第7話 結界術

「・・・ここは?」


 夜一は保健室のベッドで目を覚ました。


「夜一、起きた?」


 真白が夜一にそう尋ねると同時に寝起きで朦朧もうろうとしていた夜一の頭が正常に働き始める。

 そして、夜一の脳は目から入ってくる情報に疑問を抱いた。


(・・・なんで、真白の顔が逆さに見えるんだ?)


 夜一はその疑問の答えを考える。が、答えは出ない。


(・・・それにしても、この枕、なんかすべすべしてて気持ちいいな)


 そんな事を思いながら夜一は枕の肌触りを堪能していた。


「ん、夜一、こしょぐったい」


 真白がそんな少し色っぽい声を上げそう言った直後に夜一は疑問の答えを導き出した。

 ・・・夜一は真白に膝枕をしてもらっていた。夜一が枕だと思って堪能していたものは白くて綺麗な真白の素足で、夜一はそれに気づいた瞬間、体の全筋肉を駆使して飛び上がり、


「すいませんでした!!」


 と、とても綺麗な土下座をした。

 そんな夜一の行動を見て、なんで土下座をしているのかわからない真白は一瞬考えるが、答えは出ず今はそんな事より休むことが重要だと考え霊力を練り、体に呪装をかけて筋力を上げ、夜一の頭を自身の膝まで持ってくる。


「え、真白さん?!」


 突然自分の頭を無理やり元の(真白の膝の上に)場所に戻され困惑す夜一。


「えと、真白さん? その、なんでそんな頑なに膝枕を?」

「陽一先生にこうすると夜一は喜ぶって教えてもらった。・・・いや、だった?」


(嫌なわけないだろぉ!)


 夜一は心の中でそう叫ぶ。

 陽一に対しては真白に何を教えてるんだ、と夜一は思ったが同時に感謝もした。


「大丈夫? どこか痛むの?」


 嬉しくて少し涙目になりながら何も喋らなくなった夜一を見て真白はそう尋ねる。


「姫月、それは単に喜んでるだけだぞ」


 いつからいたのかベッドの周りに付けられていたカーテンの隙間から顔を覗かせていた陽一がニヤニヤとしながらそう言った。


「陽一先生?!」

「鬼頭、もう体調は良くなったか? 良くなったんだったら少し話があるんだが」

「わかりました」


 話を聞くのにこの体制では失礼だと思い、夜一は体を起こそうとするが真白が夜一の頭を押さえつけ、起き上がれなくする。


「え、真白?! ちょっと離して、先生の話聞けないから」

「だめ、いくら傷の治りも霊力の回復も早いとはいえ、まだ休むべき」

「別に私は構わないぞ、それはそれで見てておもしろ・・・まだ鬼頭は休むべきだからな」

「あんた完全に楽しんでんだろ!」


 そっぽを向いて必死に笑いをこらえている陽一に夜一は切れる。

 この時、夜一の中で既に罅が入っていた陽一のかっこいい、真面目そうというイメージが砕け散った。

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 保健室で目覚めた後、陽一から班リーダー就任の報告と班についての説明を受けた夜一は一旦教室に戻り、荷物をカバンの中に入れて今は学長室に来ていた。


「夜一くん、初日からなんかすごいことやらかしたみたいだね」


 彩香が嬉しそうにニコニコと微笑みながら目の前に立つ夜一を見ている。本当に嬉しそうだ。


「真白ちゃんの秘密を知っても拒絶するどころか逆に仲間にしようとしてくれたのは正直、ものすごくありがたかったけど、それで君が怪我をしてたら私も真白ちゃんもすごく心配するんだからね。数時間前なんて真白ちゃんがいきなりここにきて治癒術をかけてなんて言い出すから何事かと思ったんだから」


