第4話 呪装

 せみの鳴き声が一層聞こえるようになった8月の頭。


霊気呪装れいきじゅそう急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 夜一は自分の部屋の中で一枚の呪符を左手に、一本の刀を右手に持ち、武器を強化する術を一言一言に霊力を込めながら詠唱する。

 呪符は夜一が詠唱を終えると同時に刀に溶け込むように張り付き、書かれていた文様が刀に浮き出る。


「で、できた!」

「一昨日やっと霊力を感知して視認することができるようになったばかりだというのにやるではないか!」


 簡単な術だが、それが今日初めて成功し夜一とイナリは嬉しそうに喜ぶ。その姿はまるで子供がはしゃいでいるように見える。


「試しに刀を振ってみろ」


 イナリに言われ夜一は試しに鍛錬ように彩香からもらってきた木の板に向かって刀を振ってみる。

 術をかける前は全く切れなかった板が術をかけた途端、スゥッと音を立てて簡単に切断することができた。


「その板が切れるということは夜一を襲った鬼の腕の半分は切れるということだ、あの鬼はアヤカシの中では弱い方だがアヤカシになる前の悪鬼たちよりは強い。悪鬼相手なら夜一一人でも十分に戦えるな」


 悪鬼とは人の負の感情が集まって生まれた、いわば人間の負の塊だ。それが他の悪鬼を喰って力を奪うか、人間から発せられる負の感情を蓄えると鬼のアヤカシになり、夜一を襲った鬼同様人を襲う可能性がある。悪鬼は霊力を視認することのできる人しか見えず、実質害はないが祓うとその悪鬼を生み出してしまった人の負の感情が和らぐことから放置できないめんどくさい生き物のことだ。


「そうか?」

「ああ、怪我がもう少し治ったら悪鬼を退治しに行くか」

「その時はまた色々と戦い方を教えてくれ」

「もちろんだ」


 イナリと夜一は仲良さそうに笑い合う。

 夜一がこの家に来たばかりの頃は考えられなかったことだ。

 二人の間に何があったのかというと、夜一が陰陽師学校に向けて熱心に勉強をしていて、その姿勢を気に入ったイナリが夜一に積極的に術を教え、先生的立場になり、一週間と少しでこんなにも仲良くなったのだ。


「二人とも、嬉しそう」

「うわっ!」


 いつのまにか後ろにいた月光のような綺麗な銀色の長い髪を持つ赤眼の少女に夜一は驚く。

 彼女の名前は姫月ひめつき真白ましろ、彩香の義娘むすめでイナリが夜一に術を教え始める前に夜一に術を教えていた少女だ。

 感情は乏しいが、おそらく誰が見ても可愛いなどの感情を抱くほどの美少女だ。

 術を教えてもらっているうちに夜一は彼女と仲良くなり、今でもたまに霊力の操り方などを夜一は教えてもらっている。


「あ、もう成功したんだ。しかも、初めて成功したにしては出来がいい」


 驚いた拍子にうっかり手から落としてしまった刀を真白は拾い、術の制度を見て強弱がない声で感想を述べる。


「そう?」

「うん。あとは霊力をもうちょっと術に込めれるようになれば、切れ味だけじゃなくて刀の強度も上がる」

「へぇ、ちなみにこの術だったら真白はどれぐらい霊力を込めれるんだ?」

「・・・10倍、ぐらい?」

「ま、まじか」


 ものすごく集中し、ようやく術が成功して喜びに浸っている時に軽い気持ちで訊いてしまったことを夜一は訊かなければよかったと後悔する。


「まぁ、経験もあるし仕方がない。夜一は霊力が感じられるようになってから数日でここまでできるようになったんだ、それは誇っていいところだと思うぞ」


 さっきまでのテンションとは打って変わってズゥーンとくらい雰囲気を出す夜一にイナリはフォローを入れる。

 それを聞き、夜一のテンションは戻って行くが、


「私は1日で、これぐらいならできた」


 真中が容赦のない発言をする。

 それを聞きどんどん小さくなる夜一。そんな夜一をイナリは必死にフォローするがもう何を言っても無駄だった。


「でも、夜一は私と違って人間だから・・・」

「・・・ん、真白は人間だろ?」


 まるで自分は人間じゃないみたいなことを言う真白に夜一はそう言う。真白はいつもの表情の乏しい顔で少し微笑み「なんでもない」と言った。

 そして、何か言いたげな顔をしてまぁ、いつかは夜一も知るだろう、と思いながらイナリは二人を見守っていた。


「じゃあ、次は連続呪装の練習。火行府を使って炎を剣に纏わせてみて」


 真白はポケットから火行府を取り出し夜一に渡す。


「火行府の詠唱は覚えてる?」

「覚えてるよ」

「じゃあ、術と刀に霊力の線をつなげる感じで詠唱して」


 夜一は言われた通りに火行府を左人差し指と中指で挟み詠唱を始める。

 術が詠唱し終わると、夜一の右手にある刀の刀身が強火で熱したかのようなオレンジ色になり成功されたと思われた。が、刀身はドロドロと溶け鉄の塊になり床にボトッという音を立てて落ちる。

