第11話 ユウスケとコトト
◆
「はあ、なんか急展開すぎて頭がついて行かないよ」
そう言って、俺はふっかふかのベッドにぼすん、と横になった。
「初めてお城に来て、いきなり王様に出会って世界樹で魔石引いたらものすごいレアなもんが出ちゃって、急に世界を旅して来いって命じられてさ。しかも、出発は明後日とか」
「ほんとね。さすがのあたしも、予想外すぎてびっくしてる」
コトトは何故か少し嬉しそうだ。
俺たちは、王が用意してくれた客部屋にいた。
油絵の具で描かれた絵画や煌びやかな装飾品が飾られており、とても豪華な部屋だ。
「何か嬉しそうだな」
と、俺は言った。
「別に嬉しいわけじゃないわよ。ただ……羨ましいなって思ってさ」
「羨ましい?」
「うん。出来れば、あたしもユウスケのパーティに入って、世界中を回りたいもん」
コトトは言って、少し俯いた。
そうである。
最強パーティに配属されたのは俺だけで、その中にコトトは含まれていない。
魔石鑑定士は別の、著名な人間がパーティに入るらしい。
「世界を回りたいの?」
と、俺は聞いた。
「そりゃそうよ」
コトトは頷く。
「あたしだって、いつかはこの国を飛び出したいと思ってるし」
「国を? どうして?」
「そりゃ、たくさんお金を稼ぐためよ」
ふーん、と俺は頷いた。
「そう言えばさ、どうしてコトトはそんなにお金が欲しいの?」
「え?」
何気ない問いだったが、コトトは固まった。
「それは――商人だからよ。お金儲けが職業なんだから、お金を欲しがるのは当たり前じゃん」
「なんだよ、それ。変な答え」
「べ、別に変じゃないでしょ」
動揺している。
明らかに、いつものコトトじゃない。
その証拠に、彼女はそれから黙り込んだ。
なんとなく所在なくなって、俺は部屋をもう一度見回した。
王族が泊まるような、夢のような場所だ。
数日前まで、安モーテルに泊まっていたのが嘘のようだ。
「私、お金を貯めて、『魔石』を買うの」
不意に、コトトが口を開いた。
「魔石を?」
「うん。特殊で、とても珍しい魔石」
コトトは俺の目をじ、と見つめた。
「それは、あらゆる呪いを解くと言われてる魔石なの。レア度は多分――SかSS」
「呪いを……解く」
どきり、とした。
「どうしてそんなものを」
「それは――」
コトトは言った。
そしてそのまま、また口を閉ざした。
俺は「分かった」と頷いた。
それ以上は問わなかった。
きっと、言えない理由があるんだろう。
「俺、そいつを手に入れて、戻ってくるよ」
と、俺は言った。
「え?」
「絶対、見つけて帰ってくるから」
「……そう」
コトトは嬉しそうに、ちょっと笑った。
「じゃ、絶対、ユウスケが持ち帰ってきてよ。キミじゃないと――嫌だよ?」
「俺じゃないと?」
「そう。キミが、生きて持ちかえってくるの。そうしたら、私がうんと値切ってあげるから」
コトトは冗談っぽく言って、肩をすくめた。
おう、と俺は言って、伸びをした。
「なあ、コトト」
「なに?」
「俺さ、お前に出会えてよかったよ」
「な、なによ、突然」
「ありがとうな」
俺は真摯に言った、
「……やめてよね」
コトトは微かに声を震わせた。
「なんだか、別れが辛くなって来ちゃったじゃない」
それから、二人とも口を開かなかった。
俺はコトトを見つめていた。
彼女も――俺から目をそらさない。
「なあ。……そっちに、行っても良い?」
俺は言った。
自分でも、びっくりするくらい積極的なセリフだった。
だが、その時は自然と言葉が出た。
「えっ?」
コトトは目を大きく開いた。
「……う、うん、別に良いけど」
俺は立ち上がり、コトトのベッドに座った。
同じベッドに、コトトがいる。
誰も邪魔をするものはいない。
俺の心臓は張り裂けそうに打っていた。
何を言って良いか分からず、俺は黙ってとにかく彼女を見つめていた。
少し潤んだ瞳。
艶のある髪。
火照った頬。
少しくらくらした。
近くで見ると――彼女はものすごい可愛かった。
そしてやがて。
俺たちは、どちらともなく目を閉じた。
コンコン。
と、その時、部屋がノックされた。
俺たちは、弾かれるようにして離れた。
◆
「ユウスケさん。今、ちょっとよろしいですか?」
顔を覗かせたのは、見覚えのない若い兵士だった。
「え? ああ、いいですけど」
「実は、アビゲイル大佐が、旅に出る前に顔を合わせておきたいと仰っていてな」
「アビゲイル――大佐?」
「ああ。あなたと、一緒に世界樹の旅に出るこの国最強の剣士様だ」
「え? あ、そうなんスか」
「では、すぐについて来てください」
そう言って、扉を閉める。
俺はコトトのほうに振り返った。
「そういうことなんで、行ってくる」
「うん」
彼女は少し寂しそうに微笑んで、頷いた。
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