第12話 魔法使い マキ


 ◆

 

 豪華な装飾のカンテラが照らす、うす暗い廊下を兵士に続いて歩く。

 夜の城内は、カツーンカツーンという音がやけに耳についた。


 少しカビっぽい香りがする。

 俺は背を丸め、辺りをきょろきょろと伺いながら先へ進んだ。

 無人のお城と言うのは少々気味が悪い。

 昼間見ると荘厳な絵画も、夜見ると呪いのアイテムに見える。


 つと、昔、部活の合宿で学校に泊まった時のことを思い出す。

 肝試しと称して、音楽室に行った。

 あの時の雰囲気を倍くらい怖くした感じ。


 だが。

 今はそれよりも、もっと恐ろしいことがある。

 それは、これから会う冒険の仲間――剣士と魔法使いだ。

 王の話では、この二人は最強クラスのレベルらしい。


 特に――剣士アビゲイル=ジョブワ大佐という人のことだ。


 アビゲイルという、いかにもないかつい名前。

 大佐と言う階級。

 国一番の最強剣士と言う称号。


 どれをとっても、恐怖しか無い。

 きっと――ものすごく厳しい人なんだろうな。

 想像すればするほど憂鬱だった。

 俺……文化系なんだよね。


 やがて、先を行く兵士が足を止めた。

「こちらです」

 鵺のような生き物が彫られた、豪奢な扉だ。

 四隅から、かすかに光が漏れている。

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 扉からして、威圧感がある。


「し、失礼します」

 俺はおそるおそる、重厚な扉を開いた。


 ◆


 中には、一人の可愛らしい少女がいた。

 俺はきょとんとしてしまい、無意味に辺りをきょろきょろと見回してしまった。


「あら。こんにちわー」

 少女はニコニコしながら、俺に会釈をした。

「あ、あれ? アビゲイル大佐は?」

 思わず、口調がため口になった。

「えーっと、ちょっと会議が長引いてるみたいですぅ」

 少女は微笑みながら、のほほんとした口調で言った。

「けど、アビちゃん、もうすぐ来ると思うよー」

「あ、アビちゃん?」

 俺は首を捻った。


 大佐をちゃん付けで呼んでいる。

 この謎の少女はなにものだ?

 俺は無礼にならぬよう、出来るだけさらっと彼女を見た。


 絹のように艶のあるストレートの黒髪。

 ぱっちりした目は碧眼である。

 柔らかそうなほっぺに、薄い唇。


 目の覚めるような、ショッキングピンクの装束を纏っている。

 そして身の丈に合わぬ、先っぽに球体のついた巨大な杖を抱えるように持っていた。


 コトトとはまた種類の違う、品の良い感じのものすごい可愛らしい少女だ。

「えーっと、あなたは」

 と、俺は聞いた。

「私? 私はマキ=フォール=フォールと言います」

 少女――マキはそう言って、丁寧に頭を下げた。

「マキさん、ですか」

「ええ。君は、ユウスケ=モロタ、だね?」

 はい、と俺は頷いた。


「よろしくお願いします」

 微笑みながら、手を差し出してくる。

 俺は少し緊張しながら、それを握り返した。

 柔らかく、小さな手。

「長い旅になるかもしれないけれど、これから、仲良くしましょうね」

 マキは上品に微笑んだ。


「ほえ?」

 いきなり言われて、間抜けな声が出た。

「な、長い旅って?」

「私、この度の部隊に選ばれた、魔法使いです」

「は、はあ?」

 俺は眉根を寄せた。


 たしかに部隊には魔法使いがいると聞いていた。

 だが。

 その人は古今東西の魔術を極めている、すごい魔力を秘めた大魔法使いだと言う話だったはずだ。


 俺はもう一度、マキをみた。

 のほほんとした様子で、にこにこと笑っている。

 この人が――大魔法使い?


「あなたが、ユウスケさん?」

 マキはおっとりと言った。

「そ、そうですけど」

 俺は頷きながら、ほっとしていた。

 どうやら――この人は優しそうだ。


「ふーん。なるほど。ふーん」

 ふーんふーんと言いながら、俺を頭から足までじろじろと見る。


「……70点ね」

 やがて、彼女はぼそりと言った。

「な、70点?」

 俺は首を捻った。

「一体何の話です?」

「あなたの点数の話」

 マキはずばり、といった。

「いやー、顔は悪くないんだけどねー。表情がだらしないもん。胸板もうっすいし、髪型もださい。うん。ぴったしね。ぴったし、70点」


 な、何だ。

 俺はひるんだ。

 初対面で――まあまあ失礼だぞ、この人。


「まあ、逆に良いかもねー」

 マキは顎に手を当て、言った。

「あんまり良い男だと、クエスト中も気が気がじゃないもん。あ、私筋肉フェチなの。だから、あんまりかっこいい上腕二頭筋とか見せられちゃうとバトルどころじゃなくって――」

 たまらないの、と頬を赤く染め、うっとりしたように言う。

 意味深に、球体をなまめかしい手つきで撫でている。

 

 そんなことを言われて、俺はなんて返せばいいんだろうか。

 たくさん考えて、俺はとりあえず「そうっすか」と答えた。

「うん。だからあなたみたいなのがいいかもね。うん。ぴったしかも」

 そう言って微笑む。


 変な人だ。

 間違いなく変な人なんだが……笑うとものすごく可愛い。


「じゃあ、これからよろしくね、70点くん」

 マキは言った。

「あ、ああ、はい。よろしくっす」

 俺は会釈した。

 それから言った。

「でも、その呼び方は、止めてくれませんか」


 と、俺がにへらと愛想笑いを浮かべた時。

 こんこん、と扉をノックする音がした。



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