 彩香は子供っぽく頬を膨らませて起こる。


「すみません」

「・・・はぁ、もういいです。ですが、14対1なんて勝負、次からは絶対に受けないでくださいね」


 彩香は呆れたようにため息を吐いたあと、またこれも子供っぽく人差し指を立ててそう言った。

 夜一はハハハと苦笑いをする。


「まぁ、お説教はここまでにして寮の部屋に案内します。・・・と、言いたいところなんですけど、先に一つ見て見たいものがありまして・・・」

「なんですか?」

「今ここで夜一くんが試合の時に使った結界術を使ってみてください」

「・・・ここで、ですか?」

「はい、ここでです。前々からイナリに聞かされてもらっていたんですけど、変形する結界術というのが気になりましてですね」

「・・・わかりました」


 夜一はカバンから呪符を一枚手に取り、霊力を練って詠唱を開始する。彩香はそれを興味津々に見る。


「___急急如律令!」


 夜一が詠唱をし終えると青色の立方体が夜一の肩の上に出現する。


「これが、変形する結界ですか?」


 彩香は興味深そうにまじまじと青色の立方体をみる。

 夜一は結界を彩香の目の前に移動させ、結界を教科書ぐらいの大きさに変形させた。それをみた彩香は「本当に変形した・・・」と呟き、今度は見るだけに収まらず結界を触り始めた。


「・・・あの、そろそろ霊力が限界なんで解いてもいいですか?」

「え、ああ、ごめん。もう解いてくれて構わないよ」


 彩香に了承を得て術を解く夜一。


「わっ!」


 結界が消えると同時に夜一は体のバランスを崩した。すかさずイナリが彩香の影から出て来て夜一を支える。


「夜一、その術が使えるのは1日1度が限度だろ。それ以上やると霊力切れを起こすぞ」


 イナリが夜一を叱る。


「え、そうだったの?! その術そんなに霊力消費するんだ」


 陰陽師たちの共通認識では結界術というのは一度発動してしまえば他の術ほど術を維持するための霊力を必要としないとされている。てっきりこの術も他の結界術同様、霊力をそこまで消費しないと思っていた彩香は驚いた様子でそう言う。


「まだ未完成なので結界の形状を変えるだけで大量に霊力を消費してしまうんです」

「そうなんだ。無理させてごめんね」

「いえ、大丈夫です。・・・ただ、しばらく体が動かないのでイナリを少し借りていいですか?」

「元は私が悪いんだから別にいいよ。イナリもいいよね?」

「大丈夫だ」

「じゃあ、今から夜一くんの部屋を案内するね」


 彩香に案内され夜一はイナリの背に乗って寮の部屋に行く。

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「もう9時か・・・ちょっと寝すぎたな」


 夜一は畳の上から半身だけを起こし、時計を見てそう呟く。

 彩香に案内されて寮の部屋に来た夜一は彩香たちが仕事に戻った直後に力尽きて布団を出す気力もなく、部屋に敷いてあった畳の上で寝てしまったのだ。

 変なところで寝ていたからか夜一が体を動かそうとするとパキッと音を立てる。


「まだ少しだるいな。・・・今日はもう風呂入って寝よう」


 夜一はそう言ってまだ音のなる体を伸ばし、浴室に向かう。

 寮の部屋は夏休み中に土御門邸で夜一が過ごした部屋ほど広くはないが、一人で使うには十分すぎるほど大きかった。


「週末に買い物行かないとな」


 夜一は床に敷かれている畳以外何もない部屋を見てそう呟く。そして、足を動かして疲れて重い体を前に進ませ洗面室の扉の前まで移動する。

 あれだけ部屋が広かったんだから風呂もでかいんだろうなぁ、と思いながら夜一は扉を開けた。


「・・・え?」


 洗面室の中には裸の少女がいた。

 無駄な肉がない華奢な体に白く艶のある肌、小さいながらも確かな膨らみのある胸、風呂から出たばかりなのかしっとりと肌についている銀色の長い髪。これらすべての情報が目を通して夜一の脳に送られる。


「ま、真白?! なんでここに?!」


 夜一はすぐに両手で目を覆う。

 真白はムスッとした顔になりどこから取り出したのか一枚の呪符を指に挟んで、


「覗き魔は退治。急急如律令!」


 ドゴッっという音を立てて床から隆起した土の柱が夜一の体に直撃し、そのまま天井を突き破った。

 この事件の後、寮内でとして噂になるが、それはまた別のお話。

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