第2話 陰陽師
「・・・ここは・・・?」
夜一は知らない部屋のソファの上で綺麗に傷の手当てがされ、綺麗な黒色の浴衣を着ている状態で目がさめた。
「やっと起きたか」
そう言って一体の動物が夜一の顔を覗き込む。
夜一の顔を覗き込んだ動物は茶色い毛並みに二本の尾が特徴的な体長2メートル以上はあるであろう大きな狐だった。
「お、大きい」
「お前、起きたのならついてこい」
狐のあまりの大きさに驚きのあまり声を漏らす夜一。狐はそんな夜一を気にも留めずめんどくさそうに夜一についてくるよう命じる。
「え、狐が、喋った・・・?!」
夜一は目を見開いて狐をまじまじと見てそう呟いた。
まぁ、当然の反応だろう。普通、狐は喋らないしもっといえばこんなに大きくはない。
「・・・はぁ、これだからいくら霊力が高いとはいえ、只の一般人をここに連れてくることを私は反対したんだ」
狐はハァとため息交じりに呟く。
「おい人間、私が喋れる理由もお前が遭遇した怪力な人間の正体も含め説明してくださるお方の元まで案内してやるから黙ってついてこい」
狐は夜一に再び命じる。今度はさっきよりもさらにめんどくさそうに言う。
(そういえば、なんで俺は生きてるんだろう? あの男はどうなったんだ? それにここはどこだ? そもそもこの狐は信用できるのか? いやでも手当てしもらってるし・・・)
夜一は今更の疑問について深く考えるが、いくら考えても答えは出ない。狐に訊こうとも思ったが、黙ってついてこいと言われていたので訊かずに一応狐のことを信用してついていこうと体を起こす。
「痛っ!」
だが、夜一は体を起こすことはできなかった。
寝転がっているだけでは全然痛みを感じなかったから夜一は忘れていたが、普通だったら死んでいてもおかしくないほどひどい怪我を負っているのだ、当然夜一が体を動かせるわけがない。
「はぁ、仕方がない」
体を起こすことのできなかった夜一を見てため息をつきながら夜一の体を二本の尾で持ち上げ、狐は自分の体の上に乗っける。
「今から歩く、体が痛くなったら教えろ歩き方を変えてやる」
狐はそう言って歩き出す。この時、この狐はめんどくさそうにしてはいるが、本当はいいやつなのかもしれない、と夜一は思った。
狐は夜一を背負い部屋を出た。そこで、夜一たちは一人の銀髪の少女と遭遇する。
「あ、起きたんだ・・・イナリが彩香さん以外の人を背中に乗せるなんて珍しい」
「私とて好きで乗せているわけではない。彩香様がこやつを連れてきてくれと言っていたから仕方がなく乗せているだけだ」
イナリと呼ばれた狐は少女の言ったことにそう反論する。
「そうなんだ。鍛錬があるから、またね」
少女はイナリの上で仰向けになっている夜一にそう言って小さく笑い、イナリが行こうとしている方向とは反対方向に歩いていく。
「おい人間、あやつがお前を助けたんだ後でお礼の一言でも言っておけ」
イナリは夜一にそう言うとまた歩き出した。
それから少しして、書斎と書かれている部屋の前に着いた。イナリは前足を前に出し扉を押す。
ギィィィと音を立てて扉は開く。そして、イナリは夜一を二本の尾で器用に床に下ろし、夜一の横に座って自分の尾を夜一の背もたれにする。
「初めましてだね。私の名前は
見ため20代後半で浴衣を着て椅子に座る女性はそう言ってなんとも明るい表情で笑う。が、発言は完全に厨二病に近い。
「・・・鬼頭夜一です。・・・その、陰陽師とは?」
「まずはそこから説明する必要があったね。陰陽師とは人に仇なすアヤカシと呼ばれる怪異を倒し、浄化することを仕事とする人たちのことを指す言葉だよ。まぁでも、名前ぐらいは聞いたことあるんじゃないかな?」
夜一とて陰陽師という言葉ぐらいは知っている。だが、そんな人が現代のしかもまさか自分の目の前にいるなんてことが信じられないのだ。
そんな心境の夜一を見て何かを察した彩香はどうしたら信じてもらえるか考える。
「口で言ってもどっかの宗教かなんかかと勘違いされてしまうかもしれないけど、実際君の横にいる狐は喋ったでしょ? 鬼頭くんは喋る狐を見たことがある?」
夜一は彩香にそう質問され、確かに今日初めて見たがもしかしたら何か機械が取り付けられていてそこから声が出ているだけかもしれない、もしくは新しいロボットかなのかも、と考える。
