第5話 城内へ


 ◆


 4日後。

 俺とコトトは馬車に揺られていた。

 ハットを被って髭を生やしたおじさんが御者台に座っている。

 白い馬が2頭の、とても豪奢な馬車だ。

「な、なんかすごい豪華な馬車だな」

 と、俺は言った。

「そりゃ、お城から来た馬車だからねー」

 コトトは楽しそうに頭を揺らしている。

「いやー久しぶりのお城だ。楽しみだなー」

「コトト、お城に行ったことあるんだ」

「そりゃあるよー。ま、大体は師匠のお供だけどね。城に納めるための食料を運んだり、武器防具の鑑定をしに行ったり」

「へえ。すごいじゃん」

「えへん」

 コトトは胸を張った。

「でも、分かってると思うけどさ、無礼なことしちゃダメだよ」

「う、うん」

 俺は背筋をぴんと伸ばした。


 この4日の間、コトトからその話は何度も聞かされた。


 『天佑世界樹の恩恵』の儀は、王の御前で行われる神聖な儀式である。

 王は民の自主性を重んじる優しいお人であるが、無礼は露とも許されない。

 万が一、機嫌を損ねると、俺たちだけでなく、商人全体にも影響を与えかねない。

 ゆえに、コトトも俺も、今日は服を新調して、まるで貴族のような服を誂えてきた。

 そして、言葉遣いや所作も、決して気を抜いてはいけない。

 

「さあ、じきに着きますぞ」

 ゆるい坂道の途中で、御者が言った。

 その言葉で、俺とコトトは互いに目を合わせ、うん、と頷いた。

「とにかく、今日はいい魔石、引いてよ」

 と、コトト。

「おう。任せとけ」

 俺はガッツポーズをとった。

 

 ◆


 巨大な門扉をくぐり、巨大な橋を渡って、馬車は止まった。

 馬車から下りて、城を見上げる。

 でかい。

 前世で見たどの建物よりでかく、そして美しい建造物だった。

 教科書やテレビで見た中世ヨーロッパのお城そのまんまだ。

 

 そして――あった。

 そのお城の真ん中あたりから、4つの鉄塔に囲まれた、巨大な樹木が。

 今は先しか見えないが、あれが『天佑世界樹』というやつだろう。

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 なんという大きさだ。

 あんなにでかい植物、見たことがない。

 まさに――天を突くように聳え立っている。


「さ、なにぼうっとしてんの。さっさと行くわよ」

「あ、ああ、ごめん」

 コトトに促され、俺は足を踏み出した。


 入口にはすでに自分たちと同じように城へ招かれた一般市民たちが10人ほど待っていた。

 城兵に挟まれて、一張羅であろう服を着ておめかしをしている。

「これで全員だな」

 少し年配の兵が言う。

「では、一人づつ照査を行う。一人づつ、前へ」

 俺たちは持ってきた身分証明書と『天佑世界樹の恩恵』の権利書を手渡した。

 少し緊張したが、無事に通過した。


 それから、俺たちは先導されて城へと入って行った。

 すぐに儀式が始まるのかと思ったが、そうではなかった。

 まずは食事をふるまわれ、それが終わると儀についての説明が行われるらしい。


「随分、待遇が良いな。飯まで用意してくれてさ」

 骨付き肉にかじりつきながら、俺は言った。

「当たり前でしょ。これは、王様から民への労いなんだから。ほら、そんなにがっつかない」

 コトトは上品にスプーンでスープを飲んだ。

 家とはまるで別人である。


「そっか。良い王様だな」

 と、俺は言った。

「私もそう思う。じゃないと、出てきた『魔石』を必ず出した本人のものにするだなんて、普通は言わないもん。魔石はハズレも多いけど、私たち庶民からしたら貴重品なんだから」

 たしかにそうだ。

 しかも、儀式に参加する本人だけではなく、その家族も招待するのだから。

 民の心を掴むのが上手だ。


「そう言えば気になったんだけどさ」

「何?」

「もし仮にとんでもないレアなものが出てきたら、それはなんていうか、国に取られたりしないの?」

「大丈夫だと思うわよ。少なくとも、無理やり徴発するようなことはしないはず。仮に国にとって必要なほどの魔石が出てきたら、おそらく、それに見合った金品が支給されるはず」

「そっか。ま、そもそも俺たち一般人にすごい魔法とかいらないもんな」

「そういうこと。売りさばく手間が省けてありがたいくらいだわ」

 そう言って、すました顔で食事を続ける。


「しかし」

 と、俺はコトトのよそいきの姿を眺めながら言った。

「しかし、コトト、お前ってこうしてみると、本物のお嬢様みたいだな」

 コトトはいつもパンツルックで男っぽい服装をしている。

 が、今日は薄いピンク色の、襞のたくさんついたドレスを着ている。

「な、何よ、急に」

「いやー、改めてみると、お前って美人だなーと思って」

 俺が言うと、コトトの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。

「な、何バカなこと言ってんのよ」

「いや、冗談抜きに。綺麗だよ」

「う、うるさい……っ!!」

 コトトはいきなり、俺の背中をバンッと叩いた。

 俺はいてーなとぶつぶつ言った。

 褒めたのに、どうして怒られなきゃいけないんだ。



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