかった。じゃ、お前。俺を殴ってみろ」

「それは死にたいと捉えていいのかな?」

「殺せるもんなら殺ってみろ」

俺がそういうと金髪は肩を上下させて、笑う。

「……じゃ、死ねよ」

奴は慣れた手つきでナイフを内ポケットから取り出すと、俺の心臓部へとノーモーションで突き刺した。

「……で?終わりか?」

「……強がるなよ。お前の心臓にしっかり刃は到達してる」

「そう……みたい……だな」

俺はその場に倒れ込み、死に絶え、あの白い世界へと飛ばされる。

「ねぇ。なんで死ぬの?」

「……なんでだろうな?」

「死なないでって言ったのに。なんで守れないの?」

いつもは脳天気な感じの声が冷淡な声を出す。

「……守れないなら仕方ない。私が行くね」

そして、俺は目を覚ましたのだが、体が一向に言うことを聞かない。まるで自分の体が自分のものでは無いようなそんな感じ。

「君か。私を殺そうとしたやつってのは」

目の前には金髪がいるのだが、ぼんやりしてて夢を見ている感じだ。

「お、お前はさっき確かに殺したはず……」

そして、その目の前の金髪の顔面が殴り飛ばされ、首から上がどこかに無くなり、右手が折れたように痛い。なんでこんなに痛いんだ?いつもは全然痛くなんてないのに……

「んで?次は誰?」

「ひぃっ!」

白い制服に身を包む彼らは、俺に怯え、一人、また一人と逃げていった。

「……ふぅ。終わったみたいだね」

「おい!なんだよこれ!」

「……君があまりに死ぬから私が生きる手本を見せてあげるのよ」

「そんなもんはいらねえし、この痛み……どういうことなんだ?」

「……そう。本当に覚えてないのね?なら、いいわ」

悲しそうな俺の声……いや、本当に俺なのか?

私は君で君は私。この声が俺にした自己紹介がそんな感じだった。

でも、そんなのありえるわけが無い。二重人格とかならばありえる話だが、その人格同士が話すなんて聞いたことがない。

なら、なんだ?記憶を辿る。小学校の頃、俺は白銀と出会い、よく遊んでいた。でも、その後ろには誰か。他の人もいた気がする。名前も顔も思い出せないけれど、ずっと一緒だった。

そのはずなのに思い出せない。あの事故があったときだって……

「……ずっと不思議だった。なんで俺はこんな才能を手に入れてたのか」

「……そう」

「……俺には交通事故にあったときの記憶がまるでない。……おかしいよな。死にかけたらしいのに。いや、それ以前の記憶も飛び飛びで抜け落ちてる。そう。誰かを忘れてる気がする」

俺……もとい、彼女はそうとしか言わない。一番近くにいる他人。俺であり俺でない彼女は言葉を紡ごうとするが、言い淀んだ。

「お前は覚えてるんだろ?」

「……知らないわ」

そして、唐突に周りが真っ白になって気がついた時には身体が動くようになっていた。

「どうした?英雄さんよ!」

バチン。と、背中を強く叩かれ、振り向くとイケメン野郎こと相川裕二が居た。

「あ、あぁ……」

「ん?浮かないな……まあ、人殺したわけだしな。そうなるか……」

右手を握るとべちょっとした感触があり、やけに臭う。血だ。

恐る恐る手を見やると赤黒い血がべっとりとついていた。

声を上げることも無く、俺は地面に倒れ込む。

俺……俺は人殺しをしてしまったのか……

その事実だけが俺の胸に突き刺さり、体の芯から冷えるようなそんなゾワっとした感覚に襲われる。

「おい?大丈夫か?」

そんな声は聞こえてはいなかった。怖い。何故俺がこんなことをしてるんだ?

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