第3話 出会い


 ◆


 こうして俺は世界樹ガチャを引く権利を得た。


 だが、と俺は途方に暮れていた。

 実は、ちょっと困ったことになっている。

 手に入れた「天佑世界樹の恩恵」の権利を保証する紙を見ながら、はあ、と息を吐く。

 

 城に呼ばれるのは今から5日後である。

 それは問題ない。

 恩恵を得るときは王の御前らしい。

 少し緊張もするが、それも問題はない。

 厄介なのは――。


『天佑世界樹の恩恵を得られるのはダーダリアン国の国民に限る』


 この一文だ。

 俺はこの国の正式な国民では無い。

 正確に言うと、国民であると言う証明がない。

 要するに、国籍・戸籍がないのだ。


 せっかくくじを当てたのに――これでは意味がない。


 それに――。

 俺ははあ、ともう一度、今度は大きいため息をついた。

 それに、俺には魔石を引けないことなんかより、もっと大きな問題がある。


 それは――。

 国籍が無いことによって、住所を得ることも仕事を得ることも出来ないのではないか、ということだ。


 俺は今、不法移民と同じなのである。

 情けないことに、そのことに今さら気がついた。


 あーあ、と俺はごろんと寝ころんだ。

 俺の気持ちと裏腹に、空は目にしみるほどに蒼く晴れ渡っている。

 異世界に来ても、青空の色は変わらない。


 ◆

 

「あ、こんなとこにいやがったー」

 突然、声がした。

 むくりと起きあがり、きょろきょろする。

 すると、背後に先ほどの露天の店主がいた。


「あ、どうも」

 俺は尻についた草を払いながら、会釈した。

「どうも、じゃないよー」

 店主は不機嫌そうにいい、俺の横に座った。

「まったく、君のせいで商売あがったりだ」 


「……は?」

 俺は首を傾げた。

「な、なんのことです?」

「これだよ、これ」

 そう言って、俺が持っている権利書を指差す。

「君が虎の子のこいつを一発で当てちゃったせいで、お客さんみんな帰っちゃったんだよ!」

「どういうこと?」

「もう当たりが無いってさ、全員いなくなっちゃった。もう一つ大当たりがあるーって言い張ったんだけど――」

 誰も信じてくれなかったのと、口をとがらせる。


「そんなこと言われても――」

 俺は焦った。

「でも、もう一つ大当たりがあるなら、それを見せてくじをつづければよかったんじゃない?」


「ないわよ、そんなの」

 店主は即答する。

「あったら苦労しないわ」

「な、なんだよ、それ。じゃあ君、当たりなしでくじを続けるつもりだったの?」

「当然でしょ」

 なぜか、胸を張る。

「それが商売ってもんよ」


「せ、せこいなー」

 僕は苦笑した。

「商売上手と言ってよね」

 そう言って、彼女はにこりと笑う。


 少し、どきりとした。

 僕はそこで、改めて店主を見た。

 サラサラのブラウンのショートヘア。

 目はぱちりと大きくて、笑うとえくぼが出来る。

 少し痩せているけど、胸は大きめだ。

 この商売人――やっぱりかなり可愛い。


「じゃ、これ、返そうか?」

 と、俺は権利書を持ち上げた。

「え?」

 若い商人は目をぱちくりさせた。

「マジ? いいの?」

「うん」

「なんで? まじでいらないの?」

「まじで要らないんだ。だから、返すよ」

 正直、彼女の様子を見て、ちょっと心が痛んでいた。

 チートで大当たりを引き当てたことに。


「やったー! ありがと!」

 店主はぱあ、と表情を輝かせ、俺の手を握った。

 どきり。

 再び、胸が高鳴る。

「そ、その代り、くじ代は返してくれよ」

 俺はそっぽを向きながら言った。

「もちろんよ! 君、いい奴だね!」

 店主は満面の笑みで言った。


 調子のいい奴だ。

 俺はちょっと笑った。

 だけど、嫌味がなくて、サッパリした奴。

 

「ね、君、名前は?」

 と、店主が聞いて来た。

「諸田雄介」

 と、俺は答えた。


「モロタユウスケね。あたしはコトト。よろしくね」

 そう言って、首を傾げる。

「あ、ああ、よろしく」

 俺は鼻先を掻きながら言った。


「で、なんで、これ要らないの?」

 と、コトトが権利書を革製のカバンに詰めながら言った。

「俺には使えないんだよ、その権利」

「どうして?」

「まあ、話せば長くなるから」

「いいじゃん。教えてよ」

 コトトは少し俺に近づいた。


 本当のことを話すかどうか、ちょっと迷う。

 だけど――と、俺はコトトを見た。

 まあ、いいか。


「俺は、この国の人間じゃないんだよ。だから、最初から恩恵を受ける権利がない」

「この国の人間じゃない?」

 コトトは怪訝な顔をした。

「じゃあ君、どこから来たの?」

「それは――ここからずっと遠い国」

「もしかして、転送魔法かなんかで飛ばされたクチ?」

「あ、ああ、まあそんな感じ」

 よく分からないがとりあえず話を合わせておく。


「ふーむ」

 コトトは唸り、それから俺をちらりと見た。

「ねえ、一つ聞いていい?」

「なに?」

「キミ、くじ引く時、なんかズルした?」

「え?」

 どきりとした。

「い、いや、してないよ」


 うろたえる俺を見て、コトトは「やっぱり」と呟いた。

「おかしいと思ったのよ。あなた、何かくじを引く前に変な動きしてたもん」

 コトトはずい、と俺に迫る。

「さ、白状しなさい。なにか、魔法みたいなもの使ったんでしょ?」

「み、見てたのか?」

 さすが商人。

 目ざといやつだ。


「見てた?」

 コトトがじろ、と俺を見た。

 俺は「あ」と口に手を当てた。


「やっぱり、なにかやってたのね」

 コトトは呆れたように言う。

「さあ、言いなさい」

 

