第4話 コトトの部屋


 ◆


「さ、どうぞ。狭いとこだけど、自分の家だと思ってくつろいでよ」

 コトトはそう言って、俺を自らの部屋に招き入れた。


 室内は8畳ほどで、ごちゃごちゃとものが乱雑に置かれてあった。

 決して汚れているわけではないが、とにかくものが多い。

「ごめんね。物置を確保するほど、まだ収入がなくってさ」

 俺は部屋を見回していると、コトトは自嘲気味に言った。

「適当に座ってよ」


「お、お邪魔します」

 俺はそろりそろりと部屋に足を踏み入れた。

 別にものが多いから入るのに躊躇していたわけではない。


 女の子の部屋に入るのが初めてだから緊張しているのだ。


「なかなかいい部屋だな」

 俺は緊張しながら、それっぽいセリフを言ってみた。

 改めて部屋を見る。


 入ってすぐ右側にベッドがあり、その向こうの壁に雨戸のついた大きな窓がある。

 左側にはタンスのような箱と、周りに杖やら盾やら良く分からない石やらが置いてある。

 中央にはあの長い木製のテーブルと椅子が2脚。

 床は木で出来ており、歩くとこつこつと音が鳴った。


「そう? まあ、ここにはほとんど寝に帰るだけだから、良いも悪いもないんだけど」

 コトトは苦笑しながら言った。

 そして、帰りに買ってきた食料をテーブルに置く。

 

 俺はこれから、城へ行く日までこの部屋でコトトと一緒に住むことにした。

 お金は出来るだけ節約しておきたいところだし、コトトからこれからの計画を話し合っておきたかった。

 ちなみに、戸籍の手続きはコトトの言った通り驚くほど簡単に済んだ。

 なんでも、この国は立地上滅多に難民などが来ないため、かなり審査は甘いとのことだ。



 俺らはとりあえず、夕食を取ることにした。

 コトトは簡単に食べ物と飲み物を用意してくれた。


「で、君、どれくらい記憶がないの?」

 コトトが蜂蜜のたっぷり塗ってあるパンをかじりながら聞いて来る。


 俺は考えた末、自分を「部分的に記憶喪失状態」という設定にしていた。

 転生した――とはさすがに言いにくい。


「んー、まあ、自分の名前以外はほとんどよく分からない」

 俺もコトトをならって蜂蜜トーストをぱくつく。

 ん。美味しい。

「へー。大変だね」

「そっちも、大変じゃん。若いのに、こうやって自分で稼いでさ」

「もう慣れたよ」

 コトトは肩をすくめた。


「家族はどうしてるの?」

 と、なんとはなしに、俺は聞いた。

「ん? いないよ」

 コトトはあっけらかんと言った。


「あたし、孤児だもん」

「え? そ、それはなんというか……ごめん」

 俺は頭を下げた。

 デリカシーの無い質問だった。

「なんで謝るの」

 コトトはあははと元気に笑う。


「……ユウスケって、かわってるね」

 ちょっと間をあけて、彼女が言った。

「そ、そう? 普通だと思うけど」

「変わってるってば。だって、記憶喪失でお人よしでチートな能力持ってて」

 俺はほりほりと頬を掻いた。

 これでも、前は何をやっても平凡なやつだと言われていたんだけど。


「でも」

 と、コトトは微笑んだ。

「あたし、変わってるやつ、好きだよ」

 どきっとした。

 こいつ、天然なのか計算なのか――ときどきすごく男心をくすぐってくる。

 意外と――魔性の女かも。


「コ、コトトこそ、変わってるよ。いきなり良く知らない男を家にあげてさ」

「そこは大丈夫よ。あたし、自信あるもん」

「自信?」

「人を見る自信。商売やってるとさ、物よりも人を見るようになるのよね。この人間は信用できるか、役に立つか、裏切らないか。そう言うのが分かってくる」


「そんなもん?」

 と、俺は聞いた。

「そんなもん」

 コトトはにこりと笑った。

「ま、師匠の受け売りだけどね」

「師匠って?」

「あたしの商売の師匠。この街では名の知れた、中々の豪商だよ。今回のこの『恩恵』の権利も、師匠から一つ分けてもらったものだし」

「へえ」

「ま、いつか紹介するよ。忙しい人だから、いつになるか分からないけど」

「そうだね。出来ればお願いしたい」

 それほどの人なら、俺の働き口を面倒みてくれるかもしれない。


「とにかく、コトトは俺のこと、信用できるって思ったわけだ」

 俺は話を戻した。

「信用できるって言うか、与しやすそうだなと思った。世間知らずの坊やッて感じ?」

 それは褒められているのか?

 ……多分違う。

 まあ、仕方がない。

 年は下でも、コトトは俺よりもはるかに人生経験が豊富だ。

 舐められて当然だ。


「あ、そうだ。一応、見せておこうかな」

 コトトはそう言って、立ち上がった。

「ちょっと待っててね」

 床の木板を外し、そこから何やら金庫のようなものを取り出し、テーブルの上で開いた。


「ほら、これが今回狙ってる『魔石』よ」

 中には親指ほどの大きさの石が入っていた。

 緑色である。

「触って良い?」

「どうぞ」

 俺は魔石を持ち上げた。

 石の内部でカンテラの灯の光を反射していて、キラキラ輝いている。


「はあ……すごいな」

 美しい石だ、と思った。

「これは、珍しい魔石なの?」

「まあまあ。魔石は色によってレア度が変わるから」

「ふーん……まあまあ、か」

「それでも、庶民からすると、ものすごい貴重品なのよ。私の、自慢のお宝なんだから」


「これ、売ったらいくらくらいになるんだ?」

「そうね……大体、5万カルくらいかしら」

「ご、ごまん……」

 俺は思わず目を見開いた。

 日本円にすると――100万円くらいか。

「値段は、レア度だけでつくわけじゃないからね。見た目やその魔石の能力によって全然違う」

「高いのになると、どれくらいになるの?」

「上はもう、天井知らずよ。魔石のレア度や能力によっては、億って値がついてもおかしくない」

「……まじかよ」

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 なんというか――夢のある話だ。

 俺はマジマジと魔石を眺めた。



「ねえ、ユウスケ」

 と、コトトが急に真面目な声を出した。

「私と、コンビ組まない?」

「コンビ?」

「そう。仕事、探してるんでしょ?」

「うん」

「それじゃあさ、今回のことが終わっても、一緒に商売しましょうよ」

「で、でも、俺、何にも出来ないぞ」

「大丈夫。私がみっちり教えてあげるから」

 コトトはそう言って、頷いた。


 悪くない申し出だった。

 いや、それ以上だ。

 取り柄もコネもない俺にとって、これを逃せば当分職にはありつけないかもしれない。

「分かった」

 と、俺は頷いた。

「決まりね」

 と、コトトは嬉しそうに微笑んだ。


「ね、本音、言って良い?」

「なに?」

「柄じゃないから、こんなこと言いたくないんだけどさ」

 そう前置きをして、コトトは言った。

「あたし今、予感があるんだ」

「予感?」

 うん、とコトトは頷いた。

「何かが始まる予感。君と出会ってから、ずっとわくわくしてるんだ」

 そう言って、じ、と俺を見つめてくる。


 俺は慌てて目をそらす。

 顔が熱くなってくる。

「か、買い被りだよ」

「ふふ……そうかも、ね」

 コトトは窓の外に視線を移して、目を細めた。



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