第2話 村人Aとして


 ◆


 こうして異世界に放り込まれた俺は、とりあえず食っていくために職業を探すことにした。

 餞別として天使からもらったお金では、よくて一カ月程度しか暮らせない。

 つまり、一月以内に就職しろってことだ。


 だが。

 もちろん、そう簡単には行かなかった。

 とりあえずモーテルやバーなんかに飛び込みで入って雇ってくれと頼んだが、軒並み断られた。

 モンスター狩りのパーティやギルドに参加して金を稼ごうにもそんな能力もない。

 なにしろステータス「無能」のただの村人Aだ。


 俺はあてもなく、ぶらぶらと街をうろついた。

 自分に出来ることの少なさに、うんざりしていた。

 こんなことなら、前の人生の時に、アルバイトの一つでもやっていればよかった。


 街を歩いている内に、分かったことがいくつかあった。

 この世界の文明は中世ヨーロッパ程度だということ。

 国の名は『ダーダリアン』であること。

 この国は王政であるということ。

 国の外には魔物がいること。

 そして。

 どうやら、魔法と言うものが存在する世界らしいということ。

 ここはいわゆる、『剣と魔法の世界』というやつだ。


 こっちに来てから2週間。

 今俺は、町中にある安いモーテルで寝起きしている。

 まだなんとか食いつないではいるが、そろそろやばい。


 ◆


 そんなとある日のことである。


「さあさあ、年に一度の超ビッグチャンス! なんと、わずか一回30カルのくじで、『天佑世界樹』の恩恵ゼーゲンを引ける権利がもらえるよ!」


 ぶらぶらとブラついていると、道端で露店を開いてる商人がそう言って客引きをしていた。

 周りにはちょっとした人だかりが出来ている。

 世界樹、というわくわくするワードを聞いて、俺は思わず立ち止った。

 なんというか、惹かれる言葉だ。


「あの、天佑世界樹の恩恵ゼーゲンってなんですか?」

 俺は、人だかりにいたおじさんに聞いてみた。


「あんちゃん、知らないのかい?」

 おじさんは少し驚いている。

「え、ええ、すいません。ここに来て間もないもので」

 ふーん、とおじさん。

「あんた、若いのに、冒険者か何かかい?」

「え? ……ええ、まあ、そんな感じで」

 俺はもごもごと歯切れ悪く言った。

「ふーん……まあ、いいや」

 おじさんは少し訝りながらも、説明を始めてくれた。


「まず、『天佑世界樹てんゆうせかいじゅ』って言うのは、定期的に人々にとって有益な『魔石』を産みだす巨大な神木のことだ。そしてその魔石を受け取る儀式のことを、人々は神に感謝して恩恵ゼーゲンと呼ぶのさ」

「樹が魔石を――産むんですか」

「そうさ。完全ランダムにな。そして、儀式で得た魔石は、それを受け取ったものの所有物となる」

 ふむ、と俺は頷いた。


 元いた世界で言うところの、ガチャみたいなもんか。

 うん。

 なんか、面白そうじゃないか。


「あの、魔石、ってなんですか?」

 と、俺は重ねて聞いた。

「なんだ。魔石も知らないのか」

 おじさんは少し怪訝そうな顔をしたが、説明を続けてくれた。

「魔石ってのは、文字通り魔力を秘めた石のことだ。それを身につけていると、魔法が使えるようになったり、能力が上がったり、レアなものだと魔獣を召喚できたりするようになる」

「ほえー」

 俺は変な声を出しながら、頷いた。


 なんか――すげー面白そう。


「要するに、ここのくじを買えば、その魔石ってのを手に入れるチャンスがもらえるかもしれないってことですか?」

「そういうこと」

 おじさんは肩をすくめた。

「普通はな、俺らみたいな一般人は恩恵の儀式なんか受けられねえのよ。そういうのは、生まれながらの貴族や王族の人たち、あるいは軍人や著名な傭兵、もしくは金で権利を買い取る超大金持ち、と言った優れた能力のものにだけチャンスがある」

