アヤカシを喰らう者

空式_Ryo

人生の分岐点

第1話 アヤカシ

「お母さん、お父さん、どこにいるの? 熱いよぉ、こわいよぉ」


 赤い炎に囲まれている部屋の中、床にしゃがみ込んで泣きながらこの家のどこかにいる両親に必死に助けを求めている5歳ぐらいの男の子がいた。

 男の子の右腕はまるで炭化したかのように黒ずんでいて、足は天井から降ってきた瓦礫の下敷きになっていてまだ非力な子供では動かせそうにない。家の外からは消防車のサイレン音が聞こえて来るが炎が大きすぎるのかいつまでたっても消防士たちが入って来る気配はない。それどころか、炎は消されてたまるかと言わんばかりにどんどん大きくなっていく。


氷化ひょうか!」


 誰かがそう叫んだ。

 直後、消防士たちでさえ消すことのできなかった炎が家ごと凍った。


夜一やいち様、大丈夫ですか?!」


 炎が家ごと凍ったあとすぐ、家の扉を蹴り破り一人の女性が入ってきた。彼女は相当急いでここまできたのかはぁはぁと息を切らしていた。

 彼女は部屋の中心で泣いている男の子を見つけ、すぐに駆け寄り足に乗っていた瓦礫をどかす。


「だ、れ?」

「よかった、ご無事でしたか。・・・河童、早く傷の手当てを!」


 彼女は男の子の声を聞いて一瞬安心したような表情になるがすぐに部屋の入り口の方を見て彼女が入ってきた後すぐに部屋の中に入ってきた青年に命令する。

 ゼェゼェと息を切らしながらも河童と呼ばれた青年はすぐに男の子の元へと駆けつけ、男の子の体の上に手をかざす。直後、男の子の上にかざされた手は緑色の光を放ち、そのあとすぐに男の子の体も緑色の光を放つ。それから数秒で男の子の右腕と足の怪我が完治した。


「夜一様の手当てはこれですみましたか。あとは当主様と奥様を発見して手当てをするだ・・・」


 彼女が男の子の両親を探そうと部屋の中を探そうと足を一歩踏み出した直後だった。彼女の足に何かが当たり彼女は反射的に下を向く。

 彼女の足に当たったのはこの家の当主であり、彼女の育ての親であり、彼女が仕える主人であり、河童と呼ばれた青年がおぶっている男の子の父親でもある男の遺体だった。


「・・・そんな・・・当主様が・・・」


 彼女は悲しみのあまり泣きそうになるのをぐっとこらえる。たとえ死んているとしても自分の仕える主人の前で泣きじゃくることは彼女のプライドが許さなかったのだろう。

 彼女は自分の主人の遺体をひとまず河童の元まで移動させ、すぐに男の子の母親を探す。

 数分ほど探し、隣の部屋で今にも途切れそうな息をしていた黒髪の女性を彼女は見つける。


「奥様!」

「・・・その、声は、雪女ちゃんね。てことは、周りの炎を消したも、貴方、なのね」

「奥様、気をしっかり持ってください。今すぐ河童を読んできますので」

「待って、もう私は助からないわ。だから、最後に私の・・・私たちのお願いを、聴いてくれるかな?」

「・・・はい。何なりと」

「ふふ、よかった。・・・夜一を、お願いね。あの子が暮らせるようにしてあげ、て」


 黒髪の女性はそう言ったあと、生き絶える。

 ポツリっと雪女ちゃんと呼ばれた彼女の目から一滴の涙が右目から頬を伝って地面に落ちた。


「はい、必ず、必ず私が夜一様を普通の男の子として暮らせるようにします。ですから、安心してお眠りください」


 自分の仕える主人を失った青髪の女性、雪女は耐えきれなくなったのか泣きながらそう言った。

 そして、彼女は誓った。必ず夜一様をアヤカシと関わることのない普通の男の子として育て、自立できる歳になったら妖怪である自分は姿を消そう、と。

____________________________________


 11年後の2070年7月20日。


「はぁー、やっと終わったぁ!」


 腕を伸ばしながら暗い夜道を歩いている黒髪黒瞳の少年がいた。

 彼の名前は鬼頭夜一おにがしらやいち、家はあるが毎日バイトをしていなければ暮らせないほど貧乏なところ以外は普通の男子と変わらない高校生(16歳)だ。

 そして、今日も学校を終えてから夜遅くまでバイトをして、帰路を歩いているのである。


「よし、とりあえず今月の食費はどうにかなりそうだな」


 夜一がそんなことを呟いていると前から体の大きな男の人が歩いていくる。


(身長高いし、すごい筋肉だな・・・ん、なんかひたいのところに何か・・・角? みたいなものがついてるな。てか、なんでバットなんか持ってんだ?)