だが、少し間を置いて夜一は、
「・・・いえ、今日初めて見ました」
色々と可能性を考えていた夜一だが、イナリが喋っている時は口が動いていたし、夜一や夜一が廊下で会った少女とも意思疎通ができていた、それに夜一はイナリに乗っている時、確かに体温や心臓の鼓動を感じていた。さすがに信じるしかないかと思いそう口にした。
「そうでしょ、それに鬼頭くんが殺されそうになった相手は鬼というアヤカシだよ」
「え! あの人、人じゃなくて鬼だったんですか?!」
「そうだよ・・・もしかして人間じゃないって気づいていなかったの? あんなにボロボロになってたのに」
「はい。最初に吹き飛ばされてから体がまともに動かなかったので。最初に男の顔を見た時は暗くて、ひたいに何か角のようなものが生えているなとは思いましたけど、まさかあれが本物だったなんて・・・」
夜一は少し考えるようなそぶりをする。そして、
「でも、なんで俺は襲われたんですか?」
と尋ねた。
「襲われたことについてはただ運が悪かっただけとしか言いようがないかな、現に君が鬼と遭遇したあたり一帯の住人たちは例外なく全員殺されているしね」
「え、全員・・・ですか?」
「そう、全員。あの時刻、あの場所で生き残ったのは君だけだと思うよ」
彩香の言葉を聞き夜一は自分の胸に手を当て心臓が動いていることを確認し自分は生きていると再確認する。
そんな夜一の行動を彩香は優しい目で見ている。
「・・・そろそろ本題に入りたいんだけど、質問はそれぐらいでいいかな?」
夜一のそんな行動を見ていた彩香が夜一にそう尋ねると夜一は首を縦に振る。
「アヤカシは、なんで人を襲うのかわかる?」
「・・・予想ですが、人間を食べるため、ですか?」
「まぁ、だいたい合っているけど70点だね。アヤカシが人間を襲う理由は人間が持っている霊力という力を食べ自分の腹を満たすため。人間の食べ物を食べても飢えは満たせるらしいけど、それを食べるより霊力を食べた方が数十倍も飢えを満たすことができて、さらに強くなれることからアヤカシの多くはその霊力を好んで食べる。そして実は、鬼頭くんの体からは異常な量の霊力が感じられるんだ」
「そ、それってどういうことですか?」
「簡単にいうと、アヤカシたちが君を食べに集まってくるってこと」
夜一の頭の中に鬼と出会った時の記憶が再生され、激痛が夜一の体に走る。
冗談じゃない。なんでまたあんな痛い目を見ないといけないんだ、と夜一は強く思う。
そんな夜一を見て彩香は一枚の呪符を懐から取り出し詠唱を始める。
彩香が取り出したのは銀髪の少女が夜一を助けた時、夜一の傷を癒すために使った治癒府だ。
彩香が詠唱を終えた直後に呪符は一人でに動き、弥一が着ている浴衣に張り付き、痛みを抑える。
「実は私、横浜で陰陽師を育てる陰陽師学校の校長でね、鬼頭くんに提案なんだけどそこの生徒になる気は無い? 学校の敷地内は結界が張られていて校内に入ることのできる特別な権限を持っているアヤカシ以外は入れないし、そこでなら襲ってくるアヤカシに対抗するための手段も学べる。もちろん学費はこちらで払わせてもらうし、必要なら寮の部屋も提供する、どうかな?」
夜一は考える。そして、二つ返事で承諾する。
「じゃあ、鬼頭くんの両親にこちらから連絡しておきたいから住所を教えて欲しいな。夏休み中には入学手続きとかしておきたいし」
「・・・両親は、もう何年も前に死んでいて今は一人暮らしをしているので連絡する必要はありません」
「あ、ごめん」
「親の記憶はほとんどないので大丈夫です」
「そう? でもごめんね。・・・じゃあ、手続きは私がやっておくから夏休みが終わるまではこの家にいるといいよ、引っ越さないといけなくなるから荷物をまとめに家に帰りたい時は護衛としてイナリを連れて行くといいよ。玄関に車椅子を用意して置いたからそれを使って家に行くといいよ」
彩香はそう言って書斎にある机の上に置かれたパソコンを触り入学手続きを始める。
こうして、夜一は横浜にある陰陽師学校に行くことになった。
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