第3話 二つの呪具

真白ましろちゃんはいつからあの男の子、鬼頭くんの霊力を感じた?」


 夜一とイナリが書斎を出た後、彩香は夜一と廊下ですれ違った銀髪の少女にそう尋ねていた。


「鬼が出現してから結構経った後から。それまであんなに大きな霊力全く感じなかった」

「・・・やっぱりかぁ。となると鬼に出会った影響で覚醒したか、封印が解かれたか・・・どちらにせよあの量の霊力は異常すぎるなぁ。下手したら私たちに手が付けられないアヤカシが出て来てもおかしくないし。それに妖力は感じなかったけどいくら治癒府を使ってるとはいえ傷のなおる速度が速すぎる。これはなんか訳ありだね。・・・まぁ、とりあえず彼一人でも多少は戦えるようになってもらわないといけないから、真白ちゃん夏休み中に簡単な霊力の操り方を教えてあげてくれる? 学校に入るにもある程度実力がないといけないし」

「うん。わかった」


 そう言って少女は書斎を出る。


「せっかく仕事丸投げして来て名古屋に来たのにこれじゃあ休めそうにないなぁ」


 彩香はそう呟いて、パソコンのキーボードを叩き始めた。

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 彩香と真白と呼ばれた銀髪の少女が話している頃、夜一とイナリは彩香から使っていいと言われた部屋の前にいた。


「ここがお前の部屋だ」


 イナリは尾を使って扉の取っ手をひねり扉を開ける。そして夜一は、部屋の中を見ただけで固まる。

 部屋の中は普段夜一が暮らしているアパートの一室より広く、キングサイズのベッドが部屋の中央にあり、天井には金色に光るシャンデリラが取り付けられていてどこかの王室かなんかに来てしまったのではないかと錯覚するほど豪華だった。

 イナリは口をぽっかりと開けている夜一をそっとベッドの上に置く。


「イナリだっけ? ありがとな」

「私は彩香様に命じられたからやっているだけだ。・・・少し待っていろ」


 イナリはそう言って部屋から出て行く。

 数分後、イナリは4冊ぐらいの大きな本を持って部屋に戻ってくる。


「・・・これは?」

「陰陽師について書かれた本と呪符の書き方、後霊力の操り方が書かれている本だ。夏休み中に全て読んで暗記しておけ。それができれば9月からの学校で浮くことはないだろう」

「ありがと」


 やっぱり口調は偉そうだが根はいいやつなんだなと夜一は思った。


「・・・あ、そういえば今日の日付を教えてくれない?」

「お前が鬼に襲われてから4日立ったから24日だな。お前が行っている高校には彩香様が連絡を入れていたから安心するといいぞ」

「いや、学校もそうなんだけど、この四日間入れてたバイト先に電話をいれなきゃなって思って。それに夏休みに入れてたバイト、この怪我じゃ行けそうにないから連絡しておきたいなって思って」

「・・・わかった、ケータイを持ってこよう、ついでにお前の荷物も持って来る少し待っていろ。だがその前にお前、まともに腕が動くのか?」


 イナリに言われてそういえばと夜一は思い腕を動かそうと力を入れる。少し痛みが走るがなんとか本のページをめくることやケータイで電話をかけることぐらいはできそうだった。


「ちょっと痛いけどなんとか動くみたい」

「そうか、なら良かった」


 イナリはそう言ってケータイと夜一の荷物を取りに部屋を出て行く。

 そして、少しして戻って来たイナリから今の事態では珍しいガラ携帯を渡され、夜一はバイト先に事情を説明し、すいませんと必死に謝った。

 どれだけバイトを入れていたのか数時間ほど電話をし続け、連絡が終わるった頃にはすでに赤い光が窓から差し込んでいた。


「お前、そんなに家計が苦しかったのか?」


 そんな夜一を飽きもせずずっと見ていたイナリは連絡し終わり一息ついている夜一にそう尋ねる。


「死んだ親が残してくれた家はあったからまだマシな方だよ。食費とガス代に電気代と水道代さえ払えばなんとかなったからね。それに加えて貯金を貯めていこうとしてたからこんなにバイトが入ってたんだ」

「・・・お前の親が死んだのはいつぐらいだ?」

「うーんと、俺がまだ5歳の時だったから11年前かな。俺を中学卒業まで面倒を見てくれた人が言ってたんだけど俺の両親は火事で亡くなったらしいよ」

「・・・そうか、それは気の毒だったな。・・・そういえば、お前の荷物の中に呪具が入ってたんだが何か心当たりはあるか?」


 イナリはそう言って、夜一の荷物の中から使い古した白色のお守りと紫色のお守りを取り出した。

 お守りの中には竹が入っていて白色のお守りの方は鬼との戦闘で棍棒が当たったか鬼に踏まれたかして粉々になっていた。


「それ、俺を中学卒業まで育ててくれた氷麗さんって人が姿を消す前に肌身離さず持っていてって言って渡してくれたやつだ。・・・それが呪具っていうやつなの?」

「そうかまだ呪具というのを知らないんだな。呪具というのは霊力を込めながら作られたもののことだ。この白い方からはかすかだが霊力を感じるんだが、紫色の方からはアヤカシが発する妖力というのを感じるんだ」

「てことは・・・どういうこと?」

「霊力の代わりに妖力が込められて作られた呪具ってことだ。これも少ししか妖力を感じないから特に害があるというわけでもない。これをくれた人が持っていろと言ったんだったら持っているべきだろう」


 イナリは二つのお守りを夜一に渡す。


「お前、自分を中学まで育ててくれた人が姿を消したと言っていたが行方不明になったということか?」

「うん、中学の時の卒業式の後家に帰ったら氷麗さんも緑さんも二人ともいなくて、代わりに『今日までお世話になりました。高校の入学費は払っておきましたのであとは自分の好きなように生きてください』って書かれたメモだけ置いてあって」

「・・・その二人は随分と身勝手なことをしたんだな」


 いくら自分たちの子供じゃないとはいえ義務教育が終わると同時に姿を消すなんてひどい奴らだとイナリは思い、そう口にする。


「多分、何か事情があったんだと思う。二人がいなくなる少し前に一回だけ見たんだけど氷麗さんが夜中に泣いていたんだ。それも目が真っ赤になるほど、そして『夜一様と離れるのは嫌だ』って緑さんに向かって言ってたんだ」

「・・・そうか、迂闊な発言だった許せ」


 イナリは申し訳なさそうに頭を伏せて謝罪する。

 今までずっと口調が偉そうだったから、てっきり謝るのに抵抗を感じる人種・・・生き物なのかなと勝手に思っていた夜一はそれを見て驚く。


「別にいいよ。そう思われても仕方がないことを氷麗さんたちはしたんだから」

「・・・いや、今のは完全に私が悪かった。・・・何か本を読んでわからないことがあったら私に訊くといい、答えられる範囲で答える」

「ありがと」


 いきなり頼り甲斐のある発言をイナリの口から言われ夜一はにこにこと笑う。

 それから、一人と一匹は彩香が夜ご飯だよと呼びに来るまで読書を続けた。



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