第10話 王


 ◆


 玉座の間には、物々しい雰囲気が漂っていた。

 扉から王までの間には赤い豪奢なカーペットが敷かれており、その両脇には甲冑を着こんだ兵士が何十人も直立していた。

 もちろん、全員が剣や槍と言った武器を携帯している。

 俺とコトトは背を丸め、まるで本物の罪人であるかのように、びくびくと王の元へと向かった。


「待たせたな」

 と、王がひじ掛けで頬杖を突きながら言った。

「ああ、いえいえ」

「とんでもございません」

 俺たちは傅きながら、ひたすら恐縮した。


「早速だが、ユウスケ。貴様が当てた魔石のことだが」

 と、王は言った。

 いきなり本題来た。


「今しがたあの魔石の鑑定が終わった。まずはその結果を伝えよう」

「わ、分かりました」

 俺はごくりと喉を鳴らした。


 ふと横を見ると、コトトは目を輝かせている。

 こんな事態だってのに、これも商人のさがと言うやつか。


「この魔石はランクSSの、『魔獣召喚系』だ」

 魔獣召喚系。

 たしか、魔石を身につけていると魔獣を召喚出来るようになるタイプの石のことだ。

 レア度も一番高い。


「ただ、秘めている魔力は驚くほど低い。ランクAの平均よりも低いくらいの代物だ」

「そ、そうなんですか?」

「うむ。要するに、この魔石が直ちに災いをもたらすほどのものではないということだ」


「よって、この石はお前に返してやる」

 王が言う。

「え?」

 俺は思わず顎を突き出した。

「い、いいんですか?」

「ただし――条件付きで、だ」

「条件?」

「そうだ」

 ダーダリアン王は一つ頷いた。

「その条件は、またあとで話す」


 ◆


「時に」

 と、王が言った。

「ユウスケ。お前、儀の途中、何やら怪しい動きをしたらしいな」

「あ、あれはおまじないです」

 俺は即答した。

「ふむ。そう言っておったな。――だが、わしには偶然とは思えんのだ。単なるおまじないをして、出てきたものが30年に一度のレア魔石。そんな都合の良いことが起きるか、とな」

 俺はドキドキしていた。

 話が不穏な方へ流れ出した。

 もしかりに、あれ、が不正を見なされ、王への反逆行為と見なされたら――。

 想像が膨らみ、背筋が凍る。

 黒い魔石はやるが――命はもらう。

 そんなオチはやめてくれ――。


 だが、次の王が口にした言葉は、まさに予想外のものだった。


「お前は」

 と、王。

「お前はどうやら、選ばれし者のようだ」


「え、選ばれし者?」

「そうだ。実はな、この国に残る古文書の一説にこのような一文がある」

 王はそこで言葉を止め、俺を睨みつけるように見ながら、


『漆黒の魔石を引きし民が、いずれ魔に染まる世界を救うべし』


 と、言った。


「せ、世界を――救う?」

「そうだ」

 と、王は頷いた。

「つまり、お前は運命の民だと、わしは思っておる」


「運命――」

 俺は呟いた。

 転生する時、天使が言っていた言葉を思い出す。

 ――人はみな、運命の通りに生きる。


「そうだ。わしは、古文書のこの一文のために、民に恩恵を与えていたのだよ」

 そう言うことだったのか。


「そういうわけで、お前に一つ、命令を下す」

 王はそう言った。 

 ものすごい目力だ。

 まるで――自分の全てを見透かされているような気分になる。


「め、命令、ですか?」

「そうだ。条件と言うのはそのことだ」

 王は大きく頷いた。

「実はな、わしは今、世界中にある『天佑世界樹』を巡らせる部隊を遣わそうと思っておってな」

「世界中にある世界樹……」

「そうだ。そして、世界中にあるレア度SSの魔石を集め、世界の危機に備えておくのだ」

「レア度SSの魔石――ですか」

「伝承では、そいつは全部で15種あると言われている。そしてその全てを集めたとき、奇跡ヴンダーが世界を照らし出す、とな」

 はあ、と俺は言った。

 なんというか――スケールの大きな話だ。


「憚りながら」

 そこで、コトトが口を挟んだ。

「世界の危機とは、どんなものなのでしょうか」


「おい」

 と、大臣が叱責した。

「王は今、ユウスケと話をしているのだ」


「よい」

 と、王は目くばせをした。

「お前はたしか、ゴードンの弟子だったな」

「はい。コトト=ガーネットと申します」

「このわしの話に割り込むなどと、世の中の趨勢が気になるようだな」

「申し訳ございません。商売を成功させたいなら、時代の流れを読め。これが、師匠の口癖ですから」

「なるほど。よく似ておる」

 王は口の端を上げ、顎をさすった。

「良いだろう、では、教えてやる」

 そう言って、王は語り始めた。


 ◆


「最近、国の付近に住む魔物たちが強力になってきておるのだ。民の死亡数も軒並み上がっている」

「そ、そうなんですか?」

 俺は思わず言った。

「聞いたことあります」

 と、コトト。

「そうだろうな。そして、このような兆候は、ある不吉な出来ごとの前触れとされておるのだ」

「不吉な出来事の――前触れ」

「うむ。それは」

 王はそこで一旦言葉を切り、俺たちをねめつけた。

 それから、

「それは――魔王の復活だ」

 と言った。


「魔王の復活?」

 コトトが目を丸くした。

「うむ。むろん、確証はない。だが、すでにワシの耳には遠くの国からの噂も入ってきておる」

「そ、そんな話――聞いてしまってよいのでしょうか」

「かまわん。おそらく、市井にもじきに流布されるであろうしな」

 王はそこでごほん、と空咳をした。

「話を元に戻すぞ。そういうわけで、わしは魔王の復活に備え、世界中にある魔石を集めようと思っているのだ。その部隊の一つに、ユウスケ、お前を入れる」


「……へ?」

 俺は唐突な出来事に、間抜けな声を出した。

「ど、どう言う意味でしょうか? 俺、自分で言うのもなんなんスけど、すっごい弱いですよ」

「見ればわかる」

 王は肩をすくめた。

「だから、お前にはこの国で最も強力な人間をつける」


「ま、マジすか」

 思わず、いつもの口調になる。

「マジだよ」

 王は俺の口調を真似、にやりと口の端を上げた。


「そして、世界樹についたら、お前が魔石を採取するのだ。要するにわしは――お前の幸運ラックに期待していると言うわけだ」

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 思わず、横にいるコトトに目を移す。

 コトトは、無言で大きく頷いた。

 

 王の命令だ。

 断ることなどできはしない。

 コトトの目は、そう語っていた。



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