第8話 初めてのガチャ
◆
扉の向こうは、円状の駄々広い中庭になっていた。
ぐるりを囲むフェンスの上には観客席のようなものが設えられており、コロッセオのような構造になっている。
直径が50メートルほどの広さである。
入って右側には兵士が言っていたように、王が座るための一時的に作られた玉座があった。
俺たち一般人との違いを示すように、少し高い位置に設えられている。
そこには、王が鎮座していた。
その周りには大臣やら剣士やら、やたらと偉そうな人たちが立っている。
遠目から見ても、物々しい。
そして正面の突き当たりには――。
天を突くように伸びる、天佑世界樹があった。
近くで見ると、凄まじいでかさだ。
樹幹も太く、力強い。
見上げれば放射状に伸びる無数の枝に、青々とした葉が重なるようにして瑞々しく生えている。
俺はごくり、と喉をならした。
なんという存在感だ。
人々がこの樹を「神の木」と称した理由が理解できるというものだ。
圧倒的な圧力に、しばし、身動きが取れなかった。
(ほら、早く行くわよ)
(あ、ああ、悪い)
コトトに背をつつかれ、俺はようやく足を踏み出した。
俺たちはまず、兵士に先導されて王の前に向かった。
王は玉座で肘をつき、俺たちが来る様子を眺めていた。
意外と若い。
30歳くらいか?
あと、結構イケメン。
オールバックにして、こちらを睥睨している。
自然と、手に汗がにじむ。
しかし、本物の王様なんてものに会うなんて、そうできる体験では無い。
光栄と言えば、これ以上光栄なこともない。
「お、俺――じゃない、私は市井で商人の見習いをしております。ユウスケと申します」
そう言って、傅く。
「私はユウスケの妹で、コトトと申します」
続いて、コトトもそれに倣う。
「ふむ」
王は少し顎を上げ、唸った。
「このものたちで最後だな」
「はい。そうでございます」
横にいる禿頭の大臣が答える。
よし、と王が言う。
「表を上げろ」
その言葉で、俺とコトトは顔を上げる。
「今日はな、一人もB以上を引いておらん。せっかく民を招いたのだから、わしとしては少しはましなものを持ち帰って欲しい」
と、王は言った。
「わ、分かりました。頑張ります」
ガチガチに緊張していたが、ようようそれだけ言った。
「とりあえず、今日はお前たちのための儀だ。楽しめよ」
温和な口調である。
噂通りの優しい王だ、と感じた。
俺の思う王の印象とだいぶ違う。
なんつーか、もっと怖い人かと思っていた。
ただ――やっぱり「偉い人オーラ」が半端無い。
無条件にひれ伏してしまうような、そんな雰囲気がある。
「へへぇ」
俺はひれ伏した。
「ありがたきお言葉です」
コトトは膝を立て、頭を垂れた。
……俺は若干、リアクションを間違ったかもしれない。
◆
「こちらへ」
謁見が住むと、兵士が俺とコトトを天佑世界樹へと連れていく。
兵士が5人、俺たちを取り囲むようについている。
世界樹が近づくにつれ、その威容は迫力を増して行った。
その神のような姿に、いやでも胸が高鳴ってくる。
ファンタジーゲームの世界で見たような、圧巻の景色。
しかもこいつはヴァーチャルじゃない。
本物だ。
「ここからはユウスケ一人だ」
兵士に言われ、俺は一人で世界樹の根元へと向かって歩いた。
むせかえるような濃密な緑の匂いがする。
「ではこれより、天佑世界樹恩恵の儀を取り行う!」
兵士による号令があり、ジャーン、という銅鑼が鳴り響いた。
俺は世界樹の麓にたどり着いた。
目をやると、文官の説明通りにそこには直径15センチほどの穴が開いていた。
◆
「祈りをささげ、そこに手を入れなさい」
兵士に促され、俺はまず、穴の前に立った。
それから背後にばれぬように右手首を左手で握る。
そして、小声で「
両手がぼんやりと暖かくなる。
そうして、手を穴へと入れようとしたその時、
「おい」
と、兵士に声をかけられた。
「貴様、今、何か詠唱したな?」
「い、いえ」
と、俺は言った。
「おまじないです」
コトトの声が背後から聞こえてくる。
「すいません。私たちの家に、代々伝わるものです」
「おまじない?」
兵士が眉をひそめる。
俺は少し迷ったが、その隙に穴に手を突っ込んだ。
「おい、貴様」
兵士が慌てて俺の方へとやってくる。
「待て」
もう一人の兵士がそれを止める。
「すでに儀式は始まっている。途中でやめることは出来ん。審議はそれからだ」
「しかし」
「え? 何か言いました?」
俺は手を突っこんだまま、すっとぼけた。
兵士は顔をしかめたが、結局、それ以上口出ししてこなかった。
俺はほっとしながら、集中させた。
手のひらがぼう、と暖かくなってくる。
と、同時に穴の中から光が漏れてくる。
そのまま数十秒たつと、固いものが掌の上で徐々に形をなして行くのが分かった。
不思議な感覚だ。
何と言うか、確かに神秘的だ。
「時間だ。手を取り出せ」
先ほど注意してきた兵士が言ってくる。
俺は恐る恐る、その手を引き抜いた。
レア度A来い! せめてB! もしよかったらSお願いします!
赤! 緑! 赤! 青ぉおおおおおおおおおおお!
穴から取り出した直後、魔石はまばゆい光を放った。
俺は思わず目を瞑り、その光が収まると、ゆっくりと目を開いた。
◆
魔石は8個、採れていた。
手のひらには、赤(レア度A)も青(レア度S)もない。
それどころか――緑(B)すらない。
全て――黄色(C)だ。
「……ああ」
俺は失望のあまり声を漏らした。
ふと、前世の記憶が脳裏に浮かんだ。
何度ガチャを引いても、ろくなものが手に入らなかった。
全部持っているものと被ったこともあったな――。
やはり――
やはり、俺は不運なままだったのか。
だが――。
そこで、俺は妙なことに気付いた。
一つだけ、黄とは違う色があった。
とはいえ、その色は緑でも赤でも、青でもなく。
黒――だった。
それも、生半可な黒色じゃない。
光を全く寄せ付けないような、漆黒のようなダークだ。
黒?
俺は小首を傾げた。
そんな色あったっけ?
改めて、まじまじと見つめる。
暗黒のような完璧なる黒だ。
「あのこれ」
俺は兵士に向かって言った。
「どれ」
兵士が手の上を覗いて来る。
そして黒石を見た途端――。
「うわあっ!」
そう叫んで、上半身をのけぞらせながら後ずさった。
「そ、それは、その色は――」
それ以上は言葉にならぬようだった。
腰が抜けている。
驚きで、口をパクパクさせている。
「え、えーっと、何か不味かったかな」
なんとなく怖くなって、俺はコトトに言った。
コトトは固まっている。
「……君、それはヤバいやつだよ」
「や、やばいってどういう――」
ガシャーン! ガシャーン! ガシャーン!
耳をつんざく、銅鑼が3度鳴らされる。
すると――
王のいる玉座から、剣士や文官たちがざわつき始め、やがてこちらに向かって走り出した。
物々しい雰囲気に、俺はようやく事態のやばさに気付いた。
「ど、どうしよう、コトト」
俺は情けない声を出した。
「どうもこうもないよ……あたしだって、分かんない」
コトトもおろおろしている。
と、その時、
「ユウスケ=ガーネット」
突然、肩を叩かれた。
そして、冷たく低い声音で、こう言って来た。
「お前を、拘束する」
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