第13話 剣士 アビゲイル


 ◆


 その時、扉がこんこん、とノックされた。

「どーぞー」

 と、マキが間延びした応答をする。

「おう、集まっとるな」

 野太い声がして、ぬ、と大男が現れた。

 俺は刹那、息が止まった。

 この人が――アビゲイル大佐か。

「は、はいっ!」

 俺は踵を鳴らして敬礼した。


「なんだ。堅苦しいな。ゆうにせえ。わしらぁは、これから仲間なんじゃけ」

 大男は俺の方に手を置いた。

「いえ! そんなことは出来ません! 大佐殿に、無礼な口など」

「大佐ぁ?」

 大男は怪訝そうな顔をした。

 それから彼は一瞬の間を開けて、がはは、と磊落に笑った。

「わしは、大佐やないで」


「こちらは、豪商のゴードン=アランドさんですよー」

 と、マキが言った。

 言われてみれば、彼――ゴードンは軍人とは思えぬほどラフな服装をしている。

 年のころは――50代手前といったところか。


「ゴ、ゴードン?」

 どこかで聞いたことがある名だ、と俺は思った。

 だが、すぐに思い至る。

 この人は――。


「コトトのお師匠さん、ですか?」

「おう」

 ゴードンはにやり、と口の端を上げた。

「お前はユウスケやな。コトトからきいとるで」

「そ、そうですか」

「なんでも、偉い幸運の持ち主らしいの」

 ゴードンは俺に顔を近づけ、じろじろと見た。

 ちょっと……いや、かなり酒臭い。


「ふむ。なるほどのう」

 やがて、ゴードンは言った。

「な、なんでしょうか?」

「いや、ええわ。それより、これからよろしくの」

 ゴードンは俺の手を掴み、無理やりぶんぶんと上下に振った。


「は、はい」

 俺は苦笑しながら言った。

「そ、それで、どうしてゴードンさんがここに?」

「ゴードンさんは、私たちの部隊の一員ですよー」

 相変わらず間延びした声で、マキが言った。


「へ?」

 俺は素っ頓狂な声を出した。

「どういうことです?」

「私たちの荷物持ち兼、魔石鑑定士として、魔石収集の旅について来て頂きます。この国で、ゴードンさんより秀でた人間はおりませんからー」

 ね? とマキはウィンクをした。


「そんなこともないんやけど、のう」

 ゴードンは眉を下げ、太い腕を組んだ。

「正直、ちと迷惑な話やった。おかげで、商売の一切を部下に任せることになったからの」

「しょうがないですよー。王の命ですからー」

 間延びしたマキの声。


 まあの、とゴードンは背を丸めた。

「わしらぁ商人は王には感謝もしとるし、恩返しをしたいちゅう気持ちはあるんやけどな」

「ま、良い機会じゃないですかー? ゴードンさん一人で商会や商売を取りまとめるのも大変でしょう。下の人間にも、そろそろ経験を積ませてあげないと」


「む」

 ゴードンは唸った。

「嬢ちゃん、随分詳しいようじゃが、わしのこと、どれくらいしっとんのや?」

「ま、一通りのことは」

 マキは小首を傾げた。

「ずいぶんとやり手のようですね」


「一通り、か」

 ゴードンはにやりと口の端を上げた。

「あんまり目立たんようにやりよるんやけどのう」

「あなた、貴族連中の間でも有名ですよ。今日、ユウスケさんが引き当てた魔石を鑑定したのも、あなたでしょう? それも、王から直々に指名されて」


「まあ、そうやが」

「やっぱり。王のお気に入り」

 マキはニコニコした。

「でも――55点かな。良い筋肉はしてるんだけど、私ってジジ専じゃないしー」

「55点?」

 ゴードンは眉を寄せた。

「何のことや」


「いや、何でもないっすよ!」

 なぜか、俺が大声を出した。

「ね? マキさん」

「そうねー。60点はあげても良いかなー。見方によっちゃーナイスミドルだし」

 マキは体をくねらせる。


「だから、何の話や」

 ずい、とゴードンが身を乗り出す。

「ああいや、そう言えば、大佐、遅いっすね! まだっすかね!」 

「ん? そういや、そうやな」

 ゴードンは時計に目を移した。


 ふう、俺は息を吐いた。

 全く、どうしてこんなにはらはらしないといけないのか。

 マキという魔法使い――この女、マイペースすぎる。


 と、その時。

 ちょうどタイミングよく、がちゃり、と扉が開いた。


 ◆


「あ、アビちゃん。おそいよー」

 と、マキが言った。

「おお、大佐殿。お待ちしておりましたぞ」

 ゴードンが緊張した様子で、背筋を伸ばした。


 そして俺は――現れた大佐の姿に、驚きのあまり、口をあんぐり開けた。


 思っていたのと、全然違った。

「こ、この人が――アビゲイル大佐?」


「うむ。少々遅れてしまったな」

 と、「彼女」は頷いた。


 そうである。

 アビゲイル大佐は――。

 これまで見たこともないほどに美しい、女剣士だった。



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