 すかさず真白が水行府を片手に術を詠唱し、火事になる前に熱を発したままドロドロになった刀身を水球で囲み、熱を冷ます。


「まだ少し、早かった?」


 真白は結果を見てそう呟く。

 そんな風に落ち着いている真白と違い、夜一は大量に冷や汗をかいていた。


「・・・どうしたの?」


 そんな夜一を見て真白はイナリに何があったのかで目線で尋ねるがイナリもわからないらしく前足をあげて首をすくめる。

 本人に訊けばいいかと真白は思い夜一に訊いた。


「・・・この刀、弁償しなきゃダメだよね?」


 夜一は質問に質問で返す。


「・・・もしや、この刀の刀身を溶かしてしまったからそんな顔をしているのか?」


 夜一の質問を聞いたイナリは夜一にそう尋ねる。

 夜一はこくりと首を縦にふる。どうやら刀の弁償額が怖くて大量に冷や汗をかいていたようだ。


「その刀、術の鍛錬ように作られた物だから刀身に霊力加えれば元に戻る」


 真白は夜一の手からつかだけが残った刀を取り、霊力を込める。直後、柄から白色の線が伸び刀身の形を形作る。

 そして、数秒後には完全に刀身が元に戻った。


「・・・すげぇ。それも呪具の一つなの?」

「うん。刀の一部さえ残ってれば元に戻せるから便利」

「へぇ、そんな呪具もあるんだ」

「うん。・・・そんなことより、鍛錬。さっきより霊力のつながりを強く意識して詠唱して」


 真白は一回では成功しないと想定していたのかもう一枚火行府を取り出し夜一に渡す。

 夜一はそれを受け取り、もう一度挑戦する。が、結果はさっきより悲惨になる。

 それから真白が持ってきた火行府が尽きるまで練習したが結果は最初よりかは少し安定したぐらいだった。


「まぁ、今日初めてやったのにこれだけできればいいと思う。私も1日ではできなかったし」


 刀に霊力を流して刀身を元どおりしながら真白は落ち込んでいる夜一にそうフォローする。


「・・・でも、今日中にせめて連続呪装は覚えておきたい」

「・・・そう。だったらちょっと待ってて」


 何度も術を使用したせいで霊力も尽きかけ、夜一はすでに相当疲れているはずだ。にもかかわらず拳をぎゅっと握り今日中に覚えると決意する夜一。

 そんな夜一を見て真白は手伝ってあげたいなと思い、そう言って、隣の自分の部屋に戻りアヤカシと戦う時のために結構前から書きだめしておいた火行府の束を持ってくる。


「これ、使って」


 真白は火行府の束を夜一に渡す。

 まだ火行府どころか一番簡単にかけると言われている治癒府すらかけない夜一はその量を見て唖然とする。


「これ、本当に使っていいの?」

「うん。私も手伝うから、一緒にがんばろ」


 真白は優しい瞳で微笑む。今まで見た表情の中で一番可愛いなと夜一は思った。


「おい二人とも、私もいるのを忘れるなよ、今の私は夜一の先生なのだからな!」


 忘れられてる気がしたのかイナリはそう言って自己を主張する。


「忘れてない、イナリも一緒に夜一に教える。今夜はずっとこの部屋で鍛錬する」

「え、もしかしてずっと俺の部屋にいるつもり?」

「うん、問題ないでしょ?」

「いや、問題ないんだけど・・・その、やっぱり真白も年頃の女の子なわけだから、その・・・」


 いくらやましいことがないとわかっていても、年頃の少年な夜一は色々と考えてしまうわけで、どうにか真白には自分の部屋に戻ってもらおうとする夜一だが、部屋に戻って欲しい理由をそんな正直に真白に伝えられるはずもなく、いい言葉がないかと思考するが見つからず、黙ってしまう夜一。


「・・・よくわからないけど、早く鍛錬始めよ」

「そ、その前にお風呂に入ってこようよ」

「・・・わかった」


 ひとまず考える時間を稼ごうと夜一はそう発言するが、それが悪手だったと気付いた時にはすでに真白は部屋を出ていた。


「・・・夜一、ドンマイだ」


 イナリはそんな悪手を選択してしまった夜一を見てそう呟く。

 その後は、少しして戻ってきた真白と入れ替わりに夜一とイナリは風呂に行き、シャンプーのいい香りがする真白とイナリに夜一は教えられながら連続呪装の鍛錬をした。

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