「へえ」

「天佑世界樹の魔石は、本来、そうやって国を守るために使われる。だが、王様は年に数回だけ、民にもその恵みを分け与えてくれるんだ。今回は10人、選ばれる。おそらくこのくじに当たりは一つか二つだろうけどね」

 そう言って、おじさんは苦笑した。


「おじさんも、引くんですか?」

「まさか。金の無駄だよ。どうせ当たらないし、運よく当たって恩恵ゼーゲンを頂けても、どうせ大した魔石は手に入らない」

「その、魔石、っていうのは、滅多にいいものはでないんですか?」

「神の恵みに優劣をつけるのもなんだがね。レアなものは滅多に出ないよ」

 なるほどー、と俺は店の方を見た。

 それでも、くじは飛ぶように売れていく。


「やってみようかな……」

 と、俺は呟いた。


「おう、やってみなやってみな」

 おじさんはがははと笑いながら言い、俺の背中をばんばんと叩いた。

「運だめし運だめし。とりあえず、くじに当たればお城には招かれるしな」


 俺は「そうですよね」と愛想笑いを浮かべながら、露天に目を移した。

 運だめしではない。

 俺は、俺の中の特殊能力を試したくなっていたのだ。


 『チート=ラック』


 天使からもらった特殊スキル。

 俺はまだ、その能力を使っていない。

 半信半疑というのもあるが、そういう魔法みたいなものを使うことがなんだか怖かったのだ。


 だが、今はその能力を使う絶好の機会だ。

 1回30カル。

 少し奮発した夕食一回分だ。

 少し痛いが、しょうがない。

 これで上手くいけば――特殊能力を使って就職活動もできる。


 運だめしならぬ能力だめし、か。

 俺は苦笑しながら、列の最後尾に並んだ。


 ◆


 天使の説明では、「チート=ラック」の発動には呪文の詠唱とポージングが必要とのことだった。

 それから少しの間は、無条件に幸運に包まれるらしい。


「やあ、いらっしゃい! お兄さん、何回引いてみる?」

 やがて順番が来て、店主が聞いて来た。


 意外なことに、とても若い女性だった。

 まだあどけなさの残る、美少女。

「えと、一回で」

 と、俺は人差し指を立てる。

「一回? へえ、そりゃ倹約なことだね。なんだい? 給料日前かい?」

「ええまあ」

「じゃあしょうがないね。よし、じゃあ、30カルだ」

 店主の軽口に答えながら、30カルを手渡す。


 それから――。 

 俺は右手の手首を左手でつかみ、目を瞑りながら『発動ベッシュウーロン』と唱えた。 

(これが、天使から教えてもらった特殊応能力の発動条件だ)


 右手がぼんやりと熱くなって来た。

 ぬるいお湯につけているような感覚だ。

 見た目には変化はない。


 天使の言うことが本当なら――今俺は、すごい幸運の中にいる。


「じゃ、どうぞー」

 店主がくじの入った壺を差し出す。

「札に当たりの印が書いてあれば大当たりだ」


 俺は頷き、右手を壺に入れた。

 それから適当に軽くぐるぐると回した後、一つを選んで引きぬいた。

「さあ、中を開いてごらん」

 店主に言われるままに、折りたたまれた木札を開く。

 すると――。


 そこには赤いまん丸い印が描かれてあった。


「う」

 一瞬、店主が固まった。

 その次の瞬間、横に置いてあった鈴をカランカランと鳴らしながら、「大当たりぃいいいいい」と大声で言った。


 野次馬がわっとわく。

「やったな、兄ちゃん」やら「おめでとう!」やら言われながらもみくちゃにされる。

 手洗い祝福に戸惑いながら、俺は右手を見つめていた。


 まじだ。

 まじだった。

 


『チート=ラック』

 本当に――本物の能力だった。

 

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