 夜一は前から歩いてくる男の人の姿を見てそんなことを考えながらあまり関わりたくないと思い急ぎ足で隣を通り過ぎようとする。が、驚くことに男は一切の躊躇もせずバット、もとい鉄の棍棒を自分の隣を通り過ぎようとする夜一めがけて横に薙ぎ払う。

 何か格闘技をやっているわけでもなく、こうなることを予想して警戒していたわけでもない夜一に突然の攻撃を躱せるはずもなく鉄の棍棒は夜一の体に容赦のない打撃を与える。

 夜一は口から大量の血を吐きながら10メートルほど弧を描くようにして吹き飛び、住宅の壁に衝突し動かなくなる。


「はは、弱いな。こんな攻撃でこんなに遠くまで飛ぶなんてな」


 男、いや一対の角を生やした鬼はニヤニヤと下卑た顔で笑いながら夜一に近づいていく。しかも鬼が一歩足を踏み出すごとに鬼のただでさえ大きな体が一回り、二回りと大きくなり、ひたいの角はどんどん伸びていく。


(なんで俺、攻撃された、んだ?)


 痛みで体が動かず俯いたまま顔を上げることができない夜一はそんな鬼の変化を見ていない。それどころか、男が鬼だってことにすら気づいてはいない。

 そんな中、なんでこんな現状になったのかを夜一は必死に考える。が、答えは出ない。誰かに恨まれるようなことをした覚えはないし、こんな危ない男と関わった覚えもない。


「ああん? お前、まだ生きてたのか。死んでたら生きながら体を喰われる痛みを感じずに済んだのにな」


 男はまだ夜一が息をしていることに気づいたのか哀れむような眼差しで俯いたままの夜一を見下ろし、そう言って、棍棒を背中の後ろに持っていく。

 このとき、夜一の頭のなかでは一つのことだけが考えられた。

 

(こんな意味のわからないところで死にたくない)


 今出せる力を振り絞り、痛みに耐えて最後の悪あがきと言わんばかりに夜一は鬼の右足を掴む。


「意味のない悪あがきだな」


 鬼は夜一の体に思いっきり棍棒を振り下ろす。

 夜一の体はアスファルトに亀裂を入れてめり込み、夜一は意識を失うが鬼の足からは手を離さなかった。

 めんどくさそうに鬼は掴まれている手を振りほどこうと手を伸ばす。が、鬼は伸ばした手を止める。

 なぜなら、夜一の手のひらから白黄色に光っていたからだ。


「なっ!? なんでいきなり霊力が膨れ上がって」


 夜一の手のひらから出た光は鬼の右足を覆う。そして、次の瞬間には鬼の足を白色の粒子に変え、浄化した。


「グァァァァ」


 鬼は空気が振動するほどの大きな雄叫びをあげ、憎悪と怒りがこもった目で夜一を睨みつけ、片足で立っているにも関わらず鬼は今までで一番力を振り絞って棍棒を夜一の頭めがけて振り下ろす。


 ・・・だが、鬼の棍棒は夜一には当たらなかった。

 どこから現れたのか華奢な体に月光のような綺麗な長い銀髪を持つ少女が一本の刀で鬼が全力で振り下ろした棍棒を防いでいたのだ。


「な、なんだお前は! どけ、俺はそいつを殺すんだ!」

「・・・うるさい」


 少女はそう言って、鬼の棍棒を刀で弾き、一太刀で鬼の胴体を切断した。

 鬼の体は切断された直後に光の粒子となって消える。


「・・・まだ生きてる、っぽい?」


 かろうじて息をしている夜一を見て彼女はそう呟き、一枚の呪符を懐から取り出し呪文を詠唱する。

 少女が詠唱を終えた直後、呪符は一人でに動き夜一の服に張り付き傷を癒していく。


「・・・ひとまず、彩香さんのところに運ぼ」


 少女は刀を鞘にしまい千智を担いで屋根の上に飛び乗り夜の闇へと消えた。

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