第14話 剣士 アビゲイル 2


 ◆


「待たせてしまったな」

 アビゲイルはそう言って、部屋の中央へと進んだ。

「私が城をあける間の軍備内容で元老院のジジイどもがゴネおってな。少々、手こずってしまった」


 それから彼女は俺たちの方へ振り返り、腰に手を当てた。


 美しく輝くようなストレートの金髪。

 切れ長で深い紺碧の瞳。

 きりりと引き締まった口元。

 陶器のように白くきめ細やかな肌。

 長くすらりと伸びる足。

 恐ろしく均整のとれた体つき。

 

 …………超カッケー!


 何この人!

 現実感のないほどに、完璧だ。

 俺は半開きになった口を、そこでようやく閉じた。

 完全に――見惚れてしまっていた。

 こんな絵にかいたような美人が、この世に存在したのか。


 それに、思ったより、随分と若い。

 二十歳くらいだろうか。

 大佐、という階級にしては異様な早さだ。

 この国一番の天才剣士というのは、誇張でもなんでもないようだ。


「お前がユウスケだな」

 と、アビゲイルが俺を見ながら言った。

 凛としていて、鳥のようにさわやかな声音。


「は、はっ! この度、王の命により、この特殊任務に参加させていただくことになりました」

 俺は頭を下げた。

 ふむ、と言いながら、アビゲイルは木椅子に腰かけた。

「で、そちらは鑑定士係りの豪商、ゴードンだな」

「左様で」

 少し声がうわずっている。

 豪胆そうなゴードンも、さすがに緊張の面持ちだ。


「楽にしろ。今日はまだ任務ではない」

 アビゲイルは柔らかな声で言った。

 俺は「はっ」と返事をして、いよいよ背筋を伸ばした。

 他方、ゴードンはいくらか緊張が解けた様子で「そうですな」と言って、近くの椅子にどかりと腰かけた。


「そうだよ、二人とも。緊張しすぎー」

 マキが愉快そうに笑った。

「アビちゃんってば、ただの女の子なんだから。特にほら、ユウスケ。そんな緊張しないのー」

「い、いや、そうは言っても」

 俺は頬をひきつらせながら言った。

 どう見ても――ただの女の子では無い。


「ほーら。アビちゃんも、もうちょっと笑わなきゃ。今日は懇親会でしょ?」

 そう言いながら、マキはアビゲイルに抱きついた。

「こ、こら、やめなさい、マキ」

 アビゲイルは綺麗なアーチの眉をひそめた。


「やめないよー。アビちゃんが笑うまで、ほらー」

 そう言って、マキはアビゲイルの体をくすぐり始めた。

「ば、ばかっ。脇はやめろと言っているだろう」

「へっへー。止めろと言われて止める人がいますかー。ってあれ? アビちゃん、ちょっとおっぱい大きくなっ――」

 ごちん。

 そこで、アビゲイルがマキの頭にげんこつを落とした。


「いったーい」

 マキが涙目で頭を押さえる。

「もう、アビちゃんってば、すぐ手を出すんだからー」

「うるさい。お前こそ、人のコンプレックスにずかずかと踏み込み過ぎだ」

「えー、いいじゃーん。アビちゃんの控えめなおっぱい、私は好きだけど――」

 ごちん、ともう一発。

 マキはひーん、と言って、ゴードンの後ろに隠れた。


 アビゲイル大佐は、少し頬を赤らめて、口をとがらせている。

 がはは、とゴードンが笑った。


 俺も少し笑ってしまった。

 大佐……貧乳を気にしているのか。


「とりあえず、話を戻すぞ」

 コホン、とアビゲイルは空咳をした。

「出立は明後日の早朝だが、準備は整っているか?」

「は、はい」

「整ってまっせ」

 俺とゴードンは同時に言った。

「そうか。長旅になるからな。装備は充実させておけ」

「はっ」

 俺は敬礼した。


「で、だ」

 アビゲイルは俺を見た。

「ここからが本題なのだが。ユウスケ」

「は、はい、なんでしょう」

「今回の任務はお前を守ること。そこが作戦の中心となる」

「お、俺、ですか?」

 俺は自分を指差した。

「そうだ」

 アビゲイルは顎を引いた。

「お前は王から、魔石を得る役目を担った。この部隊での最重要人物と言える。だが、言うまでもなく、戦闘能力は最も低い。必然として、お前をモンスターどもからどう守って行くか、ということが肝要になってくる」

「モ、モンスター、ですか」

 改めて聞くと、やはり恐ろしい。


「うむ。世界樹は世界中に点在しておるからな。中にはダンジョンの奥深くに生えている場合もある。その場合、モンスターも強力になると考えられる」

「マ、マジですか」

 俺はごくりと喉を鳴らした。


「よって、お前にはこれを渡しておく」

 アビゲイルはそう言って、黒い皮でなめしたバンドのようなものを渡した。

 皮には2つ膨らんだ凹凸があり、それが紐で開閉できるようになっている。

「な、なんですか、これ」

「魔石を装備するためのキットだ」

「魔石キット?」

「それには魔石が入るポケットが2つ誂えてある。そこへ魔石を入れれば、その魔石を装備することが出来るようになっている」

「なるほど……これに入れておけば、」

「冒険者の必需品だ。当然、私やマキもつけている」

 そう言って、自らの腕を見せる。

 たしかに、黒いキットが装着されてある。


「穴の数が、違うようですが」

 と、俺は言った。

「うむ。魔石というものは、精神力や体力を奪うものもあるからな。人によって、装備できる上限が違う。私は5つ、マキは4つが上限だ」

「5つ!?」

 ゴードンが驚いた。

「そ、それ、ほんまでっか?」

 うむ、とアビゲイルが頷いた。

「こ、こりゃあ、とんでもないお人やな。普通、魔石は2つが限度。達人でも3つ以上は無理だと言うのに――」

 ゴードンは閉口した。


 うふふ、とマキが微笑んだ。

「すごいでしょー。アビちゃんってば、他国にも名前が轟くほどの剣士なんだから」

 まじかよ、と俺は思った。

 そんなすごい人間が、俺のパーティーの隊長を務めるわけか。


 頼もしくもあるが、同時に震えるほどに恐ろしい気もする。

 この任務――。

 どうやらガチで国策のようだ。


「それから、ほら」

 続いて、アビゲイルは魔石を2つ、放り投げた。

 青い魔石一つと、赤い魔石一つだ。


「スピードと体力を倍にする魔石だ。スピードのほうがSだな」

 と、アビゲイル。

「ユウスケ。それをやるから、常にそのキットへ入れておけ」

「はあ、お上っちゅーのは、なんとも豪儀なものやな。こんな高価なもんを、ぽんと渡しよる」

 ゴードンは感心しきりである。

 

 俺は受け取った赤色と青色の魔石を交互に眺めた。

 吸い込まれそうなほど、綺麗な石だ。

「こ、これを身につけていれば、ステータスが伸びるんですか?」

「うむ。出来の良い魔石だから、体への負担もほとんどないはずだ」

 はえー、と俺は間抜けな声が出た。


「ところで」

 と、アビゲイルが居住まいを正し、少し低い声音を出した。

「ユウスケ。お前、SSの魔石を引いたらしいな」

「は、はい」

 俺は頷いた。


「そうか」

 アビゲイルは少し考える素振りを見せてから、こう言った。 

「では、今ここで、その魔石を発動させてみてくれないか」


 

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