 う、と俺は固まった。

 ……しょうがない、か。

「実は、俺には一つ、特殊なスキルがあるんだ」

 俺は頷いて、俺の持っている能力「チート=ラック」の話をした。


 ◆


「まじで!?」

 話を聞いたコトトは目を丸くした。

「君、それ、まじで言ってるの?」

 怒る、というよりは、興味深々、という感じだ。


「その証拠に、見事一発で当てたろ?」

 俺が言うと、彼女はさらに、鼻息を荒くした。

「それ、まじ反則じゃん!」


「ごめんって。だからこうして、返しただろ」

 俺は後頭部をさすった。

 コトトは「そんなことはもうどうでもいいの」と怒鳴った。

「ど、どうでもいいの?」

「どうでもいい! そんなすごい能力があるんなら――」


「ちょっと待ってよ……」

 コトトはそう呟いたきり、黙り込んだ。

 膝を抱えて、熟考を始める。

 何を考えているのか、それから彼女は5分ほど黙っていた。


 その横顔を見ながら、俺は少し嬉しくなっていた。

 考えてみれば、俺はこうして話をするのはこの世界に来て初めてのことだった。

 言ってみればコトトは――俺の初めての知り合いだ。

 その初めての知人が、女の子。

 今回の人生の船出としては、決して悪くないような気がした。


「ね、この権利書、やっぱり君に返すよ」

 やがて、コトトはそう言った。

「どういうこと?」

 僕が聞くと、コトトは「へへ」といたずらっ子のような表情をした。

「実はさ、いいこと考えたんだ」

「いいこと?」

「そ。あたしと君、両方にとっていいこと」

 良く分からない。

 俺は首を傾げた。


「ユウスケ、あたしの兄になりなよ」

 出し抜けに、そんなことを言う。

「兄?」

「うん。そうすれば、君はこの国の住民になれるでしょ?」

 ああ、なるほど、と俺は思った。


「住民になれば、恩恵が受けられるし、仕事も出来る」

「そ、それはそうだけど、そんな簡単に行くの」

 それが可能なら、それほどありがたいこともないんだけども。


「任せといて! あらゆる手を使って、どうにかするから」

「まじか。助かるよ」

 ふと、俺は疑問に思った。

「でも、どうしていきなり、そんな親切にしてくれるんだ?」


「もちろん、ただでそんなことはしないわ」

「そうだろうよ」

 俺は苦笑した。

 段々、彼女の性格が分かってきた。


「その代りとして、私の作戦に力を貸して欲しいの!」

 と、コトトが興奮気味に続ける。

「作戦?」

「魔石をを引く時に、その『チート=ラック』を使うのよ!」

 コトトはずばり、言った。

「そうしたら、きっと超レアな魔石が手に入るわ。そして――その魔石を売って、二人で山分けするの。レア度によっては、家が建つほど儲けが出るわ」


 なるほどそういうことか、と俺は思った。

 恩恵の儀式は5日後。

 チートラックの能力発動にも問題はない。


「ナイスアイディアだとは思うけど――そんな簡単に、この国の住民になれるの?」

「任せときなさいって。知ってる役所の人間にちょっと金を握らせれば、余裕だから」

「そ、そうなの?」

「そうよ。つか、この国の労働階級の人たち、2割くらい不法移民だし」

 そう言って、あははと笑う。

 笑い事じゃないと思うが――俺の立場からするとありがたいことだ。


「じゃ、決まりね!」

 コトトはそう言って、立ち上がった。

「さっそく、役所にいこ!」


 急展開だが、とりあえず俺はコトトに乗ることにした。

 上手くいけば金と戸籍、その両方が手に入る。

 だが――。


「一つ、聞いていい?」

「なに?」

「どうして、俺が兄なわけ?」

「どうしてって、私の方が年下っぽいし」

「へ?」

 俺は思わず顎を前に突き出した。

「コトトって、いくつ?」

「16だよ」

「ま、マジ!?」

 俺より一つ下だ。

 それなのに――なんという行動力だ。

 俺が驚いていると、コトトは「何よ」と不満げに言った。

「あたしってば、そんなに老けて見える?」

「い、いや、そんなことは全然ないんだけど」

 俺は慌てて言葉を繕った。

「若い割にすげーナと思ってさ。俺より下なのに、立派にやってるから」

「そう?」

 コトトは肩をすくめた。

「私はもうプロの商人になって2年経つけど。この国じゃ、13くらいで働いてる人間も少なくないよ」

 まじか、と俺は思った。

 

「さ、早くいこ。お兄ちゃん」

 コトトは冗談っぽくそう言って、俺の手を